何を言っているの

 天井にぶら下がったたった一つの照明が、ステージ上でスポットライトを浴びる俳優のように光輝こうきと彼女を照らしていた。


 自分の膝を枕にして寝かせる彼女に、光輝は息を呑んだ。


薔薇園ばらぞの……さん?」


「随分と早い再会になったわね、あやの彼氏」


 髪は紫で、首のところまで短く切られている。


 輝く石も赤い爪もなく、お嬢様という雰囲気はどこにもなかったが、口角を上げるとチラッと見える八重歯と変わらぬ口調が、彼女を薔薇園万理だと思わせた。


 起きようとする光輝を、そっと圧して寝かせる。


「ダメよ、あなた体中怪我してるんだから」


「彩さん達、は……」


「この部屋は私達だけよ。他の人がどこにいるかなんて知らないわ」


「そう……ですか」


「あなたも取られたのね、ケータイ」


 言葉もなく頷くと、万理はフンと息を漏らした。


 おもむろに光輝の前髪を、指でクルクル回して弄る。


「彼氏さん、彩はどう? 腕はもう大丈夫?」


「……えぇ、もういつも通りの彩さんです。っていうか俺、彩さんとそういう関係じゃ――」


「そう、よかった」


 彩のことだけ教えればいい、そう言うかのように話を途中でバッサリと切られた。


 万理は傷付く光輝のことなど気にもかけず、勝手に光輝の髪を弄り続けた。


 起きようとすればまたそっと制され、寝かされる。


「あなた、彩のこと好きでしょ」


「え?」


「だって、今さっき寝言で言ってたわよ、彩さんの力になってくださいって。彩さんの、じゃなくてね」


「あ、そ、それは……」


「好きなのね?」


「……わかりません、考えたことがないので」


「そう」


「とにかく、あの……」


「手を離せって、言いたいの?」


 光輝の前髪を弄る一方で、尖った管を首に突きつけて刺そうとする光輝の手を、力いっぱい握り締めて止めていた。


 八重歯を出しながら、また口角を持ち上げる。


「ダメよ、離せないわ」


「何でですか。あなたは彩さんが無事ならそれでいいはずだ。なら俺の命がどうなろうと、知ったこっちゃないんでしょう?」


「えぇ、あなたの命なんてどうでもいいわ」


「なら離してください。もうイヤなんです、俺……神を見つけるためとか友達を助けるためとか、正当な理由をつけて人を消そうとする自分が。躊躇いなく人に襲いかかれる、狂った――」


「あなた何を言っているの?」


 たった一言が、光輝の手から力を抜かせた。


 金属音を立てて床に落ちる管が、壁際へと転がって二人から離れていく。


 光を欠けた万理の目が、目尻から涙をこぼす光輝の姿を暗く映してその像を歪ませた。


「狂ってる? 友達のため、思う人のために障害を取り除くことの何が狂ってるっていうの? 障害となった人間は、消していくしか道はないわ」


「殺すってことですよ?」


「えぇ」


 キョトンとした顔で、人を殺すことを躊躇わない万理の一言一言が衝撃的だった。


 彩以外はどうでもいい、本当にそう言っているような目が怖かった。


「あなた、そんなことで迷ってたの?」


「そんなことって――」


「あなた、何様の積り? 誰も傷つけず、全ての人間を守れるとかそういう設定の勇者じゃないでしょう? 愛する人のためとか信念のためとか世界のためとか、あらゆる理由をつけて障害を消すのは、どこのファンタジーの主人公でもやってることよ」


 光輝の手を掴んでいた手が、光輝の喉に触れる。


 光を欠けた目と上がった口角、荒れた息が、光輝に一縷の死相を見せた。


「私はもう、彩のため……彩のためなら、あなただって警察だって世界だって殺してみせる。あなたは、こういう考え方を狂ってるといいたいんでしょう? こういう動きをしてる自分を、狂っていると言いたいんでしょう? バカね……本当に狂った人ってのは、自分が狂ってることになんか気付かないわ」


「俺が、狂ってない?」


「さぁね。何かのために人を殺す自分を疑わなくなるまで、障害の除去に、意味を持っているまではの話よ。現に私は、あなたの言う障害除去に、何の罪の意識もないわ」


「全ては、彩さんのため?」


 えぇと頷く万理の目は、本気だった。


 今光輝が彩を侮辱するようなことを言えば、その手は確実に光輝の喉を絞めるだろう。


 間違いなく、全力で。


「彩のために私はこれからも障害を払い続ける。あなたが私と対峙したみたいに、障害を払うって、殺すことだけじゃないでしょう? 私は殺さないと消した気分にならないけど、戦闘不能にするだの改心させるだの、色々あるじゃない、あなたなら」


 光輝に顔を近付ける。


 前髪をどけて、そっと額に口付けした。


「大丈夫、ここで立ち止まれたあなたは狂ってない。だから戦いなさい、彩のために。あなたが消せない敵は、狂った人達わたしたちが消してあげる。もっとも、私の障害になったら、あなたも消すけど」


「……わかりました」


 笑った。


 八重歯を見せて、満面の笑みで、頬をうっすら赤くして、万理は笑顔を見せた。


 光輝を立たせると、目の前の鉄の扉を指差した。


「あそこから放り込まれたわ。あなたなら蹴り破れるんじゃなくて? あのとき、彩のために戦いぬいた怪物だもの」


「……やってみます」


 必死に、全力で脚を振った。


 跳んで、跳ねて、蹴り続けた。


 そして、吹き飛んだ。


 何キロもあるだろう鉄扉が、外へと蹴り飛ばされた。


 息を切らす光輝の背中を、万理はバシンと力強く叩いた。


「あなたを自害させなかったのは、あなたが彩の味方だからよ。あなたがまだ生きてれば、彩はまだ生きられそうだもの。だからさっさと助けにいきなさい。大切な人を亡くすのは、一途な人にとって地獄そのものよ」


「……薔薇園さん」


「何よ」


「……薔薇園さんが彩さんの友達で、よかったです」


「……何を言っているの? 早く助けにいきなさい。忠告はしたはずよ、邪魔をすれば殺すわ」


「はい!」


 走っていく光輝を見つめ、鳴り響く警報の中でフンと鼻を鳴らした。


 瞳の中に、赤い光が差し込む。


「うらやましいわ、彩。殺したくなるくらい」

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