第6話

 甲高い笛の音とともに、翼人空兵が飛来する。


「敵、二百騎は向こう側の砂丘を越えています。この砂丘を越えれば会敵します!!」


 ファーダウーンは、翼人の報告に頷いた。


「南西側からの敵はどうだ」

「まっすぐこちらに向かって来ています! 距離はまだありますが、このままだと挟み撃ちにされる恐れがあります!」

「奴ら、この砂漠のど真ん中で、お互いの部隊の位置を把握しているのか」


 副隊長がファーダウーンに顔を向けると、唸るように言った。


 本来、戦場は無闇に広げるべきではない。机上の軍略で壮大な戦術を展開したとしても、その指示に引きずり回されるのは地べたを歩くのは人間だ。彼らはその目で見るものしか知ることができないし、いるかも分からない敵を探す疲労や士気の低下が蓄積することによって、軍隊はその力を失い、そして簡単に崩壊してしまう。拠点を攻略するならばともかく、広大な大地における野戦や会戦で兵力を分散すれば、味方と合流できずに彷徨うことになったり、各個撃破されてしまう危険が大きかった。


 しかし、空兵がいることで、戦場は一変する。空兵が偵察や伝令をすることで、兵たちは見えない敵の存在を知り、遠く離れた味方と連絡を取り合い、連携することができる。これによって、指揮官は広大な地図に軍略を描くことができるのだ。


 古代、各地を劫略した遊牧民によってもたらされたこの戦術は、空兵を養うことのできる富裕な軍隊にとって欠くべからざるものとなっていた。


 カラデア軍には空兵はいないはずだ。しかし、彼らは広大な軍略を描く手段をもっているらしい。それは、おそらく砂の音を聞くことのできる者たちの力なのだろう。彼らは、よい耳だけではなく、よく通る声も持っているらしい。ただ音を聞くだけではなく、それを伝える手段を持っている。それは、彼ら第三軍にとって、看過できないことだった。


「早く目的を達成する必要があるな。挟撃されれば大きな怪我をすることになる」


 ファーダウーンは副隊長に答える。


「そうだな。さっさと“客人”を送り届けるとしよう」


 副隊長は、率いる部隊の隊列を振り返り言った。


 騎士たちは砂丘を駆けあがる。


 砂丘と砂丘に挟まれた谷間に出る。


横へワアディ!!」


 ファーダウーンが鋭く、短い一言で隊列の変更を指示する。激しく駆ける戦場において、誤解なくはっきりと命令を伝達するために生まれた言葉だ。特に騎兵たちが、この通り言葉を使っていた。発せられた命令に従って、縦一列に進軍していた部隊は、足並みを揃えながら流れるような動きで横一列となって砂丘を下る。敵に対して、広い範囲から矢を射るための隊列だ。


 隊列を変えながら砂丘を一気に下った斥候部隊は、同じように砂丘を駆け下りてくる駱駝騎兵部隊を見て一斉に弓矢を構える。遠めに見ても、その部隊の半数以上が独特の衣装を着たルェキア騎兵であることが分かった。


「放て!!」


 ファーダウーンの命令一下、一斉に矢が放たれる。ほぼ同時に、カラデア騎兵からも矢が放たれた。斥候部隊の放った矢は、まるで吹き付ける疾風や押し寄せる波のように、一つの塊となって飛ぶ。一方のカラデア騎兵たちが放った矢は、乱雑でまばらな印象を与える。 


 不安定な斜面を駆け下りながらの騎射であり、お互いに距離もあるため、斥候部隊に矢はほとんど命中はしない。しかし、一方のカラデア騎兵は何人も矢を受けている。射程距離と技量でいうと、斥候部隊の、特にカッラハ族の弓のほうに分があるようだった。


