第21話
鬨の声とともに、玉蜀黍畑から、次々と兵が姿を現す。
一拍遅れて、屋敷の向こう側からも大きな声が聞こえた。
ファーラフィの提案によって、弩を持った兵は皆、屋敷の裏側に集まっている。彼らは、命令一下、素早い動きで片膝をついた。地面に置いておいた弩をとると、肩口に当てて狙いを定める。
駆け上ってくる兵士たちは、その統制の取れた動きと手にしている弩を見て、表情を変えた。
「落ち着いて、確実に狙え!」
指示の声とともに、敵を待ち構える。
先頭を駆けていた者たちが、驚きと恐れからその足をゆるめた。一方で、後続から次々と兵たちは駆け上ってくる。速度の鈍った先頭集団と追いついた後続集団がぶつかる様にしてその場に固まった。
その瞬間。
「射ろ!!」
命令の叫び。
弩の引き金が引き絞られる。弓よりも重い弦の音とともに、太い鏃を持つ矢が飛び出した。
密集していた所に、よく狙いを定めた射撃を行ったため、外れた矢はほぼ無い。強力な威力の矢は、確実に犠牲者の命を削った。
苦痛の叫びが次々とあがる。弩を持たぬ兵たちが、さらに石を何個も投げつけ、その叫びを増やした。
一方の屋敷の正面側では、シアート兵の他に、傭兵や不死隊の兵士たちが次々と立ち塞がる。そして、その中央に立つ女、ファーラフィは、天に手を差し伸べた。その周囲に浮かぶ何十本もの槍が、穂先を駆け上ってくる敵へ向ける。
ファーラフィが呪文を唱えた。
次の瞬間、槍は一斉に敵へと向かう。
白銀で出来ているようなその美しい槍は、まるで稲妻のように、複雑な軌跡を描きながら飛んだ。そして、次々と兵たちの体を貫く。一人の体を貫いただけではその勢いは止まることなく、後続の兵たちに次々と襲い掛かった。
この魔術は、“断罪の槍”と呼ばれる。並みの術者ならば、一本、二本の槍しか出現させ、操ることができない。それを何十本も同時に操ることができるのは、ファーラフィが並みの術者ではない証拠だった。
ファーラフィの魔術に合わせるように、傭兵たちは手斧や投槍を投げつける。シアート兵も、次々と石を投げた。
死を伴う苛烈な歓迎に、襲撃者たちの勢いが止まる。
戦場を飛びながら次々と兵を貫き、凄まじい数の死者を生み出した断罪の槍は消えた。
それを待っていたように、赤毛の傭兵が、彼らの言葉で何かを叫ぶ。傭兵たちは、その叫びに雄叫びで応えると、敵に向かって駆け出した。遅れをとるまいと、シアート兵が続く。その後を、落ち着いた歩みで不死隊が追った。
呆然としていた襲撃者たちの中へ、兵たちが飛び込む。
不意をうったと思っていた襲撃者たちは、迎え撃たれたことによって完全に士気を失っていた。そこへ、獰猛な傭兵が蛮声とともに切り込んできたのだ。当たるを幸いに剣や斧、槍を振り回す彼らによって、襲撃者たちは次々と倒れ付した。
彼らの作り出した空隙を、シアート兵がさらに広げていく。
「不死隊を出すまでも無かったか……」
一方的な戦いを前に、ファーラフィは呟く。北から来た蛮族たちの武勇と勢いは中々のものだ。このまま敵を蹴散らしてしまうかもしれない。しかし、敵の数はおそらく倍以上はいる。アトルに、敵を全滅させると約束したのだ。呟きとは裏腹に、不死隊の力が欠かせないことを彼女は分かっていた。
襲撃兵たちの間で、鋭い声で命令が飛び交う。兵たちの混乱を収めようとしているようだ。
その試みは功を奏したようだ。統制を失っていた襲撃者たちは、何とか互いに並び、肩を寄せ合って、対抗し始める。当初は一方的な攻勢だった守備側も、倍の数はいる敵を相手に、思うようには攻めることが出来なくなった。
中々の練度だ。
ファーラフィは襲撃者たちの連携を見て思った。最初の混乱から立ち直って自分たちの数の有利さを活かそうとしている。彼らがウル・ヤークスの正規兵なのか、ファーラフィには判断できなかったが、よく訓練されていることは確かだ。
攻めあぐねている傭兵やシアート兵を置いて、不死隊が強引に切り込んだ。
槍や長剣を手に、次々と敵を突き刺し、切り伏せる。
迎え撃つ襲撃者たちも、多勢を頼みに少数の不死隊の兵を取り囲み武器を繰り出した。不死隊はその攻撃を凌ごうとするが、さすがに数では圧倒的に負けている。次々とその身に白刃を受けてしまう。
しかし、不死隊の動きは止まらない。
ある者は槍が腹部を貫通している。ある者は胸に剣が突き刺さったままだ。常人ならば倒れてしまうような傷を負いながら、不死隊の兵たちは何の遅滞もなく戦い続ける。一言も苦痛の声を漏らすことはなく、その傷からは、血が一滴も流れ出すことはない。
その異様な光景が、襲撃者たちの心を挫いた。
踏みとどまる者もいるが、多くの兵が後ずさり、背を向けるものもいる。
流れが変わった。
守備側の兵たちは、勢いを得て、さらに攻勢に出た。
立ち向かう兵は不死隊の兵が次々と迎え撃ち、他の兵たちは逃げ出す者たちを追いかける。
「勝ったな……」
ファーラフィは頷くと次の魔術を組み立て始めた。全ての兵が襲撃者を追えるとは限らない。この場から逃さないために、自分がその力を振るわなければならないだろう。
次の瞬間、玉蜀黍畑の中に大きな魔力を感じて、ファーラフィは動きを止めた。
敵にも魔術師がいる。
一瞬の驚愕から立ち直って、異なる魔術を行使しようとする。畑の中に隠れ潜んでいた魔術師は、何か強力な魔術を行使しようとしている。複雑に練られ、導かれた力が、形を成して現れようとしている。ファーラフィの感覚がそれを理解していた。その魔術の行使を止めなければならない。
ファーラフィの前に、一本の槍が姿を現した。
断罪の槍だ。
それも、最初に使った時と比べ、その一本に魔力を注ぎ込んだものだった。敵の魔術師が魔術的な守りを固めていることを想定して、それすら打ち破れるように威力を高めている。
魔力の発生源に、断罪の槍を放つ。
まるで悲鳴のような耳障りな甲高い音を発して、槍は飛んだ。玉蜀黍の葉をひき千切り、撒き散らしながら、目標へと向かう。
槍が向かう先、畑の一角が赤黒く光った。
銀色の槍が玉蜀黍の間に飛び込む。大きな衝撃音が聞こえた。
それと交錯するようにして、何かが飛び出した。
遅かった。ファーラフィは悟った。解き放たれた魔術は、大きな形を成してこちらに向かってくる。
巨大な影は、凄まじい速度で畑を駆ける。進路に立つ者たちは、守備側、襲撃側関わりなく、その巨体に蹴散らされた。
「しまった!」
ファーラフィは唸る。次の術は間に合わない。
衝撃を覚悟したファーラフィの頭上を、その巨大な影は跳び越す。そのまま高い石壁の塀を越え、屋敷の中へ姿を消した。
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