第3話「負けない!」

 セト神は王宮へと進む。

 自分の信者ではない人間を排除して王宮を乗っ取るために。

 道中でその巨大なカバの足に踏まれる民家など、かえりみもせずに。


 悪霊を集めて作った実体のない足は、日干しレンガの家々を物理的に踏みつぶすのではなく、存在力カーをつぶす。

 セト神の足に触れた日干しレンガは急速に老朽化して、ガラガラと崩れて土ぼこりが散る。


 カルブの目はセト神の姿が見えるようになったのと同時に、地上を他の神々が守る様子も映るようになっていた。


 カバの足に踏まれても人間の生命力カーがつぶされないように、カバの足が頭上を去るまで、護符が、神々が、障壁バリアを張って時間を稼いでいる。

 この守りがなければ人間達がどうなるのかは、神々の必死さから想像するしかない。


 マッチョなアメン神がドシドシと走り回り、円盤型のアテン神はふよふよと飛び回っている。

 きっとトート神やアヌビス神も近くでがんばっているのだろう。

 神話を読み上げていた人達は、さすがにもう避難したのか、いつの間にか居なくなっていた。


 セト神が近くを通った振動で、直接触れたわけでもないのに、カルブが風除けに隠れていた壁にひびが入った。

 慌てて離れた直後に、建物は単なる土くれの小山と化す。


 アテン神が建物の中を確かめて、無数の腕で丸を作って、無人だったとアメン神に向けてサインを送った。

 どうやらもともと空き家だったので護符が置かれていなかったらしい。


 アメン神が、通りすぎるセト神のおしりを睨んだ。

 ツタンカーメンが邪神の背中に体当たりをくり返しているが、分厚いカバの皮膚にダメージは通らず、邪神はツタンカーメンの存在に気づいてすらない様子だった。



「あの……!」

 カルブの呼びかけに、アメン神が振り返る。


「……どうして神様達は、誰もセト神と直接戦おうとしないんですか?」

「それは地上の王であるホルスと、ホルスに代わって地上を治めるファラオの役目だ」

 アメン神はスッとカルブから目をそらし、町の中を歩き出した。


「失礼な物言いなのは承知しています! オレみたいな、自分で何ができるわけでもないヤツが何を言ってるんだってのもわかっていますが、でも神様はオレなんかよりも……ツタンカーメン様よりもずっと強いんでしょう!? それにこのエジプトには大勢の神々がおられるのだから、みんなで力を合わせれば……」

「それで負かされてもセトは敗北を認めぬであろう。それに我らが卑怯な手を使えば、セトがさらに卑怯な手を使う理由を与えることになる」

「で、でも、このままじゃツタンカーメン様が……」

「全てのファラオは即位の儀を通じてホルスの分身となる。ツタンカーメンはホルスの一部だ。先代のファラオの宗教改革の影響で、力の使い方を学べぬままここに至ってしまったが、ツタンカーメンにはホルスの力が……神の中でも特に強い力が宿っている」


 アメン神が歩きながら瓦礫の山に手をかざすと、日干しレンガが砂になって風で吹き飛び、中に埋もれていた人が這い出してきた。


「これはあくまでオシリスの弟セトオシリスの息子ホルスの戦い。いかに相手が邪神といえど、集団で襲いかかればこちらの正義が揺らいでしまう。ホルスの力のみで戦わねばならぬのだ」


 カルブは一瞬だけ天を仰いで、それからすぐにうつむいた。

 ツタンカーメンの痛ましい姿が目に入ってしまったからだ。

 体当たりをする度に金の羽毛が舞い散って、邪神を攻撃しているはずなのに自分だけが勝手にボロボロになっていく。


「で、も、ね!」

 いきなりの、やけに陽気な声は、カルブの背後からかけられた。

「使っていいのはホルスくんの力だけだけど、力を引き出すお手伝いなら、してもいいんだ!」

 アテン神が、全ての腕を腰らしき場所に当て、えっへんとばかりに胸らしき場所を張っていた。

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