第378話 [月の乙女]の嫁入り騒動②

 「ひっこしぃ? どういうこと? それ」



 最初に不満そうな声をあげたのは、アマンダ隊の隊長。

 ゴージャスでボリューミィな巻き毛に縁取られた顔は、可愛らしさと気の強さが絶妙な配分で同居している。

 髪の色は鮮やかな赤。

 とがらせた唇は、ぴんくでぷっくりしていて、何ともおいしそうだ。


 そんな感想と共に、ケイニーはアマンダの顔をうっとり眺める。

 気の強い性格はともかく、顔は好みのど真ん中だなぁ、なぁんて思いながら。

 身長は、背が低めのケイニーよりは高いが高すぎるほどではなく、出るところは思いっきり出て、引っ込むべきところは程良く引っ込んでる体型も最高にそそる。


 ……のだが、いかんせん、性格がきつすぎるのが玉にきずだ。

 そんなことを考えつつ、ケイニーはアマンダの疑問に答えるために口を開こうとした。

 だが、それより前に、



 「ケイニーはちゃんと説明してくれたじゃないか、アマンダ。隊長と副隊長は、商都を出て隣国ドリスティアの王都に拠点を移したがってるけど、その理由はよくわからない。上層部の不興を得て追い出される訳じゃないみたいだけど、って。ねぇ、ケイニー?」



 そう説明してくれたのは、ニル隊を率いる隊長。

 5人の隊長の中で1番の長身痩躯の彼女は、甘やかすようにケイニーのサラサラした金髪をかきまぜた。


 彫刻のように整っていると人気の高い甘いマスクの彼女は、女の子となれば誰でもいいんだろう!? と言いたくなるような遊び人。

 ベリーショートの金髪の色素は薄め。

 抜けるような白い肌の胸元や二の腕や太股……至る所に刺青が入っていて、シミ1つない顔の左目の下にも涙型の刺青が。

 その刺青がまたいい、ともっぱらの評判で。

 噂に聞くと、恋人同士にならないとみられない場所にも刺青があり、それがまたセクシーなのだとか。


 そんなことを考えながら、上の方にあるニルの顔を見上げる。

 それに気づいたニルは、にっこりと甘く笑い返した。

 これは別にケイニーに気があるとか、そういうのじゃない。


 彼女はただ、小さいモノが好きなだけ。

 だから、ケイニーに限らず、ニルは小さい生き物全般に対して優しい。

 甘いくらいに甘い。


 だが、それは恋愛感情とは違うのだ。

 現に、彼女が選ぶお相手は小さくて可愛い愛玩動物タイプではなく、派手な美人であることが多い。

 そう、アマンダのような。


 だが、アマンダとニルがお付き合いすることは天地がひっくり返ってもないだろう。

 なぜなら2人とも、攻める側。

 つまりタチ同士であり、彼女達が好むのは可愛くて色っぽいにゃんにゃん達だからだ。


 ちなみに、ケイニーは攻めも受けも柔軟にこなすオールマイティータイプだ。

 見た目からは、タチに見られがちだが。

 そんなわけでニルはケイニーを好きな訳じゃない。

 ケイニーが小柄なことを愛でているだけなのだ。


 それをちょっぴり腹立たしく思いつつ、頭の上にある手をぺっぺっと払う。

 ニルはちょっと悲しそうな顔をしたがそんなの知ったことか。



 「ふんふん。でもなんで、悪いことして追い出される訳でもないのに、隊長も副隊長もここを出て行きたいんだろーね?」



 そんな疑問をぶち込んできたのは、トーリャ隊の隊長。

 癖の強い栗毛を短くしているせいで、余計にくりくりしているショートカットヘアは何ともいえずに愛らしい。

 目もぱっちりくりくりしていて、まつげもバサバサで。

 身長はケイニーよりトーリャの方がちょっぴり高い。

 顔立ちだけを見れば、ケイニーよりよほど子供っぽく見えるというのに。


 トーリャや他のみんなに言わせると、ケイニーのいたずらっ子のようなそばかす顔も凹凸の少ない体型も十分に子供っぽいのだが、ケイニーは決してそれを認めようとはしなかった。