 カラデア騎兵たちに一瞬の遅滞が生じる。その隙を逃さず、ファーダウーンは大声で命じた。


全速で進めワカゥ!!」 


 雄叫びにも似た声を受けて、騎兵たちは弾かれたように一気に敵へと接近する。速度で勝る恐鳥騎兵が突出し、その背後を駱駝騎兵が追った。隊列はくさびのような形となる。


 多くの人間が、ひとつの命令によって整然と迅速に動くことは難しい。特に、予想外のことが起きた場合はそうだ。カラデア騎兵もその例に漏れず、斥候部隊との遭遇、そしてその速さに対応しきれずに混乱し、動きが滞っている。


 一方の斥候部隊は、鍛え抜かれた第三軍ギェナ・ヴァン・ワであり聖女王への信仰と忠誠によって固く結ばれた、いわば一つの生き物だ。訓練された獣である彼らは、命令に即座に反応し、獲物に襲い掛かる。


「矢つがえ!」


 駆けながら命ずる。兵たちは次の矢をつがえた。


 猛烈な速さでこちらに接近する部隊を見て、カラデア騎兵たちに混乱が生じた。慌てふためいて右往左往している兵たちを、隊長らしき者が大声で叱咤している。


 奴らは完全には統制がとれていない。ファーダウーンはそう感じた。ならば、付け入る隙はある。


「放て!」


 再び矢が放たれる。


 接近してから放たれた矢は、次々とカラデア騎兵に突き刺さった。兵が、駱駝が悲鳴をあげながら地に倒れ付す。


「白兵!!」


 命令を受けて、騎兵たちは弓を鞍に預け、素早く槍と盾を手に取った。身を低くして矢の飛来に備える。そして、喚声とともに敵に迫った。


 混乱し、駱駝の首も定まっていなかったカラデア騎兵たちは、その蛮声に恐れをなしたのか、反転して駆け出した。


「逃げる……だと?」


 構えた盾越しにカラデア騎兵の背を睨みながら、呟く。たった一度の矢の応酬でこちらに背を向けるというのか。


「誘いか……?」


 遊牧の民にとって、逃げることは敗北ではない。あくまで戦いの局面を変えるための一つの手段であり、敵を誘い込むための罠として、作戦としてあらかじめ決められていたことであることも珍しくない。それは、軍の中に多くの遊牧の民がいるウル・ヤークス軍も例外ではなく、騎兵の戦いの基本でもあった。


 その為、目の前のカラデア騎兵部隊が簡単に逃げ出したことは、ファーダウーンに罠の存在を感じさせる。本来、斥候部隊としては、敵が逃げ出したことであえて追う必要はない。しかし、今回の任務では、斥候部隊は敵に肉薄してあえて乱戦に持ち込まなければならない理由があった。


「追うぞ! ただし、敵が待ち伏せしているかもしれん。足並みを揃える!!」


 ファーダウーンの指示に、部隊は速度を落としながら隊列を整える。そして、逃げるカラデア騎兵たちを追った。


 逃げるカラデア騎兵の足は速い。斥候部隊は、それを見届けながら、自分たちも速度を上げた。


 ファーダウーンの合図で、足の速い恐鳥騎兵が突出して駆ける。そして、必死に逃げるカラデア騎兵たちの最後尾に追いついた。振り向いたカラデア人兵士が、恐怖の表情を浮かべている。


 狩猟で獲物を追い詰めることにも似た状況に、加虐心が刺激される。しかし、血と力に酔ってはならない。戦場で、血と力に酔いしれて、破滅に至った者がどれだけの数ほどいるか知れない。戦場では、常に冷え切った心でいなければならない。紅旗衣の騎士はそう教わっている。  

 

 駱駝騎兵に速度で勝る恐鳥騎兵は、ついにはカラデア兵たちの横に並んだ。


「弓構え!」 


 ファーダウーンの命令に、騎兵たちは弓を取り矢を番える。左方を並走するカラデア騎兵たちに弓矢を向けた。


「放て!」


 縦一列の隊列から、一斉に矢が飛んだ。


 悲鳴が上がり、まるで薙ぎ倒すように次々と駱駝が倒れ、兵士たちが鞍上から転げ落ちる。しかし、狼から逃れる鹿の群れのように、カラデア騎兵たちは恐鳥騎兵の餌食となった仲間たちに構うことなく、ただひたすらに駆けていた。


