第百三十話 ジャズの好きな人?②
「あのさぁ?ジャズはあのマッスリー君をどうして好きになったの?」
「え、ええ~!?どうしてって、あの……」
わたわたするジャズをなだめすかしつつ、細かく事情を聞く。
彼女の話を要約すれば、ジャズがマッスリー君に惚れたのは数週間前。
冒険者養成学校の実地教練の際の事だった。
実地教練とは生徒を数人ずつ分けて班を作り、実際に冒険者ギルドの張り出してある下位の依頼を受けさせると言う内容のもの。
班ごとに一応、教師か現役の冒険者が付くらしいのだが、その教練中にモンスターから狙われたジャズをたまたま守ってくれたのがマッスリー君だったらしい。
そうやって守られた事があまりなかったジャズは、それでうっかり彼に惚れてしまったらしいのだ。
更に、最初の頃はマッスリーも紳士的だったらしい。
そこがまた、ジャズの心の琴線に触れてより好きになってしまったようだ。
しかし彼は、ジャズが自分にすっかり惚れたと確信した後、さっきのように欲望丸出しの狼君に変身してしまったと、そういうわけだ。
もし彼もジャズに惚れているのであれば問題はないように思えるが、どうやら一人の女に縛られたくないというのが彼の主張らしい。
そんな訳で彼は見た目通り精力的に色々な女性に粉をかけているのだが、そのうちの一人がジャズ、ということらしいのだ。
でも、ジャズとしてはきちんとおつき合いしてからじゃないと、そういう関係になるのは良くないと彼の誘いを頑なに断り続けて今日に至ると、そういう理由みたい。
(えらいよ、ジャズ!マッスリー君みたいな奴は、ヤった女に興味はない系男子の典型っぽいからねぇ)
でも、実際問題、どうするべきなのか。マッスリー君を力づくで更生させて、ジャズを好きにならせれば問題解決のように思えるが、シュリの目から見て、マッスリー君にジャズはもったいない。
ジャズにはこれから先、もっといい男とおつき合いできる可能性が大いにあるし、できれば素敵な男性とおつき合いして欲しいとも思う。
ジャズからしたら、余計なお世話なのかもしれないが。
腕を組み、うーんと唸り、それから再びジャズを見上げた。
「ジャズはさ、マッスリー君の一張羅ってどう思う?」
「え?ああ、彼がいつも着てる服?個性的で素敵、だと思うけど」
「じゃあさ、今みたいに、ジャズが見てる前で他の女の人を口説くのとかは?」
「うーん。嫌だけど、仕方ないよ。マッスリー君はかっこいいし」
「か、かっこいい?」
「うん、かっこいい。顔も男らしいし。あ、それから声も渋いよね!!それに、ちょっと恥ずかしいけど、匂いもワイルドでドキドキするし」
「そ、そう……」
(に、匂いもワイルドって……あれはちょっと不潔なだけだよ。断じて男のフェロモンとは認められないレベルに……。だめだなぁ……もう、すっかり、あばたもえくぼ、状態に突入してる……あれだよね。初めて年頃の男性に守って貰って、刷り込みみたいに惚れちゃったんだろうなぁ、たぶん。ジャズって奥手そうだし。なんとかするにしても、言葉での説得は無理かぁ)
かといって、このまま放っておくと、あのヤローに近々美味しく頂かれちゃいそうだしなぁ、そんな事を考えてシュリは顔をしかめる。
それはそれでなんとも言えずに腹立たしい。
ジャズが幸せならいいのだが、あの男と一緒にいてジャズが幸せになれるとも思えない。
ならばどうするか。実力行使をするほかない。
と、いっても、シュリが相手を一方的に叩きのめしたのでは意味がないだろう。
むしろ、今回はシュリが叩きのめされる必要がある。
題して、『ちっちゃい子をいじめる男って最低よね』作戦だ。
シュリはきりりと顔を引き締めて、ジャズの手を引いて再びヴィオラの元へと戻る。
ヴィオラのアイアンクローがかなりいい具合に決まっているらしく、マッスリー君はちょっとぴくぴくしてやばい感じだ。
早く解放しないと、どうこうする前にマッスリー君、しんぢゃうかもとシュリは慌ててヴィオラに声をかける。
「おばー様、もういいよ。後は僕に任せて?」
「事情は?」
「聞いた。でも、言葉での説得は無理なレベルかな。とりあえず、僕に作戦があるから任せてよ」
「……大丈夫なの?」
「大丈夫だって。おばー様は僕のレベル知ってるでしょ?そう簡単に死なないから。心配になっても、なるべく手は出さないでね?」
「ん~……仕方ないわねぇ。分かったわ。でも、本当に危ないときは助けてって言うのよ?そしたらなにが何でも助けてあげるから」
