演奏開始
季節はすでに夏。ほとんどの人々が涼しさを求めてプールに行くなか、三人の高校生はピアノの演奏会が開かれるコンサートホールに来ていた。
東京にあるそれほど有名でもない場所だが、当日はチケットを持った人達で席はすべて埋まっていた。周囲で演奏者の話やピアノの話が飛び交う。
「なんか、僕は場違いな気がしてきたよ」
「そなことナイですヨ。ネ? コーキくん」
「聴く人なんて選ばないよ。音楽って、どんなジャンルでも誰もが自由に聴けるものだから、気にする必要はないと思う」
「フフッ、そっか。
三人以外に高校生はいない様子だったが、制服はスーツやドレスと比べても違和感は感じられない。ティアの提案だったが、馴染めてよかったと彩は胸を撫で下ろした。
演奏が始まるまであと二〇分。入場の時に手渡されたパンフレットに写っている演奏者について話す彩とティアに挟まれ、光輝は天井を見つめていた。
抜け出したくても抜け出せないというのも事実だが、それよりも頭の中を
演奏開始のブザーとともに消える照明。それと対照に明るくなるステージの照明が、グランドピアノの黒の肌を光らせる。
すべての視線が自分に向けられ、演奏まえの一礼でとりあえず拍手が送られる。だがそれは平等に送られるモノで、心などこもっていない。それを今からこもらせるのだ。
椅子に座り、ピアノに向き合う。そして鍵盤にゆっくりと指を落とし、ピアノの第一声で視覚だけでなく聴覚まで集中させる。
そしてここから、自分の旋律がどれだけの人に聞き惚れさせるかという勝負になる。
ピアノ自体はもともと、人を惹きつける音を出す。だが弾く人によって、耳に届くまでに変わってしまうのだと教えられた。
故にこれは、どれだけ音を変えずに届けるかという勝負である。今までの練習の成果と、ステージに立つまでに磨かれた実力でどこまで出来るのか。
その結果は、最後の鍵盤を叩いた瞬間に決まる。
わずか三秒程度の余韻のあとに、開場全体を拍手が包む。ステージから見える人達の表情と拍手の大きさで、勝敗が決定するのだ。
そして今、自分はその拍手を送る側。勝敗など向こうは気にしてないのかもしれないが、それでも今自分がいるのは演奏者たちの実力を示す側なのだと、光輝は演奏開始のブザー音と共に現実に戻ってきた頭で考えていた。
紺のスーツに身を包んだ長身の男性がステージに立ち、拍手が送られる。そしてピアノの前に座ると目つきを変えた。
男性が鍵盤に指を沿えて、そして皆の注目するなかで鍵盤を押した。
そして同時に、ティアは震えたケータイに驚いて立ち上がり、開場から出て行った。不審に思う彩だったが、すぐに戻ってくると思って席を離れなかった。それに今、頼りになる光輝がピアノに集中していて動けそうにない。
演奏早々に開場を出され、眉をひそめていたティアはメールの文章にゾッとした。
『神を開場内に確認。気付かれぬように発見。それが出来れば、未来は明るくなる』
「コレも……占いナンです……カ?」
今までの占いとは違う形の文章に戸惑い、困惑するティア。だが無理矢理冷静にした頭で考えると、電源を切ったケータイにメールを送れるのは神と名乗っている人しか思い当たらない。
「神様を見つケルのが、私に与えられた
神を見つければ、今よりも素晴らしい平穏がやってくる。そうなれば、今よりもずっと――
ケータイを胸ポケットにしまい、ティアは開場の扉を少し開けて隙間から覗いた。
「ココ、三〇〇人も入るいてマシタね……多いデス」
ティアは開場に入った。胸ポケットのケータイを上から触り、席に戻る。ゆっくりと周りを見渡しながら、光輝の隣に座った。
ピアノに意識を集中させている光輝の横顔を見つめ、ティアは微笑んだ。そしてゆっくりと頭を光輝の肩に寄りかからせ、ピアノの旋律に耳を傾けた。
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