第百六十一話 そして、戦いへ④

 スベランサへ向かう亜竜の群れのど真ん中で、ヴィオラは亜竜達を殴っては投げ、殴っては投げを繰り返していた。

 愛用の武器はあえて使っていない。

 なぜなら、使えば明らかにオーバーキルになることは分かり切っているからだ。

 今回のミッションに関していえば、剣でサクサクっと切って終わり、というわけにはいかないのである。

 一応、余程の非常事態が起きない限りは、亜竜達へのダメージは半殺しに止め、元の住処にお帰りいただく予定なのだから。


 だが、ヴィオラは知らない。

 この時点で、かなりの非常事態が起きていることを。

 そのことを知らないまま、ヴィオラはドラゴンの峰のあるヴィダニア山の山頂近くにちらりと視線を投げかけ、



 (シュリ、もうちょっと待っててね?出来るだけ早く、この駄竜達を叩き伏せてそっちに行くからね!!)



 心の中でシュリに話しかける。

 そして、一匹、また一匹と亜竜の巨体を叩き伏せ、戦闘不能になった亜竜達の山の高さを更新していくのだった。






 アズベルグに向かう道の途中で。

 空腹に凶暴性を増した亜竜達がふと足を止めた。進路のど真ん中に立つ、四人の人影に気づいた為である。

 それは人のように見えたが人では無いようだった。

 彼らは一瞬戸惑い、だがすぐにまた走り出した。

 人であろうと人で無かろうと関係ない。目の前にあるものはすべて食らいつくす、ただそれだけのこと。


 飢餓に理性を失った魔物達は、四人の人影に群がるように取り囲んでいく。

 目指す目的地は他にあるが、その前にちょっとしたつまみ食いをして悪いこともあるまい。

 彼らはそう考えたのだ。

 だが、すぐにそれが間違いだと気づく。気づきはしたが、手遅れだった。

 なぜなら、四人の人ならざる者達は、彼らを一匹たりとも逃がすつもりが無かったから。



 「アリアの予想はドンピシャだったなぁ。あちらさんから来てくれたぜ?炎を使えねぇのは残念だが、まあ、拳一つでも十分っていや十分か。いたぶってやるぜ」



 そう言って、ニヤリと獰猛に笑ったのは赤い髪の女。

 彼女のその笑みを不幸にも目にしてしまった亜竜の数匹がビクリとその巨体を震わせる。



 「ねーねー、半殺しってどのくらいで止めればいいのかなぁ??拳に風を乗せると亜竜さんが切れちゃって中身が出ちゃうだろうから、それはやりすぎなんだよね?きっと」



 無邪気な顔をして、妙に凄惨な内容を話すのは緑の髪の少女。

 彼女はにこにこと、自分に向かってくる亜竜達を待ち受けている。



 「イグニスもシェルファも落ち着け。とりあえず、一匹も逃がさないように、土の壁で囲うからしばし待て。怯えた亜竜が逃げ出して人間に被害を出したら、シュリが悲しむ」



 言いながら、自分達とそれを取り囲む亜竜達の周囲に分厚い土壁を一瞬で作り上げたのは、茶色い髪の凛々しい女。

 自分達の逃げ道を塞がれ、亜竜達の間に動揺が走る。



 「さ、グランが逃げ道もしっかり塞いでくれた事ですし、さっさと殺っちゃいましょう。あ、いけない。殺しちゃいけないんでしたわね。ちょっと残念ですけれど、十分に手加減して半殺しを目標に頑張りますわよ」



 最後の青い髪の女・アリアの号令に、他の三人がおー、と手を挙げて答える。

 アリアは氷のような冷たいまなざしで、亜竜達の数を数え、思っていた以上の多さに気だるい吐息を漏らした。



 「ああ……思っていたよりも多いですわね。こちらは早く終わらせて、シュリの元へ戻りたいと言うのに」


 「時間をかけすぎて、シュリを一人にする時間が長くなるのは心配だ。巻きでいこう、巻きで!!あ、だが急ぎすぎて力加減を間違えないようにな?亜竜といえど、内臓破裂させたら流石にまずいかもしれんからな!」


