第4話 眠りにつく前に

「皐月、おまえそろそろ大学行く時間だろ。」


ハッと我に返ると隣には朝刊を折りたたんでいる太陽がいた。

壁にかかる無機質でシンプルな銀の時計を見上げると時計の針は8時に近い位置を指している。窓の外はまだ雨で暗くて朝を迎えた実感がなかったが、冷めたコーヒーの香りで少しづつ現実の世界へと戻れそうだった。


「そうね、行かなくちゃ。」


太陽に向き直ってみると、もう太陽は目を閉じて座ったまま眠りかけていた。

私はすくっと立ってベットへシーツを取りに行く。

いつもベットへたどり着く前に太陽は部屋のどこかで力尽きてしまう。そこがかわいいような大人げないような複雑な気持ちが浮かぶが、ベットで少しでも良い眠りを迎え入れてほしい気持ちが勝る。


太陽を無理やりソファに押し倒してシーツをかけると太陽の瞼が少し開いた。


「明日さ、おまえ大学全休だろ。バイトあるの?」


「シフト入れてない。」


「じゃあ、いつものとこ行くぞ。」


「わかった。」


太陽の瞼が限界を迎えてゆっくり閉じた。


急いでファイルやノートを詰め込んで足早に玄関へと向かう。

玄関には太陽の濡れた革靴が小さな水たまりに囲まれてきちんと揃えて置かれている。


(雨だし、白の靴はやめたほうがいいか)


コンバースのホワイトハイカットの気分だったが、コンバースのブラックハイカットを靴箱から取り出す。太陽の革靴の隣に置いてから足を入れ、靴紐を結ぶ。


(帰ったら太陽の革靴磨いてあげなきゃ)


そんなことを考えながらドアを開けて雨が飛び交う世界へ飛び出した。

独特な匂いが皐月の鼻を駆け抜ける。

コンクリートが湿る匂い、草花が放つ匂い、車の排気ガスが濡れた匂い、朝が運んだ匂いが混ざり合っている。


(あ、傘忘れた)


鍵をさした瞬間思い出してドアを開け放つと、目の前に私のお気に入りの赤い傘を持って立つ眠たそうな太陽がいた。


「傘忘れんなよ。」


びしょ濡れで帰ってきた27歳に言われたくないが、珍しく見送ってくれることが少しだけ嬉しくて何も言えなかった。


「行ってきます。」


ドアを閉めるとドア越しから「行ってこい。」と微かに聞こえた。


大学へと急ぐ足音がなんだかいつもよりテンポよく聞こえた。

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天泣 トウカ @momosan1010

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