第381話 奮闘する女神様達

 ある夜。

 いつものように、今日のシュリ担当の愛の奴隷と一緒にお風呂に入り、寝る支度を整えてもらい、抜かりなくお休みのキスを奪われ、そのまま夜間護衛という名の添い寝をしてもらいつつ眠りに落ちたシュリは、久々の、女神様達の空間に来ている事に気がついた。

 だが、いつもと少し様子が違っていて、シュリはかすかに首を傾げた。そしてそのまま周囲を見回す。

 いつもだったら、



 「シュリ~、寂しかったよ。君はもっとボクに会いに来るべきじゃないかい?」



 とか、



 「寂しかったわぁ。さ、他の2人は放っておいてさっさと2人きりになってイイコトしましょ?」



 とか、



 「シュリ、元気そうでなによりだ。会いに来てくれて嬉しい。私も、寂しかったぞ」



 とか。

 3人の次から次へと姿を現すところなのだが、今日はまだ影も形も見当たらない。

 放っておきすぎて、とうとう愛想を尽かされてしまったのだろうか。

 そう言えば、王都に来てから彼女達が夢の中でシュリに会いにくる事もなかったような気がする。



 (まさか、本当に愛想を尽かされちゃったのかなぁ。それはそれで、なんだか……)




 寂しいな、とちょっとしょぼんとしていると、その足を背後からガッと誰かに捕まれた。



 「わっ!?」



 思わず声を上げ、ゾンビに捕まった被害者の気分で恐る恐る振り向き、その目線を己の足下へ。

 直後、シュリの目はまんまるく見開かれた。



 「しゅ……しゅりぃぃ。がんばったよ。ボク、がんばったんだ。さ、えんりょなく、ボクを、ほめ、て……」



 そこにいたのは驚くほどにヨレヨレな運命の女神様だった。

 彼女は這いずるような姿勢でシュリの足を掴んだまま、がっくりと力つきた。 

 その頭に弓矢がぷっすり刺さっているが、大丈夫なのだろうか。


 まあ、腐っても女神様なんだし、大丈夫だとは思うけど、と思いつつ、シュリは運命の女神様を仰向けにひっくり返し、頭に刺さった矢をえいやっと抜いた。

 出血は特になく、そのことに少しほっとしながら運命の女神様……フェイトの頭を己の膝に乗せてその頭を優しく撫でた。

 特に、矢がぶっささっていた辺りを。



 「ふ、ふへへへ。シュリの膝枕ぁ。こ、これが死力を尽くしたご褒美かぁ。悪くない。悪くないよぉ」



 シュリの膝に頭を預けてくったりしているフェイトがにま~っと笑い、現実を認識していなければ出てこないような言葉をこぼす。

 気絶してるんじゃなかった?? と思いつつ、その頭を今更床に戻すのも可哀想なので、膝の上に安置したまま、



 (でも、どうしてフェイトはこんなにぼろぼろなんだろう? それに、なんで頭に矢が刺さってたのかな??)



