第2話「守る!」
巨大カバは首を伸ばしてツタンカーメンに噛みつこうとした。
ガッ! ガッ! ガッ!
上下の牙が空気を噛んでぶつかり合う。
ツタンカーメンはすばやく飛び回って逃げ回った。
飛行能力は格段に増した。
が、攻撃方法がない。
それにセト神が気づいた。
「ふん! 降りて来ぬなら先に王妃を食らうまでよ!」
邪神は巨大な首を王宮へ向け直した。
王妃はまだバルコニーにいた。
「……つーたん……」
その姿が見えたわけではない。
そこに居ると気づいたわけでもない。
ただ、彼女にとってもっとも“悪いことが起きてほしくない相手”の名を唱えただけだ。
カルブは祝詞の続きを読み上げる。
「ワレは願う、死すらも王を恐れることを! ワレは願う、死が王の敵へと向かうことを! ワレは願う、王を前へと進ませたまえ!」
ツタンカーメンの王冠が変形した。
黄金の王冠の額の部分には、コブラとハゲワシの像が飾られている。
コブラはナイル川下流の豊かな穀倉地帯の女神ウアジェト。
ハゲワシはナイル川上流の古き都の女神ネクベト。
女神は二人一組となって、一人の王の額の上で、人間社会の調和を表す。
女神達の像がそれぞれの首をもたげて、ツタンカーメンの頭の上でツノのような形を取った。
コブラとハゲワシが口を開く。
そこからダダダダダと、遠い未来の言葉でいうところの機関銃のように次々に火の玉を撃ち出した。
「ぐおっ!?」
巨大カバの分厚い皮膚に、ようやくダメージが通った。
しかしまだ、軽いヤケド程度である。
邪神が噛みつこうとして、ツタンカーメンが回避する。
そこに巨大な前足が襲いかかる。
ギリギリでかわしたが、風圧を受けてツタンカーメンはキリモミ状態になってしまった。
すかさずカルブが祝詞をささげる。
「ワレは願う、王の魂が揺るぎなきことを! 王が
ツタンカーメンは墜落寸前で持ち直し、噛みつきに来た大口をかわして、カバの右側の鼻の穴に飛び込んだ。
巨大カバは前足で自分の鼻をたたいて鼻血を垂らし、さらに足三本では自分の体重を支え切れなくなって、腹を地面に打ちつけた。
地上に居る神々が一斉に
アテン神もアメン神もそちらの救援に向かい、強烈な光をほとばしらせて、どうにか耐え切る。
ツタンカーメンはカバの左の鼻の穴から抜けて、くしゃみで吹き飛ばされそうになるのを、まつ毛にしがみついて堪える。
セト神の前足に払い除けられる前に退避し、下がり際に火の玉の連射を撃ち込む。
ツタンカーメンの攻撃はセト神に当たってはいるが効果は小さい。
一方、セト神の攻撃は、ツタンカーメンにはなかなか当たらないが、この体格差では一発でも当たれば即座にオシマイとなる。
息をつかせぬ攻防が続く。
カルブは祝詞を唱え続ける。
「ホルス神の存在は、その栄誉は、ともにある王に力を与える! 太陽のごとく昇り出るハヤブサを賛美せよ! 聖なるハヤブサは、ともにある王は、何者よりも偉大なり!」
日の出の書の文言はひたすらホルス神を称え、祝詞の主がホルス神から力を授かっているとくり返す。
「王冠に住まいし力は王に言う!『なんじ、天の果てへ行け、何なりと見よ! なんじとホルス神が一つの存在となりしが故に、王冠はなんじのものとなる! 見よ! 天の果てまでもがなんじの言うがままとなる!』」
日の出の書の巻物は、普通の人間にとっては単なるお守りの葬式用具。
遺族に巻物をお墓に納めてもらった死者の魂が、オシリス神の領地である冥界の旅を安全に過ごせるように、ホルス神の加護を求め、この親子への信仰を示すためのもの。
その巻物が地上世界でこのような力を発揮できるのは、祝詞の主がファラオだから。
「我輩の邪魔をしておるのは誰だ!?」
邪神は目を血走らせて町をにらんだが、祝詞を読む人間の姿は見つからなかった。
巨大な目で見つけるには、土煙に服も髪も染められたカルブの体は、あまりにちっぽけすぎるからだ。
しかし、ひらめいた。
実際には見つけていなくても、言うだけで良いのだと。
「見つけたぞぉ!」
その一言でツタンカーメンの動きが止まった。
ファラオが町を振り返った一瞬の隙に、カバが一気にアゴを閉じて、ツタンカーメンを口内に閉じ込めた。
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