第281話 王都への旅路はお約束がいっぱい④

 シェルファの風に乗ってしばらく空を飛び地上を見下ろすと、小規模な獣の群れが走っている姿が見えた。

 恐らくあれが[レーダー]で見た群れだろう。


 シュリの思った通り、この群れは迷子の狼の群のようだ。

 群れの戦闘を走る立派な体躯の狼、その姿は馬車に置いてきた狼と良く似ていた。


 シェルファに合図し、彼らの前に下ろして貰う。

 シュリの姿を認めた彼らが足を緩めるのが分かった。

 手を振るシュリの前で、巨大な狼が足を止め、様子を伺うように己より遙かに小さい存在を見つめる。

 シュリは恐れる様子もなく、目の前の大きな姿を見つめた。



 「こんにちは。僕の名前はシュリ。貴方達は、誰かを捜してる。そうでしょ?」



 狼達は、シュリの言葉に耳を傾けているようだった。

 特に先頭の大きな狼は、確かな知性の宿る瞳で不思議な者を見るようにじっとシュリに目線を定めている。

 お前は何故恐れない?、とでも言うように。

 あるいは、どうしてその事を知っている、と問うように。



 「僕は貴方達の探している狼を知っている……と思う。僕達の馬車まで来てくれれば会わせてあげられるけど、ついて、くる?」



 小首を傾げて問えば、狼はその言葉が真実かを問うようにその鼻面をシュリの方へ寄せ、じっと見つめてきた。その瞳の奥の真実までも見通すように。

 シュリは目を逸らさず、微笑んだ。



 「必要ないならもう行ってもいいよ? でも、もし、必要ならついて来て。案内する。……シェルファ、お願い」



 近くで待機していた風の精霊の名を呼べば、シュリの身体はすぐに空中に抱きあげられた。

 それを狼達が目で追いかける。



 「僕は空をいく。見失わないで」



 そう言い置いて、シュリはシェルファの腕に抱かれたまま空を駆けた。

 狼達は強靱な四肢でその後を遅れずに着いてくる。

 シュリは適度な距離を保ちつつ、空を滑るように進み、そしてそれほど時間もかからず元の場所まで戻ってきた。



 「ただいま、みんな」


 「お帰り、シュリ」


 「「「お帰りなさい、シュリ様(君)」」」


 「お帰りなさいませ、坊ちゃん」



 みんなに出迎えられ、シュリはにっこりと微笑む。



 「これからお客さんが来るけど驚かないで。あの狼君は?」


 「馬車よ。まだ眠ってる」


 「分かった。ありがとう、おばー様」



 シュリは答え、林から駆けだしてきた狼の集団を待つ。

 先頭の巨大な狼がシュリの前に足を止めると、仲間達の間に緊張が走った。


 だが、本気でうろたえているのは、シュリの強さを全く知らない御者のおじさんだけだ。

 ヴィオラはどこか面白そうに見守っているし、ジュディスもシャイナもカレンもちょっと心配そうではあるが落ち着いている。



 「良かった。着いてこられたね。貴方達の探している子は、ご飯を食べて眠ってる。一緒に馬車までくる? それともここへ連れてこようか?」



 小首を傾げて問えば、大きな狼は前に行きたい素振りを見せた。

 シュリはそれを察して、狼の前に立って歩き始める。

 眠っている迷子の狼のいる馬車の方へ向かって。


 馬車の前で足を止め、扉を開く。

 大きな狼は、伺うようにちらりとシュリを見てから馬車の中に鼻面をつっこんだ。

 しばらくして満足したのか、狼は馬車に突っ込んでいた顔を引き抜くと、感謝するようにシュリを見つめた。


 そして。


