第341話 旅路の間の中と外①

 オーギュストとの打ち合わせ(?)も済んだので、シュリは客人としてそれぞれの部屋で休んでもらっている同行者達の様子を見に行くことにした。

 オーギュストの部屋からてくてく歩き、先にたどり着いたのはちょっぴり手前にあったアガサの部屋。

 特にどっちから、とか考えていなかったシュリは、取りあえず先にたどり着いたアガサの部屋をまず訪ねることにした。



◆◇◆



 好きに過ごしていい、と与えられた部屋で、アガサは己の自室でそうするように、楽な格好をして伸び伸びと過ごしていた。

 シュリもジェスもフェンリーもみんなアガサの秘密は知っている。

 その3人の他はシュリの身内だし、己の身内がアガサの秘密を漏らすことを、シュリがよしとする訳がない。


 まあ、夢魔と人間と混血、という最重要秘密を知るのはシュリだけだが、ジェスもフェンリーも今更それを知ったところでそれほど驚きはしないだろう、とは思っていた。

 第1、不老長寿で己の見た目を自由自在に変えられる、という時点ですでに人離れしてるし、彼女達も半ば確信しているのではないだろうか。

 アガサの身に、人以外の血が流れていることを。


 まあ、その人外の血がなんなのか、というところまでは踏み込んで想像してはいないだろうが。

 傭兵団に身をおく彼女達は分かっているはずだ。

 世の中、知らない方が幸せな事も多い、ということを。


 ともあれ、己の秘密を知らない人がいない、というのはいいものだ。

 己の身を偽らなくていい、その気軽さを噛みしめつつ、アガサは大きく伸びをする。

 己の秘密を知らない人間が絶対に訪ねてくることがない、という点に関していうなら、この部屋は高等魔術学園内に用意されている己の自室よりも気を抜いて過ごすことが出来た。


 まあ、あちらの部屋は部屋で、それなりのセキュリティを手抜かり無く配置しているから、よその間者が入り込むことはまず出来ないし、いきなり訪ねてきた者にうっかり秘密を知られた場合の対策も万全だから、それほど心配する必要は無い。

 それに、部屋のインテリアや家具は徹底的にこだわって揃えてあるので、そういった意味では己の自室の方が心地よく過ごせるとは思うが。



 (まあ、今が移動している真っ最中、という事を考えたら快適すぎるくらい快適よね)



 通常、この世界で旅をするということになると、馬車や馬を使用することがほとんどだろう。

 中には己の眷属を騎獣とし、旅をする者もいるだろうが、どちらの場合においても、移動は常に揺れと共にあり、それが無いのは夜寝るときだけ。


 馬車で急ぎの場合は、夜の睡眠すら馬車の中で揺られながら、ということだってある。

 そうじゃないとしても、宿のある町にちょうどよく立ち寄れなければ、野宿となり交代で見張りを立てなければならないし、慣れない者であれば野宿でぐっすり休むことは難しいだろう。

 今回の旅路の仲間でその点に文句をつけたり根を上げたりする者はいないだろうが、それでもやはり疲れはたまる。


 冒険者をしていたアガサは、そんな旅の常識をよく知っており、今回の旅のイレギュラーさを痛いほど感じていた。その快適さへの喜びと感謝と共に。

 リラックスしきった格好でベッドに横になり、



 (ん~。これで横にシュリが居てくれたら、もう完璧よね)



