間話 イルルが貰った宝物

 大騒動の入学式が終わり、バカをやった面々への説教も無事済んでから数日たったある日。

 自分の部屋でくつろいでいたシュリは、今日もいつものようにだらけきったイルルの腕の中にある薄汚れた人形に今更ながらに気がついた。



 「あれ?イルル、そんな人形、前から持ってたっけ?」



 小首を傾げてたずねれば、イルルはむふふっと小鼻を膨らませて得意そうに、



 「なんじゃ?今頃気がついたのか?良いじゃろ~?ジュディスから貰ったのじゃ!」



 言いながら手に持った人形を見せつけてきた。

 それはずいぶんと古びた人形だった。所々汚れ……というか、得体の知れないシミがついているし、ほつれている所もある。

 でもまあ、それなりに可愛らしく作られているそれは、銀色の髪で瞳は菫色。

 何だから覚えのある色彩にんんっ?とシュリは首を傾げた。



 「あれ??これって、もしかして、僕??」


 「うむっ。ジュディスの手作りなのじゃ!!」


 「へえ~。ジュディスがこんなものをね~。でも、結構古いよね?これ」


 「そうなのじゃ。ジュディスが作ったシュリ人形第一号じゃと言っておったぞ?今は最新号があるようじゃから、ご褒美におねだりしたのじゃ」


 「ふぅん……ご褒美にねぇ……ん?ご褒美??イルル、なにかご褒美もらえるようなことなんてしたっけ??」



 不思議そうにシュリがたずねると、イルルはむふんと無い胸を張った。



 「んむ?やったじゃろ?ほれ、この間、シュリの入学式の日にの」



 その言葉にシュリはさらに不思議そうな顔になる。

 入学式の日にイルルがやったことなんて、やっかいごとを引き起こしたことくらいじゃなかっただろうか?どこにも、ご褒美をもらえる要素なんて無い気がするのだが。

 素直にたずねると、イルルはむぅと唇を尖らせた。



 「なんじゃ?色々やったじゃろ??ほれ、ヴィオラの見張りとか……」


 「その見張るべき対象と、一緒になって学校に乗り込んできたのはどこの誰だっけ?」



 じと目で睨んでやれば、痛いところを突かれたとばかりに目を泳がせるイルル。



 「あ、あれは、その、あれじゃ!!あれも見張っておったのじゃ!!」


 「……見張ってた割には、別々の場所にいたよね?」



 イルルの苦しい言い訳にさくっとつっこむ。

 イルルはむぐっと言葉に詰まり、それからぷくーっとほっぺたを膨らませた。

 それが何とも可愛らしくて、シュリは思わず笑いながら指先でそのほっぺたをつついた。

 そして、拗ねたような顔のイルルの頭をくすくす笑いながら撫でる。



 「むぅ~、シュリは意地悪なのじゃ~……」



 上目遣いのイルルから恨めしそうに見られ、それに対してシュリは悪戯っぽい笑みを返した。



 「ごめんごめん。まあ、ご褒美云々はまあ、うん、納得してあげるよ。でも良くジュディスがご褒美をくれたね?」


 「む?じゃが、最初からそういう約束じゃったのじゃ。ジュディスは役に立たなければ褒美はやらんとは言っておらんかったし、問題は無いじゃろ??」



 どや顔のイルルを見ながら、シュリは思う。

 あ、役に立ってなかったって自覚はちゃんとあったんだ、と。



 (まあ、ジュディスが納得してあげたんなら、別にいいんだけどさ)



 そう思いながら、シュリは再びイルルの手の中にあるシュリ人形をのぞき込んだ。

 古いと言う割にシュリ人形の顔は不思議と綺麗で、大切に扱われていたのがわかった。

 主に汚れているのは手の先の辺りなのだが、何かで濡れてしまってシミになったような、そんな汚れ方である。

 そんなシュリの視線に気づいたのか、イルルもまた自分の手の中のシュリ人形に目を落とし、



 「まあ、ちょびっとは汚れておるが、綺麗じゃろ?ジュディスが大事にしていた証拠じゃの。まあ、最近は新しい人形を使うことが多いから、この人形を使うことは滅多にないと言っておったのじゃ」



 そんな情報をくれた。

 それを聞いたシュリは思わず首を傾げる。



 「ん??使う??」


 「うむ。そう言っておったぞ?あと、なんじゃったかな~……おお、そうじゃ!人形の足の付け根の辺りにスイッチがあるから、必要なときはそこを押すと良いとも言っておったの。ん~、あとは~……あっ、使ったらその都度洗わないと大変なことになるから気をつけてともいわれたのう」



 にこにこ笑いながら、イルルが教えてくれる。

 イルルはたぶんなにも気づいてない。

 だが、シュリはジュディスの言葉が意味することに気づいて、何ともいえない眼差しを、シュリ人形の股間に注いだ。



 「……イルル?人形のスイッチを……いや、いい。僕が押す……」



 いくら人形とはいえ、己を模した物の股間を押してほしいとはさすがに言い難く、シュリは自ら手を伸ばして、シュリ人形の股間を押した。

 かちん、と何かが沈み込む感触があり、それと連動するようにシュリ人形の両手の先がブルブルと震え始める。



 「おおっ!!なんじゃ、これは!?動いておるぞ!!うは~、すごいのう!!」



 イルルは純粋に無邪気に、振動するシュリ人形を見て嬉しそうな声をあげる。

 そんなイルルを可哀想な子を見るような眼差しでなま暖かく見ながら、シュリは手を伸ばし、そっとシュリ人形のスイッチを切った。

 そして思う。

 ジュディスってば、なんて物をイルルにあげちゃったんだ、と。


 シュリは、ジュディスの一人エッチ用に作られたのであろうシュリ人形をちらっと見つめ、それからイルルの肩をがしっとつかむ。

 そして言った。

 この人形は、きっとみんなが欲しがるから、とられたくなかったらみんなに内緒で隠しておいた方がいい、と。


 シュリのその忠告を聞いたイルルは、とられたら大変だと、そのシュリ人形をタペストリーハウスの中の自分の部屋に大事に大事にしまい込んだ。

 それ以降、その初代シュリ人形が本来の目的で使われることは決してなかった、らしい。

 まあすぐに、毎晩抱きかかえて眠るイルルのよだれで、それまで以上にべとべとになってしまったのは余談である。

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