 ほんの一瞬、狼の巨体が輝き、次の瞬間、そこには紛れもなく人間の女性が立っていた。

 銀色の髪をたてがみの様になびかせた、妙齢の美しい女性が。


 服を全く身につけていないというのに、恥ずかしがる素振りはまるでない。

 彼女の余りに堂々とした様子に、シュリの方が逆にぽかんとしてしまうくらいだった。



 「やあ、少年。あれは確かに我が愚息だ。息子が、世話になったな」


 「え? あ、ああ。やっぱりあの子は貴方の探し人だったんだね。良かった。それで、貴方は、えーっと」


 「ん? 私の名か? そうだったな。君の名前はもう聞いていたんだった。確か、シュリ、だったか。名乗るのが遅れたが、我が名はアンドレア。アンドレア・シュルーゲンだ」


 「アンドレア、さん?」


 「アンドレアと呼べ。特別に許そう。我が息子の、命の恩人だ」


 「命の恩人だなんて大げさだよ。僕はただ、お腹を空かせていた迷子にご飯をあげただけなんだから」


 「謙遜するな。見ず知らずの他人……それも凶悪そうな獣相手に手を差し伸べるなど、中々出来ないことだぞ? そう言えば、お前は獣身の私を前にしても全くひるむ様子を見せなかったな。肝の強い子だ。その年齢にしては見所がある。頼もしい奴だ。我が息子の友人に欲しいくらいだぞ」


 「彼が友達になってくれるって言うなら喜んで。僕、男友達ってあんまりいないんだ」



 アンドレアの言葉に、ちょっぴり虚勢を張った返事を返す。

 正直、シュリに男友達なんて出来た試しがなかった。


 初等学校の隣の席のトルリン君は、本にしか興味がなくてシュリに見向きもしてくれなかったし、ビリーとは若干仲がいいかもしれないが、年下なのに兄貴と呼ばれている時点で、普通の友達関係とは言えない気がする。


 そんなわけで、今現在、シュリには男友達と呼べる相手がいない。

 そんな状態だ。

 男友達が出来るなら大歓迎だった。



 「そうか。じゃあ、息子をたたき起こしてから聞いてみよう。息子をここに連れてきても?」



 アンドレアがにっこり笑ってシュリに問う。



 「うん。もちろん。あ、でも、その前に……」


 「ありがとう。早速連れてくる」


 「何か服を着た方が……って、聞いてない、みたいだね」



 さっさと馬車に乗り込んでしまったアンドレアの形のいいお尻を見送って、シュリは苦笑をこぼした。

 アンドレアは、なんともワイルドで魅力的な女性だった。

 きっと彼女の息子も、魅力的な少年だろう。


 シュリは行儀良く、彼女の息子に対面する瞬間を待つ。

 彼女が獣と人の姿を持つのだから、その息子もきっとそうだろう。

 言葉を交わすのが楽しみだった。



 「待たせたな、シュリ。連れてきたぞ」



 そう言いながら、アンドレアが狼の首根っこを掴んで馬車から出てきた。

 相変わらず全部丸出しの状態だが、彼女が恥ずかしそうにしないのでなんだか慣れてきてしまった。

 アンドレアは、ぶら下げてきた狼を地面に落とすと、



 「ほら、起きろ、愚息。朝だぞ」



 そう言いながら、狼の頭を容赦なくひっぱたく。



 「きゃいんっ」



 結構な力だったんだろう。

 迷い子の狼は可愛らしい悲鳴を上げて飛び起きた。

 なにが起きたのか分からないというようにきょろきょろし、シュリを認めて、誰だ、こいつ?というような顔をした。



 (なに? その初めて見る人を見るみたいな目。いやいや、さっき会ってるし、ご飯もあげたよね??)



