第75話アレット

「ほれ鼻水と涙を拭け」

シドはアレットにおしぼりを手渡した。

アレットはそれを受け取ると顔面をゴシゴシ拭いてから鼻をかんだ。


それを見ていたウェイターがまたやってきて

「お一人増えましたか?」

と礼儀正しく聞いてきた。

シドは

「スマンのぉ。一人増えたわ。料理はわしらと同じで良いから持って来てくれるかのぉ」

とアレットの分も追加で注文した。


「かしこまりました」

先ほどと同じ角度でお辞儀をするとウェイターは戻っていった。


アレットが落ち着くまでシドとイツキは黙ってワインを飲んでいた。

イツキがアレットに会うのは5年振りだった。

まだその時は子供という感じが強かったが、久しぶりに見たアレットは身長も伸び、おしぼりで顔を拭くとそばかすが少し残るがとてもきれいな赤毛の少女だった。


この世界の貴族では16歳なら十分に結婚できる年齢だ。

イツキは久しぶりに会ったアレットの成長ぶりに少し驚いていた。


暫くして小声でアレットが

「私もワイン飲んでも良い?」

と上目遣いでイツキに聞いてきた。


「ああ」

イツキはぶっきらぼうに応えた。

 アレットテーブルのグラスを両手で握った。イツキはそこへデキャンタからワインを注いだ。

因みにこの異世界では未成年者がお酒を飲めないという法律はない。

ただ経験的に親が子どもにお酒を飲まさないだけだが、水替わりにワインを飲むのは案外大目に見られていた。

それにこの世界で16歳は十分に大人とみなされていた。


 アレットはグラスに注がれるワインをキラキラ光る瞳で見つめていた。

そしてワインが注がれるとゆっくりと一口目のワインを味わった。


「ん~まい!!」

アレットは腹の底から出たような声で唸った。


「お前いつから飯食ってないんだ?」

イツキはやっと口を開いてアレットに聞いた。


「う~んとね2日は食ってないかな。その前も道端になっていた樹の実を食ったきりだったからなぁ」

と言った。


「金は持ってないのか?」


「落とした」

アレットは俯いて小声で言った。


「落としただとぉ?間抜けか!」

イツキは呆れたようにアレットに言った。


「だって仕方ないでしょ。落としてしまったんだから」

アレットはイツキのツッコミに少し不機嫌になった。

怒った顔も確かに可愛くなっていた。イツキはちょっとドキッとしていた。


「お前は魔法学校の寮に入っていたんじゃないのか?」

イツキはアレットに聞いた。


「うん。そうなんだけどね」


「それが何でこんなところにいる?」


「家出した……。婆ちゃんに会ってない?」


「ついさっき会ったよ。今はここの族長の家にいる」


「やっぱり、ここに現れたかぁ……イツキに会うなんて言うんじゃなかったな」


「そりゃ、現れるだろう。あの婆さんなら……。で、お前は召喚士を辞めたいんだって?」


「……うん」

アレットは俯いて返事をした。


「召喚士辞めてどうすんの?」

イツキはそう言うとワインを飲んだ。


「それを相談しようとイツキに会いに来た」

とアレットはまたキラキラする瞳でイツキを見た。


シドが

「ほほぉ、イツキはモテるのぉ」

とわざとらしく言った。


「でもシドのオジサンも一緒にいるなんて思わなかったよ。びっくりした」

アレットは幼い頃からシドに会っていた。

たまにシドが思い出したように顔を出す事があったので、シドにもなついていた。


「うん。オジサンは今このお兄ちゃんと旅の途中なんじゃ。イツキが仕事が嫌だと我がまま言うから一緒に旅をしてあげているんじゃ」


