第百五十一話 ちょっとのんびりするはずが?
翌日、妙に甘酸っぱい雰囲気の中目覚めた後、ちょっぴり後ろめたそうに目を泳がせたリリシュエーラに連れられて、シュリは無事にエルジャの家へと帰還した。
シュリが帰ってきて大喜びのヴィオラに出迎えられて抱きつぶされ……抱きしめられたシュリは、祖母の腕の中からリリシュエーラをじっと見つめた。
「リリお姉さん。おじー様のこと、許してくれる?」
昨日は結局なんのために行ったのかわからないような状態になってしまったが、最初の出だしはそれだったはずだ。
リリシュエーラもその事がすっかり頭から抜け落ちていたようで、一瞬きょとんとした後、ああそう言えばと言うように頷いて、
「正直、エルジャバーノの事はもういいわ。大して興味もないし、もう怒るのもやめることにするから安心して。今の私は、むしろ……」
そう言いながらシュリを見つめた彼女は、なんだか色っぽく目元をほんのり赤くした。
「リリお姉さん?」
「シュリ、これからは昨日みたいに、普通に名前で呼んで?その方が嬉しいわ」
「えっと、うん。わかった。リリシュエーラ」
求められるままに呼び方を変えると、彼女は嬉しそうに微笑んで、
「じゃあ、シュリ。今日はもう帰るわね。……また、会いに来るわ」
そう言い残して、二日酔いの里長を引きずるように帰って行った。
(な、なんだか、ちょっと微妙な雰囲気だったけど、アナウンスは流れなかったし、セーフだよね??)
彼女を見送りながらそんな事を思うシュリ。
今回は、妙なフラグを立てていないといいなぁと思いつつ、シュリを思う存分堪能するヴィオラの頬ずりを大人しく受けるのだった。
『それでは、今シュリ様は、今、エルフの隠れ里にいらっしゃるんですね?』
『うん。そうだよ、ジュディス。そっちはどんな感じかな?まだ、王都でしょ?』
『はい。ですが、もう出立の準備は整ってます。馬の調子も万全ですし、すぐにそちらに向かいますね』
『えっと、しばらくおじー様の家に居るだろうし、そんなに急がなくてもいいんだよ?』
『ダメです。のんびりなんてしてられません。ただでさえ、シュリ様分が不足しているんですから、一刻も早くシュリ様に合流できるように夜を徹して向かいます』
『いや、徹さなくていいからね!?』
『日夜問わずに馬を走らせる所存です!』
『ま、まあ、いいや。とにかく、無理だけはしないでね?おじー様に聞いた裏ルートだけど、さっきの説明でわかった??』
『もちろんです。脳裏に刻みつけました』
『そっか。そっちのルートなら、正規のルートより早く着けるっていうから。おじー様から、里長にも話は通してもらっておくから、安心して来てね?』
『わかりました。ありがとうございます、シュリ様』
『重ねて言うけど、くれぐれも無茶はしないように。みんなが無事に姿を見せてくれることが一番嬉しいんだからね?じゃあ、シャイナとカレンにもよろしくね』
『はい。では、失礼します』
昨夜は酒を飲んで夜更かししたせいもあり、昼間からシュリを抱えたまま爆睡をしているヴィオラの腕の中で、シュリはジュディスとの念話を終えた。
もう少し早く連絡をしたかったが、色々とばたばたしていたせいで、ついつい後回しになってしまったのだ。
その流れで、愛の奴隷三人の状態に異常がないかどうか、ステータス画面で確認しておく。
幸い、今のところは特に問題はなさそうだった。
だが、この状態が長引くのは流石に危険だろう。そろそろ一度、三人と顔を合わせて、彼女達の欲求を解消しておく必要があるだろうと思われた。
とりあえず、ヴィオラの話によれば、しばらくはここでのんびりしてから次の場所へ行くつもりだとの事。
まあ、余程の事がない限りはエルジャバーノの家で愛の奴隷三人を待つつもりだった。
しかし、物事とは中々思うようにいかないものである。
最初の異変は、ヴィオラが爆睡中の寝室に踏み込んできたエルジャによってもたらされた。
