第337話 やっぱりキスが好き

 「……キスが好きだとは思ってたけど、思ってたよりずっと、僕ってキスが好きだったんだなぁ」



 想定よりもかなり楽しんでしまったジェスとのキスを思い出しつつ、シュリは己のキス好き度合いを改めて自覚する。

 元々、小さい頃から嫌いじゃなかった。

 最初のキスは確かミフィーで。

 母親との他愛ない親子のスキンシップで、父親のジョゼもシュリにキスすることを好んでいた。


 生まれた当初は日本人的感覚が色濃くて、キスで始まりキスで終わるような日々が少し落ち着かなかった。

 だが、それもすぐに慣れてきて。

 この世界はヨーロッパ的なスキンシップの世界なんだ、と受け入れるまでそこまで時間はかからなかった。

 親子間でも唇同士でキスをするような世界なんだ、と。


 それから成長するにつれ、色々な人と出会い、キスする相手も増え。

 挨拶と称するには少々刺激が強すぎるキスも数え切れないほど体験した。

 大人なキスは気持ちいいけど、それほど必要なものかな、と最初の頃はそんな風に思っていた。


 けど、そんなキスが日常になり、最近はそういうキスが無い日が続くとなんだか落ち着かない。

 とはいえ、日常的にシュリの唇を狙うハンターが最低でも5人はいるので、そういうキスがない日の方が珍しいのだが。


 そんな日々が日常だったのであまり意識したことがなかったが、シュリはだいぶキスが好きらしい己を先ほどの一幕で再確認した。

 常日頃、受け身のキスが多いので自覚しにくかったのだが、攻めに転じた自分は思っていた以上にノリノリで攻め攻めだった、と。

 とはいえ、昔からそういう傾向がある事には何となく気づいていたのだが。


 ちょっと自重しよう……シュリは先ほどの自分を反省しつつ、そんな風に思う。

 ジュディスがその心の声を聞いたなら、自重は一切いらない。むしろもっと羽目を外していただきたい、と声を大にするだろうし、それに賛同する愛の奴隷の声の四重奏も騒がしいだろうが、シュリの自重を全力で止めようとする彼女達は今、ここにいない。

 それどころか、アガサとジェス、フェンリーもそれぞれの部屋に案内してきたばかりでおらず、今この場にいるのはシュリと玄関までシュリ達を迎えにきたポチだけだった。

 役得、とばかりに嬉々としてシュリを抱っこしていたポチは、



 「シュリ様はキスが好き、なんでありますか?」



 きょとんとした顔で、シュリに問いかけた。



 「ん~。そうだなぁ。思ってたより好きだったみたい、だよ?」



 誤魔化しても仕方がないので素直に答えると、



 「そうなんでありますね~。ジュディスさん達も好きみたいでありますし、いいものなんだろうなぁ、とは思うでありますが。ポチとしましては、シュリ様をぺろぺろしたり、頭とかお腹を撫でて貰った方が気持ちいいような気がするでありますよ。キスっていまいち分からないであります」



 全く解せないと言わんばかりの様子で、ポチが首を傾げた。

 そんなポチの言葉と様子に、シュリははっとする。

 そういえば、ポチ達ペットとは、キスをしたことが無かったかもなぁ、と。


 改めて思い返してみると、ポチもタマも、元が獣形態な為か、キスという行為にあまり重きを置いていない。

 イルルはちょっと興味があるようだし、ポチとタマだって少しは興味を持っているようだが、彼女達はもっと別のスキンシップを好んでいた。


 イルルはお気に入りのブラシでのブラッシングと、シュリに抱っこされて頭を撫でて貰うのが好きだし。

 タマは、シュリを抱き枕に昼寝をする事を何よりも好んでいる。

 ポチは、元が犬科(?)なせいか、シュリを舐めるのが好きだ。

 後はイルルと同様ブラッシングと頭を撫でて貰う事も好きだし、降参ポーズでお腹を撫でて貰うことも好んでいた。


 ペット達とのスキンシップについては、シュリもそれで十分満足していた。彼女達とキスをするなんて考えてもいなかった。

 なのに。

 キスっていまいち分からない……そんなポチの言葉が、シュリの心のなにかのスイッチを押した。


 分からないなら教えてあげようか、なんて気持ちがわき上がり、気づけばシュリはポチの唇をじっと見つめていた。

 心の奥底からわき上がるその衝動をなんていっていいのか、シュリには分からない。

 だが、ムラムラする、っていうのはこう言うことかもしれないって、そんな気もする。

 思えば昔から、時々こういう衝動はあった。

 今よりずっと弱く、わかりにくいものではあったが。


 小さい頃は弱々しかったその衝動は、年を経て少しだけ成長しその存在を主張する。

 あらがえない訳じゃない。あらがいたくはないが、あらがえる。

 相手が嫌がる気配を少しでも感じたなら、きっと押し込められる。今はまだそれほどの苦労なく。

 でも、この衝動が年と共に順調に育っていったとしたら。

 己の意志で押さえるのが困難なほど育ってしまったら。

 その事が少しだけ怖かった。



 (で、でも、世の中の男性が全員犯罪者なわけじゃないし、みんな押さえてる衝動なんだから、大丈夫、だよね?)



