第385話 悪魔の下着屋さん②

 レッドの城で、レッドに誘われてお茶会をしていたら、長いこと姿を見かけていなかったノワールが現れて、訳が分からないままレッドと2人、時空の扉に放り込まれた。


 ブラッディ・ノワール、カラミティ・レッド、そしてサイレント・ブラン。

 原初の3悪魔と呼ばれて恐れられる3人だが、やんちゃをしていたのは若い頃の話。

 気の遠くなるほどの長い時を経て、力を増すにつれ、荒ぶる心は少しずつ落ち着いていき。

 3人はそれぞれ面倒を遠ざけるように己の城に引きこもって生きるようになった。

 今日のように、時々はレッドに誘われて彼女の城へ行ったり、彼女を己の城へ招いたりする事もあったが、それ以外の関わりは一切絶って。


 原初の3悪魔とひとくくりに語られることが多いが、実はノワールとの接点はレッドとのそれよりかなり希薄だ。

 ノワールが精神的に男性寄りだというのも理由の1つだったかもしれないが、1番の理由は、彼が寡黙な性格である、という事だったかもしれない。

 まあ、そう言うブランもサイレント・ブランと呼ばれるだけあって、あまり口数が多い方ではなかったが、それでも不思議とレッドとは気が合い、意志の疎通もしやすかった。


 でも、レッドとのつきあい方とは違ったが、ノワールの事も別に嫌いじゃなかった。

 この2人以外に関しては、名前も顔も覚える気にならないくらい興味がなかったから、やはり2人は特別だったんだろう、と思う。


 だが、ある時。


 なんの連絡もなくノワールが悪魔界から消えた。

 人の世界に召還されたのだとまことしやかにささやかれていたが、すぐに帰ってくるものだと思っていた。

 しかし、ノワールが悪魔界に戻ってくる事はなく、長い年月が過ぎた。

 今日、いきなり彼が目の前に姿を現し、突拍子のないことを言い出すまでは。



 (いきなり現れて、下着屋の従業員になれってどういうこと? 私は今まで通り、ひっそりこっそり生きていたいのに)



 時空を渡るわずかな時間のあいだに、ブランは色々な事を考えた。

 だが、その時間はあっという間に過ぎ、光の中に投げ出されたブランはわずかに顔をしかめ、顔を上げる。


 そして。


 光の中に天使を見つけた。

 ノワールに指摘されたとおり、ブランは可愛いものに目がなかった。

 はレッドも同様で、彼女は時折見目のいい生まれたての若い悪魔を捕まえ……いや、城に招待して愛でたりもしていたようだ。

 そんな彼女と反対に、ブランはこっそり遠くから見ているのが専門だったが。


 そんなわけで、ブランもレッドも可愛いものに関してはそれなりに目が肥えている。

 そんなブランの目から見ても。

 突然目の前に現れた天使の可愛らしさは尋常ではなかった。


 さらさらと手触りの良さそうな銀色の髪に、美しい宝石のようなスミレ色の瞳。

 突然目の前に人型のなにかが現れた驚きに目を見開く、その表情まで愛らしい。



 (まるで内から光り輝いているよう)



 瞬きの間すら惜しんでその愛らしい生き物を見つめていると、ちょうど天使にお茶の給仕をしているところであったのだろうメイドが、茶器を手に持ったまま、天使をかばうような動きを見せた。

 まあ、見知らぬ何かが突然部屋に沸いて出たのだから当然の行動だと思う。


 だが、そんな心配はいらない、と言いたい。

 ブランには、こんな美しくも愛らしい天使を傷つける行為など、出来そうになかったから。

 すぐ横で、息を飲んだまま固まっている気配を感じるから、共に放り出されたレッドもブランと同じ考えに違いない。


 だが、万が一。

 レッドが目の前の天使に不埒なまねをしようとしたら。


 その時は、長年の友情すら打ち捨てて、ブランはレッドの行動を阻止するだろう。

 それほどまでに。

 ブランは目の前の天使に魅了されていた。

 ただ一目、ほんの一瞬の間に。


◆◇◆


 悪魔界に行くというオーギュストを見送った後、シュリは自分の部屋に戻って過ごし、少し前にお茶を持ってきてくれたシャイナの給仕で、優雅なティータイムを楽しんでいた。

 すると突然目の前の空間がゆがんで、現れた黒いモヤの中からぺいっと女性が2人放り出されてきて、シュリは思わず目をまあるくする。

 それに一瞬遅れてシャイナがシュリを庇うために前に出て。


 だが何かが起こる前に、放り出された2人を追いかけるように男性体のオーギュストが姿を現した。

 その姿を見た瞬間、シュリは色々察していた。

 目の前に転がり出てきた2人は、おそらくオーギュストが悪魔界から勧誘してきた人材なのだろう。

 なぜかうっとりとこちらを見つめてくる、紅玉と白銀、2対の瞳に敵意は欠片も見あたらず、シュリはとりあえず彼女達を客人として遇することに決めた。



 「シャイナ?」


 「はい。シュリ様」


 「あの2人はオーギュストのお友達みたいだ。客人2人と僕とオーギュスト、4人分のお茶の準備をお願いできる?」


 「……かしこまりました」



 シャイナにお茶を入れてくれるようお願いしたが、頷く彼女はちょっと不満そう。

 いや、不安なのかな?