 自分より少しだけ高い位置にあるトーリャの顔を不満そうに見ると、それに気づいたトーリャがにっこり笑う。


 にこにこ顔のトーリャがケイニーの頭に手を伸ばしてよしよしと撫で、ケイニーが不満顔でそれをぺいっとし。

 がーん、とショックを受けたトーリャの頭にニルのそろーりと伸びる。

 だが、トーリャはそれをすげなく追い払い、逃げるようにケイニーの後ろへ隠れた。

 そしてそのまま、ケイニーの首に両手を回し、ぎゅっと抱きつく。


 ニルは、小さい2人が仲良くくっついている様子を微笑ましく眺め、ケイニーは背中に感じる柔らかな女の子の体の感触に、思わずにやつきそうになる顔を必死に引き締めた。

ケイニーの背後でニルに対してふしゃーっと毛を逆立てるトーリャも、可愛い見た目に反して攻めの人。

 ニルに可愛がられることはプライドが許さないらしい。 



 「出て行く事に理由がないなら、あちらに行くことに何か理由があるんじゃない? たとえば、団長が想う相手がドリスティアにいる、とか。副団長は正直、団長がいくところにならどこへでもついて行きそうだから推測の役には立たないし」



 そう冷静に分析したのはソニア隊の隊長だ。

 濃い茶色……チョコレートブラウンの髪をポニーテールにしたソニアは、更に考えを深めるように瞳を細めた。


 5人の中ではニルに次ぐ長身のソニアだが、その体型はニルとは対照的。

 ニルがケイニーと同様に限りなく直線で表現されているとすれば、ソニアはアマンダ同様、魅惑的な曲線で表現されている。

 つまり、メリハリのある、非常に女性らしいスタイル、ということだ。


 人は自分の持っていないモノに惹かれる、とよく言うが、それはケイニーにも当てはまるり、昔から変わることなく大きいモノが大好きだったりする。

 一応念のために言っておくが、身長の事ではない。

 女性の胸部に装備されているアレの事だ。


 そういう意味では、ソニアもケイニーの好みのタイプといえる。

 もちろん、そこだけで人を判断している訳ではない。

 ソニアの冷静で切れ者なところはすごいと思うし、ソニアの顔も、アマンダとは方向性が違うがすごく美人だな、と思う。

 好みぴったりの顔はアマンダだが、ソニアの顔も悪くない。


 ……とちょっぴり上から目線で思ったところで、ケイニー自身はソニアの好みの端にも引っかかってないのだろうけど。

 ソニアの好みは少年のような女の子。

 そこはケイニーにも当てはまると思うが、更にソニアの好みを聞き進めてみれば、自分じゃだめだと言うことがよくわかる。


 ソニアが好きなのは、顔立ちは少年のようにみえるのに、体はどうみても女の子なタイプ。

 つまり、5人の中ではトーリャが一番彼女のタイプに近い。

 ケイニーでは平らすぎる。


 ソニア曰く、顔は美少年なのに体は女、というギャップがいいんだとか。

 以前、酒の席ではっきり言われたことがある。

 ケイニーの顔は結構好きなんだけどねぇ、と。

 その言葉の後、残念そうに平らな胸部装甲を見つめられた事は、今でも忘れられない。


 ちなみに、ソニアも受け身ではなく攻めの人。

 そう考えると、5人の隊長の攻め率はかなり高い。

 自分はともかく、美人揃いなのにカップルになり得ない状況はちょっともったいないような気もする。

 まあ、恋愛が絡むとそれはそれで色々面倒なのでちょうどいいのかもしれないが。



 「想う人、想う人ねぇ。出会いがあったとしたら王都に滞在していた時だよね? 滞在期間はそこまで長くなかったし、奥手な団長がそこまで惚れ込むような相手、いたかな?」



 ソニアの言葉を受け、ニルが考え込むように腕を組む。

 その言葉に、ケイニーもつられて腕を組み、う~んと唸り、王都滞在時のことを思い出す。


 正直、王都に滞在中、まじめに仕事をしていたのは団長と副団長くらいだった。

 他の平団員達を含め自分も、特にやることもなく日々遊び歩いていた記憶しかない。


 とはいえ、自分はアマンダやトーリャとは違い、買い物が好きなわけでもなく、ソニアのように観光が好きとか、ニルのように女の子のナンパが趣味という訳でもなかったので、宿でだらだら過ごすことが多かったのだが。


