特別短編 ふくろうカフェに行きたいとこぼしたら、ふくろうカフェもどきが出来た件③

 真っ赤な顔の店員さんがぷるぷる震える手で、どうにかこうにか料理の乗っかったお皿などを並べ終えるのを見守り、彼女が退場するのを待ってから、改めて目の前に並べられたメニューに目を落とす。


 カフェラテのはいったふくろう柄の可愛いマグカップとふくろう型に形作られたご飯にまるでお布団の様にカレールーが掛かったカレー。

 ちらりと横を見てみれば、友人の前にあるのはオムライスの様だ。

 その黄色いキャンバスに赤いケチャップでふくろうらしき何かが描かれていた。


 二人でしばらく無言のまま、それぞれの料理を見比べる。

 美味しそうなにおいはするし、実際問題美味しそうだとは思う。

 だが、



 「なぜにカレーとオムライス?」



 別に嫌いではないし、たまに無性に食べたくなるメニューのカレーはともかく、桜がオムライスを食べている所など、今まで見たことが無かったから意外だった。



 「……どうせふくろうカフェに来るんだったら、それっぽいメニューの方が嬉しいかと思って」



 でも、ふくろうオムライスは正直微妙ね……と、ちっちゃな声で呟く友人がちょっと可愛い。

 どうやら彼女は瑞希の為だけにこのメニューを選んでくれていたようだ。

 そう言われて、改めて目の前の料理に目を落とす。


 子供っぽいメニューだが、見た目は確かに可愛らしい。

 友人の言うとおり、オムライスに描かれたふくろうは素直に可愛いと言い切れない出来上がりだが、それはそれで味がある。

 マグカップの中の繊細なラテアートは飲むのがもったいないような仕上がりだった。


 ふむ、と瑞希は頷いて、バックの中からおもむろにスマホを取り出すと、とりあえず一枚写真に収めておく。

 まずは全体像。

 それから料理一つ一つを個別に。

 そして最後に、そんな瑞希の様子を笑いながら見つめている友人の顔を、料理をとるふりをしてこっそりと。

 向かい合った席じゃないから、気付かれずに撮るにはすごく苦労したけれど。



 「じゃあ、食べようか?」


 「ん?やっと満足した??じゃ、食べましょ」



 いただきます、と声を合わせ、手を合わせ、それから料理に手をつける。

 食べてみれば、味は意外と本格的で美味しかった。

 分けっこしながらあっという間に食べ終わって、飲むのがもったいないほどのラテアートを崩さないように、ちびちびと飲んでいると、店内の照明が微妙に薄暗くなる。


 なんだろう、とのんきに考えていると、奥の方からろうそくに灯をともされたケーキが運ばれてきた。

 あ、私の他にも誕生日の人がいたんだなぁ、とにこにこしていたら、そのケーキはまっすぐに瑞希の前へ。

 びっくりして桜を見ると、瑞希の内心を正確に読みとった彼女は、



 「バカめ。あんたのに決まってるでしょ?」


 そう言ってからかうように笑った。

 お誕生日の日に流れる定番の歌が店内に流され、店員さんが堂々と、桜は少し恥ずかしそうに歌を口ずさんでくれる。

 二十代半ばになった身で、自分の為に歌われるその歌を聞くのは何とも照れくさかったが、桜の好意を無にしてはいけないと、口元をむずむずさせながら耐えた。

 灯のともったろうそくを刺された一人分のケーキは、これも可愛いふくろうをかたどっていて。白いお腹に刺されたろうそくが少しだけ、痛々しかった。



 (待っててね。今、抜いてあげるからね?)



