第384話 悪魔の下着屋さん①

 「色々アドバイスをもらえて良かったね、オーギュスト」



 アグネスとバーニィの店からの帰り道、シュリはニコニコしながらそう言った。

 オーギュストの腕の中で。

 腕の中にしっかりと感じる高い体温が愛おしく、間近に見えるシュリの顔に、かなり理性は削られているが、主は男性との過剰な接触を望まないと理解しているオーギュストは、お行儀よく我慢する。


 そんなオーギュストの我慢を知らぬ無自覚な可愛らしい笑顔が、理性に突き刺さりガリガリと音を立てるようだが、シュリが嫌がることをするつもりは欠片もないオーギュストは、ポーカーフェイスの下でその責め苦に耐えた。



 「2人の下着のオーダーメイドの注文も貰ったし、モニターとしての2人の意見を貰ったら、その点を修正してキングサイズ商品の準備もしないとね」


 「ああ。2人の下着の試作を急ごう。すでに新たな下着デザインをいくつか試作してあるんだが後で見てもらえるか?」


 「もちろん。じゃあ、帰ったらタペストリーハウスで打ち合わせだね」


 「そうだな」



 冷静な顔で答えながら、オーギュストは内心にやりとほくそ笑む。

 帰ったら打ち合わせの前に、シュリの唇をおいしく頂いてしまおうともくろみながら。


◆◇◆


 タペストリーハウスに戻り、女性体になり、シュリの唇を思う存分むさぼって魔力まで貰って。

 オーギュストは非常に満足そうな顔で、作っておいた下着の試作を取り出してくる。


 今回作った試作は3つ。


 シュリのOKが出れば、前にOKを貰っているものとあわせて量産体制に入る。

 といっても従業員がオーギュストしかいない以上、1人でチクチク昼夜問わずに作業するしか無いのだが。

 まあ、悪魔なので特に睡眠の必要は無く、シュリから魔力さえ補給出来れば延々と働くことになんの文句もない。

 文句はないのだが。



 (商品の準備だけじゃなく、店の場所を決めたり内装を決めたりする必要もある。さらに、オープンしたら店番の仕事も増えるし、さすがに手が足りない、か)



 どうにかしないとな、と試作品を手にとって1つ1つ確認しているシュリを眺めながら、オーギュストは頭を捻る。



 (普通に従業員を募ってもいいが、人は眠らねば動けない生き物だからな。あと数人でいい。俺の補佐を任せられて同じくらいに動ける人材が欲しいな)



 己と同じくらいに動ける人材、となるとまず最初に思いつくのは同族である悪魔。

 次に自然界の気を己の力として存在する精霊、だろうか。


 精霊、といえばシュリにとりついているのが5人ほどいるが、アレらは基本シュリから離れる事が無いので数に入れるのは難しい。

 となると、新たに勧誘してくる必要があるが、そうなると伝手のある悪魔業界から勧誘するのが現実的だろう。


 ただ、悪魔は基本的には邪悪な性質を持つものが多い。

 人の魂に執着しないオーギュストのような悪魔は、かなりの少数派で、一般的な悪魔からは変わり者扱いをされていた。

 といっても、原初の3柱の1人であるオーギュストを変わり者と笑うような強者はそうそういなかったが。



 (人を食材として見ない悪魔、か。となると下っ端はダメだな。奴らに理性を求めるのは難しい。となると、上級以上の悪魔だが。強い悪魔を呼び出すとなるとイケニエの問題がな……)



 シュリは血なまぐさい事を嫌うから、生き物をイケニエに使うこともできれば避けたい。



 (となると、俺が直接出向いて勧誘してくるしかないか。まあ、2、3思いつく顔がないでも無いから、とりあえず行ってみるか)



 向こうがその気になれば、イケニエがなくともシュリの魔力で受肉をさせることも可能だろう。

 そう考えたオーギュストは1つ頷き、



 「シュリ」



 愛しい主の名前を呼んだ。



 「ん? なぁに??」



 一生懸命に下着をチェックしていたシュリは、オーギュストの言葉に顔を上げ、その瞬間に唇を奪われていた。

 唇の隙間から滑り込んできたオーギュストの舌に舌をからめ取られ。

 目を白黒させながらも、半ば条件反射のように魔力を与えていた。

 さっきもあげたけど、まあ、いいか。そんな風に思いつつ。

 たっぷりねっとりキスを堪能し、その身にあふれんばかりの魔力を蓄えたオーギュストは、シュリの頬を愛おしそうに撫でながら、



 「これからちょっと悪魔界に人材スカウトに行ってくる。そんなにかからずに戻ってくるから心配せずに待っていてくれ」



 そう告げた。



 「え? あ、うん」


 「では、行ってくる」



 反射的に返事をしたシュリの言葉をそのまま受け止め、オーギュストの姿がかき消える。

 キスの余韻で少々ぼんやりしたままのシュリをその場に残して。



 「えっと、悪魔界って、ちょっと行ってくる、くらいに簡単に行き来できちゃうもの??」



 オーギュストの消えた空間に、少々遅れてシュリの疑問が響く。

 だが、それに答える者の姿はもう無く。



 (まあ、オーギュストなら大丈夫だよね? けっこう力の強い悪魔だって言ってたし)



