第28話突入
少なくともその戦いの現場を知っているイツキ、カツヤは終わった後にそんな事を思う余裕も気力も無かった。
一言で表すと「無」の境地だった。
何も考えられない状態だった。そんな状態が1週間位続いた。
「そんな事はない。真剣に戦った。手を抜いて勝てる相手ではないのは、お前たちが一番よく分かっているだろう?」
とアシュリーとアンナは反論した。
「いや、お前たちは戦っている最中に瞳と瞳で愛の会話をしながら戦っていたに違いない。」
とカツヤが言った。
既にカツヤとイツキは相当ワインを飲んでいた。
「そんな事するか!第一そんな余裕がどこにある。」
アシュリーは真剣にカツヤとイツキに言い訳していたが、2人はもうどうでも良かった……と言うかジョナサンもシラネも二人の馴れ初めなんかは、どうでもよくなっていた。
この幸せそうな2人をおちょくって楽しんでいるだけだった。
アンナは途中でそれに気が付いたが、アシュリーが必死で言い訳しているのが面白くて一緒になって突っ込んでいた。
「そういえば、アシュリーからのアイコンタクトは愛を感じたわ」
と自爆していた。
アンナもどうやら酔いが回っているようだ。
冒険者は酒が強い……と言うか酒好きが多い。
この6人もご多分に漏れず酒好きだ。
その上今日はピッチが早い。酔いが回るのも時間の問題だった。
そこでアシュリーが言い出した。
「俺が本気で戦っていたかいなかったか、当の本人に聞いてもらおうじゃないか?」
と言い出した。
「当の本人って誰?」
「オーフェンに決まっているだろう!」
とアシュリーは叫んだ。
アシュリーは酔った上に頭に血が上ったようだ。
「オーフェンってお前らの仲人やんか!」
「イツキここでは仲人とは言わん。キューピッドやキューピッド」
とカツヤがすかさず訂正した。
「おお、それやそれ」
「それじゃ、今からオーフェンとマリアの仲人に会いに行くぞ!」
イツキはまた仲人と言った。
「だからキューピッドだって」
イツキもカツヤも完全に酔っぱらっていた。
イツキがマリアに「ワイン5本とお持ち帰りセット大至急作って」とオーダーした。
厨房は残り物の食材を集めて、お持ち帰り用のセットを作った。
作っている間もこの6人は「オーフェンを問いただしてくれる」とか「仲人に手土産も持って行かんのか!」とか好き放題な事を言っていた。
マリアが慌ててイツキの元に持っていくとイツキは「ありがとう」と言って受け取って他の面子に言った。
「では今からオーフェン征伐に行くぞ!」
「お~!!」
いつの間にかオーフェン征伐パーティが出来上がっていた。
イツキ・カツヤ・アシュリー・アンナ・ジョナサン・シラネの6人は酔っぱらったままテレポーテーションした。勿論イツキもこれだけの人間を引き連れてテレポーテーションするのは初めてだった。
この日はオーフェンの人生でも厄日として記憶される日になったかもしれない。
その時オーフェンはサルバと自室で話し込んでいた。
そこへ遠くから声が聞こえた。それは声というより罵声に近いものだった。
「こら!オーフェン出てこい!!」
「おらおら、責任取らんかい!」
そこへ衛兵が飛び込んできた。
オーフェンの前で跪(ひざまづ)き報告した。
「魔王さま大変です。冒険者のパーティがやってきました。」
「なんだと?ここ最近は静かだったのに……それに今は保護期間ではないのか?」
「は!そうでありますが6人組のパーティが広間まで一気に到達して『オーフェンを出せ!』と息巻いております。」
オーフェンはサルバの顔を見た。サルバは目で頷くと無言で立ち上がって広間に向かった。
その後、オーフェンもおもむろに立ち上がって部屋を出た。
広場ではイツキ達6人が好き放題喚いていた。
「何事じゃ!」
