第414話 欲望の皇子①
「手はずはどうだ? ジグゼルド殿」
「手配はすんでおります」
「以前のようなことは困るぞ。あの時に失敗したせいで、俺はまんまと花嫁を隣国へ逃がしてしまった」
「今回は抜かりありません。腕の立つ者も増やしましたし、今回は我が私兵隊の指揮官も派遣しておりますから」
「その指揮官とはあれか? 数年前に、己の部下を貴族に差し出していた事実が明るみに出て軍を追われたあの男だろう?」
「奴は昔から私に忠実です。今も、私の1番の忠犬ですよ。見た目はぱっとしない男ですが、腕は立ちます。下品なことを嫌わぬ男ですから、女はともかく、男の部下からは慕われていて、中々に使える男です」
「使えるならそれでいいだろう。失敗は許さぬ、と伝えておけ。女の方は絶対に傷つけるな、とも」
「は。言葉違わず伝えましょう」
「ならばいいだろう。そちらの手配がすんだら、ジグゼルド殿に頼みたいことがもう1つあるのだが、頼まれてくれるか?」
「もちろん、喜んでお受けします」
従順に答えたジグゼルドに、オリアルドは小さな小瓶を差し出した。
「これは?」
「皇太子毒殺未遂の証拠の小瓶だ。これをレセルファンの身近に仕込んでおいてくれ。人目に触れぬよう、ひっそりとな」
「証拠の小瓶を……。なるほど。承知いたしました。抜かりなく仕込めるように手配いたします」
「ん。頼んだぞ」
オリアルドは鷹揚に頷き、それからゆっくりと立ち上がる。
「さて、俺は湯浴みをして花嫁を迎える準備をしておく。俺が出るべきタイミングで連絡を。すぐ動けるようにはしておく」
「は。私にお任せを」
ジグゼルドは平伏し、己の主君となるべき青年の背中を見送った。
そして自分に任せられた仕事を抜かりなく遂行する為に、彼もその場を立ち去ったのだった。
◆◇◆
「やあ、我が天使殿。昨日は私の命を救ってくれてありがとう。おかげでこんなに元気になったよ。我が天使に、心からの感謝を捧げよう」
問答無用でナーシュの背中に乗せられて帝城へ運ばれ。
竜騎士の詰め所で待ちかまえていた侍女さんに拉致され、最低限の身支度を整えさせられ。
ジェスを控え室に置き去りに、皇太子の私室に放り込まれたら、そこにアズランやファランの姿はなく、皇太子殿下と2人きり。
にこにこする皇太子殿下を困った顔で見ている間に、侍女の人達がてきぱきとお茶の準備をして退出してしまった。
その結果、本当に2人だけにさせられてしまい、そうして皇太子殿下の口から出た言葉がさっきのアレで。
なんだかとぼけたり誤魔化したりするのがバカバカしくなるくらいの確信具合にくじけそうになりつつも、シュリは一応反論を試みた。
「あ、あの、誰かとお間違えじゃないですか? 僕は皇太子殿下と初対面で……」
「その声も昨夜耳にした天使の声と一緒だね。昨夜、死にかけの私は君のその声に励まされた」
「わ、わあ~……。僕とすごくよく似た声の人だったんですね~……」
「とぼけても無駄だよ。私は君が昨夜の天使だと確信しているのだから」
「そ、そう言われましても、僕はただのか弱い子供ですし。皇太子殿下を助ける能力なんて全くないですし」
「君を待つ間、アズランとファランが色々話してくれたよ。君の武勇伝を」
「き、きっと大げさに言っただけですよ?」
「いくらとぼけても無駄だよ。私は誤魔化されてあげるつもりはない」
にっこり微笑んできっぱりと言い切った皇太子殿下の真剣な眼差しに、シュリは小さな吐息と共に肩を落とした。
そして諦める。
いいんだ。正体がバレるのがちょっと早まっただけだし、と。
「シュリ、って呼んで下さい」
「ん?」
「天使なんて呼ばれるのはこそばゆいです。だから、僕のことはシュリ、と」
「友人のようにあなたを呼ぶ権利を、私にも下さる、と?」
「敬語もやめて下さい。僕の方が身分が低いんですから」
「身分など関係ないよ。君は命の恩人だ。君のおかげで私の体は驚くほどに健康になった。今までの虚弱な体質が嘘だったかのように」