 心の中でそのふくろうに話しかけつつ、歌が終わるのを待って勢いよくろうそくを吹き消す。

 そしていそいそと、ふくろうのお腹からろうそくを引き抜いてほっと安堵の息をついた。

 そんな瑞希の横顔を見て、桜が笑う。彼女は瑞希の顔をのぞき込むように見つめ、



 「お誕生日、おめでとう。瑞希」



 そう言って、その瞳を優しく細めた。

 次いで渡されたのは、少しお高そうなシルバーのブレスレット。

 あんまり高級そうに見えたので、受け取るのをちょっと躊躇していると、



 「瑞希の誕生日の為に、わざわざ友達に協力してもらって作ったんだから、ちゃんと受け取りなさい」



 桜はそう言いながら、瑞希の左手をとってさっさとはめてしまった。

 瑞希は、左手首におさまったそのブレスレットを目をまあるくして見つめ、 



 「えっと、作ったの??もしかして、桜が???」


 「そ、作ったの。もしかしなくても私がね。友人の一人に、シルバーアクセ制作してる奴がいたから、頼み込んで工房を使わせてもらったのよ。世界に一つの限定品よ?」



 感謝しなさいよね~、と笑い混じりに言われ、瑞希は神妙に頷く。

 左手を目の前に持ってきて見てみれば、見れば見るほどそのデザインは瑞希の好みそのものだった。

 きっと、この友人は一生懸命考えてこのデザインをひねり出してくれたんだと思うと、なんだかふつふつと喜びがこみ上げてきた。


 本当にこの友人は、毎年毎年、瑞希の予想を遙かに越えるプレゼントをしてくれる。

 誕生日もそうだし、クリスマスもそうだ。

 この友人とのプレゼント合戦で、瑞希は未だ一度も勝ったと思わせてもらったことは無かった。



 「嬉しい。ありがと。大切にするね」



 素直にそうお礼を告げれば、彼女は照れくさそうに顔をそらし、とってつけたようにガラスの向こうのふくろう達の愛らしさをほめてみせたりする。

 だが、その耳は真っ赤で、形のいい唇は隠しきれない喜びに弧を描いているのが丸わかり。

 素直じゃないやつ。でもそこがまた可愛い。


 そんな愛すべき友人を見ながら、今年もまた瑞希は思う。

 この友人が、もし異性であったなら、きっと自分は恋をしていただろうなぁ、と。


 だが、彼女は同性で、だからこそ今こうして親友として一緒にいられる。

 その事を、瑞希は残念だとは思わなかった。


 恋人より、友人の方がいい。


 正直、瑞希は今まで、恋人と長続きした試しが無かった。

 長く続いてせいぜい数ヶ月。いずれの場合も、相手の方から離れていった。


 もし、目の前の友人が異性で。もし、自分と恋人関係を結んだとして。

 恋人としての彼女が自分から離れていかないとは、瑞希には言い切れなかった。


 だが、友人としてなら。きっとずっと、一緒にいられる。

 お互い年をとって、しわくちゃの年季の入った顔のおばあちゃんになっても。


 だから、同性で良かったのだ。恋人じゃなく、友人で良かった。


 瑞希は、桜と出会ってから毎年、欠かすことなく一緒に過ごしている誕生日の度に頭にのぼるその思考に終止符をうち、友人につきあってガラスの向こうのふくろう達を眺める。

 そうしたら、自由に過ごすふくろうの愛らしさについつい夢中になってしまって、お腹に穴があいた可哀想なふくろうケーキの事も忘れてガラスの向こうを見ていると、



 「ったく、一つの事に夢中になると他のことを忘れちゃうんだから。ほら、食べなさいよ?」



 言いながら桜が、瑞希の口元にフォークをつきだした。

 そこには無惨に断首されたふくろうケーキの顔があって、目を落とせばお皿の上のふくろうちゃんの首だけがなくなっていた。


 腹にはろうそくを突き刺された名残の穴があき、首もなく、見るも無惨な姿になってしまったふくろうケーキをしばし見つめ、それから再び自分の前に差し出されたふくろうの頭を見る。

 最後にちらりとそのフォークをさしだしている友人の顔を見てから、



 (……これって、もしかして、あーん、をしろって事なのかな)



 そんなことを考えつつおずおずと口を開くと、問答無用でフォークが口の中につっこまれた。

 条件反射の様にまむまむと口を動かしながら、哀れなふくろうケーキちゃんに対して瑞希は心の中でそっと手を合わせる。



 (ご愁傷、さまです……でも、美味しく頂くから、化けて出ないでね?)



