第29話宴の後
「今度は男だったな。」
オーフェンはイツキに声を掛けた。そして自分の玉座に座った。
「ああ、まさかジョナサンが黒騎士になりたいと言い出すとは思わなかったけどね……成り行き上仕方ない。」
「存外、黒騎士は人気があるのぉ。」
オーフェンはまんざらでもない顔をしてイツキを見た。
「それだけ、騎士が人気が無いって事かもねえ……平和過ぎるのも問題だな。兎に角、ジョナサンの面倒も頼むよ。」
「それは分かった。で、結局、お主は何をしに来たんじゃ?」
オーフェンは笑いながら聞いた。
「ただ単に騒ぎたかっただけだよ。ほれ、オーフェンも飲め!」
そう言ってイツキはオーフェンのグラスにワインを注いだ。
「まだ、魔族がこれほど少なくなる前は、こんな感じで宮殿も騒がしかったものを……」
と懐かしそうにオーフェンが呟いた。
「早く昔のように戻って貰いたいもんだな。」
「そんな事はお前らは誰も望んではおらんだろう?」
オーフェンは苦笑いしながらイツキを見た。
「そうでもないんだな……これが……」
「なんだ?何かあったのか?」
オーフェンの目が妖しく光った。
「いや、これから何かが起きるのさ」
「ほほ~。人という生き物は難儀な生き物の様だのぉ」
オーフェンは口元を少しゆがめて笑った。
「ああ、ある程度魔物が居て魔獣が居た方が、人は平和で幸せなのかもしれない」
イツキは自分にも言い聞かせるようにオーフェンに向かって言った。
「魔獣よりも魔人よりも人の方が残酷な事が出来るかもしれない。僕はその瞬間に立ち会わなければならないような気がする。」
イツキがそういうとオーフェンが意外そうな顔をして応えた。
「お主の口からそんな言葉が出るとはな。よっぽどの事だろう。人の世の事はワシには関係ないが、お主等とは長い付き合いだからのぉ。いつでも黒騎士にしてやるぞ。」
「ああ、その時は頼むよ。」
とイツキは笑って応えた。
「一つ頼みがあるんだけどいいかな?」
イツキが少し険しいか顔をしてオーフェンに言った。
「オーフェンのところはこれから保護期間に入るから、基本的には魔獣の類は増えていくと思うんだけど、その増えたのを他の大陸に回すことってできるかな?」
「他に回す?」
「そう。他の大陸の魔王のところへ回すって可能なのかな?」
「出来ん事はないが、どうしてじゃ?」
「うん。もう少し他の国には魔獣達と戦っていて欲しいんだ。まだうちの国に他の国と戦う力はないからね。少しだけでも時間が欲しいんだ。」
魔獣との戦いのように個人的あるいは小集団での戦い方は慣れていても、国対国の本格的な戦いはここ数百年無かった。
国境での小競り合い程度は何度かあったが、その程度だった。
魔獣魔物が少なくなって、超人的な戦闘能力を持った勇者が増えた今、その力を国の戦闘力へと吸収し活用するのは当たり前すぎる流れだ。
そんな流れが、世界的にチラホラと見えてきた今、ナロウ国だけがのんびりと指をくわえて見ている訳には行かない。
「なる程。時間稼ぎをすればいい訳だな。分かった。できる限りの事はしてやろう。ただどれほど回せるかはやってみないとワシにも分からんぞ。」
「それはありがたい。まあ、杞憂(きゆう)で終わればそれで良いんだけどな。よろしく頼むよ。」
イツキはホッとした表情で笑った。
「具体的に相手は分かっているのか?」
「いや、万が一だよ。何もなければそれでいいんだけどね。」
「ふむ。お主も大変じゃのぉ……おお、そうじゃ!後でお主の元へ一人遣わすかもしれん。そやつをちょっと面倒見てもらうことになるかもしれん。」
オーフェンは急に思い出したようにイツキに言った。
「何をするつもりだ?」
「何もせん。まあ、お主の悪いようにはせんから安心しておれ。兎に角、ワシの紹介だと言ってきたら少しの間面倒を見てやってくれ。」
オーフェンはそういうと笑ってワインを飲んだ。
イツキはそれを見てオーフェンのグラスにワインを注いだ。
――オーフェンが願いを聞いてくれて良かった――
イツキは少しだけ気持ちが楽になった。
周りを見渡すと昔命の取り合いをした暗黒槍騎士団の連中と和気あいあいに飲んでいるカツヤやアシュリーの姿が目に入った。
それを見ると不思議な気持ちにもなるが、分かるような気もする。しかしだれがこんな世界を想像したであろうか?