 「はーい、気をつけるよ~!早くしないとシュリが寂しがるから、がんばろ~!」


 「だな。まあ、寂しいかどうかはともかく、あたし等がいなくてもシュリをどうにか出来る奴なんていやしねぇとは思うけどよ。早く帰って、シュリの顔が見てぇしな!!」



 さー、頑張ろうと、気合いを入れる彼女達は知らない。

 今、この瞬間、彼女達が絶対にあり得ないと思っている事態が起きていると言うことを。






 アズベルグの領主館。

 ここ数日、執務室に詰めっぱなしのカイゼルは今日も今日とて、呼び出したアズベルグ冒険者ギルドの長と顔をつき合わせて話をしていた。



 「二手に分かれた亜竜の群れの片方が、アズベルグ方面へ向かっているというのは確かな情報なんだな?」


 「ああ。少し前に、スベランサのギルド長からの伝書の魔鳥がついた。スベランサへ向かう亜竜の群れの方が大きいらしく、現在はSS《ダブルエス》の冒険者、ヴィオラ・シュナイダーが単独で対処をしているそうだ。スベランサの防衛戦力は、彼女が討ち漏らした亜竜の対処だけで手一杯らしい。余剰の戦力はないそうで、まずはスベランサの群れを対処してからこちらの対処、ということになるようだ。だから、それまでは……」


 「こちらの兵力で何とかしろと、そう言うことだな」


 「まあ、そう言うことだ」


 「召集に応じた冒険者達のランクはどのレベルなのかね?頼りに出来そうか?」


 「悪くはないが良くもない、と言うのが本音だな。もともと、この辺りは強い魔物が少ないせいで、高ランクの冒険者は寄りつかないんだよ。C,Dランクがほとんどで、Bランクが数人と言ったところか。亜竜数体なら何とか出来るだろうが、それ以上の集団となると、かなり厳しいな」


 「そうか。こちらの兵力も一般兵がほとんど。突出した者はわずかだ。街に籠もるしかないか」



 二人は真剣な表情で、亜竜の群れをどうやり過ごすかを話し合う。

 そうして話し合いながらふと、カイゼルは先ほど名前の出た凄腕の冒険者へと思いをはせた。

 正確には、その冒険者と行動を共にしているはずの、可愛くて可愛くて仕方がない、五歳の甥っ子の事を思った。

 シュリは、ちゃんと安全なところにいるだろうか?万が一にも危険な目にあっていないだろうか、と。


 カイゼルは知らない。

 自分のその心配の通りの、万が一の危険な状況のただ中に、彼の甥が置かれていると言うことを。

 だが、知っていたとしてもなにも出来ようはずもないのだから、知らなくて良かったのかもしれない。

 カイゼルはなにも知らないまま、己の街の安全の為の話し合いを続けるのだった。






 アズベルグ・ルバーノ家。

 家族も使用人も、カイゼルを通じて現在のアズベルグが置かれた状況を知っており、不安を感じる子供達を落ち着かせる意味もかねて、家族全員が居間に集まって過ごしていた。

 普段は同じ敷地内の別の屋敷に居を構えるルバーノ家の前当主でありシュリの祖父であるバステスと、その妻でありシュリの祖母であるハルシャも今は、こちらの屋敷でくつろいでいる。

 屋敷の外には兵士達が警備を固めており、いざというときに逃げるための準備も念の為に整えられつつあるようだ。



 (でもなぁ。本当にいざという時が来てから逃げ出しても、多分手遅れだろうなぁ)



 忙しく立ち動く使用人や兵士達の様子を見ながら、ミフィーは口には出さずそんなことを思う。

 自身は冒険者では無かったものの、母親も父親もその友人達も冒険者としては一角の人達だった。

 更に、ジョゼにプロポーズされて結婚するまでは、長いこと冒険者ギルドの受付職員として働いていた経験もある。

 その為、亜竜と呼ばれる魔物に関しての知識も、一般の人よりは豊富に持っていた。


 いざと言う時……それはきっと、襲い来る亜竜を防ぎきれずに、街への進入を許してしまったときの事。

 だが、そうなってしまってから悠長に逃げようとしても、逃げられるはずがないのだ。

 まず、馬車につないだ馬が言うことを聞かないだろうし、もし馬が何とか走ってくれたとしても、亜竜の走る速度はもっと早い。

 あっという間に追いつかれてしまうはずだ。

 だから、街の防壁を破られてしまった時点で、もう手遅れなのだ。逃げる意味なんてない。

 そんなことを思いながら、ミフィーはぼんやりとイスに座っていた。

 そして思う。

 シュリはどうしているだろうか、と。



 (確か、亜竜達が一番向かう確率が高い街が、スベランサ、だったわよね。スベランサ……お母さんがホームにしてる街。もしかしたら、今、シュリはそこにいるのかもしれない)