 シュリは己にそう言い聞かせつつ、チェックした3つの試作品をオーギュストの作業机にそっと置き。

 全部いい感じ、と書いたメモを残して、オーギュストの部屋をそっと後にしたのだった。


◆◇◆


 久々の悪魔界は、魔力に満ち満ちて中々居心地が良かった。

 とはいえ、今のオーギュストにとってはシュリの傍ら以上に心地のいい場所など無かったが。

 そんな訳で、いくら居心地がよくとも悪魔界に長居するつもりのないオーギュストは、さっさと移動を開始した。

 向かうべき場所は2つ。



 (……まあ、俺の知る限り、変わり者だがそれなりに自制がきいて話が通じそうな奴はブランとレッドくらいだな。俺の誘いに乗るかは微妙だが、ま、とりあえず行ってみることにしよう)


 「……ここから近いのはレッドのテリトリーか」



 1人呟き、オーギュストは空間転移ができる便利な黒モヤを呼び出して。

 次の瞬間には、赤を基調に飾り付けられた豪華な部屋の中にその姿を現した。

 驚いたのはその部屋の主だ。


 15、6歳くらいに見える赤髪ツインテールの美少女は、紅茶のカップを口に運ぶ途中で目をまあるくして固まっていた。

 そして、その向かいに居るのは真っ白な髪を腰まで伸ばした妙齢の美女。

 白い髪の美女は急に姿を現したオーギュストを見ても眉1つ動かすことなく、平然とお茶を口に運んだ。

 が、お茶が口の端からこぼれているので、驚いていないわけでもないようだが。



 「ちょ、ちょっとぉ!? 何で急にレッドの部屋に現れてるわけ!? え!? 今日のお茶会、ノワールも誘った!? レッド、自分でも知らないうちにノワールも誘ってた!?」


 「いや、特に誘われてはいないが」


 「じゃあいきなり来んなよ!?」


 「こくこく」



 レッドが混乱し、レッドが叫び、ブランが頷く。

 その様子を、相変わらずだな、と冷静に眺め、オーギュストは誘われてもいないお茶会のテーブルにつく。

 するとどこからともなくメイドが現れ、オーギュストの前にもティーカップを置き、再び音もなく姿を消した。

 オーギュストはそのお茶を、平然と口に運び、同胞2人の混乱が落ち着くのを待つことに。

 だが、そんなオーギュストを見ていたレッドが再び吠えた。



 「ってか、落ち着いて茶ぁ飲んでんじゃねぇよ!?」


 「こくこくっ!!」


 「……レッド、言葉遣いが乱れてるぞ?」


 「あ、そっかぁ。いっけなぁ~い……じゃなくってだなぁ!? アタシはあんたの礼儀について文句言ってんだよぉっ!!」


 「こくこくこくっ」


 「……俺の礼儀はさておき、ブランは相変わらず無口だな」


 「さておくんじゃねぇぇぇ!!!」


 「こくこくこくこくっ!!!」



 久々に会う同胞との、昔と変わらぬやりとりに懐かしさを覚えつつ、オーギュストはその唇にかすかな笑みを浮かべる。

 が、いつまでもバカみたいなやりとりをしているわけにもいかない、とオーギュストは本題に入ることにした。



 「さて、茶番はこのくらいにして、お前達にいい話を持ってきたぞ」


 「茶番ってななんだぁっ!? ……って、ん?? いい話??」


 「こく?」



 オーギュストの口から出た、いい話、という単語に、レッドとブランは揃って首を傾げる。

 そんな2人に、オーギュストは持ってきていた自作の下着の中から2人にあいそうなサイズをチョイスして手渡した。



 「んん? 下着??」


 「こく??」



 2人は手渡されたオーギュストお手製の下着をまじまじと見つめる。

 そしてその洗練されたデザインとレースの装飾の美しさに目を見張った。



 「いいなぁ、コレ。気に入ったぜ。もらえんの?」


 「こくこく」


 「レッド。口調が悪いままだぞ?」


 「あっ、いけね。……じゃなくて、こほん。その、この素敵な下着はレッドちゃんがもらっちゃっていいのぉ?」


 「こくぅ?」 


 「もちろんだ。おまえ達にプレゼントしようと思って持参したものだからな。遠慮なく身につけて、感想を頼む。商品の改善と開発に役立つからな」


 「やったぁ。じゃあ、遠慮なく……ってか、商品の改善と開発ぅ? もしかして、コレってノワールが作ったのぉ?」


 「こっくぅ??」


 「ああ。そうだ。俺は近々商売を始める予定でな。今はその為に急ピッチで商品の下着を量産しているのだが、どうにも手が足りなくて、共に働いてくれる仲間をスカウトしに来たわけだ」


