第7章 コンサルの後(番外編)

第30話定年間近

イツキはいつものように事務所で暇そうにギルド新聞を読んでいた。


早いものだ。

あのオーフェンの宮殿での宴会からもう数か月。月日の経つのが早い。

今日も朝から暇だ。


ノックの音がした。

マーサが顔をのぞかせた。


「寝てません?」


「起きているよ。」

イツキは新聞から目を離すと笑いながらマーサに応えた。


「今日のお客さんです。」


そう言ってマーサは笑いながら顔をひっこめた。

代わりに入ってきたのは50過ぎのオジサンだった。一目見て場違いな転生者だと言うのが分かった。

ヒキコモリでもニートでもない。定年間近なサラリーマン……そんなところだろうとイツキはこの男を値踏みした。


「どうぞ、そこへお座りください。」

イツキは自分のデスクの前の椅子を男に勧めた。


「あ、はい。よろしくお願いします。」

と言って書類をイツキに渡してその椅子に座った。

今までの高校生とかヒキニート野郎とか酔っ払ったバカ王子と違って、常識的な対応にイツキは非常に好感が持てた。


イツキはマーサから渡された書類に目を通してから挨拶をした。

「初めまして。ここでキャリアコンサルタントをしているイツキです。よろしくお願いします。」


「あ、こちらこそ初めまして。私は松島武雄と言います。53歳です。」


「今日はどうされましたか?」


「あのぉ……一体ここはどこなんでしょうか?良く分からずに来てしまったんですが……。」

松島武雄と名乗る男は不安げな表情でイツキに聞いた。


「松島さんはいつここに来られましたか?」

イツキはなるべく心配を与えないように、にこやかに笑いながら聞いた。


「ついさっきです。気が付いたらここに居ました。」


「車に轢かれたとか、何かありましたか?」


「いえ。仕事に行こうと家を出て駅に向かっていたはずなんですが、気が付いたら知らない道を歩いていて、周りを見たら異様な光景が広がっていたという訳なんです。」


「異様な光景とは?」


「はい。普通に真昼間からバニーちゃんが歩いていたり、バルカン人が沢山歩いていたり、びっくりしました。」


「異様ねえ……そうですよねえ……付け耳でない本物の耳のバニーちゃんや、耳がとんがったMrスポックがうようよいるような世界は異様ですよねえ……僕は見慣れましたが……。」


「で、ウロウロしてその辺を歩いている人に『ここはどこだ?』と聞いたら、聞いた事もないような地名を言われて……何度か同じような事をしていたら、ここに連れてこられたという訳です。」


「ここに連れてこられて正解でしたね。まず松島さんが今いる場所は、今まで松島さんが住んでいた世界ではなく違う世界です。異世界です。何故か理由は分かりませんが、松島さんはこの異世界に飛ばされて来たようです。」


「異世界ですか……。」


「はい。異世界です。で、この世界に飛ばされてきた人は沢山います。山ほどいます。道で石を投げたら転生者に当たると言われる位います。」


「そんなにいるですか……」

松島はそれを聞いて少しホッとした。

松島の表情が少し和らいだのを確認してイツキは話を続けた。


「で、ここはそういった人達の仕事の世話をする施設です。ま、言ってみれば職安みたいなもんですかね。」


「成る程……。私は異世界に飛んで来て、もう元の世界には帰れないという訳ですな。」


「簡単に言えばそういう事になります。」


「そうですか……」

そういうと松島武雄は肩を落として落胆した。

――まあ、53年間も生きて来てこんな目に遭ったら落胆もするわなあ――

イツキも同情の念を禁じえなかったが、話を続けた。


「松島さんは今まで何のお仕事をしていましたか?」


「仕事ですか。私は発電所で技師として働いていました。」


「え、そうなんですか?何か資格はお持ちですか?」


「第一種電気主任技術者の資格を持っております。」


「おお、そうなんですか……。」


「ここは電気がついてますね。中世みたいな感じがしていたのですが……」


「実は、電気が通っているのは一部だけです。王宮とか国の施設とか貴族の屋敷とかです。ここも通ってますが、無理やり私がやらせました。」

イツキは笑いながらそう言った。


「じゃあ、私の技術がここでも活かせられるのですね。」


「はい。勿論です。実は先程も言いましたが、何人もここに転生して来ていますから、技術者だった方も何人か来られてます。その人達と一緒に電力会社を作ったんですよ。私が。」


「え?そうなんですか?」

松島武雄は驚いて聞いた。


「はい。ここの人間に電気なんか説明しても理解できませんでしたからね。で、ここに転生した技術者と電力会社を立ち上げた訳です」


「という事は、イツキさんも転生者なんですか?」


「そうですよ。」


「そうでしたか……。結構お金かかったでしょう?」

松島武雄は目の前に同じような転生者が居る事に安堵感を覚え、また仕事自体にも興味を覚えた。


「まあ、冒険者として稼ぎましたから、それは全然余裕だったんですけどね。ただ技術者の数とレベルが問題だったんです。電気工学の学生だったり取りあえず電気工事の資格を持っているだけで実務経験がそれほどなかったりという程度の人ばかりだったので……。だから発電所に勤めていた方は松島さんが初めてですよ。」