 そんなことを考えながら、フェイトから引き抜いた矢をじっと見る。



 「その矢は、月の女神・アルテミスの矢だ。なかなかの強敵だったが、きちっと退けたから、安心していい。フェイトもヴィーナも、争いごとが苦手なのによく頑張った」



 そう言いながら出てきたのは戦女神様。

 彼女も体のあちこちに矢を生やしているが、戦いの女神様なだけあってまだ余力がありそうだった。



 「ヴィーナ。お前もシュリにほめてもらうといい。少しは元気が出ると思うぞ」



 ブリュンヒルデはそう言って、右手で引きずっていたモノをぺいっとシュリの前に投げ出した。



 「ヴィーナ! だいじょ……えっと。どうしておっぱいに矢が??」



 ゴロンと転がったヴィーナに手を伸ばそうとしたシュリは、その衝撃的な光景に思わずその手を止める。

 愛と美の女神・ヴィーナご自慢の2つのおっぱいの先っちょに、2本の矢がぷっすりと突き刺さっていた。 



 「あ~……月の女神・アルテミスは少々胸に乏しくてな。以前からヴィーナの胸を目の敵にしていたのだ」


 「そ、そうなんだ??」


 「ああ。普段は気のいい女神なんだがな。さ、シュリの手で矢を抜いてやってくれ。その方がヴィーナも喜ぶだろう」


 「え!? 抜いちゃっていいの!?」


 「ん? そのままにするわけにもいかないだろう?」



 確かにその通りなのだが。

 シュリは、ヴィーナの胸の先っちょに深々と突き刺さった矢を見た。

 フェイトの頭の矢は、それほど深く刺さっていなかったから、結構気軽に抜いてしまったが、ヴィーナのは気軽に抜くにはちょっと深く刺さりすぎている気がした。



 「えっと、でも、こんなに刺さってるやつを抜いたら、ヴィーナのおっぱいが壊れちゃうんじゃ……」


 「いや、大丈夫だ。アルテミスの矢は、邪悪なモノしか傷つけられないように出来ている。だから、こうして突き刺さって見えても、実際には我らの肉体を傷つけてはいないのだ。フェイトに刺さっていた矢も、やつの肉体を傷つけてはいなかっただろう? 要するに、自分の行動を邪魔した我らに対する嫌がらせのようなものだ」


 「確かに。じゃあ、抜いても大丈夫なんだ」


 「害がなくとも、そのままにしておくのは邪魔だからな。抜いてやるといい」



 ブリュンヒルデの言葉に頷いて、膝に乗せていたフェイトの頭をそっと床におろす。

 そして、ヴィーナの胸のした辺りにまたがると、2本の矢をむんずと掴むと、無造作に容赦なく、思い切りよく引き抜いた。



 「あふんっ」



 抜かれた瞬間、ヴィーナの唇から何ともいえない声が漏れる。

 場所が場所なだけに、ちょっと刺激が強かったのかもしれない。

 もっとそっとしてあげれば良かったな、とシュリが反省していると、



 「こ、これが頑張ったご褒美、なのねぇ。も、もっとぉ」



 ヴィーナからはそんなおねだりが返ってきて。

 もっとって言われても、どうしたら? と困惑したシュリが、救いを求めるようにブリュンヒルデを見上げると、彼女は頭が痛い、というように額を押さえ、



 「もう一度矢で貫いてやったらどうだ? その上で再び引き抜いてやればヴィーナも満足するんじゃないか?」



 若干投げやりな答えを返してきた。

 普段は見られないその様子に、



 (ん~。ブリュンヒルデも疲れてるみたいだなぁ。ヴィーナをなんとかしたら、ブリュンヒルデもケアしてあげないと)



 シュリはそう判断し、まずはヴィーナを何とかするために、とりあえずブリュンヒルデのアドバイスに従って両手に持った矢を元の位置にぶっすりと。



 「あぁ~ん。抜いてぇ」



 ヴィーナの声に促されるように、抜いて。



 「いやぁん。刺してぇ」



 刺して。



 「抜いてぇ」



 抜いて。



 「刺してぇ」



 刺して。

 なんだかこのままではエンドレスに抜き差しが続きそうなので、シュリはヴィーナにとどめ(?)をさすために、引き抜く力に回転も加え、最大級の刺激を与えるように工夫した。



 「はあぁぁぁ~ん」



 その刺激は十分すぎるほどだったらしく、甘い悲鳴と共に崩れ落ちるヴィーナ。

 そして今度こそ、そのまま起きあがってこなかった。

 ぴくぴくしたまま突っ伏している、ちょっと不気味なシロモノを、シュリは手の中に残ったアルテミスの矢でつんつんつついて起きあがってこないことを確かめる。


 さっきから使用法が使用法なので「私の矢を変なことに使うな!」と女神アルテミスから怒られてしまいそうだが、変なことに使われたくないなら彼女は矢を射るべきじゃなかった。



