第483話 リアとルゥ②
「お邪魔しま~す」
「お邪魔、します」
「……はぁい。どうぞ~」
見あたらない部屋の主を目で捜しつつ声をかけると、奥の方から眠そうな声が返ってきた。
その声に続いて、目をこすりながらおぼつかない足取りでシュリが現れる。
ヨロヨロよちよちと寝起きっぽい歩き方で2人の元へたどりついたシュリは2人を見上げて、にへりと緩く笑った。
「いらっしゃぁい、ルゥ、リア」
緩くも可愛らしい笑顔に胸をずきゅんと打ち抜かれてほんの一瞬言葉を失う。
だが次の瞬間には、ルゥはシュリをむぎゅっと抱きしめ、リアは黙って横を向き己の鼻をそっと押さえた。
何か出てきてはいけないものが溢れてしまいそうだったから。
「シュー君、お帰りなさい。会いたかった。すごく」
「ふぁふぁいま、ふぅ。ふぉくもふぁいたかった(ただいま、ルゥ。僕も会いたかった)」
そんなリアの目の前で、ルゥとシュリは熱い包容を交わしている。
ルゥが、わざとシュリの顔を己の胸に挟み込むように抱きしめているのを半眼で眺めつつ、リアはこの後の自分の行動について考える。
胸にわき上がっているシュリへの愛しさが促すまま、衝動に任せて彼を抱きしめるべきかどうか。
が、己の中で答えを出しきる前にその時は来てしまった。
つんつん、と服の裾を引かれる感覚に、考え込みうつむいていた顔を上げれば、目の前に天使がいた。
銀色の髪に菫色の瞳の、物心ついたときから……いや、きっと物心つく前からずっと愛しく思ってきた少年が。
まだ寝ぼけているのだろう。
彼はふんにゃりと緩んだ可愛すぎる笑顔と共に、
「リアも、ぎゅ~?」
リアに向かって両手を差し伸べた。抱っこをせがむ、幼子のように。
そのまま抱きしめてしまいたい気持ちでいっぱいだったが、リアの中の天の邪鬼がそれを許してくれなかった。
シュリを迎え入れるように伸ばされたリアの両手は、
「はい、ぎゅ~」
そのままシュリのほっぺたに着陸した。
柔らかで弾力のある肥沃な大地を、リアは容赦なくつまみ上げ、引っ張る。
ぎゅうぅぅぅ~、と。
小さな頃から慣れ親しんだ感触に、ちょっぴり胸をほっこりさせつつ。
「いひゃい! いひゃいよ、りあ!?」
シュリの涙目をうっとり見つめ、可愛らしい悲鳴を耳で味わってから、名残惜しくもシュリのもちもちな頬を解放する。
そして、若干呆れを含んだ可哀想な子を見るようなルゥの視線から逃れるように、すぅ、と顔を反らした。
そんな2人の様子を、赤くなったほっぺたをさすりつつ涙目で見ながら、
「それにしても2人揃ってどうしたの?」
すっかり目が覚めた様子のシュリが問いかけた。
「揃って、というか、たまたまシュー君の部屋の前で会ったんだよ。リアもシュリに会いに来たみたいだし、なら一緒に、と思って」
「そうなの?」
ルゥの説明を受けて、シュリはリアの方にも話を振る。
「そう、だけど? べ、別にアリスお姉様やミリーお姉様がシュリの恋人になったって自慢してたから羨ましくなった、とかじゃないんだからね!?」
リアはいつもの彼女らしくツンツンしながら、とんでもないことを暴露してくれた。
恋人云々の情報はまだ知らなかったらしいルゥの目がカッと開かれたことに、シュリは静かに冷や汗を流す。
なんか、いやな予感がするぞ、と。
「へえ~。アリスちゃんやミリーちゃんがシュリの恋人? と言うことは、きっとリュミス先輩も、だよね? 先輩が出遅れるなんてこと、ある訳ないし。っていうか、みんなはシュー君の婚約者候補なんじゃなかったっけ? これってあれかな? 正式な婚約者を決める前に、恋人としてつき合って決める、みたいな?」
ふぅん、そうなんだ。うんうんと頷きながら、ルゥがふふふ、と笑う。
ルゥはウサギさんみたいで可愛いはずなのに、その口元に浮かぶのは肉食獣の笑みだった。
嘘は、つけないと思った。
嘘をついて後でバレたら、すごく怖いことになるような予感が激しくしたから。
「あ~、えっと、僕、実はこの国のお姫様の婚約者に指名されて。そうなると、姉様達との婚約は出来ないでしょ? だからその代わりに……」
