第480話 アズベルグへ

このところ、投稿の間隔があいてしまってすみません。

筆が中々進まない書けない期が絶賛おとずれておりまして……

メッセージ、ご意見等も、お返事を書けないこともありますが、ちゃんと読ませていただいております。

いつもあたたかいお言葉、厳しいお言葉ありがとうございます。

中々読みかえしながら書くという事が出来ず、前に書いた内容との矛盾点や間違っている点も多々あり、ご指摘頂いても中々修正できないこともありますが、ちゃんと読ませては頂いてますし、受け止めています。

いつかまとめて修正できればとは考えていますので、直って無くても時間無いんだな、くらいに思っていただけるとありがたいです。

しばらく投稿頻度が乱れるかもしれませんが、少しためてよんでやろう程度に放置して頂いても構いませんので、見捨てずに読んで頂けると嬉しいです。

長々と失礼しました。

本編も途中の切りどころがなく、長めですが、楽しんで頂けたら幸いです。


********************


 シュリが、フィリア達5人の女性を恋人にしたという噂はなぜかあっという間に広まった。

 結果、愛の奴隷や眷属ペットといった風にシュリと独自の関係を築いている者以外の女性に、シュリは詰め寄られることになった。

 ナーザにジャズ、(なぜか)キャットテイルの料理人のサギリ、それに[月の乙女]のフェンリーと、彼女に引きずられたジェスとキルーシャ。

 そして、なにを勘違いしたのか、高等魔術学園のエロスことエルフェロス。


 勘違い男は即座に蹴り出したが、他の面々はそういう訳にはいかず。

 シュリは彼女達と1つだけ約束して恋人関係を結ぶことにした。

 もし、シュリの他に少しでも気になる人が出来たら教えてほしい、ということ。

 交わしたのはそんな約束。


 そんなことあり得ない、とみんなが答えたが、未来なんて誰にもわからない。

 シュリのスキルの影響下にあってなお、彼女達の心に近づける人がいたなら、その人は彼女達にとって運命の人、という可能性もある。

 そんな時がもしやってきたら距離を置いて様子を見守ろう、シュリはそんなつもりでいた。


 とはいえ、そうならない確率の方が高いのは事実なので、その時は責任を持って彼女達を幸せにするつもりではあったが。

 こうして、フィフィアーナ姫と婚約する事に決めてから非常に短い間に、シュリの恋人は11人もの人数に膨れ上がったのだった。

 ちなみに、夜の夢の中で、女神様達からも恋人攻撃の特攻を受けたが、



 「僕と女神様達との関係は、恋人なんて言葉じゃ表現し尽くせないくらい特別なものでしょ?」



 と、特別感をにおわせて、女神様と恋人になるという事態だけはどうにか回避した。

 きっとくるだろうなぁ、と予想して回答を考えておいた自分をほめてあげたい。

 そんなこんなでバタバタした数日を過ごした後。

 シュリは愛の奴隷のみんなと専属のキキを伴って王都を後にしたのだった。


◆◇◆


 「シュリ~!! おかえりなさぁ~い」



 キキがいたので特殊な移動手段は使わずに向かい、出発から数日後に着いたアズベルグの屋敷で、ミフィーの熱烈歓迎を受け。

 まずは当人である姉妹に話す前に外堀から、という事で、カイゼルとエミーユ、それからミフィーの3人に今回の事情を話すことになった。



 「お姫様の婚約者……ふわぁ。すごいね、シュリ」


 「シュリを我が家の跡取りと出来ないのは残念だが、姫様の婚約者として認められるとは、さすがは自慢の甥っ子だな」


 「ええ、ほんと。さすが私のシュリですわ」



 シュリの説明を聞いた3人は口々にそう言った。



 「エミーユよ。私のシュリ、という表現はどうかと思うぞ? それだったらわしだって、わしのシュリって言いたい」


 「言えばいいじゃありませんの。確かに、シュリの親はミフィーさんですけれど、私達だってシュリを育てる、という事に関しては協力してきたんですから、私のシュリ、って言うくらいいいと思いますわよ? ねえ、ミフィーさん」


