胸の内

「あ、光輝こうきさん!」


 放課後のある日。光輝が道をフラフラしていると、結衣ゆいに声を掛けられた。結衣はビニールの袋にいっぱいモノを入れて、両手で抱きかかえている。見かねた光輝は、結衣から袋を受け取った。


「すいません、光輝さん」


「いいよ。そういえば、白川しらかわさんと初めて会ったときも、こんな感じだったよね」


「えぇ。でもあのときの光輝さん、渋々って感じでしたけどね」


「ハハ……ごめん」


 犀門寺さいもんでらの鳥居をくぐり、家の前に袋を置く。結衣は少し待つように言うと、家から小さな包み紙を二つ持って来た。中には饅頭が入っているという。前にも二界道から饅頭を貰い、光輝は変な縁を感じた。


「そういえば、あやさんの声は?」


「うん、出始めた。でも、彩さんって随分口数多かったんだなって。隣にいるとき、何度も話しかけようとして無理矢理声出そうとするんだもの」


「へヘッ、彩さんは口数が多いんじゃないですよ。明るくて、元気なんです」


「……そうだね」


 ちょっと元気がなくなった。実にわかりやすい。光輝は彩の声を、自分のせいだと思っているのだ。そんな、一体どこが自分のせいだというのだろうか。そう言っても、聞かないのだろうが。


「……光輝さん。光輝さんのせいじゃないですよ。光輝さんだって、米井よねい先輩が駆けつけてくれてなかったら――」


「分かってる。でも俺は、今こうして元気だ。彩さんはまだ、あのときの怪我で苦労してる。そう、思うと――」


 不意に結衣が光輝の手を取り、その甲に星印を書くように指でなぞった。そのとき笑った結衣の顔が寂しく見えたのが、光輝の印象に残る。結衣は何度も星印を描くと、よし、と言ってポンと光輝の手を叩いた。


「元気の出るおまじないです。そんな顔してたら、彩さんも調子狂っちゃいますよ」


「……フフッ、これって犀門寺の巫女公認のおまじないってわけだね」


 光輝が笑う。思えば結衣が光輝の微笑む顔を見たのは、初めての事だった。首を傾げる光輝に、少し固まった結衣が首を振る。


「光輝さん、冗談言う人とは思ってませんでした。フフッ、レアなとこ見ちゃった!」


「そ、そう?」


「はい! フフッ、もっと見たいな!」


「……そっか。うん、頑張るよ」


 光輝の顔をまた、笑みが彩る。二人で笑っていると、光輝の肩を誰かが叩いた。振り返れば、彩の指が光輝の頬を突く。


「彩さん、何やってるの?」


 彩の口角がグッと持ち上がる。彩の髪型は変わり、前髪が一本だけ垂れて、彩の片目の前でユラユラ揺れていた。他は後ろに流して、赤のリボンで結んでいる。


 どう?


「どうって……髪型? あ、うん……似合ってると、思う」


「光輝さん、そういうのはハッキリ言わないと! 女子は男子の評価に、敏感なんですよ?!」


「そ、そうなの? で、でも俺の意見なんて――」


 人差し指を光輝に突き立てて、左右に振る。彩はまた、口をパクパクと動かした。


 君の意見が欲しいのさ。


 困惑する光輝。いつもより詰め寄ってくる結衣にも動揺し、なかなか言葉が出ない。結局さんざん悩んだ挙句、光輝はうんと自分に言うよう言い聞かせた。


「今の髪型、俺は好きだよ。その……似合ってると思う」


 ありがとう。


 そう笑った彩は、結衣の隣へと行きまた笑った。結衣は彩と感じるものが同じらしく、同意したように頷く。光輝は一人、首を傾げるだけだった。


 京都府 清水寺。


「着いた……おい、まさか無理矢理付いてきて、助手席で寝てるだけってのはないだろうな」


 車を降りた二界道にかいどうが、助手席で目をこする相手に話しかける。相手は車を降りると、フンと鼻を鳴らした。黒髪を指でなぞって、掻き上げる。


「今は無職でしょ? 偉そうに語らないでくれる。元、警部さん」


「ハァ……可愛くないな、Cメール」


中川なかがわさやか。名前知ってるでしょ。Cメールなんてモノの呼び方しないで。ついでに、下の名前でもね」


 二界道を置いて、ケータイ片手にさやかは歩いていってしまった。さやかの背を見て、二界道から溜め息が漏れる。気難しいと、頭を掻きむしった。


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