第3話「ぎゃーーーーーーっ!!」

 冥界の泉に咲いたスイレンは、地上の池で見かけるものよりもずっと大きかった。

 具体的には、人が一人、乗っかれるほど。

 その花の中央で、美の化身たる神の幼児がチョコンとあぐらをかいていた。

「ンもう! 何でオッサンとかオンナとばっかり間違えるのさ? てか、誰だよ、浴槽の神様って? そんなの聞いたことないよ?」

「え? 居ないの? 浴槽の神様」

「いや、居てもおかしくないとは思うよ。探せば居るかも。でも居たとしてもランクは僕よりずっと下だよ」


 見た目は幼くとも歴史のある神が、瑞々しい唇をとがらせる。

「パパがね、近頃ずっと、君に構いっきりだから。どんな奴なのか見に来たのさ。

 泳げないようなら笑ってやろうと思ってたけど、まさか一人でお風呂に入れないとはね。

 いくらファラオだからって、君みたいなのは初めてだよ。ここで克服できて良かったね。

 ああ、僕に会ったのはパパにはナイショだよ。神殿を抜け出したのがバレたら怒られちゃう」


 スイレンの花が水面をただよい、ツタンカーメンの周りをグルリと回る。

「やっぱり肌は綺麗だね。その爪は、ミイラ職人ががんばったのかな? 髪の毛は……ヤバイ! パパが来た!」

 スイレンの花びらが、ネフェルテム神を包んでつぼみを閉じる。

「その泥のパックは美容にいいからね!」

 いかにも美の神といった言葉を残し、つぼみは水の中にチャポンと隠れた。




 ツタンカーメンが岸に上がるのと同時に、プタハ神も茂みの向こうから出てきた。

「……何で……」

 神の声は、怒りに震えていた。

「やけに長いし、何やら遊んでいるような音がするなとは思っていましたが……何で沐浴する前より汚れているんですか!?」

「へ?」


 そういえば、と、ネフェルテム神の言葉がファラオの脳裏によみがえる。

 泥のパック。

 ツタンカーメンは、まさにそのまま、全身見事に泥だらけであった。


「まったくもって近頃のファラオは! 満足にお風呂にも入れないだなんて!」

「いや、あの、これは……」

「言い訳はいりません! 塔門はもう待ちくたびれています! サルワ君との再契約はアアルの野に着いてからするとして、今は私が洗うしかありませんね……!」

「えええっ?」


 プタハ神がツタンカーメンを抱え上げる。

「つい先日、時の神トートから大変興味深い物を見せていただきました。遠い未来で使われている、洗濯機と呼ばれる道具だそうです」

 泉の水が、泡を立てて渦を巻き始める。

 その渦の中央目がけて、プタハ神はツタンカーメンを思いっ切りぶん投げた。


「「ぎゃーーーーーーっ!!」」

 二人分の悲鳴が響き、プタハ神はおや?っと首をかしげた。

 逃げ遅れたネフェルテム神も、巻き込まれてしっかり洗われていた。

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