 (僕が悪いんじゃない。この矢がここにあるのがいけないんだよ。だってここになきゃ使いようがないんだし)



 シュリは少々後ろめたく思いながら、手の中の矢から目をそらす。

 そんなシュリの耳に届く、



 「ふ。ヴィーナを打ち倒すとは中々だな? シュリ」



 からかうような戦女神様の声。

 その声は少し苦しそうで。

 なにがあったのかはよく分かってないけど、戦いが出来ないフェイトとヴィーナをかばいつつの戦は大変だったに違いない。

 シュリは、手の中のアルテミスの矢をぺいっと打ち捨てて、ブリュンヒルデの体に刺さったままの矢に手を伸ばした。



 「さ、ブリュンヒルデの番だよ? 待たせてごめんね? すぐに抜いてあげるから」


 「気にするな、シュリ。さっきも言ったように、少々痛くはあるが、実害はない。こんなのは放っておけば……」


 「僕がいやなんだ。大切な人が痛々しい姿なんて見たくないよ」



 だから、じっとしてて? 、そう言いながらシュリの前にひざまづいたブリュンヒルデの頬を撫で、1本1本丁寧に矢を抜いていった。

 髪の毛の多い頭に矢を受けたフェイトや、ネタ的な場所に矢をもらったヴィーナと違い、ブリュンヒルデはむき出しの肌に矢がつき立っている場合が多かった。

 体の中心の大切な部分を守った故の事なのだろうけど、結果、布に覆われていない腕や足に内出血が点々と。

 矢が刺さっていたのに出血も傷もないのだから良かった、のだろうけれど。

 白い肌に散った青黒いあざがなんとも痛々しくて、



 (僕のスキルで、神様も癒せるものなんだろうか?)



 そんな疑問がないでもなかったが、まあ試すだけならタダなんだし、と掴んでいたブリュンヒルデの腕を引き寄せ、比較的目立つ大きなあざにそっと舌をはわせた。



 「んっ!? シュリ、なにを」


 「なにって、あざの手当だよ?」



 ブリュンヒルデの甘い声に、平常運転の返事を返し、そのまま何度かなめた後にあざのあった場所を確認する。

 直前まで青黒かったその場所は、しっかりと白い肌に戻っていて。



 (あ。よかった。女神様にも効果があるみたいだな、僕のスキル)



 ほっとしたように微笑んだシュリは、そのまま次から次へとあざを追いかけるように舌を這わせていく。

 その行為がブリュンヒルデにどれだけの刺激を与えるかということなど、全く考えもせずに。


 それでもまだ腕の時は良かった。

 もちろんくすぐったいような気持ちよさに、甘い声を押し殺す場面は多々あったが。

 まあ、しょせん腕は腕、である。

 脇に近い辺りは少し危険だったが、ブリュンヒルデはなんとか乗り切った。


 本当に危なかったのは足の方。

 足、といっても膝から下には矢を受けておらず、あざが集中しているのは膝から上の太股ゾーンで。

 男の人が身につけるような鎧ならしっかり守られているはずの部分なのだが、戦女神様が最近好んで身につけている鎧は、少々露出が多めのお色気防具。

 俗に言うビキニアーマーのようなものだった。


 なので、比較的太股周りの風通しは良く、射手の力量によっては十分に狙える的なのだろう。

 更に、下肢を傷つければ動きも鈍くなるので、狙い目と言えば狙い目なのかもしれない。

 そんなわけで、腕の治療が終わったシュリは、今度はブリュンヒルデの太股の治療に取りかかった。

 まずは股の外側からなめはじめ、徐々に内側へ。



 (足の内側なんて矢を受けにくいと思うんだけど、あざ、結構あるなぁ)



