RUN(走る)

 光輝こうきは一人、家に帰らず歩いていた。先程分かれたあやの重い表情が気に掛かる。そして落ち込んだ友達を励ませない自分に、腹が立った。

 

 今朝の予報では雨が降るとは言っていなかったのだが、空には黒い雲が上空の強い風に吹かれて東京の町に集まっていた。お陰で夕焼けは雲に遮られ、進む道は暗く見える。気持ちが暗い分、余計暗く見えた。


 神を見つける……ゲーム……何が遊びだ。その神が暴走しても、まだ遊びだって言うのか。


 苛立ちが徐々に込み上げる。昨日の出来事も重なり、おかしくなりそうになる気持ちを光輝は必死に抑え続ける。


 何か壊したい。投げ出したい。逃げたい。その三つが光輝の中を巡回する。


――お前は才能溢れる子だ


――光輝は神に愛されて、生まれてきたのよ?


 離婚前の両親に、光輝はそう言われて育てられてきた。だが光輝は子供ながら素直にその言葉を受け取れず、称賛によって自信ではなくプレッシャーを生み出していた。


 そうして育っていたある時に離婚。それから一度、光輝は壊れたように暴れた。光輝自身は記憶にないが、それを知っている人は光輝に恐怖を覚えたと言う。そしてその暴走の始めにも、光輝の中でこの三つが巡回していたのだ。


「神……神……神……神――」


 壊れた人形の様にブツブツと繰り返していると、ケータイがメールの受信で震えた。そして確認したメールの内容に、光輝は震え上がった。


『次の道を左折し、五〇〇メートル先まで走れ。神がいる』


 光輝はケータイを握ったまま走りだした。全速力で走るのは、中学の体育祭以来。故にすぐにバテてしまい、何度か転びそうになる。だが左折して人の多い通りに出ても、光輝は走り続けた。


「どこだ……どこだ……神は……どこだぁっ!」


 今すぐ見つけ、一発――いや、分からなくなるくらいに殴ってやらないと気が済まない。乗る気ではなかったこのゲームだが、勝利目前で走らないほど馬鹿ではない。怒りに全てを任せ、光輝は叫ぶ自分を見る周囲を気にせず走り続けた。


「どこだ……どこに!」


 メールに記された場所に着き、息を切らしながら周囲を見渡す。だがそこに新年に見たあのスーツとお面の姿はなく、光輝はその場で咳き込み、膝を付いた。


 メールに書かれた場所は……ここのはず。まさか、あの格好では――


 冷静になった光輝は固まった。そして路地裏に入ると、眉間に指を当てて考え始めた。


 こんな人の多いところで面なんてつければすぐにバレて、一般人に抑えられるはず……そうなれば警察に行かされて、あの二界道にかいどうって言う人に見つかってゲームは即終了してるはず。あの格好でいる訳、なかったんだ……。


 足元にあった潰れた空き缶を蹴り飛ばし、奥の暗闇に放り込む。光輝は頭を抱え、コンクリートの壁に寄りかかった。全身が疲れて、重く感じる。


 大声まで出して走って……これじゃあ、確実に遠くに逃げた。俺がもっと冷静でいれば……もしかしたら――


 神を見つけてゲームに勝った未来を想像し、光輝は悔しくて堪らなかった。悔しくて泣けてくる。このゲームで危ない目に遭った結衣や霧黒、更には黒幕の一人が親だった彩を解放出来なかった自分を責めた。


『泣くことはない。斉藤光輝くん』


 不意に聞こえた声。高い声と低い声が混ざったあの気持ち悪い声を、光輝は忘れるはずもなく驚いて立ち上がった。声は空き缶を蹴り飛ばした奥から聞こえる。腕で乱暴に顔を拭い、光輝は奥へと歩みを進めた。


『今回は危なかったよ。一度他の参加者に見つかりそうになったけど、今回ほど近くはなくてね。四ヶ月で終わらせる事になりそうだった』


 一番奥の暗闇。錆びて凹んだドラム缶の上に、ICレコーダーとデータチップが置かれていた。声はあらかじめ、レコーダーに録音しておいたらしい。


『ここまで近付けたのは君が初めてだ。だから褒美を神から与えよう。そのチップをケータイの充電場所に差し込め。二〇秒差し込めば、メールの能力を強化するプログラムが君のメールを進化させる……では、健闘を祈る』


 ICレコーダーが停止し、光輝はチップを手に取った。どうしようか迷ったが、光輝はチップを差し込む。神を見つけられなかった悔しさと神に対する怒りはまだあったが、それよりも今強く芽生えたのは、神に対する挑戦意識。


「神を見つける。それが今、俺の周囲を少しでも明るく出来るのなら……俺は」


 データを移し終えたチップとICレコーダーをポケットに入れ、光輝はその場を後にした。そしてこの瞬間から、光輝のゲーム本格参戦が決まった。


「神様」


 コンピューター画面に囲まれた真っ暗な部屋の中央の席に神が座る。そしてそこに、ハデスの名前を貰った少女が歩み寄った。


「ハデスか。何か、我に訊きたい事でもあるのか?」


 ゼウスの前に座り、同じ正面の画面をハデスは見つめる。その画面には、能力強化されたメールを確認する光輝の後姿が映っていた。


「何故あの人のメールを強化したの? 強化するまえの段階で、神様はギリギリ逃げたのに」


 ハデスを見下ろし、神は画面に映る光輝を見ながら語った。仲間の前でも、あの気持ち悪い声で会話する。


「今日まで四ヶ月……二六名の参加者の内、我を見つけ損ねたのは僅か二名。今回の斉藤光輝さいとうこうきと、前回の米井清十郎よねいせいじゅうろう……この二人が、参加者の中で最も我を捜し出す確率の高いキーマンになると、我は踏んでいる」


「逃げる方なのに、追う方を応援する理由が分からない」


 神はハデスの頭を撫で、面の顔を振り返ったハデスに向けた。


「我は試したいのだ。これからの人間が果たして、この星で進化し続けるべきなのかを。だからこそ、あの二人の秀才に我はメールを託した。これからの未来を担う、それぞれにな」


「神様は逃げ切りたいの? 見つかりたいの?」


「……我は試合なら、ギリギリの逆転勝ちが最も燃える。案ずるな」


 ハデスは懐から出した飴を舐め、そのまま神と共に画面を見つめた。


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