 恐鳥騎兵が次の矢をつがえた時、行き先の空に黒い煙が広がった。さらにもう一度。


 ファーダウーンはそれを見ると、手を大きく下げて合図する。騎兵たちは、急激に速度を落とすと、並足となった。やがて、後続の駱駝騎兵たちが追いつく。


 カラデア兵たちが逃れる方向のさらに右手にある砂丘の向こうに、砂塵が立ち昇った。そして、すぐに黒い影が姿を現す。


「右方にカラデア騎兵部隊です!!」


 カッラハ族の兵士が叫んだ。


「もう合流したか。早いな」


 ファーダウーンは驚嘆の呟きを漏らす。ここまで、迷うことなく最短の道程で駆けつけてきたのだ。やはり、敵は自分たちがここにいることを分かっていた。 


 敵兵たちは、砂丘を上り切るなり、矢を放ってきた。それは狙って放たれたというよりも、威嚇のための矢であったらしく、砂原に突き刺さっていく。しかし、そのまま敵を追っていたとしたら、不意を打たれて横っ腹に矢を受けていたところだった。


 斥候部隊の追撃から逃れたカラデア騎兵たちは、離れた場所で隊列を整える。そしてこちらへと再び向かってきた。さらに、新たに現れた部隊も駆けてくる。正面と右から、砂塵を巻き上げながら敵が迫ってくる。


 さすがに挟み込まれてしまっては、部隊も持ちこたえることはできない。対応しきれずにすり潰されてしまうだろう。乱戦に持ち込むことが目的だとはいえ、あまりに味方に被害が大きくなりすぎる。


「左へ!!」 


 指示によって、部隊は素早く左へ駆けた。すぐに発せられた次の命令に従い、遊牧民の騎兵たちは恐鳥や駱駝を駆りながら、右方へと弓を向けて威嚇の矢を放つ。技量や装備の関係上、紅旗衣の騎士にはできない芸当だ。しかし、カラデア兵たちも斥候部隊に接近しすぎることはない。斥候部隊を追い立てるように、遠間から返礼の矢を射てくる。


 カラデア兵の二つの隊列は、決して合流することなく、異なる方向から斥候部隊を追い、時折矢を射掛けてきた。斥候部隊が足を緩めれば同じように速度を落として遠巻きにし、決して近付くことはない。ファーダウーンが転回を命ずると、カラデア兵は素早く後退し、距離を取る。そして、時折矢を放ってくるのだ。


 この状況が、しばらくの間砂原の上で繰り返された。 


「ファーダウーン!」


 副隊長が苛立ちを隠しきれない様子で、ファーダウーンの横に並ぶ。


「何だ?」 

「敵の動き、気付いたか? 俺たちは……」

「ああ。奴らは俺たちを狩場に追い込みたいようだな」


 これで一体何度目か、遠くからこちらを挟み込んだカラデア騎兵たちを睨みながら、ファーダウーンは答えた。


 自分たちの向かう方向は、カラデア兵たちに誘導されている。ファーダウーンもそのことは分かっていた。しかし、無理に突撃しても彼らは白兵戦に応じないだろう。双方向から矢を浴びせられて、矢の山になってしまうだけだ。


「このまま追い込まれた先に、罠があるということだぞ」

「このまま矢戦に徹しても仕方がない。奴らもどこかで限界が来る。その時を待つしかない。この先に罠があるなら、喰い破る。それが本来の目的のはずだろう」


 そこで何が待ち構えているのかわからない。しかし、逃げ帰ることはできない。このまま敵の思惑に乗って、油断したところを喰らいつくしかなかった。






 

「近付いてきたぞ」 


 ダカホルは顔を上げると、キエサを見た。


「分かりました」


 キエサは頷くと、部下たちを振り返った。


「全員、騎乗しろ!!」


 カラデア兵たちは、その命に頷くと、次々と駱駝の高い鞍によじ登った。


「弓を用意しろ。奴らが近付いている!」


 キエサの鋭い声に応じて、兵たちは弓矢を手挟む。


 戦いを前に興奮した駱駝たちの鳴き声が、岩壁に反響して響く。巨大な岩棚の屋根の下に、彼らは潜んでいた。


 斥候部隊を待ち受ける彼らは、いち早くこの岩棚に隠れている。そして、ルェキア族騎兵を主体とした駱駝騎兵たちを勢子せことして、ここまで追い込む、あるいは誘き寄せることにしていた。