 なんでだろ? 、と内心疑問に思いつつ、体が小さいのをいいことに足の間にもぐりこんで、太ももの内側にも舌を這わせていく。

 その行為の際どさに全く気づかないまま。



 「しゅ、しゅり。治療してくれているのは分かるが、これ以上は、その……んんっ」



 色々と限界が近そうな声音で、それ以上は触れてくれるな、とブリュンヒルデが訴える。

 が、なんで内ももに矢が刺さったのかなぁ、という疑問で頭の中をいっぱいにしていたシュリは、



 「どうして内ももに矢が刺さったの?? 普通にしてたらあんまり刺さらないよね??」



 治療によって綺麗な肌に戻った内ももを手のひらでさすりながら問いかけた。



 「はっ、んっ……そ、それは、だな。んんっ。アルテ、ミスの矢をかいくぐって、んっ。蹴り技で、しとめようと、したとき、に……」


 「へぇ? そうなんだ。でもそのアルテミスって神様もすごいね。戦女神のブリュンヒルデの攻撃にも負けないんだから」


 「あ、あるてみすは、つ、月の女神であると共に、んっ、狩猟を司る神でも、はぁんっ。あ、ある、から、な」


 「狩猟の女神様かぁ。強そうだね」


 「あ、ああ。強いぞ。そ、それはそうと、しゅり。ち、治療が終わったなら、ぁん。も、もうそこを撫でるのはやめてくれ、ないか。さっ、さすがに色々限界だ」


 「え? あ。ご、ごめん」



 会話の最中も、ついついさわり心地のいいブリュンヒルデの内ももの皮膚を、無意識になで回していたシュリは、彼女の訴えに慌てて手を離した。

 見上げたブリュンヒルデの瞳は甘く潤み、その頬は熟れたリンゴのように真っ赤だし、呼吸もかなり荒い。


 これがヴィーナだったら問答無用で襲いかかられていたところだ。

 煽ったシュリが悪いのよぅ、とか言いながら服を脱がされてしまったことだろう。

 普段は弱弱なのに、色事が絡むと妙にねばり強くなるのが、ヴィーナという残念女神様の特長だった。


 その点、ブリュンヒルデは真面目だし、肉食美女の見た目に反して純情で奥手だから、シュリはついつい安心して気を抜いてしまう。

 今回も、相手がヴィーナであれば、太股をなめて治療するとか、後が恐ろしくて出来なかったに違いない。


 もちろんよこしまな気持ちではなく、ブリュンヒルデを思いやっての行為だったが、ちょっと可哀想な事をしてしまった。

 乱れた呼吸を整えようと深呼吸するブリュンヒルデを見ながら、シュリはちょっぴり反省する。



 「ブリュンヒルデ、ごめんね?」



 シュリが謝ると、



 「ん? なにを謝る必要がある? シュリは私を心配して治療してくれただけだろう?」



 悪いことはしていないんだから、謝る必要はない。

 ブリュンヒルデはそう言って凛々しく微笑む。

 乱れた呼吸もようやく整ってきたようだ。

 そんな彼女にシュリも微笑み返し、それから足下に散らばった結構な数の弓矢を見回した。



 「この矢、どうしようか?? 月の女神様にお返しした方がいいのかな??」


 「シュリは気にしなくていい。私が後でひとまとめにして返しておこう。といっても、わざわざ返さなくとも彼女は無限に弓矢を生み出せる神器を持っているから、必要ないかもしれないが」


 「へえ! そうなんだ。すごいものを持ってるんだね」


 「そうだな。まあ、どの神も神器の1つや2つ、持っているものだ」


 「ブリュンヒルデも?」


 「ああ。もちろん持っている。私の神器はこれだな」



 彼女はそう言って身につけているビキニアーマーを示した。



 「この鎧は、悪意ある物理攻撃を完全に無効化する。まあ、覆う面積が少ないのが玉にきずだが、体の中心は守られるからな。それに、普段は身につけていないが、鎧と対になる兜もあるから、頭も安全だ。手足はまあ、傷を受ける事もあるが、手足への攻撃が致命傷となることは少ない。更に、戦女神である私に攻撃を届かせる事が出来る者など、神の中でも数えるほどしかいないから、私の防御はほぼ完璧、ということだ」


