間話 『猫の遊び場亭』改め『キャット・テイル』にて②

 シュリの声に、



 「あ、いらっしゃいませ。美女のもてなしの宿、キャット・テイルにようこそ。お触り厳禁、エッチなおもてなしもありませんので、その点、ご了承の上、ご宿泊下さいね!」



 元気にそう返してきたのは、ナーザでもジャズでも無かった。

 初めて見る顔に目をぱちくりして、



 (従業員、いたのかぁ。いや、新しく雇ったのかな?)



 そんな風に思いながら、シュリはアビスの腕の中で小首を傾げる。



 「美女のもてなしの宿? びじょ??」



 以前宿泊したときは、そんなお迎えの言葉は無かったはずだ。

 とはいえ、前回シュリ達を迎えてくれたのは強面のハクレンであり、美女のおもてなし、と言うよりは、野獣がスリルいっぱいにおもてなしする宿、と言った方がしっくりくる感じだったが。


 別に『美女』という点にもの申したいわけではなかったのだが、シュリの言葉に目の前の女性が目に見えて慌て出す。



 「え、えーっと、別に私が美女と言い張ってる訳じゃなくて、ですね。といっても美人が全くいない訳じゃなくて、オーナーもその娘さんも文句なく美人さんではあるんですが、今はたまたま私が受付に立つ時間ってだけで……あ、オーナー、呼んできますよ!? ちょーっと待っててくれれば今すぐにでも!!」



 黒髪に黒い瞳の、ちょっと懐かしい色合いの彼女は、その頭にリアルうさ耳を装備している。

 ぶっちゃけ、どうして自分を美人じゃないって思ってるんだろう、と疑問を持つくらいには美人さんだった。


 うさ耳ももちろん気になるのだが、それ以上に目を惹かれるのは彼女の持つ色。

 フィフィアーナの隠密も同じ色彩を持っていたが、恐らく目の前の彼女も姫の隠密も極東の出身なのだろう。


 ジュディスの英才教育で、各地域の情報を叩き込まれているシュリは、当然、極東と呼ばれる辺境の地についての知識も持ち合わせていた。

 極東に住む人々の色彩は一様に濃い目で、黒髪に黒い瞳という色合いが一般的なのだとか。

 かの地には米もあるという情報もあり、もしかして日本じゃないの? という疑問がついて回るその場所は、シュリのいつか行ってみたい場所リストにしっかり入っている地域でもあった。



 「えっと、オーナーってナーザの事だよね? だったら呼んできて貰ってもいいかな? もし、ジャズもいるならジャズも一緒に。あ、でも、お姉さんはちゃんと美人さんだから、そこは心配しなくても大丈夫だよ??」



 目の前のお姉さんの懐かしさを感じる容姿に胸をほっこりさせつつ彼女の提案に頷き、だがフォローの言葉もきちんと織り込んでおく。

 シュリの言葉に、お姉さんはちょっとびっくりしたように目を丸くして、



 「あれ? お客さん、ナーザさんとジャズの知り合い?? っていうか、面と向かって美人って言われると、なんだか照れるわね」



 それからほんのり頬を赤く染めた。



 「ジャズは友達で、ナーザはおばー様の友達だよ。この春からしばらく王都に滞在することになったから挨拶に来たんだ」


 「ふぅん。そうなのね……って、なに!? この言いようのないトキメキは! はっ! もしかして、君、シュリ君、でしょう!?」


 「ん? そうだけど」


 「やっぱり……」


 「お姉さん、僕のこと知ってるの? 会ったこと、あったかなぁ?」


 「会ったことはない、けど、知ってはいる、かな」


 「ふぅん? そうなんだ?? あ、ナーザとジャズから?」


 「……ええ。会えば分かる、かぁ。確かに、これは会ってみないと分からないわ」



 まさか、こんな子供にトキメくなんて、とか、私にこんな趣味があったとは、とかブツブツ言ってるお姉さんを、シュリは生温かく、アビスは冷たく見守る。



 『大丈夫ですよ、シュリ様。危険そうなら即座に排除しますから!』


 『は、排除。か、過激だね……えっと、アレはたぶん大丈夫なヤツだから、そのまま大人しく見守ってて?』


 『そう、ですか? ちょっと不気味ですが』


 『あ~、うん。大丈夫。良くあることだし』


 『良く、ある、ですって?』



 念話で危険なことを言い出したアビスに苦笑しつつ、シュリはいい機会だからちょっとした新人教育をしておくことにした。



 『そう。よくあるんだ。でも、身に危険を感じることは滅多にないよ? 大抵は無害だから。それに、こう見えて僕は強いからね。並大抵のことじゃ傷つかないし、何かあっても自分で対処出来る。ジュディス達にも言ってあることだけど、みんなには僕を守ろうとするばかりに先走って、無駄に人を傷つけるようなことだけは避けて貰いたいんだ。でも、どうしようもない場合、例えば自分や仲間の命が危ない時はもちろん例外だよ? その時は、全力で抵抗して構わない。責任は僕がきっちりとってあげる。全然迷惑じゃないから、僕に迷惑をかけるとか、無駄なことは考える必要も無いからね? なにがあっても、みんなのことは僕が必ず守るから』