 「ええ、そうですね! みんなで私のシュリ、って呼んでもいいと思いますよ」


 「そ、そうだろうか。なら、これからはわしもそう呼ばせてもらおう。わしのシュリ、とな」



 いい年をしたおじさんが、ほっぺたを赤くして鼻息荒くそう宣言する様子は若干見苦しい。

 が、シュリがカイゼルやエミーユのお世話になったのも事実なので、色々飲み込んで黙ってにこにこしておいた。

 そんなシュリの前で、3人の会話はまだ続く。



 「しかし、国王陛下も王女殿下も剛毅な事だ。国の後継を殿下の血を引くお子様に限るなら、外で子供を作っても構わない、とは。我が家としては正直助かるがな」


 「そうですわね。うちの娘達がシュリ以外を受け入れるとは思えませんし、ルバーノ家断絶の危機でしたわね」


 「で、でも、そんな公式にも認められない愛人みたいな……いいんですか?」



 ミフィーの非常に常識的な問いかけに、カイゼルとエミーユは顔を見合わせた。



 「わしは問題ないと思うが。娘達がそれでいいと言うならな。それに、わしだってシュリの血を引く孫を抱っこしたい」


 「ですわね! シュリの子供ならとてつもなく可愛いに決まってますもの。まあ、後継者を決める方法だけは考えておかなくてはいけないでしょうけど」


 「ん? そんなに生まれるかな?」


 「生まれるでしょ? 娘1人につき子供が1人でも4人ですわよ? 私達程度の仲の夫婦でも4人の子供を授かっているんですもの。それぞれに1人の子供ですむはずがありませんわ」


 「なるほど。それもそうか」


 「え~っと。お2人が気にならないなら、私も別にいいんですけど。私も、シュリによく似た孫がいっぱいなのは楽しいだろうなぁって思いますし」



 本当にいいんですか、と言うようにミフィー。

 カイゼルとエミーユは再び顔を見合わせて。



 「全く問題ないな。むしろ娘4人をまとめてシュリに引き受けてもらえる方が助かる。あの子達は本当にシュリが好きだからな」


 「ええ、なにも問題ありませんわね。実のところ、あの子達の中からどうやって1人に絞るかは悩みの種でしたもの。それをしなくていいだけで助かりますわ」


 「そう、ですか? でも確かに、シュリを大好きなみんなが揃ってシュリのお嫁さん……じゃなくて、この場合は恋人、って言う方がいいわよね? その、恋人になれるなら、それはいいことなのかもしれないわよね? うん、だんだんそんな気がしてきたわ。シュリ!」


 「な、なぁに?」


 「私、孫の面倒をしっかり見て、いいおばあちゃんになるわね」


 「あ、うん。ありが、とう?」


 「あ、ミフィー殿ずるいぞ!? シュリ。わしもっ!! わしもいいおじいちゃんになってみせるそ!」


 「ミフィーさんも、あなたも、抜け駆けは感心しませんわよ? シュリ、4人の娘を育て上げた私の育児術は完璧ですわ!! その技を惜しまず使って最高のおばあちゃまになってみせますわ」



 ミフィーが可愛らしく気合いを入れてみせると、カイゼルとエミーユも奮起し。

 その孫を授かる為の行為すらまだしていないと言うのに、すっかりおばあちゃん・おじいちゃん気分の3人を、シュリは何ともいえない気分で見つめる事しか出来なかった。


◆◇◆


 「シュリが帰ってきてるんだって!?」


 「お帰りなさい、シュリ!!」



 午後になって。学校が終わって帰ってきたのか、部屋で休んでいたシュリの元へ真っ先に駆け込んできたのはアリスとミリシアだった。

 2人はシュリに突進し、シュリの体を奪い合うようにして抱きしめた。



 「お帰りなさい、シュリ。あなたのことが恋しかったわ」



 その後ろからゆったりと現れたリュミスは、滅多に笑みを浮かべないその怜悧な美貌に甘い笑みを浮かべて、妹達の腕の中からシュリを奪いとって抱きしめる。



 「あ、ずるいぞ!!」


 「そうよ、ずるいわ!!」



 シュリを奪われた2人が、リュミスが抱きしめるシュリを姉ごと抱きしめ。

 3人の美少女が抱き合っているようにしか見えないその内側で、シュリは3方向からの圧力に耐えつつ、



 (ん~。年は1番下なのに、成長具合はミリーが1番なのかぁ。アリスとリュミスは、う~ん。そこまで差はない、かな? むしろ、若干アリスの方が大きいような)