 たぶん、得体の知れない人物が2人もいる状況で、シュリを残して部屋を離れたくないのだろう。

 そんな彼女の心を察したシュリは、微笑んでシャイナの頬を撫でた。



 「大丈夫だよ、シャイナ。ほら、オーギュストだっているし、危ないことはないから。ね?」



 頬を撫でる愛しい主の手の感触に、シャイナはうっとりと目を細め、だがすぐにシュリの指示に従うために立ち上がった。

 これが2人きりなら、もっと、もっと、とねだってしばらくは離れてくれないだろうが、人目がある場所では流石にそんなことはなく。

 優秀なメイドの仮面を被ったシャイナは深々と腰を折り己の主に頭を下げ、最後にオーギュストにシュリを頼むと目配せをしてから、音もなく部屋から出ていった。


 そんなシャイナの背を見送ってから、シュリは改めて部屋の床に座り込んだままの2人に目を向けた。

 美人を見慣れたシュリの目から見てもかなりの美人さんと断言できる美しさの2人の色彩は対照的で。

 1人は深紅の髪をツインテールにし、瞳も髪と同じく鮮やかな赤。

 もう1人は白銀にの髪を腰の辺りまで伸ばし、その瞳も白銀。

 実体がないのか、その2人の下に影はなく、その姿の向こう側が透けて見えていた。



 「シュリ。悪魔界で2人ほどスカウトしてきた。赤いのがレッドで白いのがブランだ。早速2人をお前の眷属にしてやってくれ」



 オーギュストの言葉に、別に眷属にしなくてもちゃんと働いてくれればいいんだけどなぁ、と思いつつ、とりあえず2人の意志を確認しようと、



 「えーっと、ブラン?」



 まずは最初に目のあった白い方の人……いや、悪魔の名前を呼んだ。

 その瞬間、



 「はうっ!?」



 と悲鳴ともつかない声をあげて、白い悪魔美女が倒れ伏す。

 そして。



・野生の悪魔が仲間になりたそうにこちらを見ています。仲間にしますか?[YES/NO]



 そんな選択肢が有無を言わせずにシュリの前に突きつけられた。



 (えっと、まだなにもしてないんだけどなぁ)



 でもまあ、仲間になりたいって言うならそれでもいいかぁ、と思いつつ、シュリはYESをタップした。

 名前は特に変える必要もないだろうから、ブランのまま。

 見た目も透けて見える今の姿をそのまま残すことにした。

 で、悪魔っ娘の特性的な角は、オーギュスト同様に出し入れ自由設定にし。

 さくさくっと設定を終えて、ブランを己の眷属としたシュリは、甘やかに微笑み、改めて彼女の名を読んだ。



 「ブラン? 僕の眷属になってくれてありがとう。これからよろしくね?」



 いいながら手を伸ばすと、にじにじとにじり寄ってきた彼女は、自分の方へ差し出されたシュリの手の平に己の頬をこすりつけて幸せそうに目を細めた。



 「シュリ、さま」


 「ん? なぁに?」


 「シュリ、さま」


 「うん。どうしたの?」


 「シュリ、さまぁ」



 ……無口な子なのだろう。

 このままでは話が進みそうにない、と悟ったシュリは、そっと念話で話しかけてみる。



 『どうしたの? ブラン。僕に何か言いたいことがある?』


 『シュリ様、大好きです。愛してます。一生ついて行きます。ブランはシュリ様の眷属になれて幸せです』


 『そう言ってもらえて、僕も嬉しいよ』



 念話でなら、ブランは普通に話せそうだとほっとしつつ念話で答え、愛情を込めてすり寄せられる頬を撫でてあげた。

 それが嬉しかったのか、くふん、くふん、と鼻をならす様子がおっきなわんこのようで可愛い。

 大型犬を愛でるような気持ちでブランの頭をよしよしと撫でてから、シュリはもう1人の悪魔に目を向けた。


 赤いツインテールの可愛らしい外見の彼女は、あっけなくシュリの軍門に下った同胞を驚いたように見つめ、それから目をつり上げてシュリをきっと睨んだ。

 美少女はなにをしても可愛いものなんだなぁ、とシュリはそんな彼女をにこやかに見つめ返し、



 「えーと、レッド、だったよね?」



 彼女の名前を口にした。



 「アタシはブランのように簡単にしっぽを振ったりしないんだ、か、ら……あふん」



 彼女はにこにこ微笑むシュリに反抗するように噛みつき、だがそのセリフを言い切る前に、ぱたり、と倒れてしまった。



 (どうしよう。具合でも悪かったのかな!?)