 念話で長々と、言いたいことを言い終えてアビスの顔を見上げれば、赤く上気した頬の彼女は潤んだ瞳をシュリへと向ける。



 『もったいないお言葉です。かなりキュンときました……が、それでは我らの立つ瀬がありません。主であるシュリ様にぬくぬく守られてのびのびしているようでは、我らの存在意義がないじゃあないですか!』


 (みんな、ぬくぬく守られてのびのびしてるけどなぁ)



 新人らしいアビスの堅さに口元を緩めつつ、シュリは思う。

 ジュディスもシャイナもカレンも。

 古参の愛の奴隷3人は、決めるべきところはきっちり決めてくるが、それ以外の時はかなりゆるゆるだし甘々だ。


 でも、シュリはそれで良いと思っていた。

 正直、シュリを守る戦闘力は過剰なくらいあるのだ。

 その身に上位精霊を5人も宿し、ペット(眷属ともいう)は炎の上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンに神獣と呼ばれることもあるほどの強大な力を持つ魔獣、フェンリルと九尾の狐が1頭ずつ。


 もし、それが無くともシュリのレベルはもの凄く、生半可な相手に不覚をとることはないだろう。

 シュリが愛の奴隷に求めるのは戦闘力それ以外。

 といっても、みんなが過剰に与えたがるエッチ方面の役割ではもちろん無く、それぞれの得意分野を頑張ってくれればそれでいい、そう思っていた。



 『いいんだよ、それで。側に居てくれるだけで、十分僕の助けになってくれてるから』


 にっこり笑ってシュリは念話でそう伝える。

 もちろん建前などではなく、本心からの言葉だった。


 愛の奴隷という存在は、なにもしないようでいて常に主であるシュリの為にどう行動すべきかということを考えているものだ。

 いやな言い方ではあるが、シュリのスキルによってそういう風に作り替えられてしまったのだろう。

 もちろん彼女達に、その自覚は無いようだが。


 そんな彼女達の無意識には、恐らく主を守り立てていくという使命のようなものが刷り込まれている。

 更に、決して主を裏切らないように、主だけを愛するように心さえも作り替えられた存在、それが愛の奴隷だった。


 彼女達の全てはシュリの為にある。


 全てをシュリへ注いでくれる彼女達への愛情は、シュリの中に確かにあり、シュリはいつだって彼女達の笑顔と幸せを願っていた。

 側にいてくれればいい、それはシュリの本音だった。


 もし彼女達が何の役にも立たない存在であったとしても。

 実際のところ、彼女達はみんな、非常に有用で有能な者が揃っている訳だが、もしそうじゃなかったとしても、シュリの愛情は変わらないだろう。


 彼女達はもう、シュリの中では家族同然。

 それは、彼女達が求める愛情とは少し種類の違うものかもしれないが、母親であるミフィーに向けるものに決して劣るものでは無かった。



 「……えーっと、シュリ君? 聞いてる??」



 遠慮がちにかけられた声にはっとしてそちらを見れば、まだ名前を知らないその人は、小首を傾げてこちらを見ている。

 どうやら、内の会話に集中しすぎて彼女の言葉が耳に届いていなかったようだ。



 「あ、ごめんなさい。もう1回、いいかな?」



 シュリは苦笑し、リピートをお願いする。

 聞いてないことに対して、安易に同意の返事を返すのは危険だ。

 目の前の女性は悪い人には見えないが、きちんと話を聞かずに返事をするのは失礼だろう。

 シュリの言葉に彼女は頷き、



 「やっぱり聞いてなかったのね。まあ、大した話はしてないんだけど」



 そう言ってクスリと笑った。



 「どこから聞いてなかったのか分からないけど、えーっと、そうね。返事が欲しい内容だけ、もう1回聞いて貰おうかな。えっと、今からナーザさんとジャズを呼んでくるから、ちょっと食堂で待ってて貰える? 食堂の扉は開いてるし、夕食の時間までお客さんは来ないから、中で適当に座ってて」



 言いおいて、お姉さんは階段へと向かう。

 その背中に、シュリは慌てて声をかけた。



 「あ、お姉さん!」


 「ん? なぁに??」


 「あの、お姉さんのお名前は?」


 「ああ、自己紹介がまだだったね。私の名前はサギリ。ちょっと前からこの宿で厨房を担当しているの。よろしくね、シュリ君」



 そう言ってにっこり笑い。

 彼女はそのまま軽やかな身のこなしで階段を駆け上がっていった。

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