第六十三話 隠密メイドの密会

 深夜、ガナッシュに呼び出された宿へと向かう。

 内緒で抜け出すわけだから、正規のルートなど使えない。

 まあ、そこは隠密の技を活用し、それほど苦労もなく屋敷から抜け出した。


 人目を避けて、だが街の中心部にある高級宿へ向かう。

 見つからないように訪ねてこいと言うのに、人通りの多い好立地に立つ宿をとるとはこれいかに。

 思うところが無いではないが、そんな思いをねじ伏せてシャイナは慎重に人目を避けつつ宿へ入った。

 もちろん、受付で部屋を尋ねるような愚行は犯さない。

 受付の目が離れる隙をついて、ささっと通り抜けてあらかじめ教えられていた部屋へ向かった。

 ノックをすると、中から男の声。



 「誰だ」


 「シャイナでございます」



 答えを返しつつ、首を傾げる。

 中にいるのは愛おしい男のはずだった。なのに、胸が全くドキドキしないのだ。

 以前なら、その声を漏れ聞くだけで胸が早鐘の様に高鳴ったのに。



 「鍵は開けてある。入れ」



 考え込んでいる内に許可が出たので、その疑問は脇に置いてとりあえず素早く部屋の中へ。

 廊下にいたのでは、人目に付いてしまう。


 扉の内側へ滑り込んで、部屋の鍵をかけ、改めて室内へ向き直る。

 その部屋は、無駄に豪華で華美な部屋だった。

 恐らくこの宿で一番いい部屋なのだろう。

 シャイナには人目に付くなと言っておきながら、彼とて忍んで来ている筈なのに自分に集まる衆目などまるで気にしていない。

 詰めの甘い、お坊ちゃま的なところは相変わらずだった。



 「シャイナ、良く来たな。人に見られなかっただろうな?」


 「はっ。その辺りに抜かりはございません。ご安心を」



 ひざまずき、頭を垂れる。



 「そんなに離れていてもしかたないだろう。もっと傍に来い。せっかくわざわざ会いに来てやったんだから」



 尊大なその物言いに、



 (別に頼んでもいないのに恩着せがましい奴め)



 と反発する気持ちが浮かんだ事に驚きつつ、ひざまずいたまま彼の傍へとにじり寄った。



 「よし。顔を上げろ」



 命令され、そっと彼の顔を見上げる。

 蜂蜜色の髪に、青い瞳。優しげに整った甘いマスクが魅力的だが、思ったよりトキメかない。

 以前はその顔を見るだけで胸がはちきれそうになっていたのにおかしいな、と思いつつ、シャイナは頭の片隅を今も占めるもう一人の面影を追う。


 銀色の髪に菫色の瞳の愛くるしい顔立ち。

 可愛らしいのに時に凛々しくも見えて、片時も目を離したくないと思ってしまう。


 彼の方が、目の前の男よりよほど美しい。

 そして思う。愛と美の女神とは、意外と見る目が無いのだな、と。


 以前にガナッシュが自慢していた。

 自分には、愛と美の女神の加護がある。だから、他の者には使えないような、特殊なスキルが使えるのだ、と。

 なんとも見るに耐えないドヤ顔で。


 その時も、確か思ったはずだ。

 美を司る女神に祝福を受けるほどの顔でもないだろう?と。

 なのに、気が付けばいつの間にか目の前の男に焦がれるようになっていた。

 シャイナが彼に惚れる要因など、なにも無かった筈なのに。


 そんな過去の矛盾にシャイナが静かに混乱していると、なにを思ったのか、ガナッシュがいきなり下半身をむき出しにした。

 あまりの事に呆然としているシャイナに、



 「くわえろ」



 と男の命令が下る。

 シャイナは困惑して、恋していた筈の青年の顔を見上げてしまった。

 確かに以前はそれをしたことがあった(ような気がする)

 なぜだか記憶が曖昧でハッキリ覚えてはいないが、少なくとも喜んでソレを口に含んでいた(かもしれない)