 お姉様方の成長具合を考察していると、



 「シュリ? なに考えているの?」



 声には出していないその考えを見通したかのように、リュミスの冷ややかなまなざしと声がシュリに突き刺さる。

 シュリは慌てて目を反らし、



 「な、なにも? ほ、ほら、そろそろ落ち着いて話をしようよ。シャイナが入れてくれたお茶でも飲みながら、さ?」



 誤魔化すようにそう言って、シュリは3人の腕の中から抜け出すと、紅茶が用意されたテーブルへ。

 3姉妹も、シュリがいないのに抱き合っている意味もないので、素直にばらけてシュリに着いてきた。

 みんなが座ったのを確認して、紅茶を一口。

 そして、思い思いに紅茶を口に運ぶいとこ達を見ながら、シュリはゆっくりと口を開いた。



 「今日は、姉様達に、言わなきゃいけないことがあるんだ」



 シュリの言葉を受けたみんなの視線が集まる。

 今、この部屋にいるのはシュリと3人のいとこのみ。

 なぜなら、愛の奴隷のみんなは気を利かせて席を外しているし、キキは孤児院に挨拶をしに出かけているから。


 実のところ、誰かにいてもらおうか、と思わないでも無かったが、これはやっぱり、シュリだけで向き合うべき問題だと、思うのだ。

 だから、お茶の準備を頼んだシャイナも、給仕をしてみんなが席に着くのを見守った後、ひっそりと部屋を出ていった。

 シュリは1人で、元婚約者となった3人に向かい合う。

 その、事実を告げるために。



 「フィー姉様には先に伝えたけど、実は僕、国王陛下からフィフィアーナ姫の婚約者になるように、って言われたんだ」



 一息に告げたその内容に、3人の動きが固まる。



 「は? お姫様の婚約者?」


 「シュリが? え? だって、シュリは私達姉妹の誰かと婚約する約束だったわよね?」


 「……その話、まさか受けたりは?」



 混乱したようにアリスとミリシアが言葉を紡ぎ、リュミスが鋭く問いかける。



 「姉様達にはごめんなさいって言うしかないけどお受けしたよ。断る、って選択肢は無さそうだったから」



 シュリはその問いかけに、素直に答えた。



 「え、じゃあ、うちらはどうなるんだ?」


 「シュリと結婚出来ないって事?」


 「そう、だね。姉様達と結婚は出来ない」



 今度はおろおろし始めたアリスとミリシアの問いに、申し訳ない気持ちになりながらもそう告げ、更にフィリアにも告げた選択肢を伝えようとした。

 しかし。



 「シュリ、行きましょう」



 立ち上がってシュリの手を握ったリュミスの言葉に阻まれた。



 「行くって、どこへ??」


 「シュリと私の仲を邪魔するヤツがいないところへ。大丈夫。どこへ逃げても私が必ずシュリを幸せにしてみせるわ」



 きっぱりと凛々しく、リュミスが宣言する。



 「えっと、あのね?」


 「シュリ、言わないで」



 シュリはどうにか説明を続けようとしたのだが、リュミスがそうさせてくれない。



 「シュリが不安に思う気持ちは分かる。でも、絶対に苦労はさせない。お金だって私が稼ぐ。シュリはただ、私と一緒にいるだけでいい」


 「いや、だから、あのね?」


 「ずりぃぞ、リュミ姉。シュリは私が連れて行く。シュリ、私が幸せにしてやるから! 金のことは心配するな。冒険者でも何でもやってバリバリ稼いでみせる。シュリはうちらの愛の巣で、私の帰りを待っててくれるだけでいいんだ」


 「え、アリス姉様も参戦するの? あの、だからちょっと待っ……」


 「だめよ、シュリは渡さないわ! シュリは私と逃げるのよ。そりゃ、私にはお姉様達みたいに一芸に秀でてる訳じゃないけど、愛があれば何とかなるわよ!! 私の愛の力でシュリは幸せにしてみせるわ!! だから私と行きましょ」


 「ええぇぇ~。ミリー姉様まで?」



 シュリは体のあちこちを3方向に引っ張られながら、困った顔で3人を見る。

 とはいえ、このまま誰かと逃げてしまうわけにもいかないので、慌ててフィリアに伝えたのと同じ選択肢を提示した。

 1つ、シュリ以外の人と結婚して幸せになる。

 1つ、結婚は出来ないが、シュリの恋人になって子供を産む。姉妹の誰かが生んだ子供を次のルバーノの後継者とする。

 そんな2つの選択肢を。



 「たとえば恋人を選んだとして、あなたの新しい婚約者様と、そのお父上である国王陛下は許して下さるのかしら?」


 「その点は問題ないよ、リュミ姉様。国を継ぐのはフィフィアーナ姫の血を引く子供に限る、って契約をちゃんと交わすし、王様もフィフィアーナ姫も、その辺りは僕の裁量に任せてくれるって。正式な婚約発表の前に、アズベルグにも国王陛下の使者が来て、姉様達と僕の間に出来た子供をルバーノの後継者として認める、って文書も持ってきてくれるはずだよ」



