第430話 ただいまの翌日③

 ジュディスは基本的にはシュリ専属で、シュリに関する業務が最優先ではあるのだが、セバスと共に屋敷全体にも目を配っていた。

 そんな訳で、彼女は今日も屋敷内を見て回っている。

 それはいつもの事であり、見慣れた光景でもあるのだが、今日の彼女はいつもと違っていた。


 普段の服装の上から、なにやら大きな前掛けのようなエプロンのようなモノをつけて、そこに入れられているのはこの屋敷の主人とも言える少年。

 すれ違う使用人達の視線を集める中、恥ずかしそうに小さくなっている様子がまた愛らしく、みんなの心をほっこりさせる。


 ジュディスはそんな彼らの羨望のまなざしを一身に受けながら、誇らしそうに胸を張って歩く。

 その胸がシュリの顔をむにゅむにゅ圧迫するのだが、そんなことは一切気にすることなく。


 正面を見ていると呼吸が大変なので、シュリはジュディスのおっぱいに頬を預けるようにして若干遠い目をした。

 もう1日分の羞恥心は使い果たした気がするが、このプレイはまだ始まったばかりなのである。

 なにしろ、ジュディスの後にまだ5人順番待ちをしているのだから。



 (感じちゃだめだ。心を無にするんだ)



 意識的に深呼吸をしながら、シュリは己に言い聞かせる。

 今からこんなに消耗していては、この後の5人を乗り越えられない。

 そんなシュリの気苦労に気づかない振りをしつつ、ジュディスは精力的に仕事をこなしていく。

 いつもは部屋にこもって書類仕事をしていることが多いのだが、今日は身につけたシュリを見せびらかす為か、あちこち動き回って細々と仕事を行うジュディスに、



 「おや、何ともうらやましい姿ですね」


 「師匠の言うとおり、中々いい具合だな? 後で俺も自分用にあつらえるか」



 そんな風に声をかけてきたのは、連れだって歩いていたセバスとオーギュスト。



 「コレはオーギュストが作ったんですか。作りはしっかりしていますし、いい出来ですが、少々遊び心が足りませんね」


 「遊び心?」


 「私なら動物の親子をコンセプトに、ペアコーデを考えたでしょうね。親側は、まあ、動物の耳を模したカチューシャでもして貰って、シュリ様の方は可愛いお耳付きの着ぐるみ風に……。シュリ様と動物の赤ちゃんのモチーフの相性は抜群ですからね。きっと最高に可愛らしい事でしょう」


 「……俺にはどうも師匠のその着ぐるみへの情熱がいまいち分からん。が、まあ、確かに。シュリには似合いそうだな。見てみたい、気もする」


 「でしょう? 当然です。オーギュスト、コレは試作、ということですね?」


 「ああ。こういうモノを作ってほしいと言われて急遽作ったが、コレで完成品とは思っていない。使用者の意見を聞いて手を加えるつもりだ」


 「では試作2号作成の場合は是非私にも声をかけて下さい。デザイン面での協力をさせていただきます。販売も視野に入れるのでしたら、販売用の無難なデザインも考えておいた方がいいでしょうね」