 「すごいね! でも、そっかぁ。月の女神様は、ブリュンヒルデに攻撃を当てられる数少ない中の1人、なんだね」


 「ま、そういうことになるな」


 「でも、どうしてそんな強い女神様と戦うことになっちゃったの??」


 「うっ!! そっ、それは、その、だな。深いようで浅い、浅いようで深い事情があって、だな」


 「トラブル? だったら僕も加勢するよ。ブリュンヒルデも、フェイトも、ヴィーナも。3人とも僕の大事な女神様達だからね」



 きりり、と表情を引き締めてブリュンヒルデの顔を見上げる。

 そんなシュリの凛々しい表情に、ブリュンヒルデは一瞬でめろめろの腰砕けになった。



 「しゅ、しゅり。かっこよすぎるぞ……どこまで惚れさせたら気がすむんだ。罪なやつめ」


 「中々言うわね、少年。ちょっとしびれたわ」



 ブリュンヒルデの声と初めて聞く女の人の声が重なる。

 びっくりして声のした方へ目を向けると、きらきら輝く白金の髪に瞳の女の人が面白そうにこちらを見ていた。



 「あ、あるてみす!! どうやって我らの支配空間に入ってきた!?」



 彼女を認めたブリュンヒルデが、それまでの腰砕けはどうした!? ってスピードでシュリを己の後ろにかばう。

 そんなブリュンヒルデを見て楽しそうに笑い、



 「あら、ブリュンヒルデ。まるで子熊を守る親熊みたいな反応ね。大丈夫よ。とって食べたりしないから。3人で強固に作った支配空間だったけど、3人で作ったのが仇になったわね。3人のうち2人が意識を失っている事でほころびが出来てたわよ?」



 そんな返事を返す。それを聞いたブリュンヒルデは、



 「くっ。盲点だった。だが、たとえ守護が私1人であっても、シュリは守りきってみせる!!」



 己こそが最後の砦とばかりに、体躯の隅々まで神気で満たし、やる気満々で突然の侵入者に厳しいまなざしを注いだ。

 シュリはそんなブリュンヒルデの後ろから、美しき闖入者を見上げる。

 アルテミス、とブリュンヒルデが呼びかけていたので、その人こそが月の女神様なのだろう、と思いながら。


 そんなシュリの視線に気付いた月の女神様はシュリと目をあわせてにっこり微笑む。

 そして次の瞬間にはシュリの目の前にいた。

 びっくりして目を丸くするシュリの頬を、弓を扱うとは思えないほどたおやかな手で優しくなでた月の女神は、



 「うわさ通りの美しい子ね。みんながあなたを欲しがる気持ちが分かる気がするわ。出来ることなら、面倒な番犬が3匹もいない状況で出会いたかったわね。そうすれば、私が貴方の1番の女神になれたのに」



 残念そうに言って微笑む。



 「でも、まあいいわ。シュリ、貴方に私の加護を……」


 「くっ。シュリの1番はボクだっ。それだけは譲れないし、シュリの女神は僕達3人だけで十分さ、月の女神。君の協力は必要ない」


 「……あら。目が覚めたのね。運命の女神」



 いきなり足首をがっと掴まれ、月の女神は冷ややかなまなざしを己の足下に向ける。



 「ア、アタシもいるわよぉ。シュリの最初の女神はフェイトだけど、シュリの初めてをもらうのはこの私よぉ。その確率を下げる要因を増やすのはゴメンだわぁ」


 「愛と美の女神まで。その目障りな胸の贅肉を腕にこすりつけるの、やめてくれない?」



 更に冷たい瞳で、腕にしがみついてきた愛と美の女神を睨み、その2人をあっという間にふりほどいた月の女神は、再びシュリに向き直った。

 だが、さっきまでシュリがいた場所にシュリの姿はなく、



 「残念だがアルテミス、シュリへの加護は間に合っている。大人しく退いてくれ」



 シュリを抱き上げ、守るように抱きしめたブリュンヒルデがそんな言葉をぶつけてくる。

 アルテミスは、そんな彼女を呆れたように見つめ返した。



 「戦況は不利よ、ブリュンヒルデ。後の2人がこれ以上戦えるとは思えないし、そうなると戦力は貴女だけでしょう?」


 「私1人で十分だ。私は戦女神だぞ?」


 「戦いに特化していない、他の神々が相手ならそうでしょうね。でも、私は狩猟の女神でもあるのよ? そう簡単には負けてあげられない。それに、今の貴女は片手が埋まってるじゃない」