「そんな事は言ってませんけど……まあ、仕事サボって旅してるのは否定しないけど」

イツキはアルポリ国の内情を偵察するためにここに来ているとは流石に言えなかった。


「ふ~ん。そうなんだぁ。サボっているだけかぁ。就職相談員を辞めた訳ではなのね」

アレットは安心したようにイツキに言った。


「キャリアコンサルタントだからな。就職相談員ではない」

イツキがこれを訂正するの何度目だろうか?と考えながらアレットに言った。

イツキにはこだわりがあるようだ。


その時さっきのウェイターが料理を持ってきた。


「相談事は後だ。先に食事をするのじゃ」

シドがそう言うとアレットは

「うん!」

と元気よく返事をした。


 食事をしながらイツキとシドはアレットの学園生活の話を聞いていた。

学園生活自体は楽しいようだった。誰かに虐められているのかとも思ったが、召喚士としての実力で彼女に勝てる学生はまずいない。

要するに虐めることはあっても間違っても虐められる立場ではなかった。


 食事が終わって3人はイツキとシドの部屋に戻った。


部屋に入る前にフロントでイツキは珈琲2つと紅茶を頼んでいた。

ホテルの従業員がお茶の用意をして部屋を出ていくとイツキは口を開いた。


「さあ、アレット。どういうことか説明してもらおうか? お前が家出をしたおかげで僕はモモンガのババアに杖で嫌という程殴られたんだからな」


「お婆ちゃんは、いつも関係なくイツキを魔法の棒で殴っていたじゃん」

アレットは笑いながらそう反論した。


「イツキはアレットには勝てんな」

シドは笑いながら珈琲を飲んだ。

イツキはシドに言われて苦笑いしながらもアレットに聞いた。

「で、なんで召喚士を辞めたいんだ?」


「うん……うちの家って先祖代々召喚士でしょ。だからこの歳で呼べない召還獣はいない。それはご先祖様が魔獣や魔王と契約をしてくれたお陰。私の力じゃない」


「そうは言っても、全く力の無い召喚士なら召喚獣たちも魔王も認めないだろう? それなりの力はあるっていう事だろう」

イツキはアレットの言い分も分かるが敢えて反論してみた。


「そうかもしれないけど……。でも学校の友達に力のある子がいるんだけど、まだ実戦経験があまりないから召喚獣もそんなに居ない。でも私は学校の先生も呼べないような召喚獣や魔王が呼べる。多少、お婆ちゃんについて回って実践は経験しているけど、あくまでもお婆ちゃんの横で見ているだけ。そんなものは実戦とは言わない」


「ふむ。アレットは実力以上の召喚士が呼び出せるから、友達に嫌がらせややっかみを受けたりしているのかのぉ?」

とシドが聞いた。


アレットは首を振って否定した。

「ううん。そんな事はないよ。影でやっかんでいる人はいるかもしれないけど、面と向かっては言わないよ。それにクリムゾン家はこの世界では有名な召喚士の家だから『アレットは別格』とか言って気にもしていないよ」


「じゃあ、何故?」

イツキは聞いた。


「私はお婆ちゃんみたいになりたくないの」


「へ?お前はお婆ちゃんが大好きで大きくなったらお婆ちゃんみたいな大召喚士になるんだって言ってなかったか?」

イツキは予想外の返事で驚いた。


「昔は何も知らなかったもん」

アレットはそう言うと紅茶を一口飲んで話を続けた。

「恋愛しても自分より強い彼女ってどう?一緒に歩いていても『あれ、クリムゾンの家の子だ。大召喚士様の娘さんだ』って言われるのよ。何かあったらロンタイルの魔王が出てくるような彼女や嫁なんて誰が一緒に居たいと思うのよ」