「という事で、弊社への就職は如何でしょうか?」

イツキは笑いながら採用担当になった。


「それとも冒険者になりますか?」

イツキは敢えて冒険者の道もある事を松島武雄に伝えた。



「いえ。技術者でよろしくお願いします。」

松島武雄はイツキに頭を下げた。

これからどうやって生きていけばいいのか分からず不安しかなかった状態から、一気に光明に照らし出されたような気がして松島武雄はホッとしていた。

間違っても剣を片手に世界を駆け回る冒険者になる気は起きなかった。

駆け回る前に、この世から消える方が早いという事は聞かなくても分かった。



「一応ここは冒険者のギルドなんですが、こちらで電気技師として登録しておきますね。ちなみに電気技師って他ではないここしかない職業なので特別職として登録されます。」


「はい。よろしくお願いします。」

こんなところで冒険者になって魔物と戦うなんて考えただけでも嫌だった松島武雄は、心底ホッとして居た。


「ところで松島さん。この世界での松島さんの呼び名はどうしましょう?」


「呼び名ですか?」


「はい。ここで本名で通している人はまずいないですよ。みんなハンドルネームにしています。例えば吉沢でヨッシーとか名乗っている人もいますけどね。」


「まあ、今更改名もないのでマツシマが良いのですが、昔からのあだ名はマッタケでした。」


「松島武雄でマッタケですか?なかなか良いですね。マッタケさんにしますか?」


松島武雄は少し考えた。

ここで一からやり直すのであれば松島武雄の名前よりも新しい名前の方が良い様な気がした。

新しく全く知らない名前を名乗るのも今更気が引ける……呼ばれなれたマッタケでも良いか……松島武雄はそう思った。



「マッタケでお願いします。」

イツキはデスクの書類に職種と松島武雄の新しい名前を書き込んだ。


「それじゃあ、発電所まで案内しますから行きましょう。マッタケさん」


そういうとイツキは席から立ち上がった。





イツキとマッタケは馬車で発電所までやってきた。

発電所と言っても川に水車小屋を作って発電機を回したり滝から落下する水圧を利用した水力発電だった。


まだ、大規模なダムを造る技術は無かったし作ったところでそれに見合うだけの発電施設を作る事は更に不可能だった。

コンクリートを作る技術は有るが土木工事となるとそれだけではどうしようも無かった。


イツキは発電所を任せているイシダを呼んだ。彼ももちろん転生者で元は電気工学専攻の学生だった。


「イシダ君、元気か?」


「はい。イツキさん。お久しぶりですね。」


「そうだな。今日は凄い人を連れてきたよ。なんと発電所で働いていたマッタケさんだ。」


「ええ、そうなんですか?それは凄い。ありがたい。」

イシダは喜んだ。一応自分は専門分野ではあるが、まだまだ学ぶ側だった。それが転生してきたら何もないところで「発電所をやれ」だったので兎に角無我夢中でやってきた。


それなりにやれた自信はあるが、もどかしさの方が大きい。


「よろしくお願いします」

とマッタケが手を差し出すとイシダは笑顔で握手をした。

「こちらこそよろしくお願いします。」


「取りあえず、所長は今日から僕からマッタケさんね。よろしく」


「はい。分かりました。」


「マッタケさん。目標はこの街全部がオール電化になる事なんで、よろしくお願いします。」

そういうとイツキはマッタケに頭を下げた。


「いえいえ。こちらこそ、路頭に迷わずに済みます。ありがとうございました。ところで、ガスはないんですね。」


「ガスは手が回らないです。それも考えて貰えればありがたいです。」


「分かりました。エネルギー分野はまだ未開拓な訳ですね。それならそれでやりようがあります。」

マッタケは今この異世界で自分がこれまで培ってきた技術や知識を活かそうと決めた。

定年を待つだけだった人生から一転して、まだ現役でそれも開拓者として働ける……そんな思いがここに来た不安感を押しのけつつあった。


「取りあえず、マッタケさん、これからはイシダが生活の事とかも相談に乗りますので、後はイシダとよろしくお願いします。」


イシダは自分より経験も知識も豊富な人が来たので嬉しかった。

イツキが話している間も目を輝かせてマッタケの事を見ていた。


「はい。分かりました。まずは全戸供給を目標に頑張ります。」

マッタケはイツキに総約束した。


「それじゃ、イシダ君あとはよろしく。他のメンバーにも紹介しておいてね」


「分かりました。」

イシダは元気よく応えた。


その声を確認するとイツキは馬車に乗ってまたギルドに戻っていった。





ギルドに戻るとイツキは何気なく、レストラン脇の壁にある掲示板を見た。

そこには冒険者たちへの仕事の依頼がところ狭しと張り付けられているはずだった。


しかし今はほとんど何も貼っていなかった。


張ってあったのを見るとカクヨ国までの道中の護衛の案件で、それも魔獣や魔物相手ではなく人間の……それも山賊からの護衛の依頼だった。


山に入っても魔物に襲われないとわかったら、そこに山賊が住み始めたらしい。


「本当に冒険者は仕事がないな。」

今この国は街道沿い以外は魔物魔獣の退治は禁止されている。

山の中に入っても魔物を動けなくする魔法をかけることまでは許されているが、退治することは原則的には禁止されている。


山に入るときは魔法を主体としたガードを雇うことになっている。

ま、今のところ山でも森でもこの国では魔物に会うことは少ないが……。


いま自治団も山賊狩りと山に仕事で入る人のためのコースガード的な仕事が主な仕事になりつつある。


昔はこの掲示板の前に冒険者の人だかりだったのになぁ……と昔を懐かしむようにイツキはその掲示板を見ていた。


受付でヒマそうにしているマーサが目に入った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る