第百二十六話 冒険者養成学校での再会②

 「なによぅ。二人で笑い合っていやらしいっ!シュリ!そんないかがわしい顔面をした人と仲良くしちゃだめよ?そいつの顔はどんな女の子でもめろめろにしちゃう、顔面凶器なんだから。シュリはまあ、男の子だから平気だとは思うけど、油断は禁物よ!?さ、早くこっちにいらっしゃい!!」



 二人でくすくす笑い合っていると、そんな難癖を付けられて、シュリの体はヴィオラの腕の中に奪い返されていた。

 アンジェは、忽然とシュリの姿が消えた腕の中を驚いたように見つめ、それから改めてヴィオラの方へと向き直った。



 「相変わらずのスピードですねぇ、ヴィオラ。まさか、あなたがシュリ君のおばあ様とは、驚きすぎて言葉もありません」


 「ほんと、久しぶりね、アンジェ。その顔面凶器ぶりは相変わらずよねぇ」


 「ヴィオラ、久々に会った旧友に向かってさすがに顔面凶器って表現はないんじゃないですか??」


 「だぁって、その通りじゃない?昔、うちのミフィルカも危うくその顔で落としかけたくせに」


 「え~?母様が??」


 「そうよぅ。アンジェが無駄にさわやかに笑って歯をキラキラさせるもんだから、ミフィーは危うく禁断の花園に足を踏み入れる所だったわ。ま、そうなる前にそいつを出禁にしたけど」


 「ヴィオラ。人聞きの悪いことをいうのは止めて下さい。私はいつだって女性に対してそういう感情は持ったことはないんですからね。私は普通に接しているだけなのに、どうしてだかみなさんが妙に私に親切にしてくれるだけなんです」


 「無自覚って、恐ろしいもんよねぇ。ね~、シュリ」


 「う、うん。そうだね」



 ヴィオラの同意を求める声に、シュリはひきつった笑顔で返事を返す。

 全く無自覚に、周囲の女を虜にするーそれは正に、前世のシュリ……高遠瑞希そのものだった。

 まあ、とはいえ、今現在のシュリとて、前世の高遠瑞希や目の前のアンジェと似たようなものだとは思う。

 ただ対象が、同姓ではなく異性であるという所は、ちょっと違うが。

 あ、因みに、同姓にも効果出てるよ?という突っ込みを聞くつもりはない。それだけは断じて、絶対に!



 「それにさ、女の子にモテたくないなら、もっと女らしい格好をすればいいんじゃない?ほら、スカートはくとかさ。あんた、舞踏会とかでも、軍服着てたりするんでしょ?ドレスじゃなくて」


 「あ~……スカートはどうも、気恥ずかしくて。それに、似合わないと思うし」


 (それ、わかるなぁ。僕もやっぱり、スカート苦手だったもん)



 困った顔で返すアンジェに、シュリは内心同意の声を上げる。

 前世でのシュリも、スカートや女っぽい格好が苦手で、そう言う格好を避けてばかりいた。

 男になった今、客観的に考えればそんなことないと思うのだが、当時はとにかく嫌だったのだ。

 アンジェも、そう言う感じなんだろうと思う。

 だがしかし、ここはあえて口を出すことにした。



 「そうかなぁ?アンジェは美人さんだし、スカートも似合うと思うよ??ドレス姿も、僕は見てみたいな。装飾の少ない、すっきり目の奴を選べばいいんだよ」



 にこにこ笑ってそう伝えれば、アンジェの顔が一瞬で赤くなる。



 「び、美人??美人って……」



 凛々しい人の照れ顔って可愛いもんだなぁと思いつつ、



 「きっとすごく綺麗だと思うなぁ。スカート姿のアンジェ。今度、僕にだけでもいいから見せてほしいなぁ」



 ダメ?と小首を傾げて見上げると、アンジェは目に見えて狼狽える。

 こういう風に誉められる事に、どうも慣れていないらしい。



 「えっと、その、あの……」


 「ね?お願い」


 「あう……あ~、き、機会があったら、お、お見せしても、いい、ですけど」


 「ありがと!楽しみにしてるね!!」



 にっこり笑うと、アンジェの顔が更に赤くなった。

 そして、彼女はしきりに胸の辺りをさすっている。すごく、不思議そうな顔をして。

 それを見た瞬間、あ、やっちゃった、と思った。

 案の定、



・アンジェリカの攻略度が50%を越え、恋愛状態となりました!