 

 そのために沙海を駆ける騎兵部隊の指揮は、ワザンデに任せていた。駱駝騎兵を操ることにおいて、ルェキア族に敵う者はいない。


 先発してこの場所に到着したキエサたちは、敵の位置を調べ、ワザンデたちにその情報を知らせる必要があった。その為に尽力したのは、ダカホルだ。


 ダカホルは、砂上にカラデア文字において矢印にあたる記号を浮かび上がらせて、別々に動く騎兵部隊を導いたのだ。それは砂文すなぶみと同じ術法だったが、高速で移動する味方の部隊と敵の部隊を同時に把握して、なおかつ大きな砂文字を浮かび上がらせるという困難な技はダカホルでなければ成し得ない。


 ダカホルの誘導にしたがって、騎兵部隊は敵を追いたて、そしてここに近付いている。


「隊長! 来ました!」


 岩の上から監視していた兵が叫ぶ。


「よし、出るぞ!」


 キエサが片手を上げる。


 駱駝騎兵たちは岩棚の下から青空の下に進み出た。岩陰から陽光の下に出たために一瞬目がくらむ。


 カラデア兵たちは自分たちを匿ってくれていた岩塊の方向を向いた。


「構えろ!!」


 目を眇めながら、天に向けて弓矢を向ける。


「狙う必要はない。驚かすだけで充分だ。奴らにしっかりと恵みの雨をご馳走してやれ!」


 キエサの言葉に大声で応じながら、兵たちは弓を引き絞った。


「今だ」


 射程に入ったことを“聞いた”ダカホルの声。


「放て!!」


 キエサは手を振り下ろした。





 



 恐鳥を駆るファーダウーンの上空から、笛を吹き鳴らしながら翼人空兵が急降下してきた。その音色は悲鳴にも似ており、尋常ではないものを感じて思わず見上げる。


「ファーダウーン殿!!左方岩陰から敵が姿を現しました。弓矢を構えています!!」


 降下しながら、空兵は叫ぶ。


 ファーダウーンは左手にある岩塊を一瞥した。


 近い。警戒の鐘の音が心臓の鼓動となって彼を急きたてた。


 微かに聞こえる無数の風を切る音。岩塊の向こうから、矢が黒い群れとなってこちらに飛んでくる。


「全速で駆けろ!! 左方の岩へ!! 矢が来るぞ!!」


 ファーダウーンは叫んだ。


 弾かれたように斥候部隊は駆け出す。翼人は空へ舞い上がった。


 急げ、急げ。


 心の中で呟く。恐鳥が、甲高い声で鳴きながら砂を蹴立てた。黒い影が、風を切る音ともに舞い降りてくる。


 目の前に、翼人が落下してきた。


 空で矢を受けたのだろう。何とか落下速度を落とそうと大きく羽ばたきながらも、力尽きたのか、砂を巻き上げながら砂原に転がる。


 ファーダウーンは、激しく揺れる鞍から身を乗り出すと、半ばぶら下がる様にして手を伸ばす。そして、翼人空兵の腕を掴んだ。上体を起こしながら、一気に引き上げる。その体は、身長や体格から想像させる重さよりもはるかに軽かった。


