第二百十四話 エリザベスは見た!?④

 「て、天国の様な地獄を見たのじゃ……」



 シュリの手で口に無理矢理突っ込まれたお菓子の甘美なる甘さによってやっと覚醒したイルルは、起きあがるないなや、ぷるぷる震えながらそんな言葉をこぼした。



 「わ、妾はこれから先、何があろーともジュディスだけは怒らせないように生きていくのじゃ……」



 イルルは許可も得ずにシュリの紅茶をずずっと飲み、青い顔でしみじみと呟く。

 よっぽどの恐怖体験をしたんだなぁと、シュリはイルルの頭を慰めるように撫でてあげる。

 まあ、自業自得ではあると思うけれど。


 エリザベスも、なんといって声をかけたらいいか分からないようで、紅茶を飲みつつ、ちらっちらっとイルルの方をうかがうばかり。

 結果、三人で黙り込んだまま黙々とお菓子を食べ、お茶を飲んだ。


 イルルに盗み飲みされて残り少なくなった紅茶を飲み干して、はふぅ、と息をつき、まだ目を泳がせているエリザベスを見ながら、さて、どうしたもんかなぁと思ったとき、部屋のドアを誰かがノックした。

 誰だろう?と思いながら、



 「はぁい。どうぞ??」



 と声をかけると、待ってましたとばかりに扉が開き、



 「シュリ、お友達が来てるんですって?」



 そんな言葉と共に、ミフィーが顔をのぞかせた。

 シュリはぱっと顔を輝かせ、たたたっと駆け寄ると、大好きな母親の体にぎゅっと抱きつく。



 「母様、ただいま!」


 「おかえり~、シュリ」



 抱きついてきた息子を、ミフィーもぎゅうっと抱き返し、そのなめらかなほっぺたにキスをした。

 シュリもミフィーのほっぺにチュッと返し、



 「それで、シュリの可愛いお友達を、母様に紹介してくれるのかしら?」



 とのミフィーの言葉に大きく頷いて、紅茶のカップを持ち上げたまま固まっているエリザベスの傍らへ駆け寄り、その手を取った。



 「ふぇ!?」



 いきなり手を握られたエリザベスが油断しきった声を上げるが、シュリは気にせずにミフィーの方を振り返る。



 「母様。僕のクラスメイトで隣の席のエリザベスだよ。エリザベス、あの人が僕の母様」


 「エリザベス、素敵なお名前ね。シュリと仲良くしてくれてありがとう。今日はゆっくりしていってね?」



 シュリの紹介に、ミフィーがにっこりと微笑んで、顔を真っ赤にしたエリザベスが慌ててソファーから立ち上がる。

 そしてそのまま、ぺこりと頭を下げた。

 右手にシュリの手、左手にティーカップを持ったまま、正直、優雅さのかけらもなく。



 「はっ、初めまして。お邪魔しておりますの。グルーミング家の長子、エリザベス・グルーミングですわ」


 「……エリザベス?母様は貴族出身じゃないから、そんなにかしこまらなくても平気だよ?」



 エリザベスの妙にかちこちとした挨拶に、シュリは小さく微笑むと、その耳元にそっと耳打ちをした。

 その言葉と、それと一緒に耳に届いた吐息に反応したように、ぴくんっと震えたエリザベスがシュリの手を振り払って耳を押さえる。

 そして、更に顔を赤くして、ちょっぴり涙目になった瞳でシュリをきゅっと睨んだ。



 (~~~~!!!かぁわいいなぁ)



 その様が、ちょっと意地悪をされてご機嫌斜めのご様子の子犬ちゃんに見えて、内心もだえるシュリ。

 エリザベスを見るシュリの目には、すっかりわんこフィルターがかかっており、ともすればその姿は、自分と同じ年頃の女の子ではなく、キャンキャン鳴く声も愛らしい、小型犬に映ってしまうのだった。


 そんな二人の仲の良さそうな様子に、シュリの内心など伺い知る由もなく、ニコニコと嬉しそうに笑うミフィー。

 彼女は、シュリとエリザベスの頭を交互に撫で、妾のも撫でるのじゃと差し出されたイルルの頭もついでに撫でて、それからはっとしたようにシュリの顔を見た。



 「あ、そうだ。ジュディスから伝言を頼まれてたのよ」


 「ジュディスから??」


 「うん、そう。ちょっと用事があるから、時間が出来たら来て欲しいって」



 ジュディスという単語を耳にしたとたん、顔を青くしてがたがた震えだしたイルルを見て、不思議そうに首を傾げたミフィーに告げられたのはそんな伝言。

 それを聞いたシュリもまた、首を傾げた。



 「ジュディスが僕に来て欲しいって??なんの用事だろ???……ま、行ってみれば分かるかぁ。ありがとう、母様。僕、ジュディスのところへ行ってみるよ」


 「どーいたしまして。じゃあ、母様は部屋に戻るわね?みんな、仲良くするのよ~?エリザベスちゃんも、ゆっくり遊んでいってね」



 最後までニコニコしたまま、ミフィーは部屋から出ていった。

 それを見送ったエリザベスがぽつりと呟く。



 「……貴方のお母様、お若いですわね」


 「そ?ありがと」


 「それに、美人ですわ」


 「ん~、母様は美人っていうより可愛らしさが際だつと思うんだけどな~。でもまあ、確かに美人だよね。うん」


 「……ワタクシ、マザコンって言葉を、いま改めて認識いたしましたわ」


 「う~ん。自覚はある。ま、ほめ言葉だって思っておくね?」



 にっこり微笑み返せば、ぐっと言葉に詰まるエリザベス。

 そんな彼女の頭をよしよしと撫でて、子供扱いはおやめになってと振り払われる。

 が、シュリの笑顔が曇ることなく、むしろよりでれでれになっていると思うのは決して気のせいではない。


 シュリの脳内では、ちょっとつれないエリザベスの態度もしっかりばっちり擬人化……いや、擬犬化され、どんなに邪険にされようとも、その姿は愛らしいわんこにしか見えないという呪いの影響下にあった。

 エリザベスは、そんなシュリの様子をちょっと気味悪そうに見つめ、一体、なんなんですの……とちょっと疲れたように小さく呟くのだった。

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