サルバが広間に響く声で怒鳴った。
「おお、サルバ!大人しく縄につながるが良い!成敗してくれる!」
とイツキがサルバを睨んで言い放った。
「イツキ、お主飲んでおるな。不埒者めが。魔王の御前なるぞ。」
「うるさい!!今日はそのイカ頭を叩き潰しに来てやったわ」
今度はカツヤがサルバに怒鳴った。
「ほほ~。誰かと思えばカツヤか。久しく会わなんだら脳みそが軽くなったようだの」
「やかましい。魔王の腰巾着に言われたくないわ!」
広間にひときわ大きな声が響いた。
「何事だ!騒がしい!」
そこにはオーフェンとキースに率いられた闇黒槍騎士団(ドゥンケルランツェンリッター)がいた。
オーフェンは今の状態が理解できないが、とても腹立たしい状況になりつつあると思ってる。
キース達闇黒槍騎士団(ドゥンケルランツェンリッター)は数少ない生き残りだが、既に臨戦態勢に入っていた。
イツキが前に出た。
「オーフェン。この2人を覚えているか!」
座った目でイツキがオーフェンの前にアシュリーとアンナを押しやった。
「死にかけのアシュリーとアンナがどうした」
オーフェンは低い声でイツキに応えた。
「そうだ。お前に2度も死んだ爺さんにあの世に会いに行かされたアシュリーとそんな男の嫁になり下がったアンナだ!」
「なんだ?この2人は結婚したのか?」
オーフェンが叫んだ。
同時に
「成り下がったってどういう意味だ!」アンナも叫んだ。
「そうだ!お前にアシュリーがいじめられたお蔭で愛が芽生えて結婚してしまったんだ!」
イツキは更にオーフェンに詰め寄った。
「何?」
「俺はいじめられていない……」小さい声でアシュリーが呟いた。
「オーフェン!お前は日頃、神も恐れぬ泣く子も黙る最強の魔王とか言っていながら、なんと!この2人の愛のキューピッドなんかしてやがったんだぞ。それも戦いの最中に……懐に愛の弓矢を隠してやがった!この軟弱もんがぁ!」と一気にまくし立てた。
「え?ちょっとまて!意味が分からん!」
オーフェンは予想を遥かに超える話に理解がついて行かなかった。
「え!じゃない!ほら受け取れ!」
そう言うとイツキはオーフェンにワインボトルを放り投げた。カツヤもサルバとキースにワインボトルを渡した。
「サルバ!グラスをもってこい」
イツキは座った目で右手から何やら青白い炎を出しながらサルバに命令した。
「あやつがあの状態になったら言う事を聞け!サルバ……」
とオーフェンはサルバ耳元で囁いた。
「左様でございますな」
サルバはやれやれという顔をして、一気にテーブルとグラスを目の前に登場させた。
「ほれ、この軟弱魔王にワインを注いでやるが良い」
その声でアシュリーが何故か腰を低くしてオーフェンのグラスにワインを注いだ。
「ほれ!オーフェン。この2人の前でいうことがあるだろう」
オーフェンはまだ理解できないでいた。
しかしキースもサルバも大体の状況は理解してきた。
要するに7年前の戦いで、この2人はそれがきっかけで結婚したと。
で、何か知らんが魔王が恋のキューピッドの役をしたというのを理由に皆で酒を飲みに来たと
それを唐突に突きつけられて困った魔王を肴に飲むという事か……キースはそう理解した。
――それはそれで一興だ――
オーフェンは2人を前に少し考えていたがおもむろに
「二度も黄泉の国へ身内に会いに行った先祖思いのアシュリーと、そんな男に連れ添う事を決めたアンナ。健やかなる時も病めるときも戦う時も共に喜びも悲しみも分かち合う事を誓うか?」
と2人に聞いた。
「誓います」
2人は声を揃えて誓った。
「ここに魔王オーフェンの名の元に於いて2人を夫婦と認める」と宣言した。
イツキ・カツヤ・ジョナサン・シラネが剣を抜いて頭上に突き上げ歓声を上げた。