人は魔人と分かりあえても、分かりあえるはずの人同士が分かり合えなくなるものだ。
イツキはそんな事を考えながら、この広間での集まりを見ていた。
そこへキースとジョナサンが戻ってきた。
ジョナサンは黒騎士の甲冑に身を包んでいた。
その後ろに同じく黒騎士の甲冑を身に着けたエリザベスとアイリスが立っていた。
3人がイツキの前にやってきた。
たかだか1日しか会わなかっただけなのに、2人とも見違えるような存在感があった。
「なんだか、1年ぐらい会ってないような違和感を感じるわ。」
イツキはそう言った。
エリザベスがイツキに
「確かに密度の濃いい訓練を受けましたが、1日やそこらでは変わりませんよ。」と笑って言った。
「そうだよね。」
頭をかいてイツキも笑った。
「これから、アイリスに続いてジョナサンも加わるから、少しは寂しくなくなっただろう?」
「はい。今日も一杯アイリスさんと話をしました。」
エリザベスはにこやかに笑ってイツキに応えた。
「エリーもアイリスも何かあったらジョナサンに相談するんだよ」
とイツキは2人に声を掛けた。
「はい」
2人は声をそろえて返事をした。
そして2人の耳元で
「キースの変態になにかされなかったか?」とこ声で聞いた。
2人とも
「大丈夫ですよ。」
「とっても気を使ってくれてます。」
とイツキの心配を一笑に付した。
「それならいいんだけど」
とイツキは呟いた。
「本当に疑い深い男ですね。あなたは。私はあなたとは違いフェミニストですから。」
とキースはイツキにわざわざ近寄って耳元で囁いた。
イツキが横目で見ると
「ふん!」
と鼻で笑って離れていった。
「まあ、ジョナサンをちゃんと評価してくれた礼は言っておくよ。」
イツキはキースに珍しく頭を下げた。
「だから言ったでしょ。私はあなたと違ってフェミニストだって。好き嫌いだけでモノの良し悪しを判断したりはしな~い。」
「まあ、何とでも言え」
しかめっ面でイツキは応えた。
やはりコイツは好きになれんなと改めて思った。
そこへカツヤがやって来た。
「ジョナサン似合うねえ。」
「そうかぁ?」
「これでやっと騎士になれたやん。黒騎士の方がカッコええなぁ。ジョナサンが強そうに見えるわ。」
「アホ。俺は強いぞ。」
「あ、そうやったわ。失礼。失礼。」
カツヤもジョナサンが騎士になって嬉しそうだった。
これから一緒にパーティは組めない寂しさはあるが、友達がなりたかった騎士になったのを見て本当に嬉しかったようだ。
アシュリーとアイリスもやって来た。
「う~ん。本当に似合うな。変にうちで騎士をしないで良かったかもな」とアシュリーもジョナサンの黒騎士振りを褒めた。
「黒騎士に飽きたら言ってきて。私が狩ってあげるから」とアイリスは笑いながら軽口を叩いた。
「そうだな。その時は遠慮なく返り討ちにさせてもらうよ。」
ジョナサンも笑いながら返した。
その日、オーフェンの宮殿は昔のように1日中煌々(こうこう)と明かりがついていた。
イツキ達のアシュリーとアイリスへの思いつきは、オーフェンにとっても嬉しいプレゼントになったようだ。
しかしイツキは知らなかった。同じ時間に皇宮に何騎もの早馬が駆け込んでいるのを……。
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