 「埋まってるんじゃない。満たされてるんだ。シュリがいれば百人力だ。負けるものか」


 「ふぅん? じゃあ、容赦はいらないわね。さっき以上のハリネズミにしてあげるわ」


 「あ、あの~」



 当のシュリを置き去りに、今にも戦いの火蓋が切って落とされてしまいそうなので、シュリはブリュンヒルデの腕の中から声をあげた。

 その瞬間、つり上がっていた月の女神様の瞳は柔らかく細められ、



 「なにかしら? 私の加護を受け入れる気になった?」



 甘い声音で問いかけてくる。

 そんな彼女に、



 「僕は今いる女神様のお相手をするだけで手一杯なので、これ以上の女神様の受け入れは出来ません!!」



 シュリは容赦なくきっぱりと告げた。



 「月の女神様は立派な女神様ですし、その加護をいただけるというのはとても光栄なことですが、僕の器ではこれ以上は無理です。僕の女神様はみんな甘えん坊で手が掛かるので」


 「まあ、戦女神はともかく、確かに残りの2人は手が掛かりそうだものね。じゃあ、そっちの2人を捨てて私にするのはどう? わたしなら、その2人分の働きは十分出来ると思うけど?」


 「僕、生き物を無責任に捨てるのはイヤなんです。一度面倒をみるって決めたら最後まで面倒をみるって決めてるので」


 「ふぅん。真面目なのね。そう言うところも好みだわ」



 神を相手に堂々と意見を述べるシュリを、月の女神様はまじまじと見つめる。

 今まで加護を与えてきた人間は、全て素晴らしい子達だった。

 だが、どの子もみな、月の女神が加護を与えると言えば心から喜び受け入れた。

 こんな風に断られたなんて事は、1度もない。


 加護という形で神の力の片鱗を得られる機会を棒に振る人間がいるなんて。

 月の女神は目が覚める思いだった。



 「ねえ。私を受け入れれば加護が得られるのよ?」


 「知ってます。でも、僕には必要ありません。月の女神様ほどの方の加護なら、もっと他にほしい人がいると思います。だから、加護をあげるならそういう人にあげて下さい」


 「加護って、ほしいと思ったらもらえるような簡単なものじゃないんだけど?」


 「分かってます。でも、僕は加護をもらってる事すら忘れちゃうような不信心な人間ですから、加護の与え甲斐はないと思いますよ」


 「加護を、忘れる??」


 「そうだぞ、アルテミス。私もシュリの為に与えた加護を忘れられて非常に切ない思いをしたことがある」


 「あ、あの時は……その、ゴメンね? でも、加護は忘れてもブリュンヒルデのことはちゃんと大切に思ってるからね?」


 「ああ。そのことはいつだって感じている。私も、心からお前を愛してるぞ、シュリ」


 「あ! 抜け駆けはずるいぞ。シュリ、ボクだって君を愛してるよ! 心から!!」


 「2人とも、ずるぅい。しゅりぃ。アタシも愛してるわぁ。だから、シュリの初めてはアタシにちょーだいね?」



 ブリュンヒルデの愛の言葉を皮切りに、フェイトとヴィーナも愛を叫ぶ。

 そんな彼女達の様子を、アルテミスは呆れたように見つめ、



 「なぁに? その様は。まるで発情した人の子のよう。まったく、貴方は不思議な男の子ね。神の加護を必要とせず、女神をただの女のようにしてしまう」



 ほんと、不思議だわ……そう言って、アルテミスはじっとシュリを見つめた。



 「無理矢理に加護を与えるのは簡単だけど……でも、そうね。いつか貴方が私の加護を必要とする時までもう少し待ってみようかしら。貴方のこの可愛い唇から出る、私を求める言葉が聞いてみたいから」