 そんなことを思った瞬間、ドアをノックする音が響いた。



◆◇◆



 ノックに答えるように、誰かという問いかけがあり、



 「僕だよ」



 と答えると、すぐに入室の許可を告げる声が返ってきた。

 鍵はかけてないからどうぞ、と。

 はーい、と答え、シュリはドアを開けて中に入り込む。

 そして、目に入ってきた光景に開口1番、



 「そんな格好をしてるのにどうして鍵をかけないの!? かけようよ、鍵!!」



 そうつっこんだ。

 そんなシュリのつっこみに動じた様子もなく、



 「そんな格好、って?」



 からかうような口調で言いながら体を起こし、ベッドの縁に座って足を組む。

 そしてシュリの答えを待つようににんまりした。



 「服を着ていないのに足を組んじゃいけません!! も~。僕以外が来たらどうするつもりなの!? 色々丸出しだし、丸見えだから!!」



 ぷんすか言いながら、シュリは他の人が来たら大変だ、とドアについている内鍵をかけた。

 そして、改めて何故かすっぽんぽんなアガサの方へ向き直った。

 彼女は全く隠すつもりは無いらしく、形のいい素敵な胸も、組んだ足の奥の秘密の場所も、正直丸見えである。

 目のやり場に困る、という状況はまさにこういう時の事だろう。



 「とりあえず足を組むのをやめようよ!? 簡単に人目にさらしちゃいけない場所が見えちゃってるから!」


 「え~? シュリしかいないし、いいんじゃない? 別に」


 「僕だからいいって、そういうもんじゃないでしょ!? 目のやり場に困るし、誰か来るかもしれないし」


 「大丈夫よ。さっき、シュリが鍵をかけてたじゃない。邪魔者は入ってこれないわ。2人きりよ?」



 さ、なにをしましょうか? 、とアガサが淫らに微笑む。

 離れているというのに、彼女の体臭が甘く香り、頭がくらくらした。

 ここにいるのが一般的な男性なら、きっと即座にアガサに襲いかかっているに違いない。

 それほどに、全裸でシュリを誘惑するように見つめてくるアガサは魅力的に見えた。

 ハーフでコレなのだ。夢の中で異性を誘惑して虜にする夢魔はどれほどのものなのか。



 (おっきくなっても、出来ることなら出会いたくないな)



 小さく身震いしそんなことを思いつつ、シュリはアガサが無意識に発するフェロモンにあらがう。

 あらがいながら、前よりもちょっぴりそういうことに対する抵抗力が落ちてるような気がして、何でだろうと首を傾げた。


 シュリは気づいていないが、シュリが女性の誘惑にちょっと弱くなった背景には、もちろん男の子的なお年頃問題も無いことはないのだが、それ以上にシュリが得た3つのマスター称号の影響力があった。


 乳首マスター、母乳マスター、そしてこの度手に入れた口づけマスター、この3つのマスター称号の効用に性欲上昇(小)がそれぞれついており。

 1つ1つは大した効果じゃなくても、なにごとも複数揃えばそれなりの効果が感じられるものである。


 そんなわけで。


 今のシュリは少々誘惑に弱くなっており、そんな時に劇薬指定(?)のフェロモン垂れ流しのアガサの部屋に来てしまったのは、なんとも間の悪いことだった。

 といってもジェス達が先か、アガサが先か程度の差だったので、運がいいも悪いも無いだろうけれど。


 シュリは、気を抜いたらふらふらとアガサの胸に飛び込んでしまいそうな少々危うい自分を戒めつつ、周囲を見回し、アガサの荷物を探す。

 そこには、アガサが身につける為の下着があるはず、そう信じて。

 だが、シュリの考えることなどすべてお見通しだと言わんばかりに、アガサがにっこり微笑む。



 「シュリ?」


 「な、なぁに?」


 「私の荷物を探してるの?」


 「べ、べつに、そういうわけじゃ」


 「探してもいいけど、無駄だと思うわよ?」


 「無駄?」


 「ええ。換えの下着、持ってきて無いもの」


 「持ってきてない、って……。え、どうして!? 必要でしょ!? 下着は!!」



 驚愕の声を上げるシュリ。

 そんなシュリは、前世も含め、下着を持たずに旅行へ行くなんてことはしたことがなかった。



 「どうしてって、新しい下着は発注済みだったし、この旅の間に出来上がるって連絡ももらっていたし。機能がすごいとかデザインがすごいとか、ヴィオラから散々自慢されて羨ましかったのよね。届くのが楽しみだわ」