 思わず内心突っ込みを入れるが、さっきは意識が朦朧としていたようだから、シュリのことはあまり認識していなかったのだろう。

 まあ仕方ないかと諦め、フンフンと警戒心丸出しに匂いをかいでくる狼の好きなようにさせてやった。

 が、アンドレアは息子のそんな態度が気に食わなかったようで、



 「バカ息子め。何だその態度は? 恩人に対して失礼だろうが」



 言いながら息子の頭頂部に再び拳骨を落とした。

 ごづっと鈍い音がして、再び可愛らしい悲鳴。

 そこでやっと己の傍に仁王立ちする母親の姿を認め、まるで人間のように首をすくめた。



 「シルバリオン、いつまでその姿でいる? 人の姿に転身して、恩人に礼を伝えろ。勝手に迷子になって空腹で目を回すとは情けない奴め!」



 母にしかられ、ぴっと身体を堅くした迷子の姿がさっきのアンドレアと同じように一瞬光り、そして次の瞬間にはシュリより少し年上らしい少年の姿に早変わりしていた。

 母親と同様、髪の色は銀色だ。狼の時の毛皮と同じ色だった。



 「なにすんだよ、母上!! 二回も殴るなんてひでぇじゃねぇかよ!」



 両手で頭を押さえ母親にくってかかる姿は、年相応の少年らしくなんとも微笑ましい。

 これで服さえ着てれば言うことなしだが多くは望むまい。

 気にしたら負けなのだ。

 ……たぶん。



 「はっはっはっ。全部丸出しで凄んでみせてもちっとも怖くないぞ、シルバ。ほらほら、暴れるとぷらんぷらんしてみっともないじゃないか。さっさとどうにかしろ」


 「母上だって、全部丸出しじゃないか! そんな余分な脂肪の塊を二つもさ」


 「余分な脂肪の塊……まだまだ子供だなぁ、我が息子は。私のはいいんだ。美しいからな!! それよりほら、シルバ、恩人に挨拶だ」



 アンドレアはそう言って呵々と笑い、息子の背を叩いた。

 そのあまりの力の強さに、シルバはまたせき込み、母親の顔を睨みあげる。



 「挨拶ぅ? 恩人?? 何のことだよ」


 「お前は迷子になって腹を空かして情けなくもぶっ倒れ、ここにいるシュリに助けて貰ったんだ。そして食事まで恵んでもらい、今の今まで情けなく寝こけていたんだ」


 「うえっ!? それってまじ!? そう言えば誰か優しい人が頭を撫でてくれたり、旨い飯を食わせてくれたような……」


 「それがシュリだ。ほれ、ちゃんと礼を言え。そうじゃないと、私の息子教育が悪いみたいで恥ずかしいじゃないか」



 言いながらアンドレアは、シルバの肩を持ってシュリの方へと向かせた。

 シルバはやっとシュリの存在に気づいたように、自分より遙かに小さな存在を見つめた。

 母親に殴られたせいか、彼の頭の中でシュリの存在はどこか目立たないところへ追いやられていたようだ。



 「あ、赤ん坊?」


 「赤ん坊はひどいなぁ。僕、こう見えてもうすぐ六歳だよ?」


 「六歳!? まじか。三歳くらいかと思った」


 「三歳!? 僕ってそんなに小さく見える!?」


 「うむ。そうだなぁ。シュリは六歳というには少々小さいかもしれないなぁ。でも大丈夫だ。シュリの肝っ玉は人一倍だ。きっと身長もナニもすぐに誰よりも大きくなるさ」



 救いを求めるようにアンドレアの顔を見上げると、はっはっはっと笑われた。

 アンドレアの何とも言えないコメントを聞き、シュリは少しだけ遠い目をする。

 ナニの大きさはどうでもいいけど、身長だけは大きくなりたいなぁ、なんて思いつつ。


 どうやらアンドレアも、シュリの味方とはなり得ないようだ。

 シュリはむぅ、と唇を尖らせる。

 その表情を見て、アンドレアが再び笑い、シルバは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。



 「……デリカシーのない母上ですまないな」


 「いいよ。慣れてる」


 「そうか。お前も色々、大変なんだな」


 「うん」



 シルバがぽすん、とシュリの頭に慰めるように手を置く。

 シュリは小さく笑い、肩をすくめてみせた。



 「うん。お前はいい子だな。俺を、助けてくれたんだって?」


 「迷子の狼さんがお腹を空かせてたみたいだからさ。困っている人を助けるのは、当たり前の事でしょう?」


 「お前が見つけたときの俺は獣だったと思うけどな」


 「獣でも人でも関係ないよ。困ってる相手は助ける。当然だよ」


 「……そうか。いい奴だな。俺を見つけてくれたのがお前で助かった。ありがとな」


 「どういたしまして。シルバリオンは……」


 「シルバだ」


 「ん?」


 「シルバでいい。俺もシュリって呼ぶ」


 「わかったよ、シルバ。よろしくね」


 「おう、よろしくな」



 互いに手を差し出して握手を交わす。

 それを見たアンドレアが嬉しそうに笑った。



 「うむ。美しい友情だな」



 そう言って。



 「さて、友情も深めあったことだし。シュリよ、我々はそろそろ行かねばならん。シルバ、いいな?」


 「おう、母上。俺のせいで旅に遅れも出てるだろうし、急いだ方がいいよな?」


 「そうだ。お前を送り届けたら、私はすぐに国に戻らねばならんからな。ではな、シュリ。お前には本当に感謝している。いつかお前の願いを何か一つ、叶えてやると約束しよう」


