神なのだから

 ゼウス撤退の影響は大きく、双方に多大な衝撃を与えた。


 それぞれ、歓喜と驚愕の声が上がる。


「ゼウスが引いた?! 本当だね! OK、よくやったよ! ご苦労さん、ティア!」


浜崎はまさき達がやったのか」


「あぁ、僕らも負けてらんないね。行くよ! 警部さん!」


 指揮が上がるあやたち参加者チームに対し、神チームは指揮こそ下がらなかったものの、驚愕で動じ、揺らぎを見せ始めていた。

 いち早くゼウスの撤退に気付いたハデスは、オーバーオールのポケットに手を突っ込んでウダウダと愚痴という愚痴を並べていた。

「バカバカバアカ……っ! ゼウスのバァカ! 何考えてんの?! あのバカ! もう、計画とか作戦とか策略とか全部パァじゃないのぉ!」


『落ち着きなさい、ハデス』


 その場で地団駄を踏むハデスを、神はそうして諭す。

 彼女にしては珍しく、計画が狂ったことがよほどショックだったのか、それともゼウスの独断が許せなかったのか、その目を潤ませていた。


「だって、だって神様ぁ」


『ハデス……落ち着けと言っている』


 半べそを掻き、泣きそうだったハデスが慌てて目をこする。ハデスが堪えたからか、冷たい一言を放った神はハデスに含み笑いを聞かせた。


「落ち着いたようだな、いい子だハデス。君は冷静を取り戻せば、これくらいのことどうにかして見せるだろう。何故なら君は人類史上例のない、測定不能のIQの持ち主なのだから」


「……はい、神様」


 机の上のパソコンを子供の力で払い落とし、押すなと書かれたシールが張られた赤いボタンを、なんの迷いもなく押す。そうして機械音と共に出てきたのは、ピアノの鍵盤の形をしたキーボードだった。


 目の前に浮かぶ画面をジッと見つめた瞳が、左右上下に機敏に動く。


『さぁ、始めてくれ。冥府の神よ』


 目黒駅 地下鉄ホーム


 階段を三段飛ばしで駆け下り、アテナはホームを転がってナイフを抜きながら立ち上がった。


 相手はそれと対照的に、一段一段踏みしめて下りてくる。顎で垂れ落ちそうになる汗を拭ったアテナに、フードを脱いだ顔を見せた。


「よぉ、神様! 悪ぃがてめぇはここで捕まって、さっさと神の居場所を吐いてゲームを終わらせて、とっととこの駅戦闘編を終わらさせてくれよ。次で堂々完結の最終章に持ち込んで、俺らは作者も語らない平凡な日々に戻りてぇんだからな」


「……Jメール、米井清十郎よねいせいじゅうろう……強い」


 折れた左腕を見つめ、呟くアテナにグッと近寄り、清十郎は脚を引いた。左腕を盾にガードするアテナを、軽々と蹴り飛ばす。

 転がるアテナを見つめ、清十郎から吐息が漏れた。


「もうどうも出来ねぇだろ? そろそろ捕まってくれ。おまえの腕を折っておいて今さらだが、これ以上戦えない奴を殴るのは、俺のプライドに関わる」


「……貴様のプライド、か」


 鼻で笑ったアテナが立ち上がる。

 ぶら下がる左腕を自らナイフで切り捨てて、血を噴く腕をハンドタオルで縛り上げた。自身の血を滴り落とす刀身を向け、無理矢理口角を持ち上げて見せる。


「ならば、私のプライドもくみ取ってもらおう」


「おまえのプライド? 片腕自分で切り捨てて、捨て身の覚悟がプライドか? そいつは立派だが――」


「捨て身? その程度が、我がプライドか……甘い」


「あ?」


 投げ付けたナイフが、清十郎の首を掠め斬る。

 壁に刺さったナイフに自分の血がついたのを振り返る清十郎に、アテナは笑ってみせた。


「さぁ、遠慮なくかかって来るといい。相手は本気を出さずとも、人など軽くひねり潰す神なのだから」


「……もしれぇ展開だ」

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