 だが、目の前に突きつけられたソレをみて、シャイナは思う。無理だ、と。


 まだ大きくなっていないソレは、でろんとして不気味だし、湯に浸かってないのか臭いもキツい。

 口に入れたら即座に吐き出してしまいそうだ。

 というか、好きな男のモノじゃなきゃ、喜んでなめるような代物じゃないだろう、と思う。


 そこまで考えてはっと気づく。

 自分は目の前の青年を好きでも何でもないのではないか、と。

 そんな彼女を見て、ガナッシュは忌々しげに舌打ちをした。



 「なんだ、まだだめか?そこまで魅了の効果が落ちてんのかよ?ったく、面倒な女だな。一からかけ直すくらいの勢いでいくか」



 はーっとため息を漏らし、男は気持ちを切り替えた様にきりりと顔を引き締めた。

 そして青い瞳で真摯にシャイナを見つめ、その頬へと手を伸ばす。



 「愛しいシャイナ。いきなりすまなかった。君が愛しすぎて、つい暴走してしまった僕を許してくれるかい?」



 甘やかに微笑んでそう言った。

 相変わらず下半身はむき出しのままの間抜けな格好のままであったが。

 彼はシャイナの腕をとり、抱き寄せた。そしてそのまま、有無をいわさずに唇を奪われる。



 (なにを!?)



 反射的にガナッシュを突き放そうと思ったが、まるで体が麻痺したように脱力して動かない。

 唇を割って入ってくるナメクジの様にぬめぬめしたものも、素直に受け入れてしまう。

 むしろ、積極的に舌を絡める己の体に驚愕しつつ、シャイナの思考は徐々に鋭さを失っていった。



 (どうしよう。やっぱり好き、なのかもしれない・・・・・・)



 少しずつ、心が犯されていく。

 目の前の男がどうしようもなく魅力的に思えてきて、シャイナは情熱的な口づけに没頭した。

 だが、そんな中でもどうしても消えない面影があった。男と言うにはまだ幼すぎる面影が。

 彼の菫色の愛らしい瞳が、シャイナの心に警鐘を鳴らす。何かがおかしい、気をつけろ、と。



 (シュリ、様)



 その名前を呼ぶと、心がとろけた。

 無理矢理ガナッシュに傾けられた心を、正常な方へと引き戻してくれる。



 (何か、おかしな力が働いている気がする。気を引き締めないと)



 シャイナはそう思い、意識を強く保つように勤めた。

 肉体の快楽に引っ張られそうになりながらも、懸命に。



 「ふわっ!!」



 そんなシャイナの決意を突き崩すように、男の手がシャイナの胸にのびた。

 その指先が堅く尖った胸の先端をかすめ、その快感に一瞬目が眩んだ。



 (まずい!!)



 そう思った。

 が、それも一瞬のこと。

 男の手が力任せに乳房を揉みしだいてくるまでの事だった。



 (いたっ!!いたいっっ!!!)



 ハッキリ言おう。ガナッシュは愛撫が下手だった。

 魅了のスキルが効力を発揮していればそれでも良かったのだろうが、その助けなしで彼の自分勝手な性行為に感じる事など出来ないくらいには。

 だが、相手のことなどまるで見ていないガナッシュは気づかない。

 そして彼はなにも気づかないまま、突っ込んだ。彼女のソコに自分のナニを。



 (~~~~~っっっっ!!!)



 もちろんシャイナは処女ではない。

 処女ではないのに、男の身勝手な挿入は脳天に突き抜ける程の痛みを彼女に与えた。

 悲鳴を押し殺し、自分の上でへこへこと腰を振る男の顔を射殺すように睨みつける。


 彼女の処女はずいぶん前にガナッシュ自身によって奪われていた。もちろん、その時の記憶もある。

 当時は彼の魅了が盛大にかかっていたせいで、まるで夢の様な体験だった。

 処女なのに、痛みもほとんど感じないほど。


 あのときの感動をかえせ!と声にならない思いに、シャイナはぐっと唇をかみしめる。

 そうしていないと、目の前の男に対する罵倒の言葉と悲鳴が漏れてしまいそうだったから。


 幸いなことに。


 男はたった三こすりで達してくれた。

 大した量もない白濁した液体を体にかけられながら、シャイナは思った。

 目の前の男が早漏で、本当に良かった、と。

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