「なに?彼氏が出来たのか?」

イツキはそっちの方が気になって聞いた。

「いないわよ。こんな化物が後ろに控えているような女を誰が好きになってくれるのよ」

アレットはそう言うと気を落ち着かせるようにまた紅茶を飲んだ。


「冒険者なら喜んで彼女にするんじゃないのかのぉ」

とシドが応えた。

それを聞いてイツキも

「うん。冒険者はあまり気にしないな。周りがそんな人間ばかりだからな」

と答えた。


「え?そうなの?」

アレットはシドとイツキの顔を交互に見ながら聞いた。


「うん。あまり気にする奴はいないな。それに夫婦喧嘩で召喚獣を呼ぶような奴は聞いた事が無い」


「え!そうなの!? お母さんが小さい頃、お婆ちゃんはお爺ちゃんと喧嘩するたびにイフリートを呼び出していたって言っていたから、そんなもんだと思っていた」


「そんな事をするのはお前のお婆ちゃんだけだ!」

とイツキは言った。

シドもそれを聞いて大きく頷いていた。


「そうなんだ……お爺ちゃんが浮気をした時はシヴァを呼んで凍らしたとか言っていたけど……」


「うん。それぐらいの事はあのババアなら間違いなくやるだろう」

とい大きく頷きながらイツキは言った。勿論、シドも激しく同意の頷きをしていた。


「だから、お前はそんな事をしなきゃ良いだけだろう?」


「まあ、そうなんだけど……」


「学校は楽しくないのか?さっきの話では楽しそうな事を言っていたが……」

イツキは聞いた。


「学校は楽しいよ。友達もいいやつばかりだし。召喚士以外に魔道士もいるし色々魔法の事も教えてもらえるし楽しいよ」


「だったら辞める事ないじゃん」


「ほれ鼻水と涙を拭け」

シドはアレットにおしぼりを手渡した。

アレットはそれを受け取ると顔面をゴシゴシ拭いてから鼻をかんだ。


それを見ていたウェイターがまたやってきて

「お一人増えましたか?」

と礼儀正しく聞いてきた。

シドは

「スマンのぉ。一人増えたわ。料理はわしらと同じで良いから持って来てくれるかのぉ」

とアレットの分も追加で注文した。


「かしこまりました」

先ほどと同じ角度でお辞儀をするとウェイターは戻っていった。


アレットが落ち着くまでシドとイツキは黙ってワインを飲んでいた。

イツキがアレットに会うのは5年振りだった。

まだその時は子供という感じが強かったが、久しぶりに見たアレットは身長も伸び、おしぼりで顔を拭くとそばかすが少し残るがとてもきれいな赤毛の少女だった。


この世界の貴族では16歳なら十分に結婚できる年齢だ。

イツキは久しぶりに会ったアレットの成長ぶりに少し驚いていた。


暫くして小声でアレットが

「私もワイン飲んでも良い?」

と上目遣いでイツキに聞いてきた。


「ああ」

イツキはぶっきらぼうに応えた。

 アレットテーブルのグラスを両手で握った。イツキはそこへデキャンタからワインを注いだ。

因みにこの異世界では未成年者がお酒を飲めないという法律はない。

ただ経験的に親が子どもにお酒を飲まさないだけだが、水替わりにワインを飲むのは案外大目に見られていた。

それにこの世界で16歳は十分に大人とみなされていた。


 アレットはグラスに注がれるワインをキラキラ光る瞳で見つめていた。

そしてワインが注がれるとゆっくりと一口目のワインを味わった。


「ん~まい!!」

アレットは腹の底から出たような声で唸った。


「お前いつから飯食ってないんだ?」

イツキはやっと口を開いてアレットに聞いた。


「う~んとね2日は食ってないかな。その前も道端になっていた樹の実を食ったきりだったからなぁ」

と言った。


「金は持ってないのか?」


「落とした」

アレットは俯いて小声で言った。


「落としただとぉ?間抜けか!」

イツキは呆れたようにアレットに言った。


「だって仕方ないでしょ。落としてしまったんだから」

アレットはイツキのツッコミに少し不機嫌になった。

怒った顔も確かに可愛くなっていた。イツキはちょっとドキッとしていた。


「お前は魔法学校の寮に入っていたんじゃないのか?」

イツキはアレットに聞いた。


「うん。そうなんだけどね」


「それが何でこんなところにいる?」


「家出した……。婆ちゃんに会ってない?」


「ついさっき会ったよ。今はここの族長の家にいる」


「やっぱり、ここに現れたかぁ……イツキに会うなんて言うんじゃなかったな」


「そりゃ、現れるだろう。あの婆さんなら……。で、お前は召喚士を辞めたいんだって?」


「……うん」

アレットは俯いて返事をした。


「召喚士辞めてどうすんの?」

イツキはそう言うとワインを飲んだ。


「それを相談しようとイツキに会いに来た」

とアレットはまたキラキラする瞳でイツキを見た。


シドが

「ほほぉ、イツキはモテるのぉ」

とわざとらしく言った。


「でもシドのオジサンも一緒にいるなんて思わなかったよ。びっくりした」

アレットは幼い頃からシドに会っていた。

たまにシドが思い出したように顔を出す事があったので、シドにもなついていた。


「うん。オジサンは今このお兄ちゃんと旅の途中なんじゃ。イツキが仕事が嫌だと我がまま言うから一緒に旅をしてあげているんじゃ」