 アガサはそういってにっこり微笑み、無駄なことは止めて、早くこっちへいらっしゃい、とシュリを手招く。

 空気が動き、再び甘い香りが鼻腔を刺激し。

 シュリは、アガサの言葉に従ってしまいたいと思う己と、いやいや、待て待て、と制止する己との間で揺れ動く。

 普段なら余裕で勝利する理性が、今日はかなり攻め込まれていた。


 彼女の胸に顔をうずめ、彼女の手に身を任せたらどれだけ気持ちいいかと思う反面で、新たな下着を届けて貰うことが出来ればと、この場をどうにかやり過ごす為の算段をする。

 幸い、アガサが下着の発注をした相手はシュリの新たな眷属であり、その下着が出来上がっている事は先ほどこの目で確認した。

 あれをきちんとした下着認定していいものかどうかは、少々悩ましいところではあるが。


 ともすれば、ベッドで待ちかまえるアガサの元へ走っていってしまいそうな足を、機能不全を起こした理性で出来るだけ押さえつつ、シュリは新しく眷属になったレース好きの悪魔へ念話をつなぐ。



 『オーギュスト? 聞こえる』


 『ああ。きこえるぞ? どうした? ピンチか??』



 頭の中に淡々と響いたその声は、男性のものでなく女性のもの。

 1人になってもまだ、獣っ娘形態は解いていないらしい。

 その事を尋ねたら、



 『だって、シュリは男の姿より女の姿の方が好きだろう?』



 当然のようにそう返された。

 それじゃあ僕が女好きみたいじゃないか、と唇を尖らせて反論すると、



 『なら、男の姿の俺ともいちゃいちゃしてくれるのか?』



 再び問われ、シュリは筋肉たくましいオーギュストの胸に、ごつごつした腕で抱かれる自分を想像した。

 男性形態のオーギュストは格好いいし、嫌悪感はない。

 ない、のだが。


 やはり、抱っこされるなら柔らかくて優しい感触の女性に抱っこされたい、そんな風に思う自分は、やはり女好きと言われる部類に入れられてしまうのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、



 『抱っこはまあ、いいけど、ちゅーはいやかも』



 嘘をついても仕方が無いので、素直に答えた。



 『だろう? せっかくシュリの眷属になったんだから、可愛がってもらえないのは損だ。あっちの屋敷では色々説明が面倒だし普段通り過ごすつもりだが、この屋敷の中ではシュリがくれた女の姿で過ごすつもりだ』



 だから遠慮なく可愛がってくれ、真面目な声音でそう言われ、そんなオーギュストをちょっと可愛いと思いつつ、シュリは仕方ないなぁ、と笑う。



 『で。俺に用事があるんだろう?』



 別に俺の声を聞きたいという可愛い理由でも全然かまわないが。

 そんなオーギュストの言葉に、シュリはオーギュストに念話をつないだ理由をはっと思い出した。



 『あ、そうだった。あのね、オーギュスト。僕、いまアガサの部屋に来てるんだけど、アガサが裸で困ってるんだ』


 『うん? アガサというのは、俺の客だな? さっきシュリに見て貰った下着の発注者だが。そのアガサが裸で、シュリはその部屋にいる、と』


 『うん、そうなんだよ』


 『それは、あれだな? 据え膳とかいう、男のロマン的な……』


 『いや、ちがうよ!? 僕は食べる気はないからね!?』


 『そうなのか? 採寸の時に会っているが、目が覚めるような美人だったし、スタイルも申し分なかったはずだが、いったいなにが不満だ??』


 『不満は全くないし、オーギュストの言うとおり、アガサは美人さんでスタイルも抜群だけど、今は下着を身につけてきちんとしていて欲しい気分なんだよ!!』


 『それはあれか? どうせなら服も下着も自分の手で脱がせたい、的な』


 『ちがうってば。着せたいだけで、脱がす予定はとりあえず無いから!!』


 『着せたいだけ……。そうか、シュリは意外とマニアックだな。着衣せっ……』


 『着せるだけで、そういう事をする予定はないからね!?』


 『そうなのか?』


 『そうだよ!!』


 『そうか……。今後の参考に出来ると思ったのだが、残念だ』



 心底残念そうなオーギュストの声に、シュリは頭を抱えたくなった。

 だが、今は彼の協力が必要だ。



 『とにかく、出来上がった下着を持ってきて。出来るなら、もっと普通っぽい替えの下着も欲しいところなんだけど』


 『普通のやつもか。ぴったりとはいかないだろうが、近いサイズのものはあるだろうから探して持って行こう』


 『うん。お願い。あ、そう言えば、オーギュストは、おっぱいに興味があるんだよね?』


 『そう言われてしまうと語弊がある気がするが、興味は確かにある。他人の胸を揉むことは禁じられたが、今も自分の胸を揉んでいたところだ。くせになる感触だな、これは。今まであまり揉んでこなかったのが悔やまれるレベルだ』