 だとすると、今現在シュリがいる場所は、いちばん亜竜襲われやすい場所でもあるのだが、ミフィーはそれほど心配はしていなかった。

 なぜなら、シュリのそばには、ちょっとちゃらんぽらんでいい加減だけど、正義感にあふれ滅法強いミフィーの母親がついているからだ。

 ヴィオラ・シュナイダー。彼女以上に強くて頼れる冒険者を、ミフィーは知らなかった。

 だから、



 (シュリがここにいなくて良かった。お母さんが一緒なら、絶対に安全だもの)



 心からそう信じて微笑む。

 彼女は知らない。

 シュリが今、ヴィオラのそばにいないこと。

 シュリがただ一人で未知の脅威に遭遇していることを。



 (シュリ、どうか無事でいて。母様も、万が一の時がきても何とか生き残れるように頑張るから)



 なにも知らないまま、ミフィーは祈る。

 ただ、お互いに生きて再会する、その事だけを。






 エルジャバーノの家のテーブルを囲んで、食事をしていた三人娘は、ふと何かを感じたように食事の手を止めて顔を見合わせた。



 「……なんの根拠もないのだけれど、シュリ様が危険な気がするわ」


 「……奇遇ですね。私もいま、そう言おうとしたところです」


 「……二人も?私も、同じ事を言おうと思ったの」


 「「「不吉だわ(ですね)(だね)」」」



 声をそろえてそう言って、三人はガタリとイスをならして立ち上がる。



 「エルジャバーノ様はどこだったかしら?」


 「確か、家庭教師の時間だったと」


 「ああ、リリシュエーラさんのところね」


 「「「急がないと」」」



 三人は顔を見合わせて頷きあうと、エルジャバーノの家を飛び出した。

 目指す先は、エルジャが家庭教師を務めているリリシュエーラの住む里長の家だ。

 理由は簡単。

 エルジャバーノを締め上げて、なんとかシュリの行き先を吐かせる、ないしは行き先のヒントを教えてもらうため。

 なぜだかわからないが、今すぐシュリの元へ行かなくてはという気持ちになった三人は、その為には手段を選ぶつもりは無かった。

 唯一シュリの危機を察知した三人は、シュリの元へいけるのか!?エルジャバーノは果たしてどうなってしまうのか!?

 その結果が出るまでには、まだもう少し、時間がかかりそうだった。





 高熱のブレスをたとえ数秒とは言え直撃で受けたシュリは、力なく地面に倒れ伏したまま、だが意識はなんとか保っていた。

 ステータス画面を開き、目の動きだけでステータスを追う。

 HPがかなりヤバいことになっているが、ゼロではない。

 盾を失った後も、体を覆っていた鎧がなんとかブレスの威力を殺してくれたのが良かったかもしれない。

 鎧が出してくれた魔法防御的な光の膜がなかったら、シュリはもしかしたら黒こげになっていたかもしれなかった。



 (な、なんとか、助かった、のかな)



 わずかに吸い込んでしまった灼熱のブレスで熱せられた空気で焼かれた喉が痛くて、息を吸い込むのも辛いが、でも生きてる。

 自分の事をチートだ、化け物だと思っていたけど、上には上がいるもんだなぁ……とぼんやり思いつつ、[自動回復]のスキルが体を癒してくれるのを待つ。

 こう言う時は、もっと別な回復手段が欲しいなぁと、切実に思いながら。

 まあ[癒しの体液]という回復スキルもあるにはあるが、自分に使用するにはちょっと使い勝手が悪いスキルである。



 (回復魔法、欲しいなぁ。カイゼルの書庫には無かったんだよね、回復系の魔法書……水魔法にも回復系の魔法があるはずなんだけど、どうしてだか、攻撃系の魔法しか覚えられないし……)



 僕って、回復系の適正が低いのかなぁ、シュリは体中の痛みから気を逸らすように考えて小さく吐息を漏らす。

 だが、今はそんな些細なことですら痛みを増幅させる一因でしか無く、シュリはぐっと奥歯をかみしめた。

 体中が痛くて、息も苦しい。しかし、このままのんきに寝ているわけにいかないのは分かっていた。

 すぐ近くに敵がいるのだ。しかも、シュリを傷つけられるだけの力を持つ敵が。



 (もう少し……もう少しだけ時間があれば動けるようになる。あと、少しだけ……)



 だが、相手にはそれを待つつもりは無いようだった。



 「ほう。面白いのう」



 耳に届いたのはそんな声。

 妙齢の女性の声のようにも聞こえるし、もっと年若い少女のようにも聞こえる。

 その声は言葉の通り、本当に楽しそうに聞こえた。

 こんな場面でなければ、その相手の好意を疑いようもないほどに。



 「羽虫が飛び込んできたと思って思わずブレスを吐いてしまったが、随分と歯ごたえのありそうな羽虫じゃ。どれ、もう少し妾を楽しませてみよ」


 (た、ただの羽虫程度の存在にあのブレスって……どれだけ過剰防衛なんだよ!?)