「そんな事は言ってませんけど……まあ、仕事サボって旅してるのは否定しないけど」

イツキはアルポリ国の内情を偵察するためにここに来ているとは流石に言えなかった。


「ふ~ん。そうなんだぁ。サボっているだけかぁ。就職相談員を辞めた訳ではなのね」

アレットは安心したようにイツキに言った。


「キャリアコンサルタントだからな。就職相談員ではない」

イツキがこれを訂正するの何度目だろうか?と考えながらアレットに言った。

イツキにはこだわりがあるようだ。


その時さっきのウェイターが料理を持ってきた。


「相談事は後だ。先に食事をするのじゃ」

シドがそう言うとアレットは

「うん!」

と元気よく返事をした。


 食事をしながらイツキとシドはアレットの学園生活の話を聞いていた。

学園生活自体は楽しいようだった。誰かに虐められているのかとも思ったが、召喚士としての実力で彼女に勝てる学生はまずいない。

要するに虐めることはあっても間違っても虐められる立場ではなかった。


 食事が終わって3人はイツキとシドの部屋に戻った。


部屋に入る前にフロントでイツキは珈琲2つと紅茶を頼んでいた。

ホテルの従業員がお茶の用意をして部屋を出ていくとイツキは口を開いた。


「さあ、アレット。どういうことか説明してもらおうか? お前が家出をしたおかげで僕はモモンガのババアに杖で嫌という程殴られたんだからな」


「お婆ちゃんは、いつも関係なくイツキを魔法の棒で殴っていたじゃん」

アレットは笑いながらそう反論した。


「イツキはアレットには勝てんな」

シドは笑いながら珈琲を飲んだ。

イツキはシドに言われて苦笑いしながらもアレットに聞いた。

「で、なんで召喚士を辞めたいんだ?」


「うん……うちの家って先祖代々召喚士でしょ。だからこの歳で呼べない召還獣はいない。それはご先祖様が魔獣や魔王と契約をしてくれたお陰。私の力じゃない」


「そうは言っても、全く力の無い召喚士なら召喚獣たちも魔王も認めないだろう? それなりの力はあるっていう事だろう」

イツキはアレットの言い分も分かるが敢えて反論してみた。


「そうかもしれないけど……。でも学校の友達に力のある子がいるんだけど、まだ実戦経験があまりないから召喚獣もそんなに居ない。でも私は学校の先生も呼べないような召喚獣や魔王が呼べる。多少、お婆ちゃんについて回って実践は経験しているけど、あくまでもお婆ちゃんの横で見ているだけ。そんなものは実戦とは言わない」


「ふむ。アレットは実力以上の召喚士が呼び出せるから、友達に嫌がらせややっかみを受けたりしているのかのぉ?」

とシドが聞いた。


アレットは首を振って否定した。

「ううん。そんな事はないよ。影でやっかんでいる人はいるかもしれないけど、面と向かっては言わないよ。それにクリムゾン家はこの世界では有名な召喚士の家だから『アレットは別格』とか言って気にもしていないよ」


「じゃあ、何故?」

イツキは聞いた。


「私はお婆ちゃんみたいになりたくないの」


「へ?お前はお婆ちゃんが大好きで大きくなったらお婆ちゃんみたいな大召喚士になるんだって言ってなかったか?」

イツキは予想外の返事で驚いた。


「昔は何も知らなかったもん」

アレットはそう言うと紅茶を一口飲んで話を続けた。

「恋愛しても自分より強い彼女ってどう?一緒に歩いていても『あれ、クリムゾンの家の子だ。大召喚士様の娘さんだ』って言われるのよ。何かあったらロンタイルの魔王が出てくるような彼女や嫁なんて誰が一緒に居たいと思うのよ」


「なに?彼氏が出来たのか?」

イツキはそっちの方が気になって聞いた。

「いないわよ。こんな化物が後ろに控えているような女を誰が好きになってくれるのよ」

アレットはそう言うと気を落ち着かせるようにまた紅茶を飲んだ。


「冒険者なら喜んで彼女にするんじゃないのかのぉ」

とシドが応えた。

それを聞いてイツキも

「うん。冒険者はあまり気にしないな。周りがそんな人間ばかりだからな」

と答えた。


「え?そうなの?」

アレットはシドとイツキの顔を交互に見ながら聞いた。


「うん。あまり気にする奴はいないな。それに夫婦喧嘩で召喚獣を呼ぶような奴は聞いた事が無い」


「え!そうなの!? お母さんが小さい頃、お婆ちゃんはお爺ちゃんと喧嘩するたびにイフリートを呼び出していたって言っていたから、そんなもんだと思っていた」


「そんな事をするのはお前のお婆ちゃんだけだ!」

とイツキは言った。

シドもそれを聞いて大きく頷いていた。


「そうなんだ……お爺ちゃんが浮気をした時はシヴァを呼んで凍らしたとか言っていたけど……」


「うん。それぐらいの事はあのババアなら間違いなくやるだろう」

とい大きく頷きながらイツキは言った。勿論、シドも激しく同意の頷きをしていた。


「だから、お前はそんな事をしなきゃ良いだけだろう?」


「まあ、そうなんだけど……」


「学校は楽しくないのか?さっきの話では楽しそうな事を言っていたが……」

イツキは聞いた。


「学校は楽しいよ。友達もいいやつばかりだし。召喚士以外に魔道士もいるし色々魔法の事も教えてもらえるし楽しいよ」


「だったら辞める事ないじゃん」


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