第4話「大蛇アポピスの襲来」

 ビュインという衝撃のあと、黄金のマスクがツタンカーメンの頭から離れる。

 ここもまた、アメンテトの十二の区画のうちの一つ。

 先ほどと良く似た棺だらけの景色が、来たばかりの太陽の船に照らされている最中だった。


「もっと一気に飛べないんですか?」

「君の勉強のためにわざわざ寄り道しているんですよ。……クエーッ!」

「でもここ、さっきと同じじゃないですか」

「良く見なさい。棺についている護符の素材が異なっているでしょう? ……クエーッ! これは彼らの出身地が……」


 プタハ・ソカル神の社会科の授業をわざと遮ったわけではないけれど、突然、太陽の船の船尾から大声が上がった。

「何だあれ!?」

 船員が指差す先を目で追って、ツタンカーメンが叫ぶ。

 東の山の門を乗り越えて、黒と黄色のウロコに覆われた巨大な頭がこちらを覗いていた。


  ズズズッ……


 大河のような太く長い胴体が這い出てくる。

 死者達がパンを抱えて大慌てで棺に引っ込み、船の上の太陽神がプタハ・ソカル神の名前を呼ぶ。

「奴はアポピス。太陽を喰らわんと付け狙う悪しき蛇です。我々神々は、人類が生まれるはるか以前から、世界の光を守るためにあの蛇と戦い続けてきました」


「クエーーーッ!!」

 黄金のマスクの両脇から生えていた羽が頭巾の中に引っ込む。

 マスクの口がパカッと開いて、中から真っ黒な鳥が飛び立つ。


「待ちなさいソカル君! 一人で行ってはいけません!」

 続いてマスクの首のところから、プタハ神の人の形の胴体がニョキッと伸びてきた。

 背が高くって、筋肉ガッチリ。

 ただしお肌は緑色で、これは豊穣神の印の植物の色。

 肌の上に衣服の代わりにまとう包帯は、死者に寄り添う冥界神の証。


 猛スピードで迫り来る巨大な蛇に、小さな鷹のソカル神が敢然と突っ込んでいく。

 プタハ神はその場を動かず、ソカル神に向けて両手を伸ばして魔力を送る。

「クエーーーッ!!」

 棺の住宅地に入る一歩手前で、ソカル神の体を中心に光のシールドが展開した。


 アポピスは目玉をひんむき、ぶつかるすんぜんに急ブレーキして、びよんと体を跳ね上がらせた。

 着地し、そのまま地面に穴を掘り、もぐる。


「やった! 追い払った!」

 ツタンカーメンが歓声を上げた。

「まだです!」

 プタハ神の合図を受けて、太陽の船の甲板の王族達が魔力を放つと、辺り一帯の棺が輝き出した。

 棺に備えられた護符がバリアを発動させたのだ。

 土の下から悲鳴が響いた。

 バリアの力が地下にも及び、次の瞬間、アポピスが地面を破って、プタハ神の真下に飛び出した!


 プタハ神は左腕でツタンカーメンを小脇に抱え、右手でソカル神の足に掴まって、アポピスの牙が届かない高さまで舞い上がった。

「しゃーーーっ!!」

 アポピスが口から毒液を吐き飛ばす。

「おっと!」

 プタハ神はとっさにソカル神の足から手を離し、毒液は二神の間を素通りする。

 住宅街のど真ん中にスタッと着地して、プタハ神はツタンカーメンを自分の背後に隠して下ろした。


「神々って普段からこんな……してい……ですか!?」

「アポピスは太陽を狙うだけでなく、普段は……を食料として……のですが、近頃どうも……の様子…おかし……ああ、説明はあとです! 君はしばらく……」


 プタハ神の言葉は、アポピスの這い寄る轟音に掻き消された。

 太陽の船が離れていく。

 こんな時でも規則正しい進行を狂わせるわけにはいかない。

 あとを追おうとする大蛇に、プタハ神とソカル神が立ちはだかる。


「ツタンカーメン君はどこかに隠れて……って、もう居ませんか。ずいぶんと逃げ足が速いですね、開放感王は」

 若きファラオの墓所での醜態を思い出し、プタハ神はマスクの下で苦笑した。

「クエーッ!!」

「ええ、これで遠慮なく戦えるのはありがたいです。ファラオの資質に関しては、あとでじっくりとお話しましょう」


 一組の神と一匹の巨大な蛇とが向かい合う。

 プタハ神の角度からは見えていなかった。

 他の棺の陰になった位置に、護符が壊れてバリアが発動していない棺があることと……

 ツタンカーメンがその護符を直そうと悪戦苦闘していることに。


 アポピスが牙をむく。

 神々が魔力を解き放った。

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