この世界のさらにいくつもの片隅に

 この映画、封切りは去年(※執筆時)の年末なのですが、地元では今の時期に上映されております。私、前作にあたる『この世界の片隅に』は4回劇場に足を運んでおりまして。まぁまぁのリピーターでございました。なので、タイミングが許せばこの完全版(?)もリピートしたいところでございます。


 では早速感想に移りますね。改めて書きますけど、この作品は『この世界の片隅に』でカットしてしまったリンさんのエピソードなどを追加した、監督が本来描きたかった『この世界の片隅に』の姿となります。最初に片渕須直監督がこの作品を映画にしようとしてコンテを切った時の元々の姿の映画版、なのかな。それともまた違うのかも知れませんけど。


 とにかく、フルエピソード版なんです、多分。私、映画を観るまでは本作がリンさん関係のエピソードだけ追加したものだとばかり思っていたんですよ。

 でも、そう思いながら映画を観ていたら初っ端から裏切られました。最初の方のエピソードから追加シーンがあったのです。これはかなり違っているぞと、その時にピンときたんですね。映画の公式サイトのメッセージとかでも追加シーンが加わって全く別の作品になっていると書かれています。映画を観終わると、その意味もはっきりと分かりました。


 カットされた前作は日常に戦争が入ってくる作品でした。本作では、その日常と、それぞれの人々の営みと、そこに入り込む戦争の話になっていたのです。晴美ちゃんを失うと言う事が一番のショッキングシーンだったのが前作ですが、今作では多くの人がいなくなった、その中のワンシーン、くらいの印象に変わっているのです。色んな人が何も言わずに亡くなっていく。何も出来ずに戦争が終わってしまう。その中で主人公夫妻は孤児を家に迎え入れる。この流れがより自然になっているのですね。


 追加シーンが加わる事によって、戦争の悲劇がより鮮明に浮かび上がるようになっています。北条家個人の話だった前作が、その周りの人々の戦争体験に広がった感じです。視点が広がったと言うか。前作も良かったですけど、今作を知ると、こちらの方がいいなってやっぱりそう思えます。

 長くなった上映時間も、全然長く感じませんでした。やっぱり面白い作品は時間を感じさせませんね。名作の証明だと思います。


 追加されたシーンは、リンさん関係の大人なエピソードもありますけど、晴美ちゃんとの愉快なエピソードとか、戦争が終わってからの台風のエピソードなど、日常の話も多く追加されています。大人のシーンの中にはドキッとするような描写もあったりして。


 パンフレットを読むと、より文学的になったって言うコメントも書かれていました。確かに私もそう感じます。よりそれぞれの人物を身近に感じましたね。ああ、周作はそういう想いですずを嫁にしたのかとか。色々あったけど、恋愛期間を経ない結婚は生活をする中で愛情を実らせていくのだなとか。

 追加シーンが加わっても、嫌な人はやっぱり出てこなくて。原作の作風がそうなのでしょうね。厳しい状況や、違う価値観の人が出てきてもやっぱりどこか暖かいんです。戦争の描写は容赦ないのですけどね。そこがまた魅力のような気がします。


 映画の中では目まぐるしく状況が変わり、色んな事を乗り越えていくのですが、物語内の時間で流れるのはほんの少しの時間なのですよね。そこも考えてみたらエラい事だなと。平和な時代になると10年経っても特に何も変わっていなかったりもします。終戦間際の1年の方がもっともっと濃い日々だった。激動の時代ですからね。

 リアルに描写しているからこそ、そう言う明日をも知れぬ日々を生き抜く辛さ、大変さがスクリーンから伝わってきました。


 本作は本当にとても素晴らしい映画だと思います。前作を観た方も、全作を観ていない方も、都合があえば是非一度は観て欲しい作品ですね。何か残るものはきっとあると思います。当然、オススメです。時代を代表する作品になっていますよ。

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