 大丈夫なはずだ、と己に言い聞かせる。

 言い聞かせながらも、シュリの目はポチの唇から離れなかった。

 いま思えば。

 さっきのジェスへのキスも、普段は胸の奥に隠れている衝動が作用してた、ような気がする。



 (僕、前よりエッチになっちゃったのかなぁ)



 ちょっと不安になる。

 女子としての経験は29年分あるが、男の子としての人生はようやく7年目にさしかかるほどのものでしかない。

 しかも女子の時の自分はそう言うのに淡泊だったし。

 まあ、この程度の事は、前世の記憶など無く普通に少年として育っていれば、気にすることもないくらい普通の事なのだろうけど。



 「シュリ様?」



 考え込んでいたシュリの様子をうかがうように、ポチがシュリの顔をのぞき込んでくる。

 シュリは手の届く距離にある彼女の頬に手を伸ばし、優しく撫でた。



 「キスもそんなに悪くないよ? してみる?」



 イヤだと言われたら止まるつもりで、最後の選択をポチに託す。

 聞くまでもなく、その答えは決まっていたようなものだが。


 問われたポチは、狼耳をぴんっと立て、頬を少し赤くした。

 うろたえたようにその目をさまよわせ、だがすぐにその視線はシュリの唇の上へ固定される。

 それから、甘くとろけた瞳が乞うようにシュリの瞳を見つめ、そっと伏せられた。


 経験は無くとも、シュリ絡みのキスシーンは何度も目撃していた為、キスの作法はそれなりに分かっているようだ。

 可愛いペットの無言の求めに、シュリは笑みを深める。

 ポチの頬に沿わせていた手の指先で、彼女の唇をなぞり、



 「いい子だね、ポチ」



 そう褒めた後、ポチの唇をついばむようにキスをした。



 「こ、これがキスでありますか? シュリ様の唇は柔らかくて良いものでありますが、ポチはやっぱり頭なでなでの方が……」


 「まだだよ、ポチ」


 「ふぇ? ……っんぅ」



 最初の触れ合いでキスが終わったと勘違いした言葉をさえぎり、シュリは再びポチの唇を己のそれでふさいだ。

 今度はさっきよりも深く。

 そうしてしばらくキスという行為の攻防が続き。

 最後には、ほぼ防戦一方だったポチが甘い声と共にその身を震わせて、壁に背を預けたままずるずると座り込んでしまった。



 「……ひゅ、ひゅりさまぁ」


 「ん?」


 「き、きしゅって、しゅごいものでありまひゅね」


 「でしょう? また、する?」


 「は、はひぃぃ」



 頬を色っぽく上気させ、初めて体感した刺激に半ば目を回しているポチを満足そうに見上げ、その瞳を細めた瞬間だった。


・キスの技量が一定値を越えたため、[口づけマスター]の称号を手に入れました!


 そんなアナウンスが流れた。

 シュリは一瞬固まり。次いで、えええええぇ~? と心の中で声を上げる。またそんな称号、と。

 だが、すぐに思い直した。



 (あ、でも、乳首とか母乳のついたマスター称号よりずっとましか……)



 と。

 軽く達してしまったらしいポチが復活するまでもう少し時間がかかりそうだったので、その隙間時間を使って新たなマスター称号の説明に目を通しておく。



[口づけマスター]

 口づけ(キス)だけで女をイかせる技量を磨き上げた強者の称号。

 口づけ(キス)が上手くなり、口づけ(キス)だけでも女性をめくるめく世界へお連れできる。

 性欲上昇(小)、精力上昇(小)、体力上昇(小)の付加効果あり。



 基本的には他の口に出したくないマスター称号と同じような効能のようだ。

 まあ、性欲やら精力上昇の付加効果は正直いらないが、キスだけで女性を満足させる事が出来るのは、愛の奴隷を5人も抱えている身としては非常にありがたい。

 ルビスとアビスはまだそこまでじゃないが、ジュディスとシャイナとカレンの3人は、最近キスだけで満足という訳にはいかず、ちょっと色々大変になりつつあったから、これで一安心だと胸をなで下ろす。

 正直、そっち方面のマスター称号で、これほど嬉しかったのは初めてだった。


 キスをすることは好きだし、愛の奴隷の満足度もきっちり稼げるし。まさにウィンウィンである、といっても過言ではないだろう。

 そんなことを考えつつほくほくしていると、ようやく復活したポチが、シュリを抱えたままよろよろと立ち上がった。



 「お、お待たせしたであります」



 そう言って、よちよちと歩き出す。

 そんなポチが気の毒になり自分で歩くと申し出たのだが、ポチがそれを受け入れる事はなく。



 「うううぅぅ~。どことは言えないでありますが、ぬるぬるして気持ち悪いでありますぅぅ」



 そんなバレバレなことを、呟くというには少々大きな声で呟きつつ、ポチは目的の場所を目指して歩く。

 こうしてポチは、イルルやタマより一足先に、大人への階段を1つ登ったのだった。


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