「なるほど。婚約できなくなった代わりに恋人に、って訳か。それは王様もお姫様も公認、ってことだよね? シュー君は自分1人の判断でそういう事、出来そうにないし」
「あ、うん。ちゃんと許しは頂いてあるよ。国を継ぐのは姫様と僕の間の子供だけって約束した公式の文書は作るけど」
「ふぅん。じゃあ、恋人は元婚約者のリュミス先輩達だけに限らない、ってことだよね。シュー君の事だし、もう恋人の数は二桁くらいになるのかな?」
「のっ、のーこめんとで!」
「否定はしない、か。そうだよね」
シュリとの会話に、ルゥは肉食獣の笑みを深くする。
逃げられない、何故か追いつめられた気持ちでシュリはそう思った。
「じゃあ、今日からボクもシュー君の恋人で。もちろん、リアも、ね」
にこ~っと可愛くも迫力のある笑みを浮かべたルゥは、傍らのリアの肩を両方の手で掴んでそう宣言する。
なぜ、リアを巻き込んだ!? 、と思いつつ、
「やだなぁ、ルゥ。リアと僕はそういうんじゃないよ。ただの仲良しな幼馴染だもん。ね~、リ……」
ね~、リア、と呼びかけようとしたまま、シュリは固まった。
なぜなら、後ろからルゥに両方の肩を捕まれてこちらを向かされているリアの表情が、明らかに恋する乙女、だったからだ。
ほっぺたは赤く、瞳は潤み。
(かっこよくて可愛いルゥに肩を掴まれたから、とか……じゃなさそうだなぁ)
乙女なリアを驚きと共に見つめながらシュリは思う。
そう思った理由は単純にして明快。
リアの潤んだ瞳はシュリをしっかりロックオンしていたし、シュリに見つめられた彼女の頬がさらにその色を濃くしたからだ。
そんな彼女の耳元に、ルゥが口元を寄せた。
「ねぇ、リア。君だってシュー君の恋人になりたくて来たんだろう? 今、この波に乗らなきゃ、ってさ」
ここに来るまで恋人云々の話は知らなかったはずなのに、まるで最初からソレが目的で来ました、と言わんばかりの口調で悪魔のささやきを吹き込む。
「リア、一緒にシュー君の恋人になっちゃおう? 素直になれないだけで、シュー君の事が好きなんでしょ? リアも、シュー君の恋人になりたいよね?」
追い打ちをかけるようなルゥの言葉に、リアの瞳に熱が灯る。
そして、彼女は、じ、とシュリを見つめた後、こくんと大きく頷いた。
「なりたい。シュリの恋人」
「え? ほ、本当に??」
リアの言葉に、今までそんな素振りなかったよね!? 、と若干動揺しつつ聞き返す。
そんなシュリの言葉にリアは再び頷いた。
「うん。なる。絶対。恋人にしてくれるよね? 幼なじみは王道、なんでしょ?」
「うっ! な、なんでそんな言葉を」
「昔、シュリが独り言で言ってた」
「独り言は聞かないでよ!?」
「聞こえるように独り言を言うシュリが悪い」
「う……そりゃ、そうかもしれないけど」
「ほら、シュリ。王道幼なじみを恋人にするチャンスだよ」
「あ~……」
リアの押しの強さに、シュリは思わず天をあおぐ。
正直、上手に断れる気が、全くしなかった。
「ほら、リアもこう言ってることだし。恋人2人、増やしちゃおうよ?」
そんなシュリの怯みを敏感に察知したのだろう。
にっこり笑ったルゥがここぞとばかりに言葉を挟んでくる。
「そうだよ、シュリ。増やしちゃおう。どうせすぐ、もっと数が増えるに違いないし。2人増えるくらい、大した事ないでしょ?」
それにリアも乗っかって。
「そうそう。悩むことないよ、シュリ」
「うん。うじうじしてても解決しない」
「ううっ。うじうじなんか、してないもん」
「してるよ。うじうじシュリになってる」
「大丈夫。うじうじしてたってシュー君は最高にかっこよくて可愛いよ?」
2人からぐいぐい押されて、うじうじ男の烙印まで押されて、シュリはどんどん追いつめられていく。
物理的に、ではなく、精神的に。
シュリは若干涙目になりつつ、2人の顔を見上げた。
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