第二百四話 ホームルームと自己紹介③

(見ていらっしゃい、シュリナスカ・ルバーノ!ワタクシの底力、見せて差し上げますわ!!)



 壇上に上がった縦巻きロール……もとい、エリザベスは、気合い十分の顔でクラスメイト達の顔を見回し、最後に自分の正面の席に座るシュリの顔をきっと見つめた。


 エリザベスにとって、入学式の新入生代表挨拶をかすめ取り、更に入学式の当日、校門をくぐった直後から誰よりも目立っていたシュリは、最大のライバルと言っても過言ではない。

 そのライバルであるシュリに、これから行う自己紹介を通して、エリザベスは己との格の違いを見せつけてやるつもりだった。


 とはいえ、具体的になにをしてやろうという計画があるわけではない。

 自分が前に立てば、自然とクラスメイトの視線は集まり、彼女の魅力に気付くはずと、エリザベスはなんの根拠も無く信じていたりした。



 (ふふふ……ワタクシの魅力の前にうち震えるがいいですわ)



 彼女は意気揚々とその可愛らしい唇を開く。

 自分の発言にクラス全体が熱狂する事を信じて疑わずに。



 「ワタクシの名前はエリザベス・グルーミング。由緒正しい貴族、グルーミング家の一人娘ですわ。みなさま、ワタクシのような高貴な女性と同じクラスになれたこと、誇らしく思って下さってよろしくてよ」



 ちょっぴり高飛車に言い放ち、どこからともなく取り出した扇子で口元を隠してほほほ、と優雅(?)に笑う。

 目の前に座るシュリがなんとなく顔を輝かせてこちらを見ていることをちょっぴり疑問に思いつつ。



 (……ここは悔しそうにハンカチをかみしめる所だと思うのですけれど、シュリナスカ・ルバーノはどこかおかしいんじゃなくて??)



 そんな思いと共に、微妙な表情でシュリを見つめた。

 するとそれに気が付いたシュリが、何とも友好的な笑顔でにっこりと微笑んで来て、更に戸惑う。

 いやいや、そこはもっと憎々しげに睨むところでしょう?と。


 だが、どこをどう見てもシュリナスカ・ルバーノの笑顔は清々しいまでに好意的で、エリザベスは思わずむぅと唇を尖らせ、自己紹介の内容を更に白熱させていく。

 正直、シュリ以外のクラスメイトはどん引きする勢いの弾丸トークだったが、エリザベスは気付かない。

 気付かないまま、とってもやりきった笑顔で自己紹介を終わらせ、



 「……以上ですわ。質問のある方は遠慮なくどうぞですの」



 とサシャ先生の仕切を待つまでもなく、己でクラスメイトの質問を促した。

 が、しかし、いくら待っても手を上げる者がいない現状に彼女の顔が次第にひきつっていく。



 「え、遠慮はいりませんのよ?え~と、その、なにかありませんの?そ、その、こ、恋人の有無とか、こ、好みの殿方のタイプとか……今日は特別に答えて差し上げてもいいんですのよ??」



