第2話「おれ、目立つか?」
カルブは幽霊をいったん外へ追い出して、腰布をほどいて、波模様の刺繍の入った異国風の膝丈のチュニックに着替えた。
今時の若者の
いつもは作業用の冴えない格好だが、こだわりの職人の家系の子なので、服につぎ込む余裕はじゅうぶんある。
「お待たせしましたー」
家を出るとツタンカーメンもチュニック姿に変身していた。
カルブのよりもずっと上質の布で、はるかに手の込んだ鳥やライオンの刺繍がほどこされていたが、決してケバケバしくはなく、さらりと上品に着こなしていた。
市場を目指して住宅街を連れ立って歩く。
日干しレンガの素朴な壁が、茜の根っこや藍の花びらの染料で縞や格子を描かれた日除け布によって
道行く人々はあいさつ代わりに葬式前のファラオを悼む。
その言葉はそれこそ季節のあいさつのように流れ、時に次の王が決まらぬ不安を口にする者も居れども、遠くから眺めるだけの王宮よりも、それぞれの日々の暮らしに追われてすれ違っていく。
ツタンカーメンは落ち着かない様子で自分のチュニックの裾を引っぱった。
「おれ、目立つか?」
「見えていれば目立つでしょうね」
「ふむ」
ふわふわ浮いたままクルリと宙返りして、ぱっと腕を広げると、ファラオは庶民風の姿に変身していた。
ただし、庶民の衣服に見慣れていないので、カルブのと寸分たがわぬオソロイである。
「オレにしか見えないんだから全裸でも問題ないでしょう?」
「おまえがそう言うんなら」
「やっぱりやめてください。服は着ていてください」
ナイル川のそばを通る。
ここよりはるか下流のギザの地には、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の巨大ピラミッドが並ぶと聞くが、そのようなものを建てる風習は廃れて久しい。
時も川もそれに世の中も、止まることなく流れ続ける。
(アンケセナーメン様の侍女が、この川で溺死したんだよな)
カルブは少し前に聞いたうわさをツタンカーメンに言おうか迷った。
不幸な事故。そう思いたい。
しかし王妃に近しい立場となれば、何らかの陰謀に巻き込まれて殺されたのだとしても不思議はない。
こんな時期に一人でノコノコと人里離れた工房へ出向く王妃の無防備さは、果たして無邪気さ故なのだろうか。
「カルブー! 早く行こうぜー!」
「ツタンカーメン様! 市場はそっちじゃないです!」
はしゃぐファラオを見失うまいと走り出し、暗い話は後ででいいやと考え直した。
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