第二百十三話 エリザベスは見た!?③
「さ、お茶が入りましたよ?」
そう言ってにっこり微笑むのはジュディスの指示でシュリの部屋へやってきたシャイナである。
彼女はシュリとエリザベスが部屋に着いた直後に現れた。
ホカホカの焼きたての焼き菓子と、紅茶のセットをワゴンに乗せて。
本当にジュディスの指示を受けてきたのか疑ってしまう早さだ。
シュリ以外の人物の姿を素早く確認した彼女は、持ち前の外面の良さで完璧なメイドを演じつつ、シュリとエリザベスに手早く紅茶を入れてくれた。
シュリとエリザベスは、シャイナがにこにこ見守る中、お茶を飲み焼き菓子に手を伸ばす。
心を込めて入れられた温かな紅茶を飲むと、胸がほっこり暖まるようだった。
「……美味しいお茶ですわね」
「そう?良かった。シャイナの入れるお茶はいつもすごく美味しいんだ。お菓子も食べてみた?美味しいよ??」
「そうですの?頂いてみますわ……あら、本当。すごく美味しいですわね。どちらで求めたものかしら」
「これもシャイナの手作りなんだ。シャイナは料理もお菓子づくりもとっても上手なんだよ。ね、シャイナ?」
「そんな……シュリ様は私をほめ殺すつもりなんですね……料理上手にお菓子上手、美人で床上手で今すぐにでもお嫁さんにしたいなんて……いけません。濡れちゃいます……」
そんな妄言を口にしつつ、シャイナはぽっと頬を赤くする。
うん。前半はともかく、後半の内容に関しては全くの妄想なのだが、つっこむのは危険なので軽くスルーする。
どこが濡れたかどうかという疑問点も、まあ、想像はついちゃうが決してつっこんではいけないのだ。
シュリはその事をよーく分かっていた。
だが、この場には、そんな事実を分かっていない人物が若干一名混じっていて。
「はい?料理上手にお菓子上手に……それからなんといいましたの??なんだかすごく卑猥な言葉が聞こえたような気がしたのですが、ワタクシの気のせいかしら???」
彼女は怪訝そうな顔をして、そんな危険な質問を放つ。
「はい、それはですね……」
「あ~、うん。き、きっとエリザベスの聞き間違いじゃないかなぁ?うん、そうだよ、聞き間違いだよ、たぶん。そ、そうだよね?シャイナ」
エリザベスの質問を受けて、先程の発言の説明を真面目な顔で繰り出そうとするシャイナを制し、ちょっぴり引きつった顔を向けるシュリ。
そんなシュリを、シャイナは可愛らしく小首を傾げて見つめた。
「シュリ様は恥ずかしがり屋さんですねぇ。じゃあ、そう言うことにしておきましょう。シャイナはシュリ様のそんなシャイな所も心からお慕いしていますから」
シャイナはニコニコしながらも、どこかうっとりした眼差しをシュリへ注ぐ。
シュリは困ったように彼女を見つめ返し、そんな二人の様子を見るエリザベスの眼差しに宿る疑いの色が濃くなるのを感じて、こっそり冷や汗を流した。
「そ、そう?あ、ありがと。えっと、シャイナはもう下がっていいよ?お茶のお代わりが必要なときはまた呼ぶから。ね?」
「そうですか?では、そのように致します。私が必要なときはいつでも呼んでください。シュリ様の為ならば、どこへでも参りますから。お風呂だろうと、お手洗いだろうと」
「や、やだなぁ。僕、シャイナをお風呂とかトイレに呼びつけた事なんてないでしょう?な、ないよね??たぶん……」
「そうですね。失礼しました。つい、自分の願望を語ってしまいました」
「が、願望……そ、そっか。ま、まあ用があったらちゃんと呼ぶから」
「はい。シュリ様のお呼びを一日千秋の想いでお待ちしてます」
「お、おおげさだなぁ。はは……はははは……」
シャイナの熱い眼差しを受けながら、シュリは乾いた笑い声を漏らす。
そして、彼女の姿が扉の向こうへ消えるのを見送ってから、ちらりとエリザベスの様子をうかがった。
「シュリナスカ・ルバーノ……あなた……」
案の定、エリザベスはあきれた眼差しをシュリに向けていて、シュリは思わず首をすくめる。
さて、どんな事を言われるのかと、びくびくしながら彼女の言葉を待っていると、彼女は呆れかえりましたわと言わんばかりに大げさに肩をすくめ、大きなため息を一つ。
そして、
「あなた、ちょっとメイドに甘えすぎではなくて?そりゃあ、ワタクシもお風呂のお手伝いは頼みますけれど、トイレのお世話まではさすがに……もう少し、メイド離れした方がよろしいと思いますわよ?」
