訪問

「では、確かにこちらでお預かりさせて頂きましょう。おっと、もうこんな時間ですか」


 館長が時計を見て結衣ゆい光輝こうきの二人に毛の少ない頭を下げた。


「こんな時間までお待たせしてしまい、申し訳ない。二人共、今日はここで泊まるんだったね。すぐ、部屋を用意させましょう」


 そう言って館長は霧黒むくろに後を任せ、部屋を出て行った。


 時間はもう六時半で夕方。午後に出発したので当たり前と言えば当たり前の時間だろう。こうなる事を見越して、結衣父は館長に二人を泊めて貰う様頼んでいたのだ。しかも、博物館に。


「さて、では移動しましょう。始めに謝罪しておきますが、部屋を一つしか用意できませんでしたのでご了承下さい」


「いえ、父が勝手に言い出した事ですから」


 博物館に泊まれるって……白川しらかわさんの家、本当にただの神社なのかな?


 博物館に泊まると聞いた時、光輝は正直冗談だろうと思っているところがあったのだが、今二人の会話を聞いて本気だと思わされた。変におかしくなる。


 二人が通されたのは、絵も何も飾られていない前面白の壁に囲まれた個室だった。先程までいた部屋と同じ黒のソファーが置いてあるが、一つだけ。


「何とかこの部屋だけは用意出来ました。食事と入浴はさすがに用意出来ませんでしたが、とりあえずここで就寝は可能です」


「ありがとうございます、霧黒さん」


 やっぱり本当に泊まるんだ……ってか、俺は外で寝た方がいいんじゃ……。


 そんな事を思いながら、光輝は結衣と霧黒と共に部屋に入った。光輝が荷物を置くのを見てから、霧黒が口を開く。


「さて……二人共ですか? 参加者は」


 二人が頷くと、霧黒はアイフォンを取り出してメール画面を開いて見せた。


「私のメールは、周囲の細かな事や普段私が気にしている事を報告してくれるNervousナーバスメール……とても、神を捜せるとは思えませんね。お二人のは?」


「……俺のがElevateエレベイトメールと言って、俺の能力向上方法が書かれたメール。そして白川さんのがDeathデスメール。十分間に一回メールが送られ、そこに書かれている十人のなかで五人が死ぬと言う、予知メールです」


 光輝の説明に結衣も頷き、霧黒はレンズを撫でた。


「なるほど……どれも神捜索にはまるで向いていませんね。まぁ、いいでしょう。最悪、メールを使わずとも神は捜します。たとえ、無謀だとしても」


 霧黒が言い切ったその時、誰かが部屋のドアをノックして入ってきた。焦っている様で、眼鏡をかけた女性が額の汗を拭った。


「どうしました、そんなに慌て――まさか! また骨格標本の位置がズレて――」


「違いますよ! 副館長!」


「何だ、よかった」


 いいのかなぁ……。


 いいんですか?


 二人がそう思っていると、女性は切れている息を整えてから話始めた。


「け、警視庁の方が……副館長に話があるのですぐにつれて来いと」


「警視庁? 分かりました。すぐに対応致しましょう」


 女性が部屋を出て行くと、霧黒は二人に振り返って笑みを見せた。


「すみません。珍客のお出ましのようなので、私はこれで」


「は、はい……ありがとうございました」


 早足で部屋を出る霧黒に、二人は何も言えなかった。だがあの神経質な霧黒が、先程の女性の靴紐が解けている事に気付かないとは余程の事なのだと、二人は思わされた。


 そしてその霧黒は、博物館の入り口を出てレンズを撫でていた。


「お待たせしました。副館長の霧黒淳むくろあつしです」


 警察の青い制服を来た男達。その内の一人が笑みを浮べて前に出てきた。


「警視庁の佐藤さとうです。貴方様に少々話があるのですよ、霧黒様」


「話って、何なんでしょうね」


 部屋で自分の着替えを取り出しながら、結衣が訊く。光輝はソファーでケータイを弄りながら口を開いた。


「何の話か分かりはしないけど、今俺に送られてきたメールを見ると、俺達は行かない方がいいらしい」


「Eメールですか?」


 光輝は頷いたが、メールを見せなかった。結衣は気付かないで荷物のまとめに戻ってくれたが、これがあやだったら気付いただろう。もっとも、その彩が送ってきたメールなのだが。


『警視庁が僕ら参加者を捜してる。僕達の代わりにゲームに出ると言って、メールを取る気らしい。警察には、十分警戒してくれ』


 警視庁が……って、何で彩さんがそんな事知ってるんだろう?