 具体的な例をあげて促すが、それでも手は上がらない。



 「ほ、本当に誰かいませんの??ワタクシに質問がある方は……は、早くしないと、席に戻ってしまいますわよ~?」



 そう言って、危機感を煽ってみても結果は同じ。

 とうとうエリザベスはぷるぷると震えだした。


 だが、神は彼女を見捨てなかった。


 静まりかえった教室の中で、一本の手がすっと上げられる。

 それを見たエリザベスの顔が、ぱああっと輝き、だがすぐに何とも微妙な表情に取って代わった。

 たった一人、エリザベスへの質疑応答に手を上げた人物。

 それは、彼女の最大のライバル、シュリナスカ・ルバーノに他ならなかった。





 目の前で、くるくる巻き髪の女の子の自己紹介が始まる。

 彼女の名前は、エリザベス・グルーミング。貴族の女の子のようだ。


 その名前を聞いた瞬間、シュリの脳裏にぱっと浮かぶ面影があった。

 昔々、前世で見たことのある、とっても愛らしい面影が。


 かつて、シュリがまだ瑞希であった時、彼女はとっても動物が好きだったが、動物を飼える環境にはいなかった。

 だが、彼女の周りには可愛らしいペットを飼っている人がなぜかたくさんいて。

 動物好きな彼女は、幸運な事に、可愛い動物との触れ合いに飢える事は無かったのである。


 今、目の前で一生懸命に自己紹介をしている少女を思い起こさせる存在は、そんな可愛いペットを通じて仲良くする知り合いの一人の家にいた。

 名前は偶然にも目の前の女の子と同じエリザベス。

 明るい金茶の毛皮につぶらな瞳。愛らしい姿のその子は、ロングコートのミニチュアダックスで、耳の毛がくるふわですごく可愛い子だった。


 当時の瑞希は、その子に会う度に専用のブラシでそれはもう丁寧にブラッシングしてあげたものである。

 エリザベスも、瑞希にとても懐いていた。

 遊びに行くと、飼い主よりも瑞希にべったりで、本当に可愛い子だったなぁと、シュリはほんわかした気持ちでその時の事を思い出す。

 でもそうやって思い出してみるとなぜか、エリザベスの飼い主も瑞希にべったりだったような気もするけれど。 


 ……まあ、飼い主のことは横へ置いておくとして、目の前の女の子を見ながら、シュリはわんこのエリザベスを思いほんわかした笑顔を浮かべる。

 その笑顔が、その女の子をイライラさせている事実にはまったく気付かずに。



 (エリザベス・グルーミングかぁ。グルーミング、良くしてあげたなぁ。ブラッシングも爪切りも歯磨きも耳掃除も、僕がやってあげるとエリザベスはすごく大人しくて、嬉しそうにしてたもんなぁ)



 エリザベスは元気かなぁと思いつつ、目の前にいる人間のエリザベスを見つめる。

 そうやって見れば見るほど、わんこのエリザベスに似ているような気がするから不思議なものだ。

 特に、丁寧に巻かれてくるくるしてる髪の毛が、わんこのエリザベスの可愛らしい耳を彷彿とさせた。


 ああ、お膝に乗せて、思う存分ブラッシングして、爪切りとか歯磨きとか耳掃除とか、色々お手入れしてあげたい。

 で、お手入れが終わった後は、エリザベスがお気に入りのクマちゃんぬいぐるみで遊んであげたい……そんなことを考えながら人間のエリザベスを見つめているうちに、いつの間にか彼女の自己紹介は終わっていたようだ。

 質問はないかとの彼女の言葉に、シュリははっと我に返る。


 そして、彼女がしつこく質問はないかと聞く事に、首を傾げた。

 シュリは出来れば質問なんて受けたくなかったが、彼女はその反対で、どうしても質問をして欲しいらしい。

 だが、クラスのみんなは特に質問したいことが無いようで、誰一人手をあげる様子がなかった。


 終いには、ぷるぷるし始めた人間のエリザベスが可哀想になって、シュリはせめて自分が質問をしてあげようと頭を捻る。

 とはいえ、彼女の恋人がいるかどうかは個人の自由だと思うし、好みのタイプも別に知りたいと思わない。


 じゃあ、なにを聞こう……シュリは真面目に考えた。

 そして、さっと手をあげる。


 その瞬間、目の前のエリザベスはほんの少し嬉しそうな顔をして、それからすぐに微妙な表情を浮かべた。

 そして、救いを求めるようにクラス中を見回す仕草。

 だが、シュリの他に手をあげている人物はいなかったらしく、なにやらがっかりしたように肩を落とした。

 それを見て、シュリは改めて思う。



 (さっきから睨まれてたし、なんとなく察してたけど、僕、やっぱりあの子に嫌われてるんだなぁ……)



 と。

 わんこのエリザベスはあんなに僕の事が好きだったのに……としょんぼりしつつ、だがシュリはへこたれずに心を決める。

 嫌われてるなら、これから仲良くなる努力をすればいい、と。


 どんなわんこだって、最初から仲良くなれる訳じゃないんだから、と前向きに考えてシュリは微笑む。

 そんなシュリの頭の中からは、目の前のエリザベスはわんこではなく人間だという事実がスコーンと抜けていた。



 「……くっ。他にいないのなら仕方ありませんわね……シュリナスカ・ルバーノ、質問を許可いたしますわ」



 そんな高飛車な言葉と共に指名されたシュリは、シュリ君になんて態度だと色めき立つ周囲のにわかファン達の様子に気付きもせずに、嬉々として立ち上がる。

 そして、



 「エリザベス、抱っこは好き??」



 そんな質問を勢いよくぶつけた。

 にこにこと、輝かんばかりの笑顔と共に。



 「い、いきなり呼び捨てですの!?それに、なんですの、その質問は!?抱っこは好きかって言われましても……そりゃまあ、昔はお父様に良く抱っこをねだったものですけれど……って、ち、違いますわよ!?い、今はワタクシももう大きくなりましたし、抱っこなんて好きじゃありませんわ!!!……その……そんなには……」