 「願い事? ん~……じゃあ、何か考えておくよ」


 「おう。母上は誓いを必ず守る人だ。大きな願いを考えておくといい。じゃあ、また、いずれどこかで。我が友よ」


 「アンドレアもシルバも、気をつけて。旅の無事を祈ってる」



 シュリの言葉を受けて、アンドレアもシルバも快活な笑みを見せた後、狼の姿に転身した。

 そして、少し離れたところで待っていた集団と合流し、シュリに挨拶するように一声吠えると、人には出し得ないスピードで駆け去った。

 後ろを振り返る事なく、まっすぐに王都の方へと向かって。



 「アンドレアとシルバの行く先も王都なのかな。もしそうならきっと、すぐにまた会える」


 「……獣王国の王族ですね、あの方達は」


 「獣王国? 西の? 確か、アレだよね。獣人の人達が多く住んでるっていう」


 「そうです。彼女達は恐らく、その獣王国の王族に連なる方達でしょう」


 「ふぅん? どうして分かるの?」


 「シュリ様には、まだお話していなかったでしょうか? 獣王国の王族は、一般の獣人とは少し身体の仕組みが違うのです。獣人達は、獣の特徴をその身体のどこかに持つものですが、王族の血筋は獣の姿と人の姿、両方の姿を持ちます。先程の、彼女達のように」


 「そうなんだ。じゃあ、アンドレアとシルバは王族の血筋なんだね」


 「血筋っていうか、アレ、獣王国の女王よね? 私、一回見たことあるわ。うちの王様に呼ばれた式典か何かで」



 ヴィオラの言葉に、シュリはぽかんと口を開ける。



 「え? アレが女王様??」


 「うん、そう。女王様」


 「普通、女王様とか王様とかっていう人種はさ? 息子をどこかへ連れて行くだか送っていく為に国を離れたりしないものだと思うんだけど、僕、間違ってる?」


 「ん? 間違ってないわよ? 普通、王様ってそう言うものよね。あの女王様がちょっと変わり者なだけよ」


 「ちょっと?」


 「ん~、確かにちょっと、じゃないわね。あの女王様の変わり者レベルは。でも、悪い人じゃない。良かったわね、知り合いになれて」


 「二人ともいい人だし、知り合いになれたのは、まあ、嬉しいといえば嬉しいけどさぁ。そっか。アンドレアが女王様かぁ……ってことは、シルバって王子様? 僕、うっかり王子様とお友達になっちゃったの!?」



 驚愕の事実に、シュリは思わず頭を抱える。



 「うあぁ~。王都では出来るだけ目立ちたくなかったんだけどなぁ。……でも、ま、シルバはいい奴だしアンドレアはいい人だ。二人の身分が王子様だったり女王様だったりすることは、別に二人のせいじゃないし」



 うん、仕方ない、と自分を納得させ、シュリは空を見上げた。

 シルバが王子様業をしてるときは、出来るだけ離れた場所でこっそり見守るようにしよう、そんなことを思いながら。


 日はだいぶ西に傾き、もうじき一日が終わる。

 色々な事があった一日だった。今日はもうゆっくり休み、明日また王都へ向かっての旅をまた開始すればいい。


 シュリは妙に疲れた気分でジュディス達が用意してくれた寝床に潜り込み、目を閉じた。

 その脇にヴィオラが滑り込み、反対側には競うように愛の奴隷三人が潜り込んでくる。

 今日の勝者はシャイナで、嬉しそうにシュリに寄り添った。


 彼女達の温もりを感じて、シュリの唇が柔らかくほころぶ。

 今日は色々と忙しい一日だった。

 でも、一日の終わりはいつもと同じ、暖かく、平和で、この上なく幸せな眠りで終えることが出来そうだった。

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