困惑の夜

 学校の閉め切られた校門前で、光輝こうきはケータイを開いていた。


「遅いな……」


 学校の前で待ち合わせというメールを見て、間違いでないと確認する。すでに時間は三〇分もオーバーしていた。


「浴衣可愛い!」


「でしょでしょ?! すっごく着るの大変だったんだからぁ!」


 もしかして? いや、それはないか。なんか期待してしまった。


 自分の目の前を、浴衣を来た女の子を連れた家族が通る。ご機嫌な彼女は、父親にわたあめを買う約束をしてはしゃいでいた。もうそんな感じの家族を十組、そして高校生を二〇組近く見ている。


 メールも電話もしてみたが、気付かないのか一向に出ない。自宅からではないあやがどこの家から来るのか分からないがために、迎えに行く事も出来なかった。


「……探しに行こうかな」


 近くを探しに行こうか迷う。すれ違いに彩が来て、お互い会えないなんてのは避けたい。結局動けず、光輝は電話を掛け続けるしかなかった。


 さらに十分、まだ来ない。来ないというイライラよりも、向こうの身の安全が気になる。出ないのではなく、出られないのではないかと考えると、ゾッとした。頭を掻きながら、最悪の事態を頭からかき消す。


 ポンポン


「へ?」


 彩が光輝の肩を叩いていた。紫色の浴衣を着て、普段結んでいる髪は頭の上で団子状に丸まっている。いつもはしない赤いヘアピンが、紺の髪の中で一段と目立っていた。


 可愛いですよ、はい。


 両手を合わせて何度も頭を下げ、謝る。そんな彩の姿を見た光輝は、自分のケータイを指でコツコツと叩いてメールしたんだと教えた。五通のメールと八回の不在着信を見て、彩がまた頭を下げる。


「心配したよ」


 唇を頑張って動かして、何かを言おうとする。かすれた音しか出てこなかったが、ゴメンと言おうとしていることはすぐに分かった。


 赤の着物を来たティアと合流して——本当に浴衣で来るとは思ってなかったのだが――三人で屋台が並んでいる場所に行く。だが光輝は、移動だけに苦戦していた。ティアが光輝の腕を抱きながら歩くのだ。距離が近すぎて緊張し、うまく前に進めない。


 しかも彩は助けてくれず、光輝の背中を押して二人を進めていた。そんなことより助けてくれと、光輝の胸の内が叫ぶ。


「ワー! いぱい並んでマスよ! どれにしマス?」


 はしゃぐティア。だが光輝は顔を真っ赤にして動けず、彩が屋台を指差した。射的ゲームだ。当たるともらえるというゲームに、景品よりも好奇心で彩がやりたがった。


 一人三発まで。三人で合計九発のビービー弾と一丁のおもちゃライフルを借りて、ゲームに挑む。最初は彩が挑戦したが、二発当たっただけで倒すには至らず。


「おしかったネ、彩さん」


 お手上げだと両手を上げて、ライフルをティアに渡す。のだが……


「え? ——あ、危な……」


 何故か壁を跳ねた弾が必ず光輝の方へ飛ぶというミラクルを起こすも、結局当たらず。


「うぅ、当たらなかったデス。コーキくんにPassパスしマス」


「……出来るかな?」


 自身なさそうな光輝。だが彩は、随分前にもこういうことがあったことを思い出した。光輝と初めて会った日、自分が苦戦したレースゲームを一回でクリアしたことを。そしてそれが、今蘇った。


 光輝の放つ弾はことごとく当たり、最後には一番落としにくいだろう景品を撃ち落した。


「スゴイ! コーキくん!」


 撃ち終わって安堵した光輝に、すかさずティアが抱き着く。彩は拍手を送りながら、胸の内でズルいと言っていた。出来るなら出来ると言って欲しいものだ。出来ない、から出来るのはズルい。


 だが、カッコよかった。とても。すごく。


「……彩さん、どれがいい?」


 光輝が差し出す景品。お菓子が入った袋と、おもちゃの拳銃。さらに最近新しく出たゲーム機だ。ティアはすぐにお菓子の袋を取り、もう中身を探っている。彩は迷いに迷い、結局おもちゃの拳銃にした。


「それでいい?」


 彩は頷き、箱から出した黒光りする拳銃を光輝に向けた。パンと言ってるように口を動かし、打つ動作をする。


 さて、余ったゲーム機はどうしようか。ゲームを持ってない光輝は、悩みに悩んだ。大きいものを入れるための袋も持ってないし、本当に困る。そんな光輝の目に、ゲーム機を指差して母親に講義する男の子が映った。フラッとその二人に近付き、男の子の目線になるようしゃがむ。


「……欲しい?」


 男の子が突然のことにも驚かず、はっきり頷く。光輝はニコッと口角を上げ、男の子の頭を撫でながらゲーム機を手渡した。


「大事にしてね」


 男の子がまた強く頷くのを見届けて、母親のお礼を受けた光輝は彩たちの方へ戻っていった。戻った光輝の肩を叩き、彩が迎える。


「優しい?」


 彩の口が確かにそう動いた。何故かそう言った彩が照れ臭そうに笑う。自分と彩の距離が近いことに、光輝はようやく気付いた。


「コーキくん、次は何しマス?」


「え、えと……」


 答えられない光輝を見かねて、彩が光輝の背中を押して先に進む。やきそばを食べたりフランクフルトを食べたりと、行き先は何故か彩が決める。だがそれに、二人は何の文句もなくついていった。


「そういえば、もうスグ花火デス」


「そうだっけ?」


 彩が頷く。花火がよく見えると屋台の並ぶ場所を抜け、人々が溜まっている公園へと移動する。同じことを考える人が多くいたが、見たいものは空に上がるので問題はない。


「どっちでショー」


「……こっちだよ」


「デモみんな、反対向いてマスよ?」


「Eメールに出たんだ。間違いないよ」


「OK、それならだいじょぶデスね」


 南の空に光る、一等星。それに重なるように、色鮮やかな花火が空を彩った。距離が近いのか、熱を感じる。が、それに負けない迫力があった。


 ティアもその迫力に見入って、抱いていた光輝の腕から腕を離した。反対を向いていて途中から見た人達と違い、花火が空に咲く瞬間すらその目に焼き付く。その美しさに、全員の頭から言葉が消えた。


 そして見ていた彩の頭から声が出ないということを忘れさせて、光輝に話しかけさせた。だが声は、中途半端にしか出なかった。ちゃんと言ったつもりになった彩は、光輝が困惑していることに首を傾げる。


――すごいきれいだね


「す……ぅ、き」


「え……?」


 花火の熱と音が、二人の間を通過した。


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