 リュミスの質問に、シュリは丁寧に答えた。



 「そう。なら、私の選択は決まってる」


 「答えを出すのはすぐじゃなくていいんだよ? ゆっくり考え……」


 「恋人で。シュリ以外と結婚だなんて、考えるだけで死にたくなるもの。ムリにきまってるでしょう?」


 「そ、そっか。じゃ、じゃあ、アリス姉様は? 気になる人とかいな……」


 「もちろん、恋人だ! 気になる男なんている訳ないだろ。シュリ以外の男が目に入るもんか。責任、ちゃんととってくれよな?」


 「わ、わかった。でも、ほら、ミリー姉様はモテるし僕の他に誰か1人くらい……」


 「恋人よ、恋人!! 私にとってシュリは唯一無二なの。他に好きになれる男の子なんていないわ。そんな私にしたのは、シュリ、なんだからね?」


 「う、うん。えっと、じゃあ、3人とも……」


 「「「恋人で!!!」」」


 「……ハイ。ワカリマシタ」



 3人の勢いに押され、シュリは頷く事しか出来なかった。。

 でも一応念のため、とシュリは口を開く。



 「3人の気持ちはよく分かったよ。でも、もし、僕以外に少しでもいいなぁって思う人がいたら隠さずに教えて欲しい。そうなっても僕は怒らな……」



 怒らないし、みんなの気持ちを尊重する、と続けたかったのだが、最後まで言わせてもらえなかった。



 「シュリ以外に心が動く? あり得ない」


 「うん、ない!!」


 「絶対にないわ!!」



 3重の声に言葉を打ち消されたシュリは、苦笑と共に3人のいとこ改め3人の恋人の顔をそれぞれ見つめて、



 「そ、そっか。じゃあ、よろしくね。といっても、今までと変わりないだろうけど。僕、まだ子供だしね」



 そう言って話を締めくくろうとした。

 しかし、そうは問屋がおろさないらしい。

 すっと距離を縮めてきたリュミスが、シュリの顎に手をかけた。



 「せっかく恋人になったんだから、恋人らしい事、してもいいんじゃないかしら」



 と妖しく甘い笑みを浮かべながら。



 「こ、恋人らしいことかぁ。な、なにをするんだ、リュミ姉」


 「そうね。やっぱりここは甘いキス、かしら?」


 「き、きす! そ、そうよね。恋人だもの。と、当然よね」


 「ええ。恋人なんだもの。キスくらい、普通だわ。ね、シュリ」



 キス、という単語に顔を赤くする妹達を後目に、リュミスは余裕たっぷりに微笑む。

 そして、もじもじする妹達の背を押した。



 「私は後でいいから、あなた達から誓いのキスをしてもらったらいいわ」


 「ち、誓いの」


 「キス」


 「ええ。恋人になった、誓いのキスよ」


 「「こ、恋人になった、誓いのキス……」」



 リュミスにあおられた2人の、熱のこもった視線がシュリに突き刺さる。正しくは、シュリの唇に。

 こうなったらもう止まらないだろうなぁ、と苦笑しつつもシュリは思う。他のみんなにもしたし、まあ、いいか、と。

 というか、ここでキスをしなかった場合、他の恋人には誓いのキスをしたという事実が後でバレた時が怖い。


 ここはキス一択だな、とシュリはもじもじしている2人の前に進み出た。

 最後にリュミスが待ちかまえている事を考えたら、多分、年が小さい順だな、とあたりをつけ、シュリはまずミリシアの前に立ち、彼女を見つめた。

 小柄な彼女の身長は、他の2人に比べればずっとシュリに近いが、それでも飛び抜けて小柄なシュリと比べるまでもなく。

 早く大きくなりたいなぁ、と思いつつ、彼女の手をそっと握る。



 「ミリー?」



 あえてミー姉様でなく、ミリーと呼ぶ。それは正解だったらしく、赤かった頬が更に赤くなり、瞳のうるみが増す。