 「販売? コレを??」


 「ええ。こういうマニアックな使い方ではなく、一般的な母親が子供を連れ歩くのに便利そうじゃないですか? 値段を抑えれば売れると思うのですが」


 「なるほど。そういう一般的な需要もあるのか。だ、そうだぞ? ジュディス。どうする?」



 ジュディスと羞恥プレイ中のシュリを眺めながらしばらくセバスと言葉を交わした後、オーギュストはジュディスに判断をゆだねた。

 マニアックな使い方、という言葉がぶっすり胸に突き刺さって重傷だが、セバスの言うとおり、このアイテムは母親業の人達にはそれなりに需要があるだろう。

 さて、ジュディスはどう判断するだろう、と黙って彼女を見上げていると、



 「売れるならば販売の方向性も考えてみましょう。シュリ様のお金を稼ぐ為になるのなら労を惜しむつもりはありません」



 彼女は非常にあっさりとGoサインを出した。

 理由はちょっと、その、アレだったが。

 まあ、理由はどうあれ、人の役に立つ新たなアイテムが世に出ることはいいことだ。

 シュリはそう己に言い聞かせつつ、大人しく口を閉じていた。

 静かにして気配を極力消すことが、己を守る唯一の手段だとでもいうように。

 その後もしばらく、抱っこ袋(仮)の改良点について話をした後、セバスとオーギュストは自分達の仕事に戻っていった。


 ようやくジュディスと2人になってほっとするのもつかの間。

 屋敷の外の見回りに出たジュディスが馬車のところで会ったのは、メイドおじさん……いや、御者のハンスさんだった。

 ハンスさんはジュディスに頭を下げようとしてその身に装着されたモノに気づき、その物体を2度見どころか3度見は確実にしていた。

 彼のぎょっとした顔を見て思う。

 穴があったら入りたい、とはこういう心境の事を言うんだろうな、と。


 遠い目をしてシュリはさらに思考する。

 ほっぺをぽよんぽよん刺激するおっぱいに夢中になれるくらい子供だったらどんなにいいだろうな、と。

 あるいは、おっぱいへの欲望に忠実で他が目に入らないくらい大人なら、そんな風に。


 だが、今のシュリはおっぱいに夢中で他が目に入らないほど子供ではなく、ようやく目覚めはじめた欲望は周囲の情報を遮断してくれるほど強くもない。

 じーっとこちらを凝視している、ハンスの視線が何とも痛かった。


 ジュディスはハンスと馬車のメンテナンスについて話している。

 聞いていても、今しなくちゃならない話とは思えなかったので、絶対に身につけたシュリを自慢したくてわざわざハンスのところへ来たに違いない。

 そんな訳で、もともと大した話題が無かった為か、ハンスとジュディスの会話はあっという間に終わり。



 「じゃあ、必要な部品は手配しておくから、届いたら夏期休暇明けのシュリ様送迎に向けて入念な整備をお願いね、ハンス」


 「わかりました。お任せください。……あの、ジュディスさん」


 「……なにかしら?」


 「あのぅ、その、ちょっとだけでいいので、シュリ様を私にも装備……」


 「ダメよ。コレは選ばれし者にだけ許された権利なの」


 「あ、もしかして女性じゃないとダメとかでしょうか? なら、私もメイドの装備を装着してから……」


 「男とか女とか、そう言う問題じゃないのよ、ハンス。でも、どうしてもコレがしたいなら、方法はないでもないわ」


 「そっ、それは、どのような!?」


 「実はこのアイテム、いずれ販売予定の商品の試作品なの。シュリ様は試作品をこうして試すためにご協力下さっているのよ」



 ジュディスがハンスに説明する。

 シュリの羞恥プレイは、なんだかいい感じに理由付けされ正当化された。

 といってもやっぱり恥ずかしいことは恥ずかしいが。



 「はあぁ~。なるほど。いずれ販売予定の商品の試作品なんですね、それ。シュリ様は自ら商品のチェックをなさっている、と。さすがシュリ様ですね……はっ!! 商品化する!? と、いうことは」



 ハンスさんはジュディスの説明をいちいち感心しながら聞いていたが、不意にはっとした顔をしてジュディスを見た。

 彼の視線を受けたジュディスがふふふっと笑う。



 「商品化されたその商品をいち早く手に入れ、シュリ様に平伏してお願いすれば、私の望みは叶うということですね!?」


 「叶うか叶わないかはシュリ様次第だから、断言は出来ないけど、ね」


 「買います!! 誰より早く!! そしてきれいにお化粧してメイドになって、シュリ様に平伏してお願いします!!」



 顔を輝かせたハンスの様子をシュリは困った顔で眺める。



 (へ、平伏してお願い、って。お願いされたって困るだけなんだけどなぁ)