「うん、ありがとう。じゃ、その人解放して」
「あ~、そうね。はいはい」
ヴィオラが手を離すと、マッスリー君は無様に尻餅をついて、両手で顔面を抱えた。
「うぉぉぉぉ~~!?いってぇ~。し、しぬかと思ったぜぇ」
シュリはそんな彼の前にちょこんと座り込み、にっこりと微笑みかけた。
「お兄さん、お兄さん」
「あ?」
「昼間は残念だったねぇ?」
「はあ?昼間??」
「ほら、その一張羅。汚されちゃったんでしょう?」
「ああ。ほっせぇ男がぶつかって来やがってよ……って何でしってんだよ?」
「だって僕、そこにいたもん」
「あん?」
「ちなみに、あの細いお兄さんを逃がしてあげたのも僕だよ?」
「はぁ?なにいって……」
「その一張羅っていうには微妙なセンスのその服をちょっと汚されたくらいで金貨五枚って、ひどいぼったくりだって思わない?」
「……てめぇ。喧嘩売ってんのかぁ?」
「そうだよ。買ってくれる?僕が勝ったら、ジャズのことはすっぱり諦めてね?あんたにジャズは、もったいないよ」
「言ったなぁ?がきんちょ。後で泣いて謝っても許してやんねぇぞ?」
「そっちこそ、おしっこちびっても知らないよ?」
「バカにしやがって、このくそガキ!!」
ほえたマッスリーは立ち上がり、腰に携えていた両手剣を抜き放ち、いきなりシュリに切りかかってきた。
沸点が低いなぁと思いつつ、それもまぁ好都合なので、ちょっぴり傷が付くくらいのスピードでその剣先を交わす。
彼の剣が少しだけシュリの腕をかすめ、赤い血が、飛び散った。
「シュリ!!」
ジャズの声が聞こえる。心配そうな声だ。
ここまでは思惑通りと、内心笑みをこぼしつつ、
「ジャズお姉ちゃん、大丈夫だよ。僕はこのお兄ちゃんがやったことがどうしても気になって注意しただけなんだ。カツアゲは良くないよって。だから、きっと話せば分かってくれるよ!!」
「カツアゲ……本当なの?マッスリー君!!」
「カ、カツアゲなんてやってねぇし!!」
「今日の昼間、細くて弱そうな男の人から、金貨五枚も巻き上げようとしてたじゃないか」
「あ、あれは、相手がオレっちの服を汚したから、そんで」
「でも、金貨五枚は暴利だ!」
「シュ、シュリ。でも、マッスリー君にも事情があったみたいだし」
ね?落ち着いて?となだめるように声をかけてくるジャズを、シュリは振り向ききっと見つめた。
「僕は!ジャズお姉ちゃんの好きな人が悪いことをする人なんて嫌だっ!!だから、悪いことは悪いってちゃんと注意する!!そうしないと、ジャズお姉ちゃんも、悪い人の仲間にされちゃうかもしれないもん!!」
きっぱり言い切って、じっとジャズを見つめた。
純粋な正義感と好意を込めた瞳で。
「シュリ……」
「ジャズお姉ちゃんの好きな人は、いい人じゃないとダメなんだ。お姉ちゃんとお似合いの人じゃなきゃ。そうじゃないと、僕……」
ここで、お姉ちゃんにあこがれている小さい子成分を注入。
少し、ジャズに揺さぶりをかけておく。
お姉ちゃんが好きだからこそ、相手もいい人じゃないと諦めきれないオーラを出しつつちょっぴり恥ずかしそうに目をそらし、それから再び真剣な眼差しでジャズを見上げた。
「とにかく!僕はお兄ちゃんが、悪いことをしました、ごめんなさいって謝るまで納得しないんだからね!!」
そう叫んだ。
その背中に、再びマッスリーの剣先が迫る。
(しっかし、遅いなぁ。これ、よけないのも難しいや)
彼の剣撃そう評しつつ、今回もわずかに傷つくタイミングを見計らってよける。
今度は背中を縦に浅く切り裂かれた。
「あっ!!」
あえて小さな悲鳴をあえて上げ、よろよろと前によろけると、受け止めようと手を広げたジャズの胸の中に飛び込んだ。
「マッスリー君!!止めて!!!こんな小さな子に!?」
「うっせぇなぁ。ジャズ!!お前、オレっちに惚れてんだろ!?だったら、オレっちのしたいことに口を出すんじゃねぇ!!!」
マッスリーの声にびくりと体を震わせ、ジャズはシュリの体を抱きしめる。
その時、シュリの背中に触れた指がぬるりと滑ったのを感じて、彼女は目を見開いた。
「シュリ!!怪我してるよ!?」
「だ、大丈夫だから。ジャズお姉ちゃんはみてて!」
シュリは頑なにそう返し、再びマッスリーに向き直る。
ジャズは、自分に向けられたシュリの背中から少なくない量の血が流れているのを見て、
「マ、マッスリー君!!こんな子供に真剣で襲いかかるなんて、男らしくないよ!!」