 シュリは微笑み、ミリーの手を己の頬へと導いて、その柔らかな手のひらに頬をすり寄せた。

 そして再び彼女をじっと見つめ。



 「僕の、恋人になってくれる?」



 短く、問いかける。問いかけに対する答えはもちろんイエスだ。とっさに言葉が出ないのか、真っ赤な顔でミリーはコクコク頷いた。

 ミリーを見つめたまま、シュリがちょっぴり背のびをして、彼女がほんの少し背をかがめて。

 手を握りあったまま唇を触れ合わせるだけのキス。


 でも不満は無かったらしく、唇を離した彼女は輝くように笑った。これで私もシュリの恋人ね、と。

 そんな彼女の頬を撫で、それから今度は真っ赤な顔で緊張しているアリスの前に立った。


 ミリシアと違ってアリスの背は高い。

 姉であるリュミスよりは、少し小さくはあるが。

 シュリはそんな彼女を見上げ、無言のまま近くにあったいすを持ってきてその上に立つ。

 それでも彼女の身長にはおよばないが、さっきよりは顔同士の距離が縮まった。

 ふむ、と1つ頷いたシュリは、気持ちも新たにアリスの顔を見つめる。きりりと引き締めた表情で。



 「アリス?」


 「へ!? あ、うん。な、なんだ? シュリ」



 シュリとミリーのキスを目の当たりにしてぽ~っとなっていたアリスは、名前を呼ばれて驚いたような声をあげた。

 こちらを見たものの、盛大に泳いでいる彼女の瞳に、思わずくすりと笑みを漏らし、シュリは彼女を落ち着かせようとその手を握る。

 握りあった手と手に一瞬目を落とし、それから再びアリスの顔を見上げ。



 「僕の、恋人になってくれますか」



 その言葉を告げた。

 アリスが目を見開き、それから勢いよくこくこく頷く。

 そんな彼女に微笑みかけ、促すように手を引いて。

 近づいてきたアリスの顔にそっと手を添えた。


 そしてキス。

 触れるだけの清らかなキスだが、アリスの顔は一瞬でぼふんと赤さを増して、床にへなへなと座り込んでしまった。

 そんな彼女の額にもう一度口づけを落とし、シュリはいすを抱えてリュミスの前に立った。



 「そうやって一生懸命いすを抱えているシュリは愛らしいけれど、大丈夫。必要ないわ」



 氷の美貌に甘い笑みを浮かべたリュミスが短い呪文を詠唱すると、シュリの体がふわりと宙に浮いた。



 「浮遊魔術? すごいね! 高等魔術学園では教えてくれるみたいだけど、リュミ姉様も誰かに教えてもらったの?」


 「あら? これに似た魔法はもうあるのね? 私のこれはオリジナル、よ」


 「オリジナル!! すごいね。さすがリュミ姉様」



 学校で教えてもらう一般に普及している魔術とは違う、個人で生み出した魔術をオリジナル、と呼ぶ。

 優秀な魔術師であっても中々生み出せるものではなく、オリジナルを保有する魔術師は偉大な魔術師として名を残している人が多い。

 リュミ姉様もそんな人達の仲間入りかぁ、なんて思いつつ、オリジナル・ネームはつけたの?、と軽い気持ちで問いかける。

 その問いに、リュミスは得意そうな表情で、



 「シュリとの身長差を限りなくゼロにする魔術、よ」



 非常に残念な答えを返してくれた。



 「えっと……なんて?」



 聞き間違いかな、と思って聞き返す。



 「シュリとの身長差を限りなくゼロにする魔術」



 でも返ってくる答えはさっきと同じもの。



 「え~……っとぉ。な、なんでそんな名前を?」


 「身長差がなければ、キスしやすいでしょう? シュリを抱っこしてするキスもいいけど、この魔法を使えば、支える必要がない分、手も自由にシュリに触れることができてより愛が深まるキスが出来るはず」