 「へえ、そうなのね~。じゃあ、ここでのんびりしてないでさっさとスカウトにいったら? わざわざお土産ありがと。でもアタシはブランとお茶会の続きをするから、ノワールはさっさと出て行ってちょーだい? スカウトの成功だけは祈っといてあげるわ」



 レッドはそう言って、オーギュストを追い払うように手で払った。



 「そうか。成功を祈ってくれるのか。なら、遠慮なく、全力で勧誘させて貰おう」



 もうすっかりオーギュストに興味を失った風のレッドと、その横で頷いているブランを交互に眺め、オーギュストはにんまり笑う。

 そして。

 言葉の通り、全力での勧誘を開始した。



 「仕事は、さっき説明した下着を販売する店の製造と経営の補佐。仕事を覚えるまでは大変だろうが、幸い俺達は悪魔だからな。昼夜問わずに教え込んでやるから、覚えるまでそう時間はかからないはずだ。給料という名のこづかいもちゃんと準備しよう。商品をそろえてオープンさえしてしまえば、仕事の量も落ち着いて時間も出来るだろうから、余暇を使って人の世界を見て回ることも出来るし、暇つぶしには事欠かないはずだ。ただし、人を殺したり残忍な行為はNGだぞ。我が主は優しいが、優しいが故にそういう事を嫌うからな。シュリを泣かせるような真似はこの俺が許さないから、それだけは肝に銘じてもらおう」


 「……ねえ、ブラン。アタシの気のせいならいいんだけど、これってもしかして、アタシ達が勧誘されてる?」


 「こ、こくぅ」



 滔々と語るオーギュストの様子に冷や汗を流しつつ、2人はこそこそとささやきあう。

 そして、そんなことはお構いなしにオーギュストは更に語った。



 「お前達が俺の勧誘を受けることの最大のメリットは、素晴らしい主を得る事ができるという事かもしれないな。我が主は、一言で言わせて貰えば、強くて、賢くて、美しくて、可愛いのに凛々しくて、思いやりがあり、全てを包み込む優しさと器の大きさを兼ね備えた、最高無二の主だ」


 「ひと、こと? 一言か? 一言でって表現でいいのか? あれ」


 「こっくぅ??」



 2人は首を傾げあっているが、オーギュストはそんな事は気にしない。

 脳裏に思い浮かべたシュリの姿にうっとりしつつ、それから優に10分はシュリの事を語り続けた。

 ようやく満足し、改めて同胞2人に目を向けたオーギュストは、なんだかげんなりしている2人の様子に、心底解せないと首を傾げる。



 「シュリの話を聞いてどうしてそんな顔になる? 理解不能だな」


 「理解不能なのはお前の頭の中だよ、ノワール!? 召還主、ってーか主のこと、どうしてそんな事細かに知ってて一々賛美できんだよ!? 正直、気持ち悪いと思うのはアタシだけか!? なあっ、アタシだけなのか!?」


 「こっ、こっ、こくぅ」


 「だよなぁ!? ブランも分かってくれるよなぁ!? ほら、見てくれよ、アタシのこの鳥肌!!」


 「こくっ、こくっっ」


 「うおぉ、ブランの腕の鳥肌もすげー事になってんぜ!? ほら、見てみろよ!!」



 言いながら鳥肌のたった腕をオーギュストに突きつける。

 もちろんブランのも一緒に抱き合わせで。

 だが、オーギュストは欠片も動じずに2人の腕を眺めると、



 「ふっ。シュリを知らないからこそ出来る発言だな。まあいい。まだシュリを見たことのない田舎者の発言だ。気持ち悪い、と言った事も勘弁してやろう。シュリのものになってからの俺の寛大さは無限大だからな。さ、行くぞ」



 にやり、とニヒルに笑い、鳥肌のたった2人の腕をしっかりと掴んだ。



 「は? 行くって、どこへ??」


 「こく??」


 「シュリのところに決まってるだろう? お前達の採用はもはや決定事項だからな」


 「はあ!? や、まて、ノワール。アタシもブランも、一言もお前に雇われるなんて言ってねぇよな!?」


 「こくこくっ!!」


 「俺が雇うと決めた。それが全てだ。それにお前達、可愛いものは好きだろう?」


 「は? 可愛いものぉ? まあ、そりゃ、それなりに……」


 「こ、こくぅぅ」


 「なら大丈夫だ。それよりレッド」


 「ああ? んだよ?」


 「シュリの前ではお行儀よくしろよ?」



 言いながら、オーギュストは次元の扉を展開し、素早く2人を放り込んだ。

 そしてそれからゆっくりと、自分もその扉をくぐったのだった。

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