第二百十八話 エリザベスは見た!?⑧

 「ひ、ひどい目にあいましたわ……」


 「それは、こっちのセリフなのじゃ……」



 諸々の事情が重なり、色々と、人には言えない姿になってしまったエリザベスとイルルは、二人そろってお風呂場に来ていた。

 汚れてしまった服を脱ぎ、それぞれ己の体を湯で流している。

 脱いだ衣服は、イルルが急遽呼び出した助っ人が、いま風呂場の外でせっせと洗っていた。



 「ポチ~、そっちの具合はどうなのじゃ~??」


 「一応洗えたでありますが、びっちょびちょでありますよ??」


 「ふむ。その辺りは妾にお任せなのじゃ。濡れ濡れの服など、妾の魔法でちょちょいのちょいなのじゃ!!」


 「え~!?イルル様が乾かすでありますか!?……イグさんに頼んだ方が無難だと、ポチは思うのでありますが……」


 「むっ!妾を誰と心得ておる!!服を乾かすなど、朝飯前に決まっておろ?今、そっちに行くから待っておるのじゃ!!」



 ちょっと不満そうに唇を尖らせ、イルルはすっくと立ち上がり、



 「くるくる、妾は洗い上がった服を乾かしてくるのじゃ。終わったら呼ぶから、少しここで待っておるのじゃぞ?」


 「乾かしてくるって、貴方。魔法が使えますの??」


 「うむ。妾じゃからな!魔法が使えるくらい、当然なのじゃ!では、行ってくるのじゃ~」



 エリザベスの驚いたような声にさらりと答え、イルルはエリザベスを置いて風呂を出て行ってしまった。

 残されたエリザベスは一人、お湯につかって小さく息をつく。

 貴族の邸宅らしい大きなお風呂は気持ちが良かったが、さっきの醜態を思い出せば気分はふさいだ。

 ため息をかみ殺し、目を閉じる。

 すると、風呂の外で話すイルル達の声がかすかに聞こえてきた。



 「よし、まずは妾の服から乾かしてみるのじゃ!」


 「……ポチはやめた方がいいと思うでありますよ~?」


 「うるさいのじゃ。大体、ポチもタマも妾の力を舐めすぎなのじゃ。こんなの、簡単なのじゃ……かん、たん……」



 意気揚々と聞こえていたイルルの声がだんだん尻すぼみになる。



 「ほら、ポチの思った通りになったであります。まあ、イルル様の服でぎりぎりセーフでありましたけど」


 「うにゅっ!?ち、違うのじゃ。これは、ちょっと力加減を間違えてじゃな。思いっきり手加減をすれば大丈夫……なはずなのじゃ」


 「お客様の服でありますから、失敗は許されないでありますよ?ポチはイグさんを頼ることをオススメするであります」


 「ふんっ。火の精霊の力など借りずとも、妾はちゃんとやり遂げてみせるわ!!」


 「……素っ裸で威張られてもポチは反応に困るでありますよ」


 「にゅっ……こほん。これこれポチよ。ここは妾が引き受けておくから、お主は、ほれ。ちゃちゃ~っと部屋まで行って妾の服を……の?」


 「……仕方ないでありますね~。じゃあ、くれぐれも火事にだけは気をつけて欲しいのであります」



 はぁ~と大きなため息と共にそんな言葉。そして、誰かが脱衣所を出て行く扉の音がした。



 「うむ!妾の服の手配は済んだし、後はくるくるの服を乾かすだけじゃな!!さっきは少々集中力に欠けておったのじゃ。よーく集中して、思いきっり手加減すれば大丈夫……あ……」