 「なるほど!!」



 シュリのピントのずれた質問に面食らいつつもエリザベスが何とか打ち返してきた答えに、シュリは力強く頷く。

 そして心のメモに記入した。

 エリザベスは、抱っこは大好きじゃ無いけど、そんなに嫌いでもないらしい、と。


 よし、と頷き、シュリは再び手を挙げる。

 きらきらと目を輝かせて。

 それに反比例するように、エリザベスの方は苦虫を噛み潰したような顔に。


 だが、いくら教室内を見回しても、それ以外の手が上がる気配は無かった。

 だから彼女は仕方なしに指名する。

 己がライバル認定している相手の名前を。

 指名されたライバルは、とっても嬉しそうに再び立ち上がった。

 そして……



 「エリザベスは、ブラッシングは人にやってもらう派?あと、耳掻きとか、歯磨きとかは??」



 また何とも奇妙な質問をぶつけられた。

 気に入らない相手の訳の分からない質問になど答えなければいいのに、意外と律儀なところのあるエリザベスは、なんだかんだと真面目に答えてしまう。



 「もう、訳がわかりませんわね……でもまあ、ワタクシも貴族の娘ですから、ブラッシングはメイドにやって貰うことが多いですわ。あと、爪切りも、あまり自分ではしませんわね。さすがに歯磨きは、自分でいたしますけれど……」


 「そっかぁ。ブラッシングと爪切りは人にやって貰う派なんだね……」



 そんな答えを受けて、シュリはぶつぶつつぶやきながら心のメモ帳にメモをしていく。



 「はあ……もう、変な質問ばかり、なんですの?一体……もう、さすがに無いですわよね??」



 疲れ果てたようなエリザベスの声に、シュリはぱっと顔を上げる。

 そして、



 「ちょっとまって!!もう一個だけ!!!」



 慌てたように手を挙げた。



 「ま、まだあるんですの??」



 それを見て、うんざりしたような顔をしつつも律儀にシュリを指名するエリザベス。



 「うん。大事な質問が一個残ってたんだ」


 「だ、大事な質問??」



 立ち上がりつつ、シュリは真剣な顔でエリザベスを見つめた。

 エリザベスもまた、そんなシュリの様子にごくりと唾を飲み込む。



 「うん。エリザベス……」


 「な、なんですの?」


 「好きなおもちゃってなに?やっぱりクマちゃんのぬいぐるみ??」


 「……は?クマちゃん??」


 「そう、クマちゃん。好きじゃない??」



 さあ、答えて、と見つめられ、意表を突かれた質問に頭が真っ白になったエリザベスの脳裏に自分の寝室の枕元にあるクマのぬいぐるみがぱっと浮かぶ。

 そしてうっかりそのまま、素直に答えを返してしまった。



 「あ、愛用のクマのぬいぐるみなら、いますけれど……」


 「そっかぁ!やっぱりクマちゃんが好きなんだね!!」


 「ええ……って、ち、違いますわっ!!好きとかそう言うんじゃなくて、えっと、その……べっ、別に嫌いじゃ無いというだけで……嫌いじゃないというのは、すなわち好きということでもないわけでしてっ、その……」



  はっと我に返り、わたわたと訳の分からない言い訳をするエリザベスを、シュリは微笑ましそうににこにこと見つめる。

 そして言った。



 「大丈夫、分かってるよ、エリザベス!!今度、エリザベスのお気に入りのクマちゃんで思いっきり遊ぼうね!!」



 とってもとってもいい笑顔で。



 「なっ、なんですのぉぉぉ!?そのワタクシの事を何でも分かっているとでも言いたげな笑顔はぁぁぁ!?遊びませんわよ!?ワタクシの大事なベアトリスでなんて!?」


 「そっかぁ。エリザベスのクマちゃんはベアトリスって名前なんだね。うんうん、今度、エリザベスとベアトリスと僕と、三人で遊ぼうね~?」



 墓穴をほったエリザベスに、シュリは全く悪気無く追い打ちをかけた。

 それを受けたエリザベスの顔が盛大にひきつる。



 「いやあぁぁぁ!!そんな慈愛に満ちた顔でワタクシを見るのはやめてぇぇ!!!」



 教室に、エリザベスの絶叫が響きわたり、



 「あ、遊びませんわよ!?ク、クマのぬいぐるみでなんて!!ワタクシ、もう立派なレディなんですもの!!!遊ばないったら遊ばないんですわ!!!」



 頭を抱えてぶつぶつ呟くエリザベスは、サシャ先生により強制回収される事となり。

 そんなこんなで、エリザベスのデビュー大作戦はまたしても失敗に終わった。

 まあ、ある意味目立っていたから、もしかしたら成功なのかもしれないが。

 シュリは、サシャ先生に回収されて教室から連れ出されたエリザベスを心配そうに見送る。



 (大丈夫かなぁ……今度、元気が出るようにおいしいビーフジャーキーを用意しておこう)



 彼女を追いつめた張本人なのにそれをまるで分かっていないシュリが、エリザベスを正しく人と認識するまでには、もう少し、時間がかかりそうだった。

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