 と心配になって、オーギュストの方を見ると、



 「さすがだな、シュリ。精神生命体である悪魔が、精神攻撃に弱い事をよく見抜いたうえでの的確な攻撃。見事な精神攻撃だった」



 いや、精神攻撃なんてした覚えないけど、と思いはしたものの、じゃあなんで目の前の美少女悪魔が倒れたのか、と問われると何とも答えようがない。



 (さすが、私のご主人様)



 念話で伝えられるブランの声も、なんだか誇らしそうで、余計に自分はなにもしていないとは言いにくく。

 シュリは賢く口をつぐんで、ただ微笑んだ。

 さて、これからどうしようかなぁ、と思いながら。

 すると。



・野生の悪魔が仲間になりたそうにこちらを見ています。仲間にしますか?[YES/NO]



 いつものアレがやってきて、シュリに選択肢を突きつけてきた。

 だがまあ、断る理由も特にない。

 そんな訳でYESの選択肢をぽちったシュリは、先程のブランと同様、サクサクと獣っ娘メイキングを進めていった。

 名前はレッドのままで、容姿も特に変えることなく。角の出し入れはオーギュスト、ブランと同様、自由に出し入れ出来るようにして、レッドの眷属化を終えた。



 「レッドも僕の眷属になってくれてありがとう。君が幸せに過ごせるように、大切にするよ」


 「くっ、可愛い。し、仕方ないわね~。あんたがそんなにレッドが必要だっていうなら面倒見てあげるわよ。感謝、しなさいよ?」



 にこにこしながら手を差し出すと、レッドはつんとしてそっぽを向く。

 でもそのほっぺたは熟れたリンゴのように真っ赤で、シュリはくすくす笑いたいのを堪えつつ、まじめに頷いた。



 「うん。レッドが必要なんだ。僕を、助けてくれる?」


 「……レッドがいなきゃダメ、だなんて情けないご主人様ね。でもいいわ。レッドは強いし賢いから、あんたのことはレッドが守ってあげる」


 「ありがとう、レッド。頼りにしてるからね?」


 「任せなさい。レッドがいれば、もう怖いものなんてないんだから」



 胸を張って宣言するレッドの頭をまねいて、いい子だね、と撫でて。

 シュリは、これでいい? と、オーギュストの方を見た。



 「難なく2人を眷属に迎えるとは、流石シュリだな。後は、悪魔契約を交わして魔力を与え、受肉させてやれば完璧だ」


 「悪魔契約は別にいいけど、受肉の必要はあるかなぁ?」



 オーギュストの言葉に、見事に実体化している2人を見ながらシュリが答える。



 「まあ、すでにこちらで使う身体はあるから実体化の必要はないかもしれないが、たとえば俺のように、別の性別の実体を作っておく、というのもありかもしれないぞ?」


 「いいですね! その案、いただきました!!」


 「シャイナ??」



 いつのまに部屋に入ってきたのか、にゅっとシュリとオーギュストの間に顔を出したシャイナに、シュリは驚いた顔を向ける。

 なんの気配も物音も感じなかったというのに、部屋の中にはお茶の準備の整えられたワゴンも抜かりなく運び込まれており、シュリは改めてシャイナの隠密力のすごさに驚いた。



 「シュリ様、新たな眷属の獲得、おめでとうございます。彼女達について、一言よろしいでしょうか?」


 「うん。いいよ。なぁに?」


 「彼女達は、オーギュストが開く店の従業員候補であると見受けられますが、間違っていないでしょうか?」


 「うん。そうだよ。だよね? オーギュスト」


 「ああ。奴らは俺と一緒で睡眠の必要もそれほどなく、俺と同等に働ける貴重な人材だからな。俺の下で、メイン戦力として働いて貰うつもりだ」


 「であれば。やはり彼女達の受肉は必須かと」


 「えっと、そう、なの??」


 「はい。彼女達にもオーギュストと同様に男性の姿があれば、格段に経営戦略がたてやすくなりますし、売り上げの倍増も間違いなし、かと。そこまで考えて従業員をゲットしてきたオーギュストの手腕はすばらしいですね」



 自信満々のシャイナの言葉に、そうだったんだ! 、とオーギュストを見上げれば、そんなつもりはなかったんだが、と言わんばかりに困惑気味に首を傾げていた。

 ……まあ、彼女達をスカウトしてきたオーギュストにそんな思惑はなかったようだが、彼女達が男性形態を得ることで商売が有利にはたらくならその方向性を検討する価値はあるだろう。

 とはいえ、彼女達の了承を得ずに男性の姿にするのは横暴すぎる。

 そんな訳で、シュリは彼女達の意見を聞いてみることにした。

 すると、



 「こくっ」→『愛するご主人様の利益になるなら構わない』



 ブランはそう答え、レッドも、



 「レッドは可愛い女の子の姿が好きだけど、生身の男の子になるってのにも興味はあったから、別に構わないわよ? 今までだって時々は気分を変えて男の子の姿で遊ぶこともあったし。ね、ブラン」


 「こく、こく」



 あっけらかんと答え、同意を求められたブランも頷いている。

 どうやら、自由に性を選べる彼女達にとっては、男性の姿と女性の姿の両方を得ることに対して、特に違和感やら嫌悪感はないようだ。

 本人達がいいって言ってるんだから、まあ、いいか。

 そんな風に思いながら、シュリは彼女達を受肉させるべく動き出した。

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