「ヴィオラ、あなたに手紙です……ってなんです?こんな昼間から。ほら、起きてください!!急ぎの手紙みたいですから」
「んう~??やだぁ。まだ、眠いよぅ……」
「子供みたいに駄々をこねるのはやめてください。いい年して恥ずかしいですよ」
「いっ、いい年いうな!!私は永遠の乙女なんだからね!?エルジャのばーか、ばーか」
「子供どころか、孫までいるのに何言ってるんですか。まったく。はい、これ。確かに渡しましたよ?」
後で受け取ってないって言っても知りませんからね、と持っていた手紙をヴィオラに押しつけ、エルジャはやれやれと呆れたように肩をすくめながら寝室を出ていった。
ヴィオラはそれを見送り、シュリを抱きしめたままもそもそと起きあがると、くあっとあくびをしてから押しつけられた手紙に目を落とした。
「ん~~?スベランサの冒険者ギルドからだ……。なんで私がここにいるって分かったんだろ??ま、いっか」
そう言いながらびりびりと手紙の封を開け、中の紙に目を通していく。
最初は眠そうだったヴィオラの目が、徐々に真剣になり、最後には食い入るように手紙の文字を追っていた。
「おばー様?」
首を傾げて問いかけるようにヴィオラの顔を見上げる。
ヴィオラはそこで初めてシュリの事を思い出したようにシュリの顔を見て、何かを迷うように眉根を寄せた。
だが、それも一瞬のこと。
すぐに普段の表情に戻ったヴィオラは、大きく頷くとシュリを抱いたまま立ち上がった。
「どうやら私のホームグラウンドで問題が起きたみたいなの。すぐにここをたつわ」
「すぐに??」
「ええ。緊急を要する事みたいだから、急いで帰ってあげないと。……シュリは、どうする?」
問われたシュリはほんの少しの間考え込む。
問われるまでは普通に付いていくつもりだった。
だが、ついて行かなくてもいいという選択肢もあるのなら、検討すべきこともある。
(どうしようかなぁ。ついさっき、ジュディスにここで待ってるって言ったばかりだし……)
そうは思うものの、何となくヴィオラを一人で送り出すのは不安だった。
SS《ダブルエス》の冒険者であるヴィオラを必要とするような事態なら、かなりの危険を伴うはずだ。
ヴィオラがものすごく強いのは分かっているが、それでも世の中、絶対と言うことはない。
万が一のことがおきてヴィオラに何かあったら、と思うと足がすくむような思いがした。
そんな事、考えるだけで恐ろしいが、考えなければ備える事も出来ないだろう。
シュリは真面目な顔で色々な可能性を検討して、一つ頷く。
少なくとも、自分が居ることが何かの足しになる可能性はあるだろし、傍にいればきっと何らかの役に立てるだろう。
そう考えてシュリはヴィオラに付いていくことにした。
シュリが必要とならないならそれはそれでいいのだから。
「僕も、一緒に行くよ」
「そう。分かった。エルジャに話をしてくるから、シュリは出かける準備をしておいて?」
シュリの返事を聞いたヴィオラは嬉しそうな顔をし、だがすぐにその表情を引き締めた。
そして、足早に寝室を出ていってしまった。
一人部屋に残されたシュリは腕を組んで考え込む。
手紙の内容は分からない。だが、あのヴィオラが真剣にならざるを得ない出来事が起こったことは確かだ。
(のんびり過ごすはずが、どうやらものすごく忙しくなっちゃいそうだな)
シュリは表情を引き締める。
(何が起こっているのかは分からないけど、僕のやることは一つだ)
家族を、ヴィオラを守ること。
もし、万が一、彼女の手にすら余る事態になったときに、彼女を助ける。
今のシュリには、それだけの力があるはずだから。
(家族を失うなんて事は、一度だけでたくさんだ)
もう僕は、何も出来なかったあの頃とは違うんだからーシュリは強い光を宿したまなざしで、ヴィオラが出ていった扉を、じっと睨むように見つめた。
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