第33話「死者の書の件」

 ファジュルが泣きながら「ありがとう」とくり返す。

 けれどそのかたわらでプタハ神は悲しげに首を振る。

 黒いハヤブサの姿のソカル神は、大きな岩の上から一同を見渡している。

 一行の周りはすでにメジェドに囲まれており、その足もとでは悪霊達が、結界のゆがみが広がるのを待っている。

 にもかかわらずツタンカーメンは、悠然と腰布を直していた。


 遠くから聞き覚えのあるわめき声が響き、顔を上げる。

 ツタンカーメン一行が旅の途中で出会った老貴族、サルワのしわがれた声だった。

 サルワは、アテン神の無数の触手に絡め取られてぶら下げられて、空の彼方からふよふよとこちらに運ばれて……

 高所は恐怖だし触手はキモイしで、カツラが落ちないように必死で押さえてギャーギャーと大騒ぎしていた。


「おっ待たせ~! だいたいの事情はボクから話しておいたよっ」

 アテン神がサルワを優しく地面に下ろす。

 サルワは腰が抜けてへたり込み、ちょうどツタンカーメンの前にひざまずいた格好になった。


 ツタンカーメンは腕を組み、サルワをキッと睨みつけた。

「サルワ……」

「ファファファ、ファラオ様! わわわ、わしは、ガサクが盗みに入った先がたまたまわしの墓じゃったっちゅーだけで、わしゃガサク様を殺せなどとは言うとりませんし、ましてや地獄に落とそうなどとは断じて、断じてえええェェェ!!」

 下げきった頭を地面にこすりつけてカツラがずり落ちる。

 プタハ神が、サルワのせいではないと言ってツタンカーメンをたしなめようとするが……


「いーや、サルワが悪い! てゆっかサルワ、おまえ、おれのことを奴隷呼ばわりしたよな? ファラオであるこのおれを!」

「ひいっ!」

 サルワが震え上がる。

「罰としてサルワ! おまえをおれの奴隷とする!!」


 何でまたそんなややこしいことを言い出すのかとプタハ神は頭を抱え、ソカル神はクェーッと鳴いて、メジェド達は顔を見合わせ、アテン神は意味もなくクルクル回る。

 ファジュルは青い小鳥カワセミを両手で包み、メジェドの目から隠すように胸に押し当てている。


「ついでにガサクもファジュルもみーんなおれの奴隷! 奴隷の物は、主の物! でもってエジプトの土地はぜーんぶファラオのもの! すなわち……!」

 ここでファラオは一拍おいて、そして高らかに宣言した。

「死者の書の件は、我が奴隷が、我が所有物を、我が敷地の中で移動させたにすぎない!! ここに泥棒など居ない!!」



 神々が感嘆の声を漏らした。

 時空のゆがみが消え、悪霊達があきらめて地獄へ帰っていく。

 メジェド達はメジェド同士でうなずき合い、最初に動いたメジェドが隣のメジェドの布の中にもぐって消えて、もぐられたメジェドがまた隣のメジェドの布にもぐって……とくり返して、最後は一人だけになった。

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