 だが、宿で過ごしても全く退屈はしなかった。もしまた王都にいくことがあったら宿は絶対にあそこ、と思うくらいいい宿だったから。

 家族経営の、そこまで大きくない宿だったのもよかったのかもしれない。[月の乙女]だけでいっぱいだったので他の客はおらず、気兼ねなく過ごせたのはよかった。


 従業員が女性だけだったのもプラスポイントだ。

 女将には少し前まで旦那さんがいたらしいが、離婚して宿をリニュアールしたんだとか。

 食事も非常に満足な味で、ケイニーは外に食べにいく必要性すら感じず、滞在中はほぼ3食宿でとっていたような気がする。

 それだけでもリピートの理由には十分だが、更にあげるなら、あの宿の従業員はみんなとても美人だった。


 かつてSランクの冒険者をしていたという猫獣人の女将は、身長はケイニーより少し高いくらいしかないのに、そのスタイルはアマンダにも負けないくらい起伏に富んでいて、非常に眼福だった。

 その上、美人で豪快な酒飲みで、夜遅くなるとよく一緒に酒を飲んでくれた。


 そして、料理人でもある従業員はウサギ獣人で、ウサギ獣人はスタイル抜群で美人揃いという噂に違わない美貌とスタイルの持ち主だった。

 明るく元気な人で、美人でスタイルもよく料理もできて性格もいい、という4拍子そろったこの人は、団員の中でもかなり人気が高かった。


 最後は、従業員ではないけれどよく宿を手伝っていた、女将の一人娘。

 まだ駆け出しの冒険者で、冒険者養成学校へ通う学生でもあるらしい彼女は、帰ってくると忙しい宿の仕事を率先して手伝う優しいいい子だった。

 女将の娘なのでもちろん彼女も獣人なのだが、女将の猫耳と違った丸っこい耳はなんだか可愛くて、ケイニーはその耳がぴくぴく動く様子を見るのを密かに楽しみにしていた。


 優しいだけでなく、美人女将の娘なだけあってその子もとても美人で、しかもスタイルも良かった。

 自分からぺらぺら話すタイプではないが、話しかけるとにっこり笑顔で丁寧に対応してくれる彼女のファンは、団員内に一定数見受けられた。

 ケイニーも彼女の笑顔にはずいぶん癒されたものだ。



 「う~ん。うちは宿にいっぱなしだったっすからね~。団長達が外でなにしてたかはよく分かんないっすよ」



 頭をひねってみたが、思い出すのは寝心地のいいベッドやおいしいご飯のことばかり。

 更にがんばってはみたものの、女将の胸の谷間や娘さんの癒し笑顔くらいしか絞り出せなかった。



 「え~? 宿にいても外にいても一緒だよ。外にいても、団長達と一緒に行動してた訳でもないし。でも、そっか。街歩いててもケイニーに会わないな~って思ったら、ずっと宿にこもってたんだねぇ。確かに、いい宿だったもんね~。ご飯おいしいし、美人ばっかだったし」