 そんなオーギュストの言葉に、シュリは思わず首を傾げた。



 『あまり揉まなかったって、あっち形態のオーギュストは女の人にモテるでしょ?』


 『まあ、うんざりするくらいには、な。ただ、相手にあまり興味が持てなくてな。そう言う関係になっても常に受け身だったから、触られる方は経験豊富だが、触る方はあまり経験値を積んでいない』


 『ふぅん? そういうもの?』


 『そういうものだ。俺に関して言うなら。だがまあ、今はかなり興味がある』


 『そっか、ならよかった』


 『他人の胸は揉むな、と言われていたはずだが、どこかに俺の揉んでいい胸があるのか?』


 『ん~? 今まさに、アガサのおっぱいが揉んで欲しいと言わんばかりにむき出しなんだけど、僕はちょっと時間が無くてさ? だから僕の代わりに……』


 『わかった。理解した! 揉ませて貰おう。主であるお前の代わりに!!』



 すぐ行く、その言葉を最後に念話は切れた。

 よし、これで下着は届く、とほっと息をつく。後は、間に合ってくれるかどうかだ。


 オーギュストと念話している間にもシュリの体はじりじりとアガサに引き寄せられ、気がつけばベッドは目の前。

 アガサは、シュリが自分から飛び込んでくるのを待つつもりらしく、ベッドの縁に腰掛けていた体をベッドの上に移動させていた。

 早くいらっしゃいと誘うような眼差しに絡め取られ、シュリは己の手がベッドにかかるのを止められなかった。



 (あ~、これは間に合わないかな……)



 シュリが思い、とりあえずキスで時間を稼ぐか、と算段する。

 だが、ベッドにかかったシュリの手にぐっと力が入ったその瞬間、



 「待たせたな、シュリ」



 シュリの耳元でオーギュストの声が響いた。

 いつものバリトンとは違った魅力のアルトに耳をくすぐられ、呪縛が溶けたようにシュリの腕から力が抜ける。



 「大丈夫、そんなに待ってないよ。思っていたより早かったね?」



 振り向いてそう声をかけると、オーギュストはふっと笑い、



 「シュリの代わりに揉まねばならぬ胸が待っていると思うと気が急いてな」



 格好良さが全て台無しのそんな台詞を口にした。

 そしてそのまま、視線をベッドの上のアガサに……正確にいうならアガサの胸にろっくおんし、



 「あれが、俺が揉むべき胸か。なかなか揉みがいがありそうな胸だ」



 舌なめずりせんばかりの様子でそう言った。



 「あの先っちょも摘んでいいんだろうな?」


 「ど、どうかな? そ、その辺りは相談しつつ現場の判断でお願いします?」



 思ったよりもアグレッシブな発言に、若干引き気味に答えるシュリ。

 そんなシュリの耳に、アガサの声が届いた。



 「えーっと、シュリ?」


 「ん? なぁに?」


 「そちらの方は?」


 「ああ。オーギュストだよ。アガサも会ってるでしょ? 下着の発注と採寸で」


 「あ、そうね。会ってるわ。会ってはいるけど……。その時は男の人だった気がするんだけど、気のせいだったかしら?」


 「ああ、それね! 間違ってないよ?」


 「えっと、ぢゃあ、なんで?? って聞いていいかしら??」


 「ん~と、オーギュストは悪魔なんだ。ずいぶん昔に呼び出されて、そのまま野良で気ままにやってきたんだって」


 「悪魔。なるほど。じゃあ、生け贄を用意して受肉しなおした、ってところかしら?」


 「やだなぁ。違うよ。そんな血なまぐさい事、するわけ無いでしょ?」


 「え、ならどうやって?」


 「オーギュストを、僕の眷属にしたんだ。どうしてもってお願いされてさ」


 「眷属……。悪魔って、眷属に出来るものなの?」


 「さあ。でも、出来たんだから、きっと他の人でも出来るものなんじゃないかな?」


 「き、聞いたことないんだけど」



 そこのところ、どうなのかしら? と、目線で問われ、オーギュストはしばし考えたあと、生真面目な答えを返す。



 「まあ、普通は悪魔を眷属にしようなんて奴はいないな。悪魔を屈服させる力がある者であれば、出来ないことは無いとは思うが。まずは悪魔を屈服させることが難しいだろうな」