「うっせぇなぁ!!黙ってろっていってんだろぉ?それともなにかぁ?そのガキの代わりにジャズ、おめぇが詫びを入れてくれるとでもいうのかよ?」
「そうしたら、許してくれるの?」
「まあ、考えてやってもいいぜ?」
「どうすれば、いい?」
「そうだなぁ?まずは服を脱げよ。話はそれからだ」
「ふ、ふく……分かった」
ジャズはいいながら自分の服に手をかけた。
マッスリーはそれをニヤニヤしながら見守る。
だが、それをシュリが許すはずはなかった。
「やめろっ!!お姉ちゃんに、変なことをさせるなっ!!」
正義感に溢れる無謀な少年風に、シュリはマッスリーに襲いかかる。
「へっ!!このくそガキがぁ。悪いのは、てめぇだからなぁ?」
言いながら、マッスリーが剣を振り上げた。
「だめっ!!シュリ!!!マッスリー君、やめてぇぇ!!!!」
ジャズの悲鳴のような声が響くが、その声でマッスリーが剣を止めることもなく、それは容赦なくシュリへとむかって振り下ろされた。
(よし、ドンと来い!)
シュリは完全によけてしまわないように気をつけながらその剣先が届くのを待ち受けた。
次の瞬間、シュリの胸元が切り裂かれ、ぱっと赤い血が散る。
そしてその小さな体は大きくはね飛ばされて力なく地面に転がった。まるで、死んでしまったかのように。
「シュリっ!!」
それを見て駆け寄ろうとしたジャズを、後ろから大きな体が羽交い締めにしてきた。
マッスリーである。
彼は、さっきまで持っていた剣を地面に投げ捨てて、ジャズの体を両腕で抱きしめた。
そして、せわしなく彼女の体をまさぐりつつ、自分の腰を彼女に押しつける。
「へへ。あいつが襲いかかって来たんだから、正当防衛だよなぁ、これ。てかさ、中途半端に戦闘したからよ、体が熱くなっちまった。責任とって、お前がなんとかしてくれよ。なぁ?ジャズ」
そんな言葉を耳元で囁き、首筋に舌を這わせてくる男を、ジャズはキツい眼差しで睨みつけた。
「はなして!!シュリを、助けないと!!!」
「あんなガキ、放っておけって。それよりさぁ、なぁ?オレっちと、気持ちよくなろうぜぇ?」
「おまえ!!あの子が死んでもいいって言うのか!?」
「べつにぃ?お前だって、あんなちいせぇのより、オレっちの方が好きだろ?満足させてやっからよぉ?」
後ろからへこへこと腰を押しつけてくる男に、もはや嫌悪感しか感じなかった。
なんでこんな男を好きだと思っていたのだろう。
最初は、強くて頼りがいのある、素敵な人だと、思ったのに。
自分がこんな男に惚れていたせいで、シュリは……こぼれそうになった涙を堪えて再び前を見たとき、そこに倒れ伏していたはずの小さな姿がなくなっていた。
ジャズの目が、見開かれる。
次の瞬間、
「お前、汚い手でジャズお姉ちゃんに触るなよ!」
すぐ間近で聞こえたのはそんな声。
ぱきょり、ぽきりと何かが砕けるような音が聞こえ、あひゃあ、と間抜けな悲鳴が聞こえた後、ジャズの体はマッスリーの腕から解放されて、別の誰かに抱き上げられていた。
目を、ぱちくりする。
目の前には、自分を羽交い締めにしていたはずの男が倒れて、情けなく悲鳴を上げていた。
「ジャズお姉ちゃん、大丈夫?」
その声のする方へ顔を向ければ、小さな体で危なげなくジャズをお姫様抱っこしているシュリの、りりしく引き締まる美しくも幼い顔がすぐ間近にあって、ジャズは思わず頬が熱くなるのを感じた。
「シュ、シュリこそ、大丈夫なの?」
「うん、へーき。かすり傷だよ。それより、僕が油断したせいで、ジャズお姉ちゃんに怖い思いをさせちゃってごめんね……」
しゅん、とうつむくシュリに、ジャズは慌てたように首を振る。
「ううん!私こそ平気。大丈夫だよ。そんなことより、私のせいでシュリに怪我をさせちゃって……」
「僕こそ、ついカッとして、ジャズお姉ちゃんの好きな人に怪我させちゃった……」
ごめんなさい、と殊勝に謝りつつ、ジャズの様子を伺う。
シュリの計算であれば、ジャズは無事、マッスリー君に幻滅しているはずなのだが、どうだろうか、と。
そんなシュリの言葉に、ジャズの瞳が零下に凍る。
そして、ゴミを見るような目で、ひぃひぃ言っているマッスリーを見た。
「ああ、それは気にしないでいいよ。どうしてあんな奴に惚れてたんだろう。あんな男、もう、興味ない」
おお!作戦成功だ!!と内心ガッツポーズをしたその時、案の上というかなんというか、いつもの如くやってきた例のアレ。
・ジャズの攻略度が50%を越え、恋愛状態になりました!
(あ、あれぇ??)
ただ単に、ジャズの不幸しか呼びそうにない恋心を打ち砕くだけのつもりだったシュリは、何ともいえない顔をする。
だが、よく考えれば分かることだ。
シュリのスキルを阻んできた恋という名の幻想は、シュリがしっかりばっちり打ち砕いてしまった。
つまり、もはや[年上キラー]の効力を阻む鎧は存在しないと言うこと。
となれば、もともとシュリに対して好意的だったジャズの想いが、二度目の恋に昇華される事は、予定調和であったと言っても過言ではないだろう。
シュリがまるでそのことを予測していなかっただけで。
すっかり恋する瞳のジャズを、シュリは困ったように見上げる。
一人の女の子を選べないという点では、シュリもマッスリー君と同じ穴の狢である。
もちろん、彼のように、女性を性欲処理の道具のように扱うつもりなどはないし、自分を選んでくれた女性が幸せになれるように努力するつもりはあるが。
(でも、ジャズはおつき合いしないとエッチはNGな人みたいだし……)
別にジャズとエッチをしたいとかそういう訳ではなく、彼女がシュリとのおつき合いを夢見てその事に捕らわれ続けていたら、確実にジャズがお嫁にいけない事態を引き起こしてしまいそうだと、その事を案じたのだ。
(でもなぁ……僕じゃ確実にジャズだけとおつき合いというのは難しいし。っていうか、そうなると確実に死んじゃう人が三人はいるわけだし……)
確実に死んじゃう三人とはもちろん、シュリの愛の奴隷のジュディスとシャイナとカレンの事だ。
他の恋愛状態の女性陣はともかく、彼女達だけとは最低限そういう事をいたす必要がある。
そうしないと状態異常を引き起こし、最悪死に至るという、そんな恐ろしい状態にいるのが、その三人なのである。
まあ、三人が三人ともその状態を理解してもなお、至極幸せそうなのだけは、救われている部分ではあるが。
(そういえば、三人とも大丈夫かなぁ?一応状況は伝えてるし、まだ状態異常を引き起こすところまではいってないと思うけど……)
ふと、彼女達の事を思い出し、シュリはしばし現在離ればなれになっている愛の奴隷達の事を考えた。
この時のシュリはもちろんまだ知らない。彼女達三人が、シュリを求めて長い旅に出発したことなど。
(とりあえず、王都をでて、次に行く場所が決まったらまた連絡を入れておこう)
小さく頷き、シュリは再びジャズを見上げた。困ったなぁというように。
ジャズの事は好きだから幸せになって貰いたい。
でも、シュリが相手では、彼女だけの恋人になってあげることは難しく、結果、彼女を不幸にしてしまいそうなのは明らか。
ならば、どうすればいいのか。
その答えは一つしかない。
ここから先、彼女が行き遅れといわれる年齢に達するまでの間に、なんとしてでも彼女がシュリより好きだと思えるような相手を見つけだしてあげるしかない。
シュリはそう決意し、強い意志を込めた瞳でジャズを見つめる。
その眼差しが、ジャズの胸をときめかせ、もう引き返せないくらいの勢いでぐんぐんと攻略度を上げていることに、まるで気づかないまま。
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