「僕はあなたの体をむしばみ、命を刈り取ろうとしていた毒を解毒しただけです。大したことはしていません。なので、敬語はやめ……」
「毒? 私は毒のせいで死にそうになっていたのかい? 解毒魔法は試した、とレセルが言っていたけれど」
「解毒魔法が効かない毒だったんです。竜毒、という……」
「竜毒。初めて聞く毒の名だね。それはどんな毒なんだろうか?」
「希少な毒です。毒の竜と呼ばれる竜からとれる毒で、その血液毒を飲ませ続ければ相手は虚弱な体となり、その毒腺の毒を飲ませれば一息に相手を殺すことができる。ただし、血液毒を接種している相手に毒腺の毒を飲ませると、飲んだ相手は急速に体調を崩して徐々に命を失うようです。結果、虚弱さ故の病が悪化して死んだように見せかけられるという、毒殺する側には都合のいい、なんとも珍しい毒なのだとか」
「なるほど。ということは、私は幼い頃からその竜の血の毒を飲まされていた、ということになるね。そしてさらに竜の線毒を飲まされて危篤に陥った、とそういうことか」
「ですね。そう言うことだと思います。皇太子殿下の食事が作られ、その口に届くまでの間に関わる人間の中に敵に通じる裏切り者がいるんじゃないでしょうか。急いで探して確保することをオススメします。口封じされる可能性が高いと思うので」
「君の言うとおりだね。急ぎ手配しよう」
皇太子殿下はそう言うと、扉の外に控えていた人を呼んで、
「急ぎ戻るように、レセルに連絡を」
そう伝えると、シュリの方へ向き直って感謝の意を示した。
「貴重な情報をありがとう、シュリ。君のおかげで私の病の謎が解け、黒幕につながる情報も手に入れられそうだ」
「お役に立てたなら何よりです、皇太子殿下」
「シュリ、君もどうか敬語はやめて欲しい。私のことはヘリオール、と」
皇太子殿下の言葉を聞いて、シュリは内心、えええぇぇ~、と呻く。
(でも、名前呼びは勘弁して欲しいって言っても、聞いてくれないんだろうなぁ……)
呻きつつも諦め混じりにそう思い、シュリはちょっぴり肩を落とした。
「せめて、公式の場では皇太子殿下と呼ばせて下さいね」
「それは仕方ないね。だけど、普段は名で呼んでくれるね? 敬語も無しだよ?」
「わかり……うん。わかったよ。ヘリオール」
これでいい? と問うように見上げると、
「うん、いいね。これで君と私は友人だ」
そう言って、ヘリオールは満足そうに笑った。
「だが、友人とはいえ、君のしてくれたことに対する礼はきちんとするつもりだ。父上にも報告して、ふさわしいだけの褒美を用意するから、楽しみにしていて欲しい。望みがあるならそれまでに考えておくんだよ」
褒美なんていらない、といつものシュリであれば言いそうだが、今回に限ってはその言葉は口をついてでなかった。
この帝国の偉い人にお願いしたいことがあったからだ。
いずれ時が来たら、ジェスのことをお願いするつもりだった。
ジェスに酷いことをした相手を罰し、ジェスに罪はないと認めてもらい、家族と自由に会えるようにしてあげるのが、シュリが帝国に望む唯一の願いだった。
ヘリオールは、神妙な顔をして頷くシュリを見つめ、微笑んだ。
「じゃあ、私の用事はこれで終わりだよ。今日は呼びつけてすまなかったね。飛竜の手配をするから、ルキーニアの別荘へ戻りなさい。またいずれ、帝都に来て貰うことになるだろうけど」
「あれ? アズランとファランは?」
「いとこ殿達は、私を見舞った後、先に戻って貰ったよ。シュリと2人で話したかったし、その間ずっと待たせるのも悪いと思ってね」
「なるほど。確かに。じゃあ、僕も飛竜で2人を追いかけますね」
「うん。気をつけて帰るんだよ。ありがとう、シュリ。また会おう」
ぺこりと頭を下げ、ヘリオールに見送られて彼の私室を後にする。そして控え室で待っていたジェスと合流し、帝城の詰め所で待っていてくれたエルミナの飛竜・ナーシュに乗って帝都を後にしたのだった。
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