 「ね~。いい宿だったっすよね~」



 トーリャが自分と同意見だったことに気を良くして、ケイニーはにっこり笑ってうなずいた

 そのケイニーを見て、ニルが相好をくずす。



 「うん。いいね。ケイニーの笑顔。ちっちゃな子供みたいでさ」


 「そうね。ほんと、ケイニーの顔だけは結構……いえ、かなり好みの部類に入るんだけどね。顔は美少年なのに、体が残念なのよね」



 ニルの言葉にソニアも、ほめてるのかけなしてるのか良くわからない言葉で同意する。

 そんな仲間達の言葉を聞いていたアマンダが、何か考え込むように腕を組む。



 「宿、子供、美少年……何か引っかかるのよね、その言葉」



 う~ん、と考え込むアマンダの組んだ腕に押し上げられた胸がすごいことになってるのだが、考えることに夢中なアマンダは気づいていない。

 彼女以外の4人が彼女(の悩ましい胸元)へ注目する中、しばし考え込んでいた彼女は、不意にはっとしたように顔を上げた。



 「そういえば、1人いるじゃない! 団長が宿に連れてきた男の子!!」



 彼女の言葉に他の4人が首を傾げる。

 そんな人物、いたっけな? 、と。



 「なにそんな子みてない的な顔をしてるのよ!! ほら、団長と副団長が依頼の仕事で出かけた後、エルフのリリシュエーラを連れて帰ってきた日があったじゃない?」


 「ああ~、リリシュエーラ! あの人、美人っすよね~。美人すぎて恐れ多くて、とても口説く気になれなかったっすけど」


 「ああ、あの子か。きれいな子だよね。1度、お相手をお願いしたかったんだけど、想い人がいるとかで相手にしてもらえなかったんだよね」


 「うんうん。リリシュエーラはいいよね~。あたし、性格も好きだよ。見た目も好みだけど、ケイニーの言う、美人すぎて、ってのもわかる気がするなぁ」


 「リリシュエーラね。友達としてはいいけど、つき合う気にはならないわね。綺麗だけど、私の好みじゃないもの」



 4人の言葉にアマンダは頷いて言葉を続ける。



 「確かにいいわよね、リリシュエーラ。私も、一緒に遊びましょ、って誘ってみたけどなびかなかったわね。って、私が言いたかったのはリリシュエーラの事じゃないのよ。あの日、団長が連れてきたのは彼女だけじゃなかったでしょ? 小さい男の子……いえ、女の子?? いーえ、やっぱり男の子ね。あれだけ可愛い子が女の子なら、みんな絶対もっと印象に残ってるだろうし!」


 「ん~。そんな子いたっすかねぇ」


 「どうだったかな? ん~……あ! 言われてみたらいたような気がするよ。小さくて可愛くてちょっと気になってたような気もするんだけど、その後大宴会に突入したからね。酔いすぎて、記憶があんまり残ってないんだ」


 「あ~。確かに。団長がちんまい子をせっせと可愛がっていたような……。うん。いたね! 確かにいた!! ちっちゃい子」


 「言われてみればうっすらと。ちょっと私の好みからすると幼すぎたけど、将来有望な子ね、って確かに思ったわ。ただ、ニルの言うとおり、あの日はちょっと飲み過ぎて。正直、初対面の相手を覚えておける状況じゃなかったわね」



 4人それぞれの意見に、アマンダは再び頷く。



 「今思い返してみれば、団長も副団長も、リリシュエーラ、と言うよりはあの子に付きっきりだったわ。特に団長なんか、べたべたいちゃいちゃしてて、副団長かわいそ~って思ったから、印象に残ってたのかも」


 「じゃあ、今回の引っ越しの理由は……」


 「十中八九あのちびっちゃい男の子ね!!」



 アマンダはそう言いきった。



 「う~ん。ニルとソニアはともかく、団長はまともだって思ってたから意外。ね、ケイニー」


 「そっすね~。びっくりっすよ」


 「失敬な! 私の恋愛対象はソニアと違って大人な女性だよ! 小さい子は見てると目が楽しいってだけで、恋愛的にどうこうしようなんて思ったことはないし。第一、私の小さいもの好きは人に限らず幅広いのをみんな知ってるだろう?」


 「失礼ね。私はあそこまで小さい子に興味はないわよ。後何年かしたら恋愛対象になったかもしれないけど、男の子じゃね。おっぱいが大きくなりようもないし。私は少年の顔立ちに大人な女の体の合わせ技が好きなのよ。ニルと一緒にしないで」



 変態(?)2人は激しく否定している。

 が、同じ穴の狢にしか見えないのは自分だけだろうか、とケイニーは賢く黙ったままなま暖かく同僚を眺めた。



 「ま、団長とニルとソニアが変態かどうかはともかくとして、引っ越しの理由は判明したわね。後は、団長と副団長について行くかどうかだけど……」


 「うちは行くっすよ」



 アマンダの言葉に、ケイニーはけろっと返事を返した。



 「ずいぶん簡単に決めるじゃない。ケイニー」


 「傭兵なんて、流れてなんぼの職業っすよ。それがいやなら、元々傭兵なんて職、選んでないし、それにうちは孤児っすからね。商都に家族がいるわけでもないっすから。なにより……」


 「なにより?」


 「うちは団長と副団長、大好きなんすよね。今さら他の人の下で働くなんて、想像できないっすよ」


 「まあ、それは確かにね~」



 ケイニーの言葉に、アマンダも頷いた。



 「結局はそこよね。私もあの2人が好きだし、別に商都に未練があるわけでもないし。まあ、[月の乙女]を抜けてまで残る必要性は感じないのは確かよね」


 「未練がない? 君のことだからお付き合いしている女性とか、商都のあちこちにいるんじゃないのかい?」



 アマンダとケイニーの会話に、ニルがからかうような言葉を割り込ませてくる。

 だが、アマンダは動じずに肩をすくめた。



 「まあね。でも、お互いに遊びみたいなものだし、後腐れはないわよ」


 「じゃあ、君は団長達について行く、って事だね」


 「ええ。そう言うニルこそ、現地妻が多すぎて身動きできないんじゃないの?」



 上に同行する事を明言したアマンダは、仕返しとばかりに切り返す。

 だが、ニルも当然の事ながら一切動じずに、



 「現地妻? 女性同士だし、彼女達を妻だと思ったことはないけど、そのくらいみんなを愛している事は確かだね。ただ、まあ、それを理由に団長達から離れるつもりはないよ。それに、新しい土地ではまた新たな出会いが待ってるだろうし」