 オリジナルを作り出してすごいはずなのに、残念感がものすごいと思うのはシュリだけなのだろうか。

 そんな事を考えていると、シュリの体がすすす、と高くなってリュミスの顔をわずかに見下ろす位置へ。

 リュミスは少しだけ背伸びをして、シュリの唇にちう、とキス。



 「ね?」



 なにが「ね?」なんだか分からないが、にっこり笑うリュミスは可愛い。



 「この魔術さえあれば、今みたいに背伸びをしてキスをする、というシチュエーションも思いのまま。色々な角度からシュリを眺める事も出来る。控えめにいっても最高の魔術」



 ドヤ顔のリュミスだが、正直どこがどうすごいのか、シュリにはちっとも分からなかった。

 しかし。



 「す、すごいな! 色々な角度のシュリ!! 最高の魔術じゃないかよ」


 「ほ、ほんとよね! シュリを見上げながらキスするのもきっと素敵ね!! 私も魔術の勉強、しようかな」



 他の2人にはかなり響いたようだ。

 2人はキラキラしたまなざしでリュミスとシュリを見ていた。

 えええぇぇ~、と思いながらそんな2人を見ていたら、頬に手を添えられて強制的にリュミスの方へと顔の向きを変えられる。



 「えっと??」


 「さ、今度は私の番ね?」


 「私の番、って??」


 「誓いのキスよ」



 きっぱりと返ってきた答えに、シュリは内心首を傾げる。

 キス、さっきしたよね、と。



 「さっきのはただのデモンストレーションよ。シュリとの身長差を限りなくゼロにする魔術の。本番はこれから」



 そんなシュリの心の声が聞こえたかのように、リュミスが答える。



 「え? そうなの??」


 「ええ。そうよ。誓いの言葉も忘れずにね?」


 「誓いの言葉??」


 「ええ。ミリーとアリスに言ったような」


 「ミリーとアリスに言った、ような??」


 「ほら、恋人になって、って、あれよ」


 「あ、なるほど」



 ようやく合点がいったシュリは気を取り直すように、こほん、と小さく咳払い。

 そして、少し高い視点からリュミスを見つめた。



 「リュミ姉様……じゃなくてリュミス」



 姉様呼びから呼び捨てに呼び方を改めると、リュミスの顔に良くできましたと言わんばかりの笑みが浮かんだ。

 整いすぎるくらい整った美貌に浮かぶ笑みに、思わず目が奪われる。

 その呪縛から逃れるように軽く首を振ってから、シュリは改めてリュミスを見つめた。



 「僕の、恋人になって下さい」


 「……喜んで」



 シュリの言葉を噛みしめるように味わって、リュミスは再びその面に鮮やかな笑みを浮かべて答える。

 そしてそのまま、目を閉じた。シュリからのキスを待つように。

 少し上を向く彼女の顔を両手で包みこむように触れて、シュリはゆっくりとリュミスの唇に己の唇を落とした。

 思いを込めた、優しく触れるだけのキス……のつもりだったが、リュミスがそれを許してくれず。


 離れていこうとしたシュリの頭を、逃がさないとばかりにがっとつかんだ彼女は更に深く唇をあわせてきた。

 逃がしてもらえなかったシュリは、若干目を白黒させつつも条件反射のように、入り込んできたリュミスを迎え撃ち、甘く激しい攻めに転じる。

 キスに関しては、百戦錬磨といっても過言ではないくらいの経験を積んだシュリの攻撃に、リュミスがかなうはずもなく。


 最終的にはリュミスが床にへたりこみ、それを追うようにシュリの体も浮遊感を失い床へと落ちた。

 リュミスのかけた魔術がとけてしまったせいである。


 危なげなく床へ着地したシュリは、リュミスの色づいた頬と濡れた唇、潤んだ瞳からダダ漏れる色気を目の当たりにし、そして思う。

 この年からこれほどとは。リュミス、恐ろしい子、と。

 しかし、普段から過剰なまでの色気にさらされているシュリは、そんじょそこらの男の子のようにリュミスの色気に当てられて理性を飛ばすようなことはなく。


 もっと、と求めている(ように見える)リュミスをなだめるように、彼女の頬にちゅっとキスを落とし、誓いの言葉からの誓いのキス、という一連の流れを終わらせた。


 色々やりきった感を出しつつ、額の汗を拭うシュリは知らない。

 この後、振り向いた瞬間に、真っ赤な顔のアリスとミリシアに大人なキスを強要されることを。

 断りきれずに2人をアダルトキスで地に沈め、やれやれと思ったところでリュミスにも2度目のキスを強奪され、それが終わったと思ったらアリスとミリシアがゾンビのように蘇り。


 そんなエンドレスなキスに向かう流れをどうにか断ち切り、3人を部屋の外に押し出し、ようやく1人になったシュリは、なんだか妙に疲れてベッドに突っ伏し、そのままいつの間にか眠りに落ちてしまうのだった。

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