間話 服屋のおじいさんからの手紙①

 予期せぬタイミングで発情してしまったアビスをどうにかなだめた結果、ずいぶん前に獲得した[母乳マスター]なる称号が望まぬ大活躍。

 更にその日の夜、マル秘情報を妹から聞き出したルビスから、[母乳マスター]の行使を強要され。


 結果、[母乳マスター]の、[ごく稀に相手の固有スキルを入手出来る]という効能により、アビスからは[重力操作]を、ルビスからは[筋力操作]を入手する事が出来たのは、まあ、不幸中の幸いだった。


 が、ルビスといたしている最中にジュディス・シャイナ・カレンの乱入があり、自分達の母乳も吸って欲しいと求められ。

 断り切れずに、全員のおっぱいを魔力枯渇寸前まで飲んで飲んで飲んだせいで、お腹がたぽんたぽんなるという悲劇にみまわれた。


 母乳を飲まれて魔力枯渇とはなんぞや、と思う人もいるだろうから説明しておくと、[母乳マスター]により作成される母乳は、通常の母乳と違い、魔力から作られるらしい。

 よって、元々の魔力量によって、出やすさは違うようだ。


 ジュディスやシャイナやカレンのおっぱいとの付き合いは長いのに、今までおっぱいがわき出た事が無かったのは何でだろう、と疑問に思ったが、恐らく彼女達の魔力量がそれほど多くなかったせいだろうと思われる。

 その為、どうしても出そうと努力しなければ出てこなかっただけのようだ。

 逆に、ルビスとアビスは魔人の血を引くために元々の魔力量も多く、ちょっとの刺激でも母乳を出しやすい土壌があった、そういうことらしい。


 ちなみに、ルビスとアビスからは固有スキルをゲット出来たが、他の3人からは特に新たなスキルを得ることは無かった。

 ジュディスとシャイナとカレンの3人にめぼしい固有のスキルが無いのか、それともスキルをゲット出来るほどに母乳……いや、魔力を接種出来なかったからか、その辺りはちょっとわからなかったが。


 ルビスとジュディス、シャイナとカレンの4人を相手に、朝まで励まざるをえなかったシュリは、疲れた顔でそんなことを考えた。

 昨日の昼間にシュリとの触れ合いを堪能しきったアビスが乱入してこなかった事だけが幸いだったと思いつつ、シュリは襲い来る眠気と戦いながら朝食の席で口を動かす。


 今すぐにでも寝てしまいたいところだが、シュリももう何も出来ない赤ちゃんではなく、もうすぐ始まる学校生活に向けての準備やら細々した用事やらでそれなりに忙しい。

 頑張っても、お昼寝の時間までは寝ている暇は無さそうだった。


 ふぅ、と小さな吐息を漏らしつつ、シュリは己の為に給仕をしているルビスの様子をちらりと伺う。

 ルビスだって朝までほとんど寝てないくせに、ツヤテカなほっぺで妙に元気だ。

 それは、彼女と同じく、メイドとしてシュリのお世話に動きまわっているシャイナも同様で。

 恐らく、この場にいないジュディスやカレンも2人と同様、元気に動き回っていることだろう。


 本当に、実に、女性というモノは元気な生き物である。


 前世・女、今世・男のシュリは、しみじみとそんなことを思う。

 前世の自分はこんなにパワフルじゃなかったぞと、そんな風にも思いつつ。



 (前世の僕って、どっちかといえば大人しめだったよね? あ、でも、周囲の女の子達はやっぱりパワフルだったかもなぁ)



 思えば、親友の桜もクールだったが行動的だった。

 もしかしたら、のんきな女子は自分だけだったのかも、と浮かび上がってきた新事実に驚愕する。



 (昔も今も。僕は結局、パワフルな女性に叶わないって事なんだろうなぁ)



 己が押しに弱い人間だということを再確認しつつ、シュリはどうにかこうにか朝食を終えた。

 次の予定の前に一旦部屋へもどりくつろいでいると、控えめなノックの音と訪れを告げる声。



 「シュリ様、アビスです。入ってもよろしいですか?」


 「アビス? もちろんだよ。どうぞ」



 入室を促すと、昨日の昼間の乱れようが嘘のようにきっちり執事服を着込んだアビスが入ってきた。

 彼女は洗練された仕草で頭を下げると、シュリの側に歩み寄り、膝を落として己の小さな主へと熱の籠もったまなざしを向ける。


 今のシュリは、にこにこ顔のジュディスの膝の上。

 いくらいらないと言っても、彼女達は常にイスとシュリの間に挟まりたがる。

 そんなわけで、シュリの休憩時間には熾烈なイス係争奪戦が執り行われるのが常となっていた。


 その勝負方法は日々様々だが、今日はあみだくじで覇は競われ、その勝利を射止めたのはジュディスである。

 正直理解しきれないが、シュリを膝に乗せた彼女達が余りに幸せそうな顔をするので、ついつい流されるまま彼女達の膝に座ってしまうシュリは、正しく押しに弱い人間、であった。