 もちろん断る方向性で考えているが、自分は周囲の人に甘い部分があるので実際に目の前で平伏……っていうか土下座されたら、つい頷いてしまいそうな自分が恐ろしい。

 なるべくハンスと顔をあわせないようにする、という手もあるが、学校が始まれば毎日のように顔をあわせる事になるので、それも難しいだろう。

 困ったなぁ、どうしよう、と考えている間に、ジュディスはハンスと別れて屋敷の中へ戻っていた。

 そしてそのまま、屋敷の執務室の片隅にある、ジュディスの机へ。



 「これから交代時間までは書類仕事を行うのですが、このままでもよろしいですか?」


 「ん? ああ、邪魔なら降りるよ??」


 「邪魔なわけありません! むしろご褒美なのでこのままが私にくっついていて頂きたいのですが、シュリ様は窮屈じゃないですか?」


 「僕は平気だけど、ジュディスは仕事がやりづらくない?」


 「平気です。では、このままで」



 にっこり微笑んで椅子に座ると、シュリを胸に抱え込んだまま猛然と書類を片づけはじめた。

 その驚異のスピードに驚いて固まっていると、



 「これは……アズベルグからシュリ様あてのお手紙ですね」



 書類の中に混ざっていたらしい手紙を発掘したジュディスが声をあげた。



 「アズベルグから手紙? 誰から??」


 「マチルダからです」


 「マチルダから? なんだろう。ありがとう、読んでみる」



 言いながら差し出した手に、丁寧に封を開けてからジュディスが手紙を渡してくれた。

 書類作業をするジュディスの傍ら、というか懐でマチルダのくれた手紙を読む。

 季節の挨拶やら、シュリの体調を気遣う言葉やら、色々なことが書き込まれてはいたが、そういったプラスアルファを除けば内容はじつにシンプルだった。

 夏の休暇もシュリが戻らず、カイゼルの都合で王都に行く計画も頓挫し、ミフィーの落ち込みが激しくて心配だ。

 要約すると、手紙にはそんな内容が丁寧に書かれていた。


 シュリだってもちろんミフィーの事が気になっていたし、会えないのも寂しいが、王都での生活はなんだかんだと忙しくて、寂しいのなんのと言っている暇が正直無かった。

 でも、いつも通りの生活からシュリだけがいなくなってしまったミフィーにすれば、息子に会えない生活の寂しさはかなりのものだったに違いない。



 「シュリ様、どうしました?」



 シュリの困った顔に気づいたのだろう。

 ジュディスがそっと声をかけてくる。

 シュリがマチルダからの手紙を手渡すと、それにさっと目を通したジュディスは、なるほど、というように頷いた。



 「ミフィー様が元気がないのは心配ですね。1日か2日か、お忍びで遊びに来て貰ったらいかがですか? 他の皆様にバレると面倒なので、こっそり秘密で」


 「1日か2日かっていってもなぁ。ここに来るまでにも時間がかかるし」



 ジュディスの言葉にシュリがそんな反応を返すと、なにを言ってるんですか、というようにジュディスがシュリを見返した。



 「高速の移動手段なんていくらでもあるじゃないですか。まあ、秘密裏にということであれば、イルルに頼むよりオーギュストに頼む方がいいかもしれないですね」



 その意見を聞いて、シュリはぽむっと手を叩いた。

 オーギュストのどこでも○○的なスキルのことを、すっかりさっぱり忘れていたな、と。

 今までに何度もお世話になってるし、つい先日も帝国で活躍してくれたスキルなのに、ジュディスに言われるまで頭に浮かびもしなかった。

 僕って頭が悪いのかなぁ、なんて思ってちょっとしょぼんとすると、そんなシュリの心の内を読んだように、



 「シュリ様は頭が悪いんじゃなくて、頭が良いせいで考えることが多すぎるだけですよ。ミフィー様の件は、王都での観光やシュリ様のスケジュールも含め、私が手配します。お任せいただけますか?」



 そう言いながら、シュリの頭を優しく撫でた。

 シュリは、慰めようとしてくれている優しい手に身をゆだね、ジュディスの申し出に、こっくり素直に頷いた。

 ジュディスに任せれば間違いないことは、よく分かっていたから。

 こうして、シュリの夏休み中のミフィーのお忍び王都訪問が決まったのだった。

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