第3話「ぐおおおおっ!!」

 邪神の言葉はもとはハッタリだったが、反応したツタンカーメンの視線によって、カルブが居る方角がバレてしまった。

 巨大なカバがカルブに向かって歩き出す。

 ズーン、ズーンと足音が響く。

 逃げようがないのはカルブにもわかった。

 そもそも逃げるつもりはなかった。

 叫びたいほどの気持ちをこらえ、カルブの唇は祝詞を紡ぐ。


「王は、死せるオシリス神が生まれくるホルス神に与えたものを受け取れり!」

 あのツタンカーメンが、邪神に食べられて終わりだとは思えない。

「オシリス神の埋葬の日に、オシリス神自身が語りしことを、ホルス神は声高らかに王に語れり!」

 絶対にあきらめない。

「祝えり祈れり、最強の霊魂よ! 王は来たれり! 王を崇められるべき者となしたまえ! 王は天の道と地の道とを拓く! 王は何者にも阻まれず!」


 邪神の歩みが止まり、唇がうっすらと開いた。

 それは最初は笑みに見えた。

 しかしそうではなかった。


 歯の間から光が漏れた。

 光はどんどん広がっていく。

 祝詞を受けてパワーアップしたツタンカーメンが、邪神の上アゴを押し返しているのだ。


「ぐおおおおっ!!」

 両手で邪神のアゴを押し上げる。


「ふんんんんッ!!」

 邪神は口を閉じようと力を込める。


 カルブは声を張り上げる。

「オシリス神の息子ホルス神は太陽のごとくオシリス神の位に昇れり! 全ての生命は幾百万年、ホルス神とともにあり! これは始まりの神アトゥムが未来へ語る言葉なり! ホルス神は幾百万年、王であり続ける! ホルス神は幾百万年を生きる!」


 ツタンカーメンがカバの口の、上ぶたとでもいうのか、その部分の骨を突き破って飛び出す。

 力をスカされたセト神は、本物のカバでもまれにやらかす現象だが、自分のキバで自分のアゴをつらぬいた。


   シュウウウウウウウ!!


 動物なら血が流れ出るはずのところ、黒いエネルギーが煙のように立ち上る。

 カバの体が縮む、しぼむ。


 戦いは終わった。

 ツタンカーメンとカルブの二人ともがそう思っていた。

 日差しの中のファラオと砂ぼこりの中のミイラ職人が笑顔を交し合った次の瞬間……

 邪神がしっぽをブンッと振るった。


 それは最後のあがきだった。

 しっぽの先から撃ち出された黒い雷が、油断していたツタンカーメンを直撃し、ツタンカーメンは地面にたたき落とされた。

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