 彩と卓の同盟を知らない光輝は、疑問を頭にぎらせながらケータイを閉じた。


 ……今は俺が守らないといけない、か。


 その頃霧黒は、入り口前で警視庁の佐藤と名乗る男と対峙していた。


「警視庁の方が、私に何の用ですか。出来れば、博物館の閉館後にお来し頂きたかったですね」


「いえいえ、本日は本来よりも一時間早く閉館するそうで。もう、お客様はおられないのでしょう?」


 わざわざこちらのホームページまで見たのですか……細かいことだ。


 霧黒は内心面倒に思ったが、表には出さぬよう佐藤の方をまっすぐ向いた。まだニヤニヤと笑みを浮べている佐藤に、気持ち悪さを感じる。


「で、話の内容とは」


「いや、なぁに。貴方の受け取ったメールの話ですよ」


 霧黒が一瞬動揺を見せる。内心を突かれた様な緊張が、霧黒を焦らせた。佐藤はニヤニヤした顔を霧黒に近付け、歩み寄ってくる。


「少し長い話だ……座ってお話したいので、中に入れては頂けませんか?」


 霧黒は日が沈んで冷たくなった空気を吸い込み、冷静を取り戻した。左目のレンズをなぞり、埃を払う。


「申し訳ない。これから展示物のチェックを隅々まで行わなければならない。それに、本日早めに閉館するのは、期間限定での新しい展示物を展示する為なので、尚更お通し出来ませんね」


 そうですかと佐藤が引く。霧黒は頭を下げて謝罪すると同時に、安堵した。


 警視庁が何用か知らんが……とりあえず、白川様達がいる今、この人達を館内に入れてはならないですね。


「では、率直に話を進めさせて頂きましょう。我々の用件はたった一つ、貴方のメールの譲渡です」


「譲渡? 貴方達警察にこのメールを?」


 はいと佐藤が頷く。霧黒はアイフォンを取り出し、見つめながら話した。


何故なにゆえです。警察がこれを持った所で、何の価値もないと思いますが」


「いえいえ。神が作ったと言うそのメールが、普通でない事は承知しております。我々警察にも一人、そして先日協力して頂けると言う人のメールを調べて確認済みです」


 メールの力が狙いと見える。ならば……。


 霧黒はアイフォンを佐藤ら警察の前で揺らし、見せびらかすようにしながら話を進めた。


「それで、貴方達警察が我々の代わりにこのゲームに参加して頂けると言う事ですか?」


「えぇ。そうすれば、貴方方参加者はゲームの重圧を感じずに生活出来るでしょう。さぁ、渡して頂け――」


「お断りします」


 佐藤の顔が一瞬ピクリと動いた。笑顔が歪んでグチャグチャになり、また笑顔に戻るその一瞬を、霧黒は見逃さなかった。佐藤の両脇で控えていた他の警察達が、霧黒に一歩近付く。


「えと……お話聞いてなかった訳ではありませんでしょう? 約四ヶ月前の普通の生活が戻ってくるのですよ? だからそのメールを――」


「貴方こそ、この距離で耳が遠いなんて言う程のお歳ではないでしょう? だから聞こえたはずです。お断りします」


 佐藤から完全に笑みが消えた。皺だらけの顔が、先程とは違う形で歪む。その表情を、霧黒は怒りと捉えた。霧黒はアイフォンをポケットにしまい、両手をポケットに突っ込んで堂々と構えた。


「私のこのアイフォン、実は機種変更したばかりなのですよ。前機は水没致しましてね。その時メールアドレスも変更したので、神からはもう送られてこないと思ったのですが……普通に来ました」


 霧黒はアイフォンを入れていないポケットに入れていた手を出し、真っ直ぐ腕を伸ばした。博物館をとおせんぼうする気なのか、佐藤達を睨む。


「警察にメールを渡した所で、私が新たなケータイ電話を入手すれば新たなメールは全て私の物だ。こうしてメールが私に送られてくる事から、私には神を捜す責務があると信じる! お引取り願おう、警視庁」


 佐藤が唇を噛み締めるのを見て、霧黒は横に広げていた腕を前に持ってきて止める仕草をした。


「力ずくでと言う積りなら、止めておくべきです。ここは三台の監視カメラが常時撮影記録している。顔はとっくに分かってますよ、佐藤様」


 佐藤の顔がまた違う形で歪む。怒りと悔しさが混じった、そんな表情。だが霧黒は、その表情をもし味方や仲間にされても、決して宥められないと自身で思った。


「今回は下がりましょう。ですが……メールはすぐにお譲り頂きます」


 佐藤が部下を引き連れて帰るのを見て、霧黒はレンズをなぞって博物館に戻っていった。館内に入ると同時に、脚の力が抜けて片膝を付く。


「このままでは……だが、一朝一夕には来ないでしょう。とにかく、白川様と斉藤様の安全を確保しなければ」


 霧黒は額の汗を拭い、事務室へ歩いて行った。



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