 アビスは、シュリのイス役を勤めるジュディスをほんの一瞬うらやましそうに見つめ、それから気を取り直したように持参してきた封書をシュリに差し出した。



 「シュリ様宛にお手紙です」


 「僕に、手紙? 誰からだろう??」



 王都に来たばかりのシュリには、王都の知り合いが少ない。

 その数少ない知り合いには挨拶周りをしてきたばかりだし、わざわざ手紙を送ってくる相手に覚えはなかった。

 もしかしてアズベルグからかなぁ、と思いながら封書を受け取り、封蝋の下のサインに目を落とす。

 が、そこに書かれていたのは個人の名前では無かった。



 「んん? 貴方のお洋服屋さんよりぃ??」



 洋服屋さんの知り合いなんていたっけ、と首を傾げながら封を開け、その中身に目を通す。

 読み進め、「お持ち帰りいただいた着ぐるみはお役に立ちましたか?」のくだりでやっと、前に王都に来たときにヴィオラと一緒に入った服屋さんからの手紙だと分かった。

 品の良さそうなおじいさんの顔を思い浮かべ、シュリは頷き、更に読み進める。


 だが、ある1文を読んだシュリは、きゅうっと首を傾げた。

 読み間違いかなぁ、ともう1度慎重に目を通し、結果、読み間違いではないという結論に達したシュリは、傍らのアビスの顔を見上げた。



 「アビス、王立学院って、制服があるんだっけ??」


 「はい。ですが、必ず身につけなければいけないものでもないようです。制服に関して問い合わせましたが、シュリ様のサイズの制服の用意がないようで、私服での登校を勧められました」


 「ふぅん。そうなんだ」



 頷きながら、シュリは再び手紙に目を落とし、それから改めてアビスの顔を見上げる。



 「えっと、どこかの服屋さんに、僕の制服を発注したりなんかは……?」


 「いえ。特には。あ、もしかして、制服で学校に通いたかったですか? でしたらすぐに付き合いのある服飾店に連絡を……」


 「いや、僕は別に私服の登校でもいいんだけど……」



 シュリは困惑したように答えつつ、己宛の手紙を、アビスに向かって差し出した。



 「えっと、僕の身体に合わせた制服を、作ってくれたみたい、なんだよね」



 1回会っただけの人なんだけどなぁ、と不思議そうな顔をするシュリ。

 シュリがアビスに向かって差し出す手紙、その中の1文にこう書かれていた。

 僭越ながら、シュリ様の身体にあう王立学院の制服をご用意しました。よろしければ一度当店に足をお運び下さい、と。



 「……なるほど。この服屋はシュリ様のお知り合いですか?」


 「知り合い、というか、1度だけ利用したことがあるんだ。前回、おばー様と王都に来たときに」


 「ふむ。では、その時にシュリ様に目をつけたと、そういう事ですね。ご安心下さい、早速始末してきます」



 物騒なことを言いながら立ち上がった己の執事を、



 「ちょ、ちょっとまって、アビス!」


 「ご安心下さい。シュリ様に目を付けるとはいい度胸です。生まれてきたことを後悔させてやりましょう。カレンとシャイナに声をかけて行きます。彼女達も中々の戦力ですから。念の為、お姉様にも声をかけておきますか」


 「いやいやいや、全く安心出来ないし! この手紙は、僕の為に洋服を作ってくれたっていう、親切な申し出でしょ? それなのに、何でそうなるのさ」


 「シュリ様。人の過剰な好意には裏があるものです。純真なシュリ様には、少々理解しがたいかもしれませんが」


 「いやいや、僕だってそれくらい分かるって。その好意が受け取って良いものか、ダメなものかってことも、いつだってちゃんと検討してるよ。その上で判断してるんだ」


 「そう、ですか?」


 「そうだよ。そうやって守ってくれる気持ちは嬉しいけど、少しは僕を信じて欲しいな。ねぇ、ジュディス」



 そう言ってシュリは、己のイスに徹しているジュディスに話を振る。



 「そうですね。シュリ様は幼い頃から他人の欲望にさらされているせいか、よこしまな欲望というものへの危機察知力は中々のものです。その服屋も、シュリ様が大丈夫とおっしゃるなら、まあ、大丈夫でしょう。とはいえ、アビスが過剰に反応する気持ちも分かります。シュリ様がその服屋にお会いになったのは過去に1度だけ。なのに、現在のシュリ様の服のサイズをなぜ知っているのか、というところに疑問はありますし、どうやってシュリ様の所在を知り、更に、シュリ様が王立学院に入学するという情報を知り得たのか、という点はかなり怪しい、とは思います。ですが、シュリ様が悪い人物ではないとおっしゃるなら、その人物は少なくとも根っからの悪人では無いはずです」


 「そう、でしょうか?」


 「ええ。シュリ様の人を見る目は確かですから。ですが、得体の知れない相手であることは確かです。ですから、備えだけはしっかりして訪問しましょう。ヴィオラ様は、本日は?」


 「ヴィオラ様は、たまにはホームに貢献しないといけないということで、スベランサに。数日留守にするそうです。シュリ様の入学式までには必ず帰るとの事でしたが」


 「なるほど。ヴィオラ様に付き添って貰うのがベストでしたが、いないのなら仕方ないですね。ヴィオラ様の代わりに、アビス、貴方が付き添って下さい」


 「私だけで、大丈夫でしょうか?」


 「ええ。不安ならカレンも連れて行ってかまいませんが、シュリ様の身には精霊が5人宿っています。防衛力に問題はないでしょう。貴方にはむしろ、何らかの問題が発生した場合の交渉役を」


 「交渉役……わかりました」


 「くれぐれも短気を起こしてはいけませんよ? シュリ様の迷惑になります」


 「はい。気をつけます」



 ジュディスの言葉にアビスは頷き、こうしてシュリはアビスと2人で服屋のおじいさんを訪ねることになったのだった。

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