 内心突っ込みつつ、やっと動くようになってきた顔を何とか持ち上げる。

 そして、その視界に飛び込んできた光景に、シュリは純粋な驚きと共に目を見開いた。


 そこにいたのは龍だった。

 だが、ただの龍ではない。

 なんだか妙に禍々しいというか神々しいというか、一目で普通とは違うと分かる。

 赤黒く輝く鱗に黄金の瞳。一流の細工師が精魂込めて作り上げたかのような、流麗で美しいその姿に思わず目を奪われながら、



 「りゅ、龍……?」



 シュリはそんな疑問を唇からこぼれ落とす。

 そんなシュリの呟きに、その生き物はふんっと鼻を鳴らした。シュリを小馬鹿にするように。



 「妾をただの龍如きと一緒にするのではないわ。妾は炎の上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンじゃぞ?ただの古龍エンシェント・ドラゴンよりも偉いんじゃぞ?本来なら、お主のような羽虫が話しかけられるような存在じゃないんじゃぞ!?」



 恐れ入ったか、というように妙に得意げにそのハイなんたらとかいう偉そうな龍が胸を張る。

 それを見て思った。


 あ、この龍、中身は残念な人だ、と。


 だが、口には出さない。

 さすがのシュリも、今の段階で再びさっきのブレスを受けきれる自身は無かった。

 今は、相手を怒らせない方がいい、と思いながら、慎重に相手の様子を伺う。

 一応、言葉が通じるのだから、説得する事は出来るかもしれない。 

 出来ることなら説得したい。

 なぜなら。



 (戦っても、勝てるか微妙だしなぁ……まあ、問答無用で負けるとも思ってないけど)



 と、言うわけである。

 ブレス一つでこんなボロボロなのに、勝負になるのかという疑問もあるだろうが、正直、最初こそは不意をつかれたが、もう一度同じ攻撃を放たれても避ける自信はあった。

 ただし、もう少し体が動けるようになれば、だが。

 相手の攻撃を問題なく避けられるようになるまでは、もうしばらく時間がかかりそうだった。

 説得するにしろ、それが叶わず戦うにしろ、なんとしてももうしばらく時間を稼がなければ話にならない。

 シュリは、どうやって時間を稼ごうかと考えながら舌先で唇を湿らせた。

 だが、当然のことながら相手はシュリの思うようには動いてくれない。



 「さぁて。羽虫殿にはもう少し妾を楽しませて貰おうかの。少々長生きしすぎて、正直退屈しておる。この世には、妾が楽しめる娯楽がたりんのじゃ!!……と、言うわけで、羽虫よ。そなた、もう一度、炎の中で踊ってみせよ」


 (まさか……嘘でしょ??さすがにこのタイミングでもう一回あのブレスは死んじゃうよ?ぼく)



 そんなシュリの心の叫びを相手が知るはずもなく、炎のハイなんたらドラゴンは、心底楽しそうにぱかりと大口を開けた。

 その奥に、赤々としたブレスの輝きをみたシュリは思う。

 あ、死んだな、と。


 とはいえ、一応あがくつもりではいる。

 だが、未だに体の自由はきかないし、使えそうなスキルをフル活用しても、どれだけあのブレスの威力を削ることが出来るか。

 そして、ぎりぎりまでブレスの威力を削れたとして、その残りカスが与えるダメージに、今のシュリがどれだけ耐えられるか。

 正直、活路が見いだせる気がしなかった。



 (はは……今の状況を覆せるだけの、スキル、今すぐ手に入らないかな)



 しまいには、そんなことすら考える始末。

 だが、いつものアレがやってくる気配は無く、シュリの見つめる前で、龍のあぎとから真っ赤な炎の奔流が吐き出された。

 シュリは最後まであがくため、機械的に役に立ちそうなスキルを次から次へと発動する。

 だが、それでも自分が助かるとはどうしても思えなかった。



 (とうとう、運命の女神様にも見放されたかな……)



 ちょっと放置しすぎたかなと反省しつつ、迫るブレスを見つめる。

 その脳裏を、今まで出会った様々な人の顔が次から次へと浮かんでは消えていった。

 そして、一番最後に思い浮かんだ顔。それは……



 (……桜)



 なぜか前世での親友の、あきれたような顔だった。

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