第4話「だから何でテレるんだよ」

 かつてツタンカーメン王の遺体をミイラに加工して、王宮からの報酬を受け取ったあと、一人前と認めてやるからさっさと嫁をもらえとの意味で祖父に勝手に作りかえられたカルブの特大ベッド。

 そのベッドの上で、男二人と性別不詳の神一名が、難しい顔で車座になっている。

 昨夜の女神メレトセゲルや兵士達は、他の神に保護されたので無事らしい。


「んーっとね、つーたんはね、死後の楽園に入るためのオシリス君の審判はクリアできたんだけどね」

 アテン神がいつもながらの緊迫感のない声で話を切り出したが……

「ああ! 今、つーたんって言った! ファラオをつーたんって!」

 カルブが悲鳴混じりにさえぎった。


「だめ?」

「ダメでしょ、そりゃあ!」

「別にいーじゃねーかよ。てか、カルブもつーたんって呼べよ」

 当のファラオが口をとがらせる。

「い、いやですよ!」

「何でだよ」

「だってェ……」

「だから何でテレるんだよっ!」


「話を戻すね。オシリス君の審判が終わったところでね、ボクの信者のハシャラちゃんって子が乱入して、つーたんの心臓の霊体カーを持ってっちゃったの」

「って、あいつ、アテン神のとこのだったのかよ!? しかも名前もわかってるのか!?」

 と、今度はツタンカーメンが叫ぶ。


「うん。あのね、ハシャラちゃんはね、アクエンアテン君がアケトアテンに遷都おひっこししてくる前からあの土地に住んでたおばあちゃんなんだ。

 若い頃からボクの神殿に通い詰めてて、新入り巫女のベケトアテンちゃんのことを気にかけてくれて……

 ベケトアテンちゃんがつーたんを産んだ時、ボクが父親だってうわさを素直に信じて、積極的に広めて回っちゃうような、純粋無垢な人だったんだよ。

 でね、つーたんが王様になるより前に天寿を全うして、でもそのバーはアケトアテンが廃墟になってからもあの都に留まり続けたの。

 ……つーたんがアテン神ボクになるって信じて、待っていたの。

 だからハシャラちゃんは、つーたんがつーたんのまま死んだことも、オシリス君の治める楽園に入ろうとしたことも、受け入れられなかったんだ。

 で、ハシャラちゃんはつーたんの心臓の霊力カーを利用して、つーたんのミイラを乗っ取ろうとしたの。

 そのせいでつーたんのバーは、二度目の死の寸前まで追いやられちゃったわけ」


 二度目の死。

 すなわちバーの消滅。

 エジプト人が死よりも恐れる言葉に、カルブが身をこわばらせる。

 そのこわばったほっぺたを、ツタンカーメンが指でつっついた。


「おまえが祈ってくれたおかげで、おまえの心臓の霊力カーがおれのここに入ったんだ」

 ツタンカーメンは親指で自分の心臓を示した。

 幽霊は生きている人間に触れようとしてもすり抜けてしまうはずなのに、何故か先ほどからツタンカーメンは、カルブをつついたりこづいたりベタベタと触りまくっていた。


「うちのお客のホッマさんも、そのハシャラって人の仲間なんですか?」

 カルブが鋭いネコパンチでツタンカーメンを退けつつ尋ねる。


「ホッマ君はアクエンアテン君のお触れを受けてボクの信者になったクチだね。

 ハシャラちゃんとは生前は面識はなかったみたい。

 アクエンアテン君が死んで宗教改革が終わって、周りのみんながもとの信仰に戻ってからもホッマ君はボクへの信仰を捨てられずにいたんだけれど、そのことを家族にも言えなかったんだ。

 で、マラリアであっさり死んじゃって、お葬式の準備がアメン神のやり方で進められて、それはいやだって思ってたところにハシャラちゃんからのお誘いを受けたの。

 王家の谷に集まっていた他の蚊柱達も、だいたい似たような事情だよ」


 アテン神の話にカルブが聴き入っている隙を突き、ツタンカーメンがカルブにニャニャニャニャニャ! っと連続ネコパンチを浴びせる。


「みんなで集まって計画を立てて、ハシャラちゃんがつーたんの心臓の霊体カーを奪って、アヌビス君がハシャラちゃんを追いかけて心臓を取り戻して」


 死者の守護者たるアヌビス神の重要な活躍を、アテン神があっさりと流すのを尻目に、ツタンカーメンのネコパンチが激しさを増し、カルブの髪をぐちゃぐちゃにする。


「ボク達とアヌビス君で王家の谷で待ち合わせして、来てみたらカルブ君が倒れてて、心臓が動いてなかったのね」


 もはやファラオとはいえ遠慮はできぬと、ついにカルブも禁断のマシンガンネコパンチを放つ。

 ファラオは一転して防戦一方に追い込まれ、ついにベッドから押し出されて転落する。


「だからアヌビス君が持ってきたつーたんの心臓の霊体カーを、カルブ君の心臓に移植して蘇生させたの。

 死者の心臓が宿ってるから、カルブ君にはボクやつーたんの姿が見えるし触れられるの」


 神の言葉に、カルブの高笑いがぴたりと止まった。

 古代エジプトにおいては、心臓はバーが宿る場所であり、人体のもっとも重要な器官。

 ということは、つまり……


「ツタンカーメン様の体の一番大切な部分がオレの中に!?」

「待てカルブ!! その言い方は語弊がある!!」

「へ? ……ウゲえええええッ!? ……うわあっ!!」


 慌てて飛びすさり、カルブはベッドの反対側から転げ落ちた。

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