そんな、至極まっとうなアドバイスをくれた。
もっと違う事をつっこまれると思っていたシュリは、きょとんとして彼女の顔を見返してしまう。
「え?あ、うん……」
「なんですの?その気のない返事は?ワタクシは貴方の事を思って……」
「うん?」
「コホン……お、同じ貴族として恥ずかしいと、そう申しているんですわ。次からトイレはきちんと一人ですること。いいですわね」
「う、うん。わかったよ……」
なんだかちょっぴり恥ずかしそうな顔をしたエリザベスに詰め寄られ、問答無用で頷かざるを得ない状況へ追い込まれたシュリは、色々反論したいことを飲み込んで、とりあえず頷いた。
トイレはきちんと一人でいける。
あれは、シャイナがただシュリのトイレを覗きたいだけなんだと主張したところで、話がややこしくなるだけだということは分かり切っていたから。
(……まあ、メイドまでたらし込んで不潔ですわ、とか言われなかっただけましだと思おう。いいさ、トイレが一人で出来ないって誤解されるくらい……そんなの、どうってことないもん……)
ちょっとしょぼんとして、シュリはずずっと紅茶をすする。
その小さな背中が、年に似合わずすすけていた。
「……でも、まあ」
「ん?」
「もし……もしもですわよ?学校でどうしても一人でトイレに行けなくて困ったら、ワタクシに言って下さいな。一応、隣の席のよしみで助けて差し上げます」
そんなシュリにとどめを刺すようにそう言って、ほんのり頬を染めてぷいっと顔を背けるエリザベス。
その言葉を聞いて、シュリの肩ががくりと落ちた。
彼女の親切は嬉しいし、彼女が本当は優しい女の子だと言うこともよーく分かった。
だが、その親切は見事なまでにシュリの男の子のプライドと言う奴のど真ん中をぶっすりと刺し貫いていた。
むぐぐぐぐっと内心唸るものの、心からの親切で言っているエリザベスに文句を言うことなど出来ようはずがない。
苦虫を噛み潰したような顔で、シュリは思った。シャイナ、後で覚えててよ、と。
なんだか微妙になってしまった空気の中、二人はしばし黙ってお茶を飲む。
手持ちぶさたなのか、エリザベスは二個目のお菓子に手を伸ばし、ゆっくりと味わうように咀嚼した後、おもむろに口を開いた。
「で。貴方の隣でぴくぴくしてるソレ……どうするおつもりですの?」
その言葉を受けて、シュリは自分の横にどーんと置かれたままの、目をそらしていた現実にちらりと目を向けた。
そこには、天に向かってお尻を突き出すような姿勢でうつ伏せになったままぴくぴくしているイルルの姿があった。
玄関で、ジュディスの所へ残してきたイルルだったが、ちょうどシャイナがお茶を入れてくれている間に、ジュディスが運んできてくれた。
その時にはもう、こんな状態だった訳だが、まあ、しばらくすれば正気に返るだろうと、とりあえず受け取って放置して置いたのだが、一向に戻る気配がない。
ジュディスは一体イルルになにをしたのだろうか?
イルルがうわごとの様に、
「お、お尻……お尻はダメなのじゃぁ……く、くせになってしまうのじゃぁ……」
と繰り返していたので、シュリはジュディスに尋ねた。
お仕置きで、お尻でも叩いたのか、と。
その質問を受けたジュディスは、肯定も否定もすることなく、ただ微笑んだ。とっても意味深な笑顔で。
その笑顔を見た瞬間、シュリは思ったのだ。
あ、これ、聞いちゃダメなやつだ、と。
そして、その直感に逆らうことなく、賢くも口をつぐんだシュリは、黙ってイルルを受け取ってジュディスを見送ると、しばらく考えた後、イルルをうつ伏せに寝かせたのだった。
せめて、お尻にいく刺激を最小限にしてあげよう、という親切心で。
あれから大分時間はたった。
だが、いまだにイルルが目を覚ます兆しはなく、さすがにそろそろ起こした方がいいかな、とシュリは目の前に積まれた菓子を一つ手に取る。
そして、お菓子を片手に思った。
(一応友達と思っている相手に、ソレ、って表現はないんじゃないかなぁ……まあ、気持ちは何となく分かるけど……)
すました顔で優雅に紅茶を飲んでいるエリザベスをちらりと見てから、自分の横にあるソレを眺め、小さくため息。
それからしばらくして。
シュリは気が進まない様子で、なんだか不気味にぴくぴくと震えるその小さな体に、そっと手を伸ばした。
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