 と。

 だが、そんな感傷的な気分とは裏腹に、口の中にあるふくろうのケーキは思ったよりずっと美味しくて、瑞希の口を幸福感で満たしてくれた。

 思わず口角がふよりと上がり、意図せず目尻がだらしなく下がる。



 「美味しい?」



 そんな瑞希を微笑ましそうに見つめる友人の問いかけに、迷うことなく頷いた。

 打てば響くような瑞希の反応に気を良くしたのか、桜は雛鳥にえさを運ぶ親鳥の様に、かいがいしくせっせとケーキを瑞希の口に運んでくれる。

 結果、さして大きくもない一人分のケーキはあっという間に瑞希のお腹に収まり、



 「あ、ごめん。全部食べちゃった……」



 としょんぼりする瑞希を可笑しそうに見つめた桜は、おもむろに手を伸ばして瑞希の唇の端についていたケーキのクリームを指先でぬぐってパクリ。



 「私はこれで十分よ」



 びっくりして目を見開いた瑞希の前で、妙に満足そうに微笑んでみせた。

 その笑顔に思わずドキッとしたことを隠すように、もうすっかり冷めてしまったカフェラテに口を付ける。


 一口飲んでマグカップをおいたタイミングを見計らうように、店員のお姉さんが、ふくろうに餌やりをしてみませんか~、とふあふあの羽毛と大きな黒目がちの瞳が愛らしい、一羽のふくろうを連れてやってきた。


 夢のような提案に目を輝かせ、瑞希は即座に頷くと、お姉さんの注意を受けながらおっかなびっくりふくろうを自分の腕へと招く。

 その子は器用に、お姉さんの手から瑞希の腕へと移ってきて、何事もなかったかのようにその場にたたずんだ。

 その何事にも動じない様子がまた可愛くて、瑞希はだらしなく目尻を下げる。

 触っていいですよ、とのお姉さんの言葉に励まされ、そっと羽毛を撫でてみれば思っていたよりずっと柔らかく、まるで夢の様な触り心地だった。


 うわぁ、可愛いなぁ、と喜ぶ瑞希に、お姉さんがふくろうの餌になる鶏肉を小さなカップに入れて渡してくれた。

 それを与えるためのピンセットと一緒に。

 小さな鶏肉をピンセットでつまみ上げ、どきどきしながら差し出せば、即座にくちばしを伸ばすふくろうの姿が愛らしくて、目尻は下がりっぱなし。


 可愛いなぁ、可愛いなぁと連呼していたら、ご希望でしたら購入できますよ、と店員さん。

 この商売上手めっ、と思いながら、目の前で一生懸命なのにやけにのんびりに見える様子で食餌をしているふくろうを見つめる。


 正直、欲しいなぁと思いはした。

 が、瑞希の仕事は結構不規則で、接待も多い。

 その間、一人で留守番させるのは可哀想だと思い、断念した。

 だけど、すごくすごく可愛い子だった。


 その日はその子をはじめとして、色々な子と思う存分触れ合って、大変満足してふくろうカフェを後にした。

 とても言い誕生日だったと、セッティングしてくれた親友に心から感謝しながら。


 それは、今となっては遠くなってしまった日々の思い出。

 あの日から、高遠瑞希としての決して長くはない生を終えるまでの間、数ヶ月に一度は桜を道連れにふくろうカフェに通ったなぁとそんな事を思いながら、シュリはゆっくりと目を覚ましたのだった。


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