 指先で愛おしむようにシュリの唇の形をなぞり、アルテミスは甘く微笑む。

 まるで恋する乙女のように。



 「月の女神・アルテミスは、貴方の求めを待つことにするわ。貴方が求めればいつでも私の加護は貴方のものよ。ちゃんと、覚えておきなさい」


 「はい、でも……」



 そんな日は来ないと思う。

 ただ待たせておくのは申し訳なく、そう告げようと思ったが、言葉は唇に押し当てられたアルテミスの指に押しとどめられた。



 「貴方に興味を持つ、他の神々にも伝えておくわね。求めを待ちなさい、と。無理矢理押し寄せても、美しく希有な魂の心を得ることは出来ない事も共に告げて。神々は待つことを選ぶでしょう。それでもしつこい神に困るようなら」



 アルテミスは、己を見上げる無垢な瞳に微笑んでみせる。



 「その時は私を呼びなさい。その無礼者は私が追い払ってあげるわ。追い払った代償を求めたりしないから、遠慮しちゃだめよ? この王都周辺にいる神々には、そこの3人より私の方が影響力があるの。貴方の大切な女神達に苦労をかけたくないなら、私を頼った方がいいわ」



 本当に? と問いかけるように見上げてくる少年の頬を撫で、わき上がる愛情に少し戸惑いながらも言葉を続けた。



 「待つと決めたからにはちゃんと待つわ。貴方が私を求めるその時まで。私は狩猟を司る女神でもある。待つことは得意なの」



 真剣な瞳で、いつか加護を与えるであろう少年の顔を目に焼き付けるようにじっと見つめて。



 「ブリュンヒルデ」



 神の世界での友人の名を呼んだ。



 「なんだ? アルテミス」


 「彼はいつかは私の加護を与える愛し子よ。しっかり、まもってあげてね」


 「言われずとも」



 アルテミスの言葉を受け、ブリュンヒルデが凛々しく笑う。

 友人の返答を受け、満足そうに微笑み、



 「なら、いいわ。運命の女神、愛と美の女神」



 アルテミスはシュリに加護を与える残りの2人の神を呼んだ。



 「もちろん、ボクの命に代えてもシュリは守るさ!!」


 「うんうん。襲い来る的にアタシの美しい体を与えてでも守ってみせるわぁ」


 「……彼にあまり迷惑をかけないように」


 「って、そっちかぁぁい!!」


 「月の女神ちゃん、ひっどぉい」



 ぷんぷん怒る2人の女神を放置したまま、アルテミスは再びシュリへ視線を戻す。

 そして、



 「邪魔したわね。また会える日を、楽しみにしているわ」



 アルテミスは微笑み、シュリの頬へ己の唇を寄せ。

 3人の番犬がきゃんきゃん吠え出す前に、その姿は宙に溶けるように消えた。

 かすかに触れた唇の感触の残る頬を片手で押さえたシュリの心に、



 (月の女神様……アルテミス様かぁ。感じのいい女神様だったなぁ)



 見事なまでの好印象を残して。

 こうして。

 月の女神様が防波堤を買って出てくれたおかげで、シュリに言い寄ろうとする神々の数は激減し。

 シュリの女神様達による[他の神々からシュリを守ろう大作戦]ひとまずの終わりをむかえ、3人の負担は大いに減ることになるのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


新年最初の投稿は女神様達のお話となりました。

これの他に、新年の為のショートストーリーを書いていますので、なるべく早く投稿できるように頑張ります。

筆が遅くお待たせしがちですが、あきらめずに書き続けますので、今年も本作を見捨てず、お付き合いいただければ嬉しいです。

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