第11話「シャブティ人形 2」

 ハタプ神がパンッと手をたたき、シャブティ人形が綺麗に整列する。

 続いてツタンカーメンが祝詞をあげると、シャブティ達はワーっと走り出した。

「これっ! 畑はそっちではありませんよっ!」

 ハタプ神がぱたぱたと追いかける。

 Uターンした人形と神様が、ツタンカーメンの前を駆け抜ける。

「四人分、しっかり働くんだぞー!」

 走れないツタンカーメンは、ファジュルと並んで人形達に手を振った。

「サルワの分もか?」

 ガサクが眉毛を吊り上げる。

「代金はもらっとくけどな」

 ツタンカーメンは祝詞の書かれた死者の書を示し、巻き直してからファジュルに返した。


 受け取ったファジュルの手は震えていた。

「つーたん……こんなにたくさんのシャブティ人形を持ってるなんて……あなた、もしかして……」

「ああ、うん。まあ、な」

 やっぱりファラオだってバレたか。

 変に遠慮されたくないから、あえて昨日のボロボロの腰布のまま、着替えないでおいたのだが……

「もしかして、シャブティ屋さんだったの?」

 バレてなかった。


「いや、これ、つーたんがファラオだってことなんじゃねーのか? 人形達のずきんってファラオのやつだっただろ?」

 ガサクが自分で言いつつ半信半疑の半笑いでほほを掻く。

「やめてよ、そんな失礼な! ファラオが死んじゃうわけないじゃない!」

 ファジュルは何故かひどく怒った。

「そーだな。じゃあつーたんはシャブティ職人で、商品を売り込みに行って粗相があって、ファラオに斬り捨てられたんだ。それで死んだんだな」

「ファラオはそんな怖い人じゃないもん! もう! ガサクのイジワル!」


 二人のやりとりにツタンカーメンは首をかしげた。

「ファジュルはおれに……ええと、ファラオに会ったことがあるのか?」

「とんでもない! あたしなんかがお会いできるわけないよ! ファラオはあたしの命の恩人なの」

「でもお前、死んじまったじゃん」

「ガサクのイジワル!」

「???」


「あのね、ほら、先王さまの時に、いろんな神さまの神殿があっちこっちで壊されたじゃない?」

 アクエンアテンの宗教改革の話だ。

「それでたくさんの神官がよその国へ逃げていたのね。でも先王さまが亡くなって、新しいファラオが神官達を呼び戻したの」

 この新しいファラオがツタンカーメンである。


「神官達はよその国の珍しい薬草をエジプトに持って帰ってきて、神殿で栽培を始めたの。

 ……あたしね、生まれた時から体が弱くて、大人になるまで生きられないって言われていたの。だけどこの薬草のおかげでこの年まで生きられたのよ」

「ハンッ。全然、短かったじゃねーか」

「ガサクってば、何でそんなイジワルばっかり言うのよ! そりゃあ今だってちゃんとした大人じゃないかもだけど……でも、いいこといっぱいあったんだよ! 小鳥さんも居たし!」


「小鳥さん?」

 ツタンカーメンがまたまた首をかしげる。

「そうだよ、小鳥さん。

 あのね、よその国の薬草はね、育てるのが大変で、とっても高価で、本当はあたしなんかの手に入るものじゃなかったの。

 でもね、小鳥さんがプレゼントしてくれたのよ。窓辺にそっと置いていってくれたの。

 何度もよ。一回や二回じゃないの。何年も続けてくれたの。

 ママは小鳥さんは神さまの使いなんだって言ってたわ。

 パパは、巣の材料を落っことしてるだけだなんて言ってたけど、そんなのどっちでもいいの。

 ファラオと小鳥さんがあたしの恩人! だから……ね、つーたん……」

 にこにこと自慢げだったファジュルが、急に深刻な表情になる。

「つーたんは、ファラオじゃないよね? ファラオは元気に生きてるよね? 今のファラオはいいファラオなんだもん、長生きしてエジプトをもっともっと良くしてくれるよね? ファラオがシャブティ人形を使うのは、ずっとずっとあとだよね?」


 ツタンカーメンは言葉に詰まった。

「ん……まあ……元気は元気だと思うぞ」

 生きてはいないけど。

「こいつがファラオなわけねーよ。ファラオが俺らみたいなのの相手なんかするわけねーし。もしファラオなら俺らなんかとは口も利いちゃくれねーさ」

 ガサクの言い方は、それはそれで悲しかった。




 ヒュンッと音がして、ハタプ神が瞬間移動で帰ってきた。

「合格です!

 ツータン君のシャブティ人形は、皆、しっかり働いていますよ。人形自体の出来が非常に良いようですね。

 あの子達はしばらくこの農園で預かります。君達は先に進んでいいですよ。

 さあ、門番に渡すお供え物を授けましょう!」

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