 それも楽しみだよね、と甘い笑顔でそう答えた。



 「ふぅん。向こうで新たな現地妻を確保しようってわけね。で、こっちでの恋人は全員捨ててくわけ?」


 「捨てていくとは人聞きが悪いな。みんなにきちんと説明するさ、もちろん。商都を出て向こうでも恋人関係を続けるか、商都に残って恋人関係を解消するか。どちらを選択するかは彼女たち次第だよ」


 「じゃあ、ニルも来るって事ね」


 「そうだよ。嬉しい?」


 「別に? ま、新しい隊長を選ぶ手間が省ける分くらいは嬉しいかもね」


 「素直じゃないなぁ、アマンダは。もっと素直に、ニル大好き、って言ってくれていいんだよ?」


 「はいはい。寝言は寝てるときだけにしなさいよね。えーと、じゃあ、私とニルとケイニーは団長について行くってことね、トーリャとソニアはどうするの?」



 ニルを軽くあしらってアマンダはまだ参加表明していない2人に目を向けた。



 「ん~。あたしも行くよ。団長達と一緒の方が絶対に楽しいし。みんなとも離れたくないし。ソニアは?」


 「私も特にここに残る理由は見つからないわね。ついていくわ」



 トーリャとソニアもあっさりついて行くことを表明し。

 5人の隊長は5人とも、上に従いついて行くことを決めた。



 「じゃあ、後はそれぞれの部下に説明して、ついてくるかどうか聞けばいいのよね」


 「そっすね。答えが出そろったら、うちに情報を集めてもらっていいすか? 団長達へはうちから報告するっすから」



 ケイニーの言葉に、全員が頷き、1人また1人と食堂を出て行く。

 自分の部下達を集め、団長達が計画する[月の乙女]お引っ越し計画について話すために。

 そんな彼女達の背中を見送り、ケイニーもまた動き出す。

 恐らく、自分の部下達も他の隊長の部下達も、それほど苦労なく説得できるはずだ。

 傭兵になろうなんて人間は天涯孤独であることが多いし、女性だけの傭兵団の生活に慣れきっている者が、今さら男優位の他の傭兵団でやっていけるはずもないだろうし。


 そう考えると、彼女達に選べる選択肢は結局1つしかない。

 ま、それはケイニー自身も同じなのだが。

 苦笑しつつ食堂を出たケイニーは、部下達がいるであろうケイニー隊に割り当てられた大部屋へと向かう。


 そして、ようやく旅の荷物の荷ほどきを終えた部下達に、何でもっと早く言わないのか、と再度の荷造りに対する文句を言われる己の姿を想像し、ちょっぴりアンニュイな気持ちになるのだった。


◆◇◆


 商都の政治の中心部を脅かした悪魔の脅威が取り除かれてから一週間以上が過ぎたある日。

 街の一角の小さな屋敷を拠点として活躍していた傭兵団が1つ、商都から姿を消した。


 女性だけで構成されたその傭兵団は、地元の人から親しまれており、彼女達がいなくなることを寂しく思う者も多かった。

 中には、彼女達を追って商都を出る強者もいたが、そんな混乱もきっとすぐに収まり、街はあっという間に日常を取り戻すのだろう。


 良くも悪くも商都は大都市。


 彼女達のいた屋敷もすぐに次の持ち主が現れるに違いない。

 そうして新しい近所付き合いがはじまって、人々の記憶からは徐々に彼女達が薄れていく。

 よほど親しい付き合いをしていた人達を除いて。


 国の行政を司る王城の一角では、



 「彼女達は行ったのか?」


 「ええ。今朝、旅立ったようですよ? 昨日、私のところへは挨拶にやってきました」


 「そうか。彼女達が我が国から拠点を移してしまった事は痛いが、まあ、いざというときにシュリに渡りを付けやすくなったと思えば悪くはない、か」


 「そうですね。といっても傭兵とは冒険者ほどではないにしても基本的に自由な生き物ですから、どこまで頼りにできるかは疑問ですが」


 「特別何かをさせようと言う訳じゃない。ただ、いざというときに、こちらの困窮を一言シュリに伝えてくれるだけでいいんだ。そうすれば、シュリはあの不思議な移動手段で助けに来てくれるだろう? シュリは、優しいからな」