 しまったと言わんばかりのイルルの声を、エリザベスはぼーっとした意識の中で聞く。

 少し長くお湯につかりすぎましたかしら、とそんなことを考えながら、すうっと意識が遠のくのを感じた。






 「……るくる……これっ、くるくる!しっかりするのじゃ」



 ぺちぺちと、小さな手でほっぺたを叩かれる感触に目を開けると、すぐ目の前にイルルの顔があって、ちょっぴり不安そうにこちらをのぞき込んでいた。



 「い、るる?」


 「うむ、目が覚めたようじゃの。あれしきの事でのぼせるとは、鍛え方がたりんのじゃぞ?」


 「ワタクシ、どうしたんですの??」


 「じゃから、服を見事に乾かしてからお主を呼びに行ったら、のぼせて目を回しておったのじゃ。危うく湯の中に沈むところを、妾がぎりぎり引っ張りあげたのじゃ」


 「そ、う、でしたの。ありがとうございます。助かりましたわ」



 いいながら起きあがったエリザベスだが、起きあがる際、妙に頭が重いことに気がついた。

 はっとして髪に触れてみれば、丁寧に巻いてあった髪がびっしょりと濡れ、彼女のトレードマークとも言えるくるくるヘアーがすっかりストレートになってしまっていた。

 濡れないようにしっかりタオルで巻いてガードしておいたのだが、のぼせて湯船に沈みかけた時に湯に浸かってしまったらしい。



 「ひぃっ!?髪が!!」



 慌てて両手で頭を抱え込むがそんなことで頭を隠しきれるはずもなく。

 必死になって頭を隠そうとするエリザベスを、イルルはちょっぴり冷めたまなざしで見つめる。



 「くるくるよ……頭を隠す前に、他にも色々と隠すところがあるじゃろーに」



 お風呂から引き上げてきただけのエリザベスは、正直、色々なところがむき出しの状態だった。

 そんなエリザベスの胸部をまじまじと見つめ、それから己の胸部をぺたぺたと触って確かめたイルルは大きく一つ頷くと、



 「うむ!勝ってはおらんが、負けてもおらん!!」



 どこか満足そうにそう断じた。



 「な、なんの話ですの!?」



 イルルの不躾な視線にさすがに羞恥心を覚えたのか、己の未成熟な胸元を両手で隠して、エリザベスは顔を赤くする。



 「む?なんのもなにも、妾とお主のおっぱい勝負の話じゃ。まあ、今のところ引き分けじゃがの~」


 「そんな勝負、受けた覚えはありませんわっ!!」


 「うむうむ、まあ、隠すな隠すな。まだ隠すほども無かろうに。ほれ、妾を見習って堂々としておればよいのじゃ」


 「そういう貴方は堂々としすぎですわよっ!!」



 素っ裸のまま、足を肩幅に開いて腰に手を当てて仁王立ちをするイルルに、エリザベスが全力で突っ込む。

 その突っ込みに、



 「む?そうかのぅ??」



 と不思議そうな顔をするイルル。

 エリザベスは怒るのも馬鹿らしくなって、はぁ~っと大きな息をこぼした。


 ちょうどその時、脱衣所の扉が開いて背の高い女の人が入ってきた。

 銀色の獣の耳と尻尾を持つ彼女は、どうやら獣人のようだ。

 彼女は、エリザベスと目が合うと、人なつっこい笑顔でにっこりと微笑んだ。



 「こんにちは。イルル様がお世話になっているであります」


 「こ、こんにちは。エリザベス・グルーミングですわ」


 「ポチであります。シュリ様のところでイルル様と一緒にお世話になっている、え~っと……」


 「冒険者、なのじゃ」


 「そうそう、冒険者なのでありますよ」



 シュリが見ていたら思わずため息をもらしてしまいそうな程の演技下手ではあったが、幸いなことにエリザベスには問題なく通用したようだ。

 ポチの言葉を聞いたエリザベスは、そう言えばそんな話を聞いてましたわね、と深く考えずにさらっと受け入れる。


 そんな彼女の様子にほっと息をついたポチは、持ってきた衣類をイルルにそっと手渡した。

 受け取ったイルルは鷹揚に頷いて、さすがに裸は落ち着かなかったのか、そそくさと服を身につけ始めた。

 それを見たエリザベスは、自身も着替えようと周りを見回して、



 「そう言えば、ワタクシの服は……?」



 呟くようにそう漏らす。



 「おお、そうじゃった。ちゃんと乾いておるぞ?その、まあ、なんだ……少々乾き過ぎかもしれんがの」



 そう言いながら、エリザベスの服の入った脱衣かごを示した。



 「助かりますわ。では、ワタクシも……」


 「ぬっ!くるくる!!」



 無造作に手を伸ばして服に手をかけると、ちょっと慌てたようなイルルの声が飛んできて。

 エリザベスは、何事ですの?とイルルの方へ顔を向ける。



 「その、な?着るときはそっとじゃぞ?そっと、じゃ」



 そんなイルルの言葉に首を傾げながら、とりあえず彼女の忠告通り、そっと丁寧に衣服に袖を通し、無事に問題なく、全て身につけることが出来た。

 それを見ていたポチはほっと胸をなで下ろし、イルルはおでこの冷や汗を拭いながら、当然の結果じゃな!と胸を張り、エリザベスはそんな二人にちょっぴり不審そうなまなざしを向けるのだった。


 ちなみに、ぱりっぱりに乾いたエリザベスのその服は、次の洗濯には耐えきれずにぼろぼろになってしまうのだが、それはもう少し後の話である。

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