 「そ、そうよねぇ?」



 私が疑問を抱くのは当然のことよね!? とすがるような視線を向けられたオーギュストは、重々しく頷いた。



 「今のこの己の姿も含め、俺も驚いたがな。だが、まあ、シュリの規格外は今に始まった事でも無いらしい。だから、驚くのも今更な感じはある」


 「ま、まあ。私もシュリの規格外さの話はヴィオラからも聞いてるし、自分の目でも見てるから知ってるつもりではいたけど。でも、そうよね。上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンだって眷属に出来るくらいだもの。悪魔だって、まあ、なしじゃないわよね」


 「そうだな。シュリにはそれだけの器がある。そういうことだ。このタペストリーハウスに住居を得たくて眷属になったが……」


 「え!? そんな理由で!? 眷属になるって、もっと重要な問題じゃない!?」


 「ん? 重要だぞ? このタペストリーハウスは俺のワークスペースに最適だ。無駄に邪魔をする者が訪れる心配が無いからな。それだけでも十分な理由になるが、こうして女体を得るという得難い経験も出来たしな。ずっと自由気ままに生きてきたが、主を得る、というのもそう悪いものでもない。まあ、シュリが主だから言えることではあるが」



 言いながらオーギュストはシュリを愛おしそうに見つめ。

 熱のあるその眼差しに、シュリは少し居心地が悪そうに身じろぎをして、



 「えっと、その、お世辞はいいから。ね?」



 ちょっと恥ずかしそうにそう告げる。

 そんなシュリがまたツボだったらしく、女子なオーギュストはシュリの頭のてっぺんに艶やかな唇を押し当てた。



 「お前は可愛いな。可愛いし、いい主だ。女になりたてで、自分のも含め、女の胸という奴に興味がある俺のために、触っていい胸を用意してくれるしな」



 言いながらオーギュストの目がギラリと光り、アガサの胸へと向けられた。

 その言葉にシュリは苦笑して、



 「人聞きが悪いなぁ。アガサの胸は僕が用意した訳じゃないよ? 僕がここに来たときはもう用意されてたんだ。ただ、僕はこの後まだ行かなきゃいけない場所があるし。かといって、せっかく用意してくれたのに、なんにもしないんじゃ申し訳ないような気もするし」



 ねぇ? と、オーギュストを見上げ目配せをすると、その意を受けてオーギュストは力強く頷いた。



 「ああ。任せろ。あの胸の相手は、お前の代わりにちゃんと俺がつとめよう。お前の眷属としての初仕事だからな。気合を入れて揉んでおくと約束する」


 「え? え?? あの……シュリ??」



 話についていけないアガサが、説明を求めるようにシュリを見たが、シュリはにっこり微笑んで、



 「じゃあ、アガサ。後はオーギュストに任せて僕は行くね! 新しい下着も出来たみたいだから、しっかり試着させて貰ってね?」



 そう言い置いて、そそくさと部屋を後にする。



 「そう言うわけだ。安心しろ、同じ女同士だ。優しく試着のサポートをつとめよう。少し胸を触ってしまうかもしれないが、その点は許してほしい」


 「し、試着のサポート?? い、いいわよ? 自分でつけられ……って、こらぁ。いきなり胸を鷲掴みにして、サポートもなにも無いでしょお!?」


 「いや、サポートだ。こうやって、寄せて上げてだな……」

 「寄せて上げてもなにも、思いっきり揉みしだいてるでしょうが! っん、ちょ、こらっ。どさくさに紛れて摘むんじゃないわよっ!」


 「む、すまん。指が滑った」


 「指が滑ったレベルじゃないわよ、それ! ぁん、んっ……だからぁ!!」



 アガサの甘い声混じりのやりとりを聞きながら、シュリはそっとドアを閉める。

 そして気持ちを改めて、ジェスとフェンリーの部屋に向かうのだった。



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