 「まあ、確かに。あなたのおっしゃるとおり、シュリにお願い事をするなら、手紙で伝えるよりも彼女達を通して直接お願いした方が効果はありそうです」



 アウグーストとディリアンがそんな会話を繰り広げ。

 また、商都の繁華街のある酒場では、



 「聞いたか?」


 「ん? なにをだ??」


 「[月の乙女]がこの商都から拠点を移したって話をだよ」


 「へえ。拠点を移したのか、あいつら。どこへだ?」


 「隣国ドリスティアの王都だって噂だ」


 「ドリスティアの王都? それって確か……」


 「ああ。シュリが住んでいると言っていたばしょだな」


 「だよなぁ? へぇ。ジェスの奴、シュリを追いかけてったのかぁ。やるじゃねぇか」


 「確かにな。ジェスは恋愛ごとには興味ないのかと思っていたが、そうでもなかったな」


 「そうか、そうかぁ。ま、めでてぇこったな。いい女揃いの傭兵団がいなくなって、商都はちっと寂しくなるかもしれねぇがな」


 「……以前、[月の乙女]のメンバーに女を感じないといったのはどの口だ?」


 「あ~、そりゃあ……この口だな! 違いねぇ。あいつ等がいなくても、商都は綺麗なねーちゃんがいっぱいいるから、寂しくはなんねぇわな」


 「ま、ここを拠点とする傭兵団が1つ減ったことで仕事は増えるかもしれないがな」


 「違いねぇな! そりゃ、めでてぇわ!! よっしゃ! 前祝いに飲みに行くか!!」


 「ああ? 今飲んでるだろうが」


 「ちげーよ! 綺麗なおねーちゃんがいる店で飲み直そうって言ってるんだよ」


 「おまえ1人をそんな店に行かせたら、請求がすごいことになって後でそっちの団員に恨まれそうだしな……仕方ない。付き合おう」



 ロドリオとライオスはそんな話に花を咲かせた。

 そして、商都からほど近い旅の空の下。



 「シュリは、元気にしてるかな?」


 「元気にしてるかって、まだ別れてからそこまで日にちが過ぎてないじゃない。元気に決まってるでしょ?」


 「そうだったか? もうずいぶん会ってないような気がしてたが、そうでもないのか。じゃあ、きっと元気にしてるな」


 「ええ、きっと」


 「早く、会いたいなぁ」


 「そうね。私も会いたい」



 馬を並べたジェスとフェンリーは傭兵団の荷物を積んだ馬車を率いながらそんな言葉を交わす。

 旅立ち、後にしてきた古巣の街で、



 「「でも、なんかあれだなぁ」」


 「なんです? アウグースト」「なんだ? ライオス」


 「「なんていうか、なんとなく娘を嫁に出したような、複雑な気分だな(だぜ)」」



 別々の場所にいるというのに驚くほどに同じタイミングで、2人の男がほぼ同じ発言をした。

 それを知るはずもないのだが、



 「くちゅんっ」



 これまたナイスなタイミングでジェスがくしゃみをして。



 「大丈夫? 風邪??」



 最初のくしゃみを皮切りに、何度かくしゃみを繰り返したジェスの横顔を、フェンリーが少し心配そうに見つめた。

 ジェスは不思議そうな顔で鼻の下をこすり、



 「いや……でも、そうだな。人に噂されるとくしゃみが出ると聞くし、これはあれだな。きっとシュリが私の話をしてるとか、そう言うことかもしれないな!」



 にこにこしながらそう言った。



 「え~!? だったらなんで私はくしゃみがでないのよ?」


 「シュリが私のことしか考えてなかった、とかじゃないのか」



 フェンリーが不満そうに唇をとがらせ、ジェスはふふん、と得意げに笑う。

 そんなジェスは知らない。

 己のくしゃみの原因が、後にしてきた商都にあること。


 まさか今回の旅立ちを嫁入りに例えられてるなんてことは夢にも思わず、愛しい相手が自分を思ってくれているに違いないという甘い思いこみに、可愛らしく胸を高鳴らせるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る