キースとサルバそして闇黒槍騎士団(ドゥンケルランツェンリッター)も状況がイマイチ理解できていなかったが剣を突き上げて声を発した。
イツキは笑いながらオーフェンに
「付き合ってくれてありがとう。オーフェンならやってくれると思ったよ。」
とお礼を言った。
「前もって言え」
そう言ってオーフェンは苦々しい顔でワインを飲んだ。
「いやぁ。さっき飲んでいて思いついたからなぁ」
とイツキは頭をかきながら言い訳をした。
「悪ふざけが過ぎますな。」
サルバが横からイツキを責めた。
「まあ、まあ、サルバも飲めよ」
そう言ってグラスをサルバに持たせるとイツキはワインを注いだ。
サルバは無言で飲んだが、飲み終わった後は美味そうな顔をした。
「これから愛の魔王キューピッド・オーフェンで売り出したらどうだ?」
イツキはまだ酔っぱらってオーフェンに軽口をたたいた。
「馬鹿なことを言うな。」
多分この世界でオーフェンにこんなことを言って、これで許してもらえるのはイツキぐらいだろう。
オーフェンはイツキに乗せられた事で少し悔しい思いを感じていた。
ただそれは同じくらいの嬉しさがあったのも事実だ。
どんな形であれ真剣に命のやり取りをした者同士だ。それなりに思いがあるのは事実だった。
結果オーフェンは負けたが、それが遺恨に残ることは無かった。
それどころか心地よい思い出とさえなっている。
カツヤが持ってきたワインと料理をテーブルに並べた。
キースがカツヤに話しかけた。それをカツヤは笑い顔で受けていた。
この2人が数年前に命の取り合いをしていたというのに……。
アシュリーとアンナがオーフェンの前に並んで立った。
「魔王オーフェン。お久しぶりです。先程はありがとうございました。」
「うむ。幸せになるが良い。で、アシュリー、お主は今は何をしておる?」
「近衞師団におります。」
「アシュリーは近衞の師団長だよ。」
イツキはオーフェンに教えた。
「ほほ~出世したの。」
オーフェンは笑って応えた。
カツヤもオーフェンの前にやって来た。
「魔王。元気そうですな。」
「カツヤか。そう言えばこの前イツキと会った時にお主の話をしておったところだわ。元気そうで何よりだ。」
「また会えるとは思いませんでした。」
「これからもイツキと一緒に来るが良い。」
「そうさせてもらいます。」
「オーフェン。今日はもう一つお願いがあってきた。」
「なんじゃ?今度はお主が結婚でもするのか?」
「違う、違う。おいジョナサン!」
イツキはジョナサンを呼んだ。
呼ばれたジョナサンはワインを片手にやって来た。
ワイングラスをイツキに渡すと
「魔王陛下。私剣士ジョナサン・レオポルドはこの度黒騎士になりたく参上しました。よろしく旗下に連ならん事をお認めください。」
と跪(ひざまず)いて挨拶をした。
「ジョナサンと申すか」
オーフェンは姿勢を正すとジョナサンに呼びかかけた。
「は!」
「キースよ!これへ!」
「は!」
キースがオーフェンの前に同じく跪(ひざまず)いた。
「この者をお主に預ける。良き騎士として育てるが良い」
「は!」
キースは立ち上がってジョナサンを見た。
「後悔はせぬか?」
キースは冷ややかな目でジョナサンを見た。
「しない。」
ジョナサンは一言応えた。
「ふむ。剣士ではマイスターまで行ったか……。魔王は何人倒した?」
「3人ほど。」
「そうか。ではそれなりに扱うとしよう……今日より我が副長となれ!」
「え?」
ジョナサンは驚いたように顔を上げキースの顔を見た。
「嫌か?」
「いえ」
「ならば良い。付いて参れ」
「は!」
ジョナサンはイツキたちに目で挨拶をしてキースと去っていった。
また一人、黒騎士が誕生した。
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