 翼人空兵は意識を失っているようだ。その体を恐鳥の首にもたれ掛からせる。


 背後から、駱駝の悲鳴や重いものが転がる音が聞こえた。一体何人が矢を受けたのか。今は確かめる術はない。


 喚声があがる。岩塊の向こうから、カラデア騎兵が溢れ出すように駆けてきた。振り返れば、背後の騎兵たちも、一気にこちらへ距離を詰めて来る。


「望むところだ!!」


 ファーダウーンは吼える。


 その声に、翼人空兵は顔を上げた。意識を取り戻したらしい。朦朧とした表情でファーダウーンを見る。


「ファーダウーン殿……、私は……」

「気が付いたな! お前は見事に射落とされたんだよ」


 ファーダウーンは獰猛な笑みを浮かべる。


「申し訳ありません! 気付くのが遅れました!」

「構わん! これで奴らに喰らいつくことができる。飛べるか?」

「右の翼をやられました」

「そうか、ならば白兵戦だ。手伝え」


 ファーダウーンは言いながら自分の弓を手渡す。


「弓は得意だろう? 近寄る奴を手当たりしだい射殺せ!」

「はい!」


 弓と矢を手に取った翼人空兵に頷いて見せながら、ファーダウーンは長剣と盾を手に取る。


「さあ、ここからが本番だ」


 笑みとともに、素早く四方に顔をめぐらせる。前方と後方から敵が迫ってくる。このままでは、包囲されてひき潰されてしまう。先手を取って、一点突破するしかない。 


「転回!! 突撃!!」


 命令とともに、斥候部隊はまるで蛇のようにうねり、方向を変えた。 


 背後から迫ってきたカラデア騎兵たちへと向かう。その部隊は、特にルェキア族の比率が高い。


 全速で駆ける。


 恐鳥騎兵が鏃となって突出し、カラデア兵へと迫る。


 喚声とともに兵たちは衝突した。


 ルェキア兵たちが血を撒き散らしながら、次々と鞍上から弾き飛ばされる。


 ファーダウーンは盾でルェキア兵の槍を叩き逸らしながら、長剣を突き込んだ。切っ先は敵の首を半ばまで裂く。


 噴出す血を後にしながら、ファーダウーンはさらに恐鳥を駆る。翼人が目の前の敵に矢を放った。ファーダウーンもその剣ですれ違いざまに駱駝の首を切り裂く。


 紅旗衣の騎士たちの猛攻は圧倒的だった。


 包囲するために接近したルェキア騎兵は、さんざんに叩きのめされてしまい、部隊の中を突破されてしまった。


 斥候部隊はそのまま、ルェキア騎兵の背後にでると、再び反転する。ルェキア騎兵たちも、背後をとられてはたまらない。そのまま進むと、警戒しながら斥候部隊と向き合った。


 他の騎兵たちも、これによって完全に勢いを失してしまった。カラデア兵たちは斥候部隊を遠巻きに取り囲んだまま、その足を止めている。


 ファーダウーンも、斥候部隊をその場に止めると、敵の様子をうかがった。今の一撃で、敵の勢いを削ぐことに成功した。こうなると、すぐには攻撃しては来ない。


 敵兵たちは、伝令を行き来させて何かを伝達しているようだ。しかし、再編して一つの部隊になろうとはしていない。


 もう一戦あるか……?


 ファーダウーンが図りかねていると、敵が動いた。


 一部隊が、岩塊の後ろに下がっていく。その姿が消えたと同時に、次の部隊が同じように岩塊に向かった。そして、最後に残った部隊が、ゆっくりと岩塊へと後退していく。


「どうする、追うか?」


 副隊長の問いに、頭を振る。


「誘っているんだ。あの岩塊を越えた途端、やられるぞ」

「ああ、そうだな」


 ファーダウーンは、振り返ると、部下を呼んだ。


「“客人”を送り届けたか?」

「はい! 確認しました。無事に紛れ込んだようです」


 “客人”を護衛していた兵が答える。ファーダウーンは安堵の溜息をもらした。“客人”があの矢を受けていたらどうなっていたか。この任務が台無しになるところだったが、幸い最悪の事態は免れた。


 岩塊の向こうでこちらをうかがっていたカラデア兵たちは、立ち止まったままこちらを見送っている斥候部隊に戸惑った様子を見せていたが、やがて、岩塊の向こうへ姿を消した。全部隊が、そのまま速やかにその場を離れていく。


 彼らは、部隊の中に見知らぬルェキア族が紛れ込んでいることに気付いてはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る