14 潜入
「ん……おい、誰か、いるのか?」
まずい。
もしここで見つかったら、騒ぎになる。
そうなれば終わりだ。
どれだけショゴスが強力であろうとも、いま集会所にいるであろう大量の人魚たちがきたら勝てるかどうか。
さらに厄介なことに、いまこの近海には「落とし子」とかいう巨大な神の子のようなものが潜んでいるのだ。
とてもではないが、あれは相手には出来ない。
あと集会所までは十五メートルほどの距離に近づいたが、人魚顔の男はこちらに迫ってくる。
隠れるような場所もなかった。
「ショウコちゃん……なるべく音をたてず、あの男を殺すこと、できる?」
するとショウコは無言のままうなずいた。
突如、彼女の腹部のあたりから鋭い槍のようなものが恐ろしい速度で人魚顔の男の胸元に突き出していった。
「ぐっ……」
ちょうど胸の肋骨と肋骨の間のあたりに、肉でできた槍の穂先が突き刺さる。
人魚顔の男が無言でくずおれた。
するするとローブをたぐりよせるように、ショウコの槍の穂先に刺さったものがこちらに近づいてくる。
途中、ぶつん、ぶつんというひどく厭な弾性にとんだ音がした。
「オワッタ」
ショウコは手繰り寄せたものを無造作にアスファルトの上に置いた。
必死になって御華子は吐き気をこらえた。
それは、どう見ても心臓にしか見えなかった。
太いパイプのような動脈がすべて綺麗に切断されている。
しばらく心臓はぴくぴくと痙攣していたが、やがて動かなくなった。
「ちゃ、ちゃんと私についてきてっ」
小声でショウコにそう告げると、御華子は心臓をぬきとられた人魚顔の男のもとに静かに駆け寄っていった。
レインコートをぬがせて、自分が羽織る。
フードの部分を深くかぶれば、顔はたぶん見えないだろう。
「ショウコちゃん、私の後ろに隠れていて」
彼女の知性は、見た目の年齢くらいはあると考えて間違いない。
それでもその本質が怪物であることには違いないのだが。
「おい……いま、なにか、音しなかったか」
別の人魚顔の問いに、御華子はひどく低い声を作って答えた。
「いや……気のせいじゃないか」
「そうか……しかし、俺たちも損な役回りだな。いま、集会所じゃあ、あの昴神の司祭を拷問しているってのに」
驚いたが、話をあわせた。
「まったくだ。運が無い」
相手は特に不審も抱いていないようだ。
なにしろ暗い上、かなりの雨が降っているので声もこもって聞こえているのが救いとなった。
「しかしあのショゴス使いに昴神の司祭とか……一体、なんだってんだ。おまけに蛇権現様の社まであんなことに……」
ざまあみろと思ったが、さすがに口には出さない。
「まだ、ショゴス、見つかってないからな。お前も気をつけろよ。ただ、東のトンネルのほうにむかったらしいから俺らには関係ないだろうが」
まさかそのショゴスが幼女の姿となり自分の後ろに潜んでいるとは、この人魚顔の男も夢にも思わないだろう。
そのまま、かなり集会所に近づくことができた。
周囲は海鼠壁で囲まれた、かなり大きな日本家屋を改造した建物である。
問題はここからだった。
どうやって内部に侵入すればいいのだろうか。
確か集会場には裏に勝手口があったはずだ。
もし警備のものがいれば、ショウコになんとかしてもらえばいい。
そう思って裏手にまわったが、呆れたことに誰もいなかった。
戸口には鍵すらかけられていない。
扉を開くと、建物と壁の間の狭い空間になんとか入り込んだ。
そこからさらに、建物本体に勝手口に入ろうとしたが、さすがに今度は鍵がかけられている。
「ショウコちゃん……なるべく音をたてずに、この鍵を壊せる?」
再びショウコの腹のあたりが波打ったかと思うと、今度はゆっくりと細い触手のようなものが現れた。
ノブのあたりを掴み、がちゃがちゃと鳴らしていく。
「あ、あんまり音をたてちゃ駄目よ」
御華子は気が気ではなかったが、幸い、誰にも聞きとがめられなかったようだ。
やはり嵐の夜の轟音にかなり助けられている。
やがて鈍い音とともに、扉が開いた。
どうやら力ずくで、鍵を破壊したらしい。
ショゴスというのは繊細な作業は苦手なのだろう。
緊張しながら扉を開けた。
建物のなかはしんと静まり返っている。
ちょうど、ここは台所に繋がっているようだった。
あるいは集会所では、人々のために料理をふるまったりすることもあるのかもしれない。
ただ、それがどんなものなのかはあまり考えたくなかった。
台所というよりは、ドブのような刺激的な悪臭があたりにこもっている。
だが、少なくとも集会所内部の潜入には成功したようだ。
もっとも、いままでこの建物のなかには入ったこともない。
もともとかなり大きな邸宅を改造したのだから、相当に広い建物だろう。
迷わなければよいのだがと思った瞬間、かすかな悲鳴と、気味の悪い笑い声のようなものが聞こえてきた。
そういえば、風宮は集会所で拷問をうけていると人魚顔の男は言っていたのだ。
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