第120話イツキの提案


「他人事だと思ってますね」

クラウスは少し憤慨したような表情で聞いた。


「いえ、それほどでも」

とイツキは明らかに取ってつけたような態度で否定した。


「やっぱり他人事だわ」

とクラウスは肩を落としてため息交じりに言った。


「今の話は冗談ですよ。あなたの言う通りそれは危険な賭けです。まあ、冒険者になったとしても、そもそも刈る魔獣が今は居ませんからね。冒険にも何にもならないですよ。単なる旅行です」


「そうなんですか!?」

男は驚いたような表情でイツキに聞き返した。


「そうなんですよ。この頃というかここ何年か毎日のように誰かが転生転移してくるんですよ。どうもあちらの世界では異世界話が流行っているみたいで、そのおかげかこちらにも急に転移転生してくるヒキニートが増えたんです。それもチート持ちが……」

イツキはうんざりしたように今のこの世界の現状を説明した。


「そのおかげでモンスターの類は駆逐されて、今では絶滅危惧種として保護対象ですよ。一応私は冒険者専門のキャリアコンサルタントなんですが……そうい訳で開店休業状態です」

と言って背もたれに体重を預けて椅子を揺らした。



 イツキは暫くそのまま考え込んでいたが

「ところでクラウス・フォン・ノイマンって今いくつでしたっけ?」

と唐突に聞いた。


「確か18歳です」


「ふむ……だったらまだ何とかなるかもしれませんねえ……」

イツキは何か思いついたように、軽く手を打って言った。


「本当ですか?」

クラウスは驚いたような表情でイツキを見た。


「はい……いっその事、士官学校にでも行ってみますか?」


「士官学校!?」

予想だにしなかったイツキの言葉にクラウスは更に驚いたようだった。


「ええ。士官学校。この国の騎士になるためには通らなければならない登竜門です。貴族でそこへ行く人間も沢山いますよ」

イツキは椅子に深々と身体を預けるように座って、クラウスをまっすぐ見つめて言った。


「確かにそうですけど……何故士官学校なんですか?」

クラウスはイツキの意図が計り知れず戸惑いながら聞いた。


「まあ、『クラウス・フォン・ノイマン』が病気で死線を彷徨った事は誰もが知っている事実です。死にかけて考えが変わったというのもありでしょう……どうですか?」


「ふむ。それはあり得るかもしれませんね」


「で、今までの事を悔いて『自分を鍛え直したいから士官学校に行く』というのは安易ですが理屈としては通っているような気がしますけど、どうですか?」


「確かにそれはあり得ますね」

クラウスの表情が少し明るさを持った。


「そもそもあなたの上の二人のお兄さんは士官学校を出ていませんでしたか?」


「確かそのはずです」


「まあ、貴族ですからね。それにあなたが転生した『クラウス・フォン・ノイマン』は三男坊です。家を継ぐこともないです。どこかの領地を貰って安穏に過ごすというのもありますが、可能性はどうですか?」


「それは分かりませんが、こんな放蕩息子。廃嫡されてもおかしくないです」


「だったら自力で騎士になるのもいいかもしれません。ノイマン侯爵の家系なら間違いなく入学は出来ます」

イツキは力強く断言するように言った。


「そうなんですか?」

クラウスは驚いたように聞き返した。


「そうです。あなたが思う以上に貴族の力は強力です。王立士官学校には貴族枠がありますからね」


「士官学校かぁ……」

西口明はイツキと話しているうちに『クラウス・フォン・ノイマン』としてこれから生きていけるような一筋の光明を見たような気がしていた。


「推薦状なら書けますよ」


「え? 本当ですか?」

矢継ぎ早に出されるイツキの提案にクラウスは驚きながらも、納得したように聞き入っていた。

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