 

 と、来たもんだ。



 (しまったぁ。自分の事みたいで放っておけなくて、つい余計なことを……)



 と思ったがあとの祭り。こうなってしまってはもう、なるようにしかならない。

 アンジェの熱い視線を受けながら苦笑を漏らしていると、むぎゅうっと体を強く抱きしめられた。

 ん?と思って上を見上げれば、ちょっぴりすねたようにヴィオラがシュリを見ている。



 「なによぅ。シュリってば、もしかしてアンジェに惚れちゃったの??アンジェのことばっか、誉めてさ」



 唇を尖らせる様子がなんとも可愛い。

 シュリがアンジェを誉めるので、どうやらヤキモチを焼いてしまったようだ。



 「アンジェってば、顔がちょっぴりよくて背が高いだけで、おっぱいなんて全然ないんだから」



 ほら、と促されて、ついついアンジェの胸部に目をやってしまう。

 確かにまっ平らだ。

 まあ、男装の麗人なんて、そんなものかもしれないが。



 (そうかぁ。アンジェも、前世の僕と同じように、ちょっぴり起伏に富んだだけの平野が広がってるんだね……)



 シュリは思わずそう同情しかけたが、ヴィオラのこの発言にアンジェが待ったをかけた。



 「な、な、なんてことをいうんですか!?ありますよ、胸くらい。ちゃんと人並みに!!これは、軍服とか普段着を着るときに邪魔だから、さらしを巻いてるだけです!!!」



 誤解しないで下さい、とアンジェが反論する。

 ちらちらとシュリをちら見しながら。



 「え~?でもさぁ、口で言うなら簡単でしょ?」


 「あ、あくまで信じないつもりですね!?いいです。ちゃんと証明します。ちょっと待ってて下さい!!」



 意地悪くいうヴィオラにそう言い返すと、アンジェはだーっとどこかへ走っていった。

 そしてあっという間に戻ってくる。

 どこかでさらしを外してきたのだろう。

 走ってくる彼女の胸は、たゆんたゆん揺れていた。



 (いいなぁ。立派なお山が二つ……)



 ついつい前世の女だった頃の気持ちになって、そんな思いに指をくわえる。

 前世のシュリとアンジェは、よく似ているが、その一部分に関してだけは貧富の差がはっきりと別れてしまったようだった。



 (く、悔しくない。悔しくなんかないもん……)



 そう思いながら、ついつい物欲しそうに見てしまう。

 そして思わずにはいられない。あんなおっぱい、僕も欲しかった、と。

 まあ、今更男のシュリがもらっても、困ってしまうだけだろうけれど。


 そんなシュリの様子になにを誤解したのか、ヴィオラはすごく悔しそうな顔だ。

 だがしかし、べつにおっぱいの大きさは負けていないだからいいじゃないかと思うのだが、そう言う問題でもないらしい。



 「ど、どうですか!ちゃんとあったでしょう!?」



 アンジェが誇らしそうに胸を張る。



 「くっ!!」



 ヴィオラが小さく呻き、次いでしょぼんとする。

 なんだかんだいって、ヴィオラが大好きなシュリは、これはいかんとヴィオラの方へ体の向きを変えて、その顔をじぃっと見上げた。



 「おばー様?」


 「しゅ、しゅりぃ」



 反べそのヴィオラの胸にそっと小さな手のひらを当てて、シュリは微笑む。



 「おばー様のおっぱいも素敵だし、僕は好きだよ」


 「ほっ、ほんとう??」


 「うん」


 「ほんとうの、ほんとう??」


 「う、うん」


 「じゃあじゃあ、アンジェのと私の、どっちが好き??」



 ヴィオラはちらちらとアンジェの胸元を見ながらそんな問いをぶつけてきた。

 シュリは困ったように笑う。

 だが、答えは決まっていた。



 「どっちも大好き。僕の持論はね、おばー様。世の中のおっぱいは、全て尊いってことなんだ。どっちが良くて、どっちが悪いなんて決められないよ」



 シュリはきりりとした顔で、きっぱりと言い切る。

 どんなおっぱいも、そのおっぱいなりの良さがある。

 それがシュリの持論。

 ダメなおっぱいなど、この世の中のどこを探してもありはしないのである。


 ちょっと自分でもどうかと思う発言だが、そう思うのだから仕方がない。

 ののしるならののしってくれと、覚悟を決めてヴィオラとアンジェの顔を交互に見てみれば、二人はなぜかうっとりとした表情でシュリを見つめている。

 どうしてあの発言でうっとりするのかわからないんだけどと、首を傾げるシュリに、二人が口々に疑問をぶつけてくる。



 「どっちも大好き……でも、それって、私のおっぱいも大好きって事なのよね??」


 「うん、好きだよ」


 「も、もちろん、私のおっぱいも、ですよね?」


 「う、うん。好き、だけど」



 とりあえず、シュリは素直に答えた。

 たとえこの八方美人!と非難のそしりを受けようと、それはそれで仕方ないやと思いながら。

 しかし、自体はシュリの予想を超えて展開する。



 「うーん。今はこれ以上を望むのは無理だろうし、まあいいわ!アンジェ、とりあえずは一時休戦で仲直りしましょ!」


 「えーっと、喧嘩をしていたつもりはありませんが、仲直りすることに依存はありません」



 二人はなぜか、そういう結論に至ったらしい。

 そうして、シュリを挟んでちょっぴりいがみ合っていた旧友同士は、しっかりと握手を交わし、仲直りをするのだった。



 「あの~。私のこと、忘れてます??忘れてますよね???」



 少し離れた場所で、